全て、終わった。
糸の切れた人形のように宇宙空間を漂うプルス・ガンダムのコクピットで、アラン・ダレンは眠ったように目を瞑って動かない。
まさに満身創痍であった。
サイコフレームを使っての、モビルスーツという枠を超えた戦闘は、アランの身体と精神にとてつもないダメージを与えていたのだ。
「何も理解していないのは、俺も同じか」
目を瞑ったまま、自嘲気味に笑うアラン。
「自分が長年連れ添った部下の心すら分からずに、マリアを死なせてしまった」
ゆっくりと途切れゆく意識の中、アランは気まぐれに目を僅かに開く。
すると、モニターの隅に資源衛星B79が見えていることに、彼は気づいた。
「随分、近づいていたんだな……」
資源衛星B79の核ノズルは、停止している。
月面都市フォン・ブラウンを脅かし、何としても阻止しようとアランたちが命懸けで突撃した資源衛星が。
今やなんてことのない、資源をあらかた採り尽くした衛星に。
美しさも歴史もなく、ただ広大な宇宙を漂っていただけの石ころとなっている。
この石ころを止めるために、多くの命がこの宇宙から失われた。
カミロ・カーダ。
マリア・リアス。
ほかにも多くの命が、この宙域で失われたのだ。
「こんな茶番をするために、何人が死んだんだ」
カミロとの戦いの最中、横槍を入れてきたジェガン。
アランはあれを、アナハイムの殲滅部隊だと確信していた。
「元より、サイコフレームのことを知る人間を、ここで一気に片づける茶番だった……」
いつ、どこから仕組まれていたものだったのか。
自分がもう少し早く、この真実に気づいていれば何か他に手段が、もしかしたらもっと良い結果にたどり着けたのではないか。
そういう思考が、ぼやけたアランの脳裏をよぎる。
だが、いまとなってはそんな思考は、一切の意味を持たない。
ハルパー部隊のグワンバン級戦艦は戦いの最中に沈み、敵の首魁であるカミロ・カーダは、アランが討った。
ジャン・ミンウェイが止めたのか、或いは殲滅部隊が止めたのか。事実がどうであれ、資源衛星の核ノズルも停止し、フォン・ブラウンに資源衛星が落ちることもない。
そして、ドライベロスが爆散したいま、残るサイコフレーム搭載機はアランの乗る、プルス・ガンダムのみ。
「俺も、今回ばかりは生き残れそうにないな……」
運が悪ければ、そのまま殲滅部隊に殺される。
例え良くとも、サイコフレーム搭載機に乗ったサンプルとして、脳や身体を弄られて実験生物のように扱われるのが
ならば、いっそこの場で────。
アランの視線が、ノーマルスーツの脚部に装備されている拳銃のホルスターへと向く。
「マリアは死に、カミロも俺が殺した……。全て、終わった……」
もはや、アラン・ダレンにできることなどない。
宇宙の持つ暗い冷たさが、アランの心から生きようという熱を奪い始める。
カミロと戦っていたときは、あれほど熱いと感じられた宇宙が、いまのアランにはまるで氷のように冷たく感じられた。
僅かに残った力を使って、拳銃のホルスターへとアランは震える手を伸ばす。
「すまない、ジャン。すまない、マリア」
アランは謝りながら、ホルスターから右手で拳銃を取り出した。
因果応報。これが命を奪ってきた者の末路なのかもしれないと、アランは思う。
「……すまない、リンさん」
そして最後に、その名前を口にしたとき。
────あぁ、分かった。約束する。俺も、マリアも、ジャンも。必ず、生きて帰る。
────はい、待ってます。
アラン・ダレンは、リン・サザナミとした
ハッ、と我に返るアラン。
握っていた拳銃の銃把を手放す。
「なんて、大馬鹿なんだ、俺は」
己の愚かさに、アランは笑うしかなかった。
マリアがいればきつく叱責され、ジャンがいれば考えすぎだと笑われ、リンがいれば涙ながらに怒られただろうと、アランは思った。
「最後まで、諦めるものかよ……」
こんな情けない自分でも、せめて最後まで生き延びようとする意志を捨てないでいようと心に決めて。
そしてせめて、ジャン・ミンウェイだけでも生き残っていることを祈りながら、アラン・ダレンはコクピットの中で意識を失った。
◆
一切の動作を停止したプルス・ガンダムに、接近する機体が二機。
アナハイムが寄越した殲滅部隊のジェガンであった。
「今回もまた、
「あぁ、間違いない。最優先で回収すべき、ガンダムだ。パイロットは可能なら生け捕り、抵抗するなら殺していいと上層部からの命令だ」
「へーいへい。いまのところ、抵抗どころか動いてすらないな。俺は、中でもう死んでる方に賭けるぜ」
二機のジェガンは、プルス・ガンダムを前後で挟むようにして止まる。
