アラン・ダレンの搭乗するデミ・ドーガが、不審船から姿を現したザクⅢと戦闘を行ってから、数時間後────。
当事者であるアランは、上司である警備部部長に報告を終え、アナハイム警備部ビルの廊下を歩いていた。自身のチームにあてがわれた待機室へ向かうためである。
報告を終えたアランの表情には、上司やアナハイムという企業に対する僅かな怒りと失望の念がにじみ出ていた。
彼は、紺を基調とした制服の襟元にある第一ボタンを外し、大きくため息をつく。
部下のいる待機室へ帰る前に、吞み込みきれていない苛立ちを無理やり腹へと流し込もうと、自販機の前で立ち止まるアラン。
いま彼がいる月面都市グラナダは、月のクレーター内部に作られた都市である。
そしてこの都市内部では、自販機や洋服屋など、地球と変わらぬものがひと通りあり、不便なく日常生活を暮らすことができた。
たとえそれが、宇宙空間と隔壁ひとつだけを隔てた脆い日常であろうとも。
「あのモビルスーツが、ジャンクヤードの掘り出し物であるわけがない……」
アランは適当に選んだパック入りコーヒーの飲み口にストローを差し込み、それを口に運ぶ。
彼が飲み慣れているはずのコーヒーはいつもより数段、苦く感じられた。
「
グリプス戦役において、月面都市はティターンズとエゥーゴ側のモビルスーツとが激突する戦場と化した。
宇宙空間とクレーター内部を隔てる隔壁がモビルスーツ同士の戦闘によって破壊され、そこから侵入したメタスやギャプランなどのモビルスーツが都市内部で戦闘を行い、多くの死傷者を出した悲惨な戦争であったとアランは記憶している。
アナハイムの私有戦力が警備部の規模拡大という名目のもとで強化されたのもその戦争の後であり、月面都市の住民の中には未だにその戦争での経験がトラウマになっている者も少なくない。
アランの表情は、険しくなる一方だった。
自販機を親の仇のような目つきで見つめるアランは、誰がどう見ても話しかけやすい人物とはいえない。
「アラン隊長、またコーヒーでストレスを流し込んでるんスか」
そんなアランに、溌剌とした声で背後から話しかける男が一人。
考え込んでいたアランがふと我に返り、声がした方にくるりと振り向く。
「────敬礼ッ。アナハイム警備部所属、ジャン・ミンウェイ。たったいま長期休暇から帰還しましたッ」
そこにいたのはわざとらしく敬礼をする、身長176センチのアランより少し小柄な童顔の青年、ジャン・ミンウェイであった。
底抜けに明るいジャンの様子に、思わずアランの頬も緩む。
「……相変わらずだな、ジャン。地球での妹さんの結婚式、どうだったんだ?」
「おかげさまで、妹の幸せそうな笑顔を見逃さずにすんだッス。ここの給料がなければ、多分この結婚式はできなかったッスね」
ジャンもまた、自販機で飲み物を買う。
「……ホント、ジオンの兵隊やってた頃じゃ考えられねぇッスよ。あの時は、連邦に負けたら全部終わりだって、本気で思ってたッスからね」
「あぁ。俺も、志願したての頃はそう思ってたな」
「けど、なんやかんやでこうしてまだ生きてるッス。学もないコロニー生まれが、それなりの高給を貰って、妹の結婚式を地球で挙げられてる」
飲み物をごくごくと半分ほど飲み干し、現状に文句はないと笑いながら言うジャン。
しかし、アランの表情は曇ったままである。
「……隊長は、まだ戦う以外にやることが見つからない感じッスか?」
「言いたいことを言ってくれるな。……まぁ、そうだな。いまはとりあえず、自分と
その言葉は、嘘だった。
アランの心では、そういう食っていくための戦いに対する疑念が日に日に強くなっている。
あの一年戦争を曲がりなりにも生き延びた自分が、いまだに戦いを続けていいのか。
戦うことしか知らず、戦うことでしか生きられない自分のような人間が、宇宙世紀を終らぬ戦争の輪廻に陥れているのではないか。
アイランド・イフィッシュが落ちていくあの光景を目の当たりにしてから、アランはモビルスーツに乗って戦い続ける自分を責めない日はなかった。
「隊長、あんまり考えすぎると良くないッスよ。俺たちはニュータイプじゃないッスから、分かることなんて限られてるッス。考えても分からないことは、仕方ないことッスよ」
ジャンの言葉に、迷いはない。
彼はもう、自分の人生に対してそういう答えを出したのだろう。
深く考えず、ただ自分と自分の周りに対してできることをする。それもまた、ひとつの正答なのだろう。
一年戦争に学徒兵として徴兵され、アランやマリアと共に幾多の修羅場を生き延びたジャンの答えがそれならば、誰が異論を挟めようか。
そういう風に自分で自分なりの答えを出せるジャンが、アランは少し羨ましかった。
「ニュータイプか……。ガンダムにでも乗れば、俺も何か答えを見出せるのかもな」
コーヒーの最後の一口を飲み終え、アランは容器をゴミ箱に捨てる。
そして彼は一旦、考えることを止め、戦士としてのアラン・ダレンの顔に戻った。
戦場で迷う者には、死神が忍び寄る。
アランもジャンも、戦場という異常な空間で生き延びた者はそれを何よりも理解していた。
必ずまた、戦いは起こる。
自分が生きる意味。
戦う理由。
それを考えることができるのも生き延びた者だけだと、アランは自分の心に言い聞かせた。
「……さて、ジャン。地球の土産はもちろん持ってきたんだろうな? 俺は別に構わないが、マリアはそういうのを気にするぞ。お前がいない間、ずっと地球の名産品が載った雑誌をチェックしていたくらいだからな」
「いやまぁ、そうだろうなと思って買ってきたッスけど……。自分、未だにマリア副隊長のああいう細かいところは苦手なんスよねぇ」
「そう言うな。俺やお前の大雑把なところを、マリアが補ってくれているのさ」
アランとジャンは、マリアの待つ警備部の待機室へと歩き始めた。