────死んだのか。
アラン・ダレンは、バラバラになったパズルを組むように、ぼやける思考をどうにかまとめていく。
自分は、どうなったのか。
マリアやジャンは、どうなったのか。
そういう思いを動力にして、どうにか眠ったままの意識を覚醒させようとする。
────起きて。
断片的に、声が聞こえた。
誰の声か、はっきりとは分からない。しかし、その声は
────約束。
約束。
その言葉が、アランの意識に深く響いた。
必ず、生きて帰るという約束。
リン・サザナミとの、約束。
深い眠りの底へと沈もうとするアランの意識を、その約束が引っ張り上げる。生きなければ、目覚めなければという熱が、アランの心を突き動かす。
そして。
「……良かった。本当に、良かった」
瞼を開けたアラン・ダレンが最初に見たのは、自らの手を握る白くて細い誰かの手。最初に聞いたのは、心底から安堵する誰かの声。
その手と声は、震えていた。
「……やぁ、リンさん。今回も、生き残れたよ」
アラン・ダレンは、リン・サザナミの手を握り返す。彼女の手の触感は柔らかく、操縦桿と銃把を握って硬くなったアランの手とはまるで違っていた。
いまこの瞬間、アラン・ダレンは自身がまだ生きているのだとようやく実感した。
彼が眠っていたのは、何処かの個室にあるベッド。
そして、アランの横でずっと彼に語りかけていたのは、リン・サザナミであった。
「はい。約束、ちゃんと守ってくれましたね」
目の端から涙を零しながら、リンが笑う。
その笑顔はアランのすべてを祝福し、迎え入れているようだった。
「……すまない。完全には、守れなかったんだ」
だからこそ、その笑顔がアランにとっては心苦しい。
アランをかばい、ビームの直撃を受けたデミ・ドーガが。
途切れていくマリア・リアスの声が。
アラン・ダレンには、焼きついたようにしっかりと記憶されているからだ。
「ジャンは、行方しれず。そして、マリアは……」
生き残った安堵よりも、部下たちを守れなかったという後悔が、アランの表情を曇らせていく。
リンの手を握るアランの手にも、無意識に力がこもる。華奢なリンの手では、受け止めきれないほどの力。
当然、彼女は痛いはずだ。
「大丈夫です。大丈夫ですよ、アランさん」
しかし、リンはアランの手を離さない。
痛みをまるで表情に出すこともなく、アランの手を握り続けていた。
「大丈夫なものか! あの二人は……!」
「────心配性ッスね、アラン隊長は」
信じられないものを確かめるように、アランは声がした方向を見る。
「ジャン・ミンウェイ。しぶとく生き残ってますよ」
「……
個室の入口。
そこには、ジャン・ミンウェイとマリア・リアスが立っていた。
ジャンはノーマルスーツのまま、頬にアザがあるくらいで目立った外傷はない。
一方のマリアはノーマルスーツから病衣に着替えており、身体のあちこちに包帯が巻かれていた。
「俺は、ちょいとアナハイムの犬っころに殴られたくらいッス。けどマリア副隊長の方はもうボロボロで。なのに、まず隊長を安心させるんだとか言って無理矢理に」
「貴方が黙って肩を貸していれば、こうして立っているぐらいはできます」
人口重力がない空間のためか、ジャンが部屋の手すりを掴み、そのジャンの肩をマリアが掴むことで、どうにかふわふわと浮くことなく直立している。
そんな様子の二人を見て、アランはしばらく何も喋ることができず、ただ涙をこらえながら笑うのが精一杯であった。
「だから言ったでしょう? 大丈夫ですって」
「あぁ……。本当に、
安堵したアランの手から、力が抜けていく。
この場にいた全員が、気がつくと笑っていた。
「しかし、どういう手品なんだ。あの戦場から俺だけでなく、ジャンやマリアまで生還させるとは」
「色々な人のおかげですよ」
