──ピッ。
ピピピッ。
航宙輸送艦ストラダーレ号。
その一室で上層部からの作戦通達まで仮眠をとっていたアラン・ダレンは、部屋で鳴るコール音によって目覚めた。
グラナダのターミナルに停留中とはいえ、ターミナル内部や艦内は既に低重力空間。
アランはベッドに自身の身体を固定していたベルトを外し、ベッドから降りると少し体を伸ばして、部屋を後にする。
そして無重力での身体操作用に作られた艦内のハンドレールを使い、彼はマリア・リアスとジャン・ミンウェイの待つ操縦室に入った。
ゼリー状の栄養食を飲んでいたジャンが自動ドアの開閉音に気づき、食事もそこそこにして話し始めようとする。
「あっ、隊長! この事件の裏が、少しわかったッスよ」
「わかった。だが、まずは食事を済ませてからにしろ。マリアにまた怒られるぞ」
ちらりとマリアの方を見た後、うんうんと頷いて掃除機のようにゼリーを勢いよく吸い込むジャン。
やれやれと肩をすくめるマリアはまるで、何度言っても行儀の良くならない犬の飼い主である。
アランはその
「そもそもの発端は、アナハイムの上層部がハルパー部隊に
「脳波に? 段々オカルトじみてきたな」
ジャンから送られてきた画像やデータを各々の端末で見るアランとマリア。
そのデータには、試作段階にあるというその新素材のちょっとした情報などが記されていたが、アナハイム・エレクトロニクスにとって余程の機密情報なのか肝心なことは何ひとつとして分からなかった。
判明しているのは、その新素材を初めに入手したのが、アナハイム材料開発部であること。
ニュータイプの脳波によってサイコミュ兵器、つまりは脳波でコントロールする兵器の類を感知、操作することが可能になるということ。
そして、それは自社で開発したものではなく、何処かから流れてきたものである、ということであった。
「で、その新素材の出所もまたやばいんスよ。なんでも、ハルパー部隊よりさらに大規模な武装蜂起を企む勢力みたいで。
ジャンは新たに、スペースコロニーのひとつであるスウィートウォーターの情報をアランとマリアの端末に送る。
このコロニーは元々、一年戦争以降の度重なる争乱によって生まれた大量の難民を押し込めるため、地球連邦政府が急造した出来の悪いものである。
その住環境の劣悪さはスペースノイドの中では有名で、スウィートウォーターでは反連邦の気運が日に日に高まっているという噂は、アラン自身も耳にしていた。
「ジオンの赤い彗星もまた、戦場に戻らざるを得ないか……。もう十年もすれば宇宙世紀も百年だ。一年戦争の因縁は、そろそろ終わりにしたいところだな」
「……不安なのは、ハルパー部隊側がおそらくその新型機を使ってくるというのに、我々はそれについての情報をほとんど得ていない、という点ですね。あの巨大なガトリング砲を使うザクⅢの改良型ですら強敵だというのに、それに加えて正体不明の最新鋭機とは」
顎に指を当て、しかめ面で対策を練るマリア。
一方のジャンは特に悩む素振りすら見せず、気楽な様子である。
「大丈夫ッスよ、マリア副隊長。なんたって、こっちにはガンダムがあるんスから」
「簡単に言うなよ、ジャン。……まぁ確かにあの機体、プルス・ガンダムは単なるモビルスーツじゃないだろう。コックピットに乗り込んだ瞬間、感覚がそう伝えてきたんだ」
アランはプルス・ガンダムのコクピットから感じた、自分の中に入り込んでくるような感覚を思い出していた。
それは決して、コクピット部分が頭部から胸部へと変更されたこと、そしてガンダムという特別な機体に乗れたことによる、メカマニア的な感情的なものではないことをアランは確信している。
もっと異質な、心に踏み込んでくる何か。
自らの心と感覚が、ゆっくりとプルス・ガンダムの外へと広がっていく感覚。
乗り慣れた機体、使いこなしている道具から感じる、疑似的な一体感とはまるで違う不気味さ。
未知への恐怖と、可能性への高揚感。
初めてモビルスーツに搭乗した時に感じたそれを、いま再びアラン・ダレンの心はひしひしと感じていた。
「アラン隊長、上層部から秘匿回線でのデータ通信です。作戦内容の通達かと」
マリアのその言葉に、先ほどまで緩い雰囲気に包まれていた操縦室にも緊張が走る。
そして、アランたち三人の端末へ、ハルパー部隊討伐に関する作戦計画書が送られてきた。
内容自体は、至極単純。
資源衛星B79にて衛星落下の準備を行っているハルパー部隊に対し、アランたちの部隊ともう一部隊で挟撃を仕掛けるというものであった。
ハルパー部隊本隊の戦力は旗艦となるグワンバン級戦艦が一隻と、エンドラ級軽巡洋艦が一隻。敵モビルスーツ総数は、およそ二十機と推定。
対するアナハイム側の戦力は、アランたち警備部のモビルスーツが三機。
挟撃を仕掛けるもう一部隊の戦力は輸送艦が二隻と、宇宙工作船という名目の護衛艦が一隻、そして最新鋭モビルスーツが十五機ほどと、数ではアランたちがやや不利であった。
しかし、何よりもアランが問題視したのは、彼らに任された役割である。
アランたちの役割は、挟撃部隊の十五機が資源衛星を制圧し、敵戦艦を沈黙させるまでの陽動と遊撃。
「……これでは、体のいい捨て石部隊だ」
「ここまであからさまだと、笑うしかないッスね。そろそろ、転職を考える時期ッスか」
敵の首魁であるカミロ・カーダは、アランにとって因縁の相手である。
そしておそらく、それはカミロの側にとっても同様だろうとアランは考えていた。
「敵のリーダー、カミロは必ず俺を自分の手で仕留めようとしてくるはずだ。俺の存在は、あのガトリング砲のザクⅢのパイロットが知らせているだろうからな。……そこにつけ込むしか、活路はないだろう」
アランのその言葉が、意味するところはひとつ。
「
「俺が一番の最新鋭機に乗っているからな。それくらいはこなしてみせる。どの道、カミロとの決着は俺がつけなければならない。マリアとジャンには、あのザクⅢを頼みたい」
責任や義務、負い目でアランがこんな無茶な計画を言っていないことは、マリアとジャンにも理解できた。
彼の目にはもう、一年戦争からずっとまとわりついていた迷いの靄はない。
あるのはジオンの亡霊となった戦友へ引導を渡すという覚悟と、アラン・ダレンという戦士の背負う過去への決着をつけるという思いであった。
「カミロは、白兵戦の駆け引きが抜群に上手いヤツだ。汎用性が特徴のジム・グランツァや、主兵装がフェダーイン・ライフルのデミ・ドーガでは、ヤツには勝てないだろう」
「……了解しました。くれぐれも、お気をつけて」
マリアとジャンですら、その邪魔をすることはできない。
決戦を前にした、重い空気が操縦室を覆っていく。
その時、マリアの端末に一般の端末から通信が入る。
通知画面には、リン・サザナミと書かれていた。