そして、プルス・ガンダムの正面側に位置するジェガンのコクピットから、右手に拳銃を持ったノーマルスーツ着用のパイロットが姿を現した。
そのパイロットはノーマルスーツ腰部のベルトからワイヤーを射出し、それを伝って安全にプルス・ガンダムのコクピット付近まで到達する。
「さて、と。外部からコクピットを開けるための認証コードは……」
そのとき。
「おい。
プルス・ガンダムの背後でジェガンに乗り、周囲を警戒していた者が接近してくる小型船に気づいた。
ジェガンのビームライフル、その銃口が小型船に向けられる。
「おいおい、なんだよ。こんな船がこの宙域に来るなんて、事前に聞いてないぞ」
「乗っ取られた、というわけではなさそうだが……」
小型船に、武装の類は一切見受けられない。
その小型船はプルス・ガンダムに接近すると減速し、機体正面側のジェガンの背後で止まった。
ミノフスキー粒子の濃度が近距離通信に影響を及ぼさないレベルにまで下がっていることを確認し、まだジェガンに乗っている方のパイロットが話しかける。
「こちらはアナハイム所属のモビルスーツ部隊。この宙域に入ってくるということが、どういう意味を持つのか理解しているのか?」
「────そちらの仕事を邪魔する気はない。だが、こちらも同様に仕事でな。
応答したのは、低く威厳のある声をした男性であった。
「なに? そんな話は聞いていない」
「そう言われてもな。こちらも上層部に命令されて、ここに来ただけだ。何なら、直接確認してもらってもいいが……。まだ長距離通信は復活していないし、
ジェガンのコクピット内部で、パイロットが唸る。
殲滅部隊側にも艦船はある以上、拘束した捕虜を月に移送するためだけに新たな船を送り込むのは、明らかに不自然だ。
しかし、小型船がアナハイムで使われているものであることもまた疑いようのない事実であり、上層部に確認することが現状ではできないこともまた事実であった。
「急かすようで悪いが、こちらは武装もない小型船なんだ。決着はついたと言っても、ハルパー部隊の生き残りがうろついているかもしれない。できれば、早めにこの宙域から離脱したいんだが」
この騒動を引き起こしたネオ・ジオンの残党勢力がその名で呼ばれていることを知っているのは、ごく少数の人間だけである。
多くの者は、そもそもこの資源衛星B79の宙域で戦いが起こっていることすら知らない。
本当に、単なる事後処理部隊なのか。
ジェガンのパイロットの心は、揺らいでいた。
「ちっ、めんどくせぇな。じゃあ、アンタらが本当にアナハイムの関係者なのか、テストしてやるよ」
いまプルス・ガンダムのコクピットを開け、中で眠っているアラン・ダレンに拳銃を向けている方のパイロットが言った。
「おいおい、テストだと? そんなことをやっている時間は……」
「黙ってろ。いま、俺は拳銃を構えてる。そして、俺たちの部隊が命じられたのは、機体の回収だけ。パイロットは生死を問わず、だ。この意味、
小型船の男の反論を許すことなく、拳銃の引き金に指をかけて、パイロットは話を続ける。
「──よし、じゃあクイズだ。フォン・ブラウンには、旧世紀に人類が初めて降り立った場所がある。いまは公園になってる、その場所の名前を言ってくれ」
その問いに、先ほどまで言いよどむことすらなく反論していた小型船の男が、黙った。
「どうしたんだ? フォン・ブラウンどころか、月に住んでるヤツなら大半は知ってるぜ? 俺も休暇のときは、ジョギングをしに行くんだ。……まさか、知らねぇってことはないよなぁ?」
依然、小型船の男から返答はない。
沈黙が、その場を支配した。
プルス・ガンダムの背後でスタンバイしていたジェガンが頭部バルカンを小型船に向けはじめ、パイロットの構える拳銃がアランの頭部へと狙いを定める。
「……いち」
パイロットが、カウントを始めた。
「……にぃ」
まだ、沈黙は破られない。
「…………さん」
拳銃の引き金に、力が籠められる。
それでもなお、小型船からの返答は。
「────
小型船から、返答があった。
しかし、厳めしい男の声ではない。
まるで少女のような幼さと、芯の強さを併せ持つ女性の声であった。
「あまりにも分かりやすい質問だったから、何かの罠かと勘繰っていたの。それで、テストは合格?」
一拍。
パイロットは拳銃をアランの頭部に向けたまま、動かない。
そして。
「……あぁ、合格だ。随分、可愛らしい声だな。今度、あの公園でデートでもどうだ?」
アランに向けられた拳銃が下ろされた。
「悪いけれど、遠慮しておくわ。じゃあ、こちらも仕事だから。そのガンダムのパイロットを、こちらに引き渡してくださる?」