ひと息ついたアランたちに、リンが事の顛末を話し始める。
「まず、ここはアナハイムの小型輸送船の中です。アランさんとお友達のメカニックさんが、どうにか用意してくれました。色々な裏の事情も、あの人から」
「私たちの機体……。つまりはプルス・ガンダム、デミ・ドーガ、そしてジム・グランツァに内蔵されていた発信機の追跡を可能にしたのも、あのメカニックです」
流石はアナハイム屈指の話が分かるメカニックだ、とアランは笑う。
「そして、船を操縦しているのは、わたしの父。あとは、わたしと父で捕虜の収容にきたと嘘をついて、ピンチだった皆さんを助けて回ったんです」
少し自慢げに、鼻先をこするリン。
「本当に、危険がいっぱいでした。ジャンさんはアナハイムの人に逆らって、殴られている最中でしたし。マリアさんは、もう少しビームが腕部ではなくコクピットの方にずれていたら、助けられませんでしたから」
「腕部ではなく……? どういうことなんだ?」
いまいち釈然としないといった具合のアランに、マリアが追加で説明を行う。
彼女は身体をベルトで固定するタイプの椅子に座り、楽な姿勢で話していた。
「あの時、敵のビームが最初に当たったのは、前に突き出していたデミ・ドーガの腕部でした。それが幸運だったんです。ビームの出力が弱かったこともあり、腕部を貫通しきれなかったビームが拡散し、胸部の装甲を焼かれるだけで済んだのです」
マリアの話を聞きながら、アランはドライベロスのファンネルにデミ・ドーガが当たった瞬間を思い出す。
「……まさか、有線インコムから切り替えるのが早すぎたのか」
「はい。おそらく、あのファンネルには十分なエネルギーが蓄積されていなかったのでしょう。結果として、それが私の命を救った」
「まさに幸運か……。それと、デミ・ドーガの装甲は薄いなんて、もう口が裂けても言えないな」
「はい、本当にいい機体でした」
互いの目を見て、笑うマリアとアラン。二人共、あの状況ではもう二度とこうして笑い合えることなどないと思っていた。
これ以上の言葉は、二人の間には必要なかった。
その様子が何とも我慢ならなかったのか、リンはわざとらしく咳ばらいをして話に割り込む。
「さて、お二人の話はここまでにして。次は、この船の目的地についてお話しますね」
こういうむきになるところは年相応なのだと、アランたちは微笑ましく思った。
「この船の目的地は、地球にあるサザナミ家の私有地です。そこなら、アランさんたちの色々なしがらみも関係ありませんから」
「地球、か……」
地球。
その星に持つアランの感情は、ひと言では形容しがたいものがあった。
憎むべき敵として対峙した星。
コロニー落としという凶行を受けてもなお、青く輝く人類の母たる星。
そしていまアランは、その星で新たなる人生を始めようとしている。
「人生とは、分からないものだな。元ジオン兵の自分がガンダムに乗って戦い、いまさら地球で戦いを捨てられる日がくるとは」
瞼を閉じ、少し考えるアラン。
「……嫌、ですか?」
「まさか。
ゆっくりと目を開いたアランは、それぞれの意思を確かめるように、マリアとジャンの方を見る。
「俺は全然いいッスよ。地球には妹もいるんで、都合もいいッスから」
「私も、それで構いません。二人がそれを望むなら、そこが私の居場所ですから」
二人の答えを確かめたアランは、その言葉を噛みしめるように一拍を置いてから、口を開いた。
「と、いうわけだ。兵隊崩れの三人だが、よろしく頼む」
「はい。今度は、わたしが約束を果たします」
かくして、アランたちを乗せた輸送船は地球へと向かう。
モビルスーツを駆り、宇宙で戦った戦士たちはいま。
モビルスーツを捨て、地球へと降り立つ。
アラン・ダレン。
マリア・リアス。
ジャン・ミンウェイ。
彼らもまた、戦いという盤面から降りた戦士となった。