ジャン・ミンウェイは、乗機ジム・グランツァのコクピット内で頭を振る。
それは、瞳の端に溜まった涙を振り払うためだった。
無重力空間では涙は流れ落ちない。ジャンのノーマルスーツのヘルメット内部に、振り払った涙が浮かぶ。
それでもジャン・ミンウェイはジム・グランツァを資源衛星へと向かわせる。
止まることなどできるわけがない。ジャン・ミンウェイは、そういう男だった。
そんなジャンの行く手を遮るのは、グワンバン級戦艦。そして、その周囲で交戦しているハルパー部隊とアナハイムの挟撃部隊、もとい殲滅部隊であった。
グワンバン級戦艦の周りでは無数のビームが飛び交い、まるで流星群のように暗い宇宙で輝いている。
戦艦からの対空射撃に晒されながらも、戦況は殲滅部隊側に有利となりつつあった。
ハルパー部隊の構成員は、その殆どが第一次ネオ・ジオン抗争でようやく実戦を経験した程度の練度でしかない。
対するアナハイム側は、アランやマリアたちのような一年戦争の兵士や、元エゥーゴのパイロットなどを金に物を言わせて雇っていた。
そんな練度の差がある上、殲滅部隊の搭乗しているモビルスーツは、連邦軍への制式採用が決まったばかりの最新鋭機であるジェガン。アクシズ製の高性能モビルスーツにも引けを取らない、優秀な汎用モビルスーツだ。
この戦場が殲滅部隊によって制圧されるのにそう時間はかからないだろうと、ジャンは理解する。
ジム・グランツァに残っている武装は、そう多くはなかった。
両肩部のミサイルポッドに合わせて三発の小型ミサイルと、予備弾倉が尽きたハイパーバズーカ改。そして、少し傷ついたラージシールドと頭部バルカン。
これから敵中を突破し、資源衛星を停止するにはなんとも心もとない。
しかし、悩んでいたところで状況が好転するわけもないと、ジャンは大きく息を吸い込み、吐き出した。
ノーマルスーツの酸素残量を気にする必要は、今のジャンにはなかった。
「……突破するなら、まだ場が乱れている今しかねぇよな」
ぐい、と操縦桿を動かすジャン。
その操作に従い、ジム・グランツァはハルパー部隊と殲滅部隊が交戦する死地へと突っ込んでいく。
──覚えておけ、ジャン。モビルスーツのパイロットは、
ジャンは、まだ彼が学徒兵だった頃にアランが教えてくれたことを思い出す。
「いつも、ひとりか……。今なら、隊長の言ってる意味が分かる気がするな」
まだ幼かったジャンは、そのアランの言葉を戦場における兵士の孤独と、戦場という場所の無慈悲さを示すものだと受け取った。
しかし、いまのジャンはその言葉の真意が理解できる。
モビルスーツのパイロットは、
ミノフスキー粒子の散布下では安定した味方との連携はおろか、通信すらできない。戦場を俯瞰できるレーダー類も使えず、頼れるのは己の感覚と技術、そして搭乗する機体のみ。
そういう状況下では、まず自らで考え、動かなければ生き残れない。
一年戦争という地獄を生き延びたアランは、それを痛感していたのだろう。
「
推進剤の残量など気にせず、最高速度で宙域を突っ切ろうとするジム・グランツァ。
まず、ハルパー部隊側のドライセンが、接近してくるジム・グランツァに気づく。
ビーム・ランサーを構えたドライセンは、ジム・グランツァの進行方向に立ちふさがり、その背部バックパックにあるトライブレードを二機発射する。
トライブレードとは、発射時に入力された座標に向かって突撃する、言ってしまえばバーニア付き手裏剣のような武装だ。
「さっそく、ややこしい真似を!」
接近する二基を振り切れないこともないが、それだけ余計に推進剤を消耗する上、その間はドライセンがノーマークとなってしまう。
「小細工は趣味じゃないからな!」
ジム・グランツァが自身の左腕に装備しているラージシールドを前方に構え、そのまま突っ込んだ。
着弾。
ジム・グランツァに当たるはずだったトライブレードは、ラージシールドに命中した。
そして、トライブレードが深々と突き刺さったラージシールドを即座に放り捨て、ジム・グランツァは右手に持つハイパーバズーカ改を一発、ドライセンに撃ち込む。
その一発は近接信管弾であり、ドライセンの頭部付近で炸裂。特徴的な菱形の頭は、その殆どが消し飛んだ。
ドライセンのコクピットでは、衝撃と頭部カメラの破損によって、一時的に全天周囲モニターの映像が乱れる。
「とどめッ!」
ジャンは容赦なく、そこへ追い打ちをかける。
各部位のスラスターを僅かに弱めて、僅かに進行方向を修正。そのままドライセンの横を駆け抜けながら、左手のビームサーベルでその胴体を一刀両断した。
ちりちりと切断面から火花が散る余裕もなく、ドライセンは爆発四散。
しかし、ジャンはそれを一瞥もせず、ただ前へと突き進んでいく。
資源衛星を停止させるために。
いまのジャンは、さながら目標に向かって放たれた弾丸であった。
そんなジャンとジム・グランツァの前に、次々と敵が立ちふさがる。
殲滅部隊のジェガン。
「……け」
ガザⅮ。
「……どけ」
ザクⅢ。
「そこを、どけ────ッ!」
腹の底から叫ぶジャン。
自らの力を振り絞り、ジム・グランツァの武装も全て使い果たして。
それらの敵をジャンは撃墜する。
いまや、彼の機体に残されているのは、残弾数一発のハイパーバズーカ改のみ。ジム・グランツァの左脚部は損壊し、各部位の装甲には痛々しいほどの傷が刻まれていた。
ジャンの鬼気迫る戦いは、グワンバン級戦艦の周囲の戦況すら一変させた。
ハルパー部隊側には動揺が広がり、それを好機と捉えた殲滅部隊のジェガンがグワンバン級戦艦の至近距離に取りつき始める。
こうなっては、アクシズ勢力の誇る大型戦艦といえども、どうしようもない。
やがて、グワンバン級戦艦の各所で爆発が起こり始める。
ハルパー部隊の残存戦力は残るエンドラ級軽巡洋艦へと再集結を計るが、もはや趨勢は決したも同然であった。
そんな状況で、ジム・グランツァが資源衛星にたどり着く。
まさに満身創痍。パイロットも機体も、これ以上動くことは難しかった。
荒くなった呼吸を整え、ジャンはハイパーバズーカ改の照準を資源衛星の制御部分に合わせる。
「任務は、完了ッスよ……。アラン隊長、マリア副隊長……」
発射。
発射寸前のハイパーバズーカ改は切り落とされた右腕部とともに、力なく宇宙のゴミと化した。
切断したのは、殲滅部隊のジェガン。右手に構えたビームサーベルを、今度はジム・グランツァのコクピット前方に近づけた。
いつでも殺せる、という意思表示である。
目を見開き、ジャンは呆然とする。
「……て、テメェら馬鹿か! このままいけば、あの石ころは阻止限界点を超える! フォン・ブラウンに落ちるんだぞ!」
ジェガンから延ばされた通信ケーブルから聞こえた声は、そんなジャンを嘲笑った。
「────馬鹿はお前たち三人だよ。
「ここ、まで……?」
「そうだ。……さて、このビームサーベルで蒸発したくないなら、コクピットから出てくるんだジャン・ミンウェイ」