アナハイム警備部の待機室に入ったアランとジャンを待っていたのは、予期せぬ光景であった。
そこにいるはずのない人物がいたからである。
それは、すらりと伸びた美しい脚を組み、読んでいる雑誌からまったく視線を上げないマリア・リアスではない。
つい今しがたアランが報告を終えたはずの、警備部主任が不機嫌そうに口をへの字に曲げてソファーに座っていたのである。
「アラン君……。きみの部下であるマリア君は、私が部屋に入ってきたというのに頭を少し下げただけで、飲み物のひとつも用意しないのだが。きみは一体、部下にどういう教育をしているのかね」
「いや、申し訳ありません。平素から、
「き、貴様ら……」
アランたちをはじめ、警備部に所属するほとんどの人間はこの主任が嫌いだった。
元々がフォン・ブラウンの本社勤務だったこの男は、ガンダムの試作機を巡るアナハイム社内のごたごたによって失脚し、グラナダの警備部に左遷されたという経歴を持っている。
その本社勤務のキャリア組であったというプライドから、警備部に所属している人間をジオンの兵隊崩れ、或いは単純な肉体労働者だと見下しており、手柄の横取りや部署の予算を着服しているという噂が流れるほど評判は最悪であった。
「学のない、負け犬ジオンの元兵隊である貴様らが、仮にも地球圏最大の企業であるアナハイムに所属できているのは、私のおかげなんだぞ! モビルスーツに乗れるだけの兵隊崩れが、何様のつもりだ!」
「そっちこそ────」
一番の若手であり、頭に血が上りやすいジャンが食って掛かろうとするが、それをアランが抑える。
「誠に申し訳ない。それで主任。報告を終えてすぐ、ここへ来られるということは何か特別な事情があったんでしょう?」
アランが頭を下げたことで、主任は不承不承ながらも本題に入った。
「……アラン隊長。きみとその部隊には現時刻から二十時間後、アナハイムの工業用コロニーであるインダストリアル5に、モビルスーツで向かってもらう。きみとマリア君が先ほど遭遇した不審船は、看過できない脅威だった。連中はあの付近で、何かを企んでいる。それを発見し、排除することがきみらの今回の任務だ」
アランが報告したときの消極的な態度からは考えられない命令に、彼は思わず我が耳を疑った。
ハマーン・カーンが率いていたネオ・ジオン勢力の残党である可能性あり、とアランが報告した際は、ジャンクヤードでモビルスーツを手に入れたごろつきだと軽くあしらわれたにも関わらずである。
「……確かに、私とマリアがザクⅢに遭遇した資源衛星から最も近いコロニーは、そのインダストリアル5です。コロニーの占拠による身代金の要求などを行う可能性もある以上、警戒するのは道理だと思います。ですが先ほど私が報告した際には────」
「事情が変わったのだ。きみらは余計な詮索などせず、ただ黙って任務を完遂すればいい。兵隊は、
息を吐くように、アランたちへの嫌味を言う主任。
相手するだけ無駄だと、アランやマリアは反応しない。ジャンもその二人に倣い、どうにか怒りを抑えていた。
「……敵はザクⅢを使っていました。となると、質と量もそれなりです。俺たちの乗るモビルスーツは?」
「アラン隊長には、リック・ディアスをベースとしたプルス・ディアスという機体を。部下の二人には、これまで隊長が乗っていたデミ・ドーガとジム・グランツァに搭乗してもらう」
「プルス……、ディアス?」
初めて耳にする機体名に、アランは首を傾げる。かつてジオン軍としてグラナダに駐留していたアランは工場のメカニックたちと親交があり、開発中の機体などを時折見せてもらっていた。
しかし、そんなアランですら、プルス・ディアスなる機体のことは全く知らない。
グリプス戦役期の名機リック・ディアスがベースだと言われても、既にその時期の機体が旧式扱いされる現状において、どういうカスタムを施すことで新型機と張り合える機体を作るのか、アランには皆目見当もつかなかった。
結局、彼はアナハイム・エレクトロニクスお得意の、極秘裏に製造された試作機なのだろうと勝手に納得した。
「機体に関することは、現場のメカニックに聞け。正式な命令書は後ほど届けさせる。理解したかね?」
「はい。
「……そ、そうか。では私はこれで失礼するよ。君たちと違って、常に私は忙しいのでね」
こめかみに青筋を浮かばせながら、主任は待機室を後にする。
電子ロックの自動開閉ドアでなければ、荒々しく扉をしめる音が響いていたことだろう。
主任がいなくなるや否や、ソファーに座っていたマリアは立ち上がり、謎の専用機であるプルス・ディアスに思いをはせるアランに頭を深々と下げた。
「……すいません、アラン隊長。あの
心底から申し訳なさそうにするマリアに、アランは頭を上げてくれと言いながら笑う。
「まぁ、そんなことだろうと思ったよ。気にしなくていい。むしろ、俺の代わりにヤツを殴ってくれて助かる。俺たちはもう兵士じゃないんだ。理不尽に耐える必要はない」
「……いえ。殴ったのでは跡が残るので、指の骨を折れる寸前くらいにまで曲げました」
淡々と白状するマリアに、アランとジャンは大笑いした。
そして、ひと通り笑ったあとでアランは先ほど自分たちが受領した命令についての情報をまとめ始める。
「──さて。俺たちの鬱憤はマリアが晴らしてくれていたことだし、そろそろ任務の話に移ろうか。ジャンが戻ってきたからいつもの隊形に戻る……、と言いたいところだが。俺の新しい機体次第では、それを変更する必要があるな」
「はい。そして、敵勢力をネオ・ジオン残党と仮定した場合、以前のザクⅢのほかにバウやズサ、ドライセンなどの高性能機体が出てくる可能性もあります。いつも以上に警戒が必要でしょう。ただ、そうなると敵の目的が分かりません」
「どうせ、金がないからアナハイムのコロニーを占拠して身代金をとろうって算段じゃないッスか? ハマーン・カーンが死んで、アクシズにいた元ジオンの連中はバラバラだって聞きますし」
マリアやジャンの話を聞きつつ、アランは他に見落としていることがないか、考えを巡らせる。
彼らにとっては最早いつものことだが、判断材料となる情報がアナハイム側から与えられることなど稀であった。だからこそ、アランたちは自分たちの身を守るため、日夜様々な手段で情報収集を行っている。
アランたちが従事する非正規戦では、情報を知らぬことが死に直結するためだ。
そして、アナハイム・エレクトロニクスという企業は、その規模の大きさもさることながら、抱えている嘘と秘密の多さでも有名である。
地球連邦軍にモビルスーツを卸す一方、裏でジオン残党にモビルスーツを供与。
人の心に反応する謎の素材を使った禁忌のモビルスーツ。
歴史の裏で作られ続けてきた、多くのガンダムたち。
都市伝説めいた眉唾物の話も含めて、アナハイムにはそういった陰謀と秘密の影がいつも付きまとっていた。
それらと密接に関わる形で仕事をしているアランたちは、藪をつついて蛇を出すことがないよう、常に細心の注意を払っているのだ。
「今回の件は、いつも以上に慎重になる必要がありそうだ。二人共、すまないが色々と探ってきてほしい。俺はまず、そのプルス・ディアスという機体がどれほどのものなのか、グラナダの工場で確かめてくる」
「「了解!」」
「くれぐれも、無茶はしないでくれよ」
マリアやジャンが安心できるよう、アランは何事もなく笑いかける。
しかし、平静を保ちたい彼の心を、どうしても拭いきれないほどの嫌な予感が波立たせていた。