月面都市グラナダの、アナハイム・エレクトロニクスが所有するビルの上層階。
「そちらにお送りした、サイコフレームのデータはご覧いただけましたかな? 人の精神に感応する新素材……。総帥が期待していた通りのものだったと思いますが」
そこで、いかにも重役という黒革の椅子に座っている一人の男が、端末で何者かと通話を行っていた。
この上層階からは、月面都市グラナダはもちろんのこと、隔壁の向こうに広がる宇宙も一望することができる。
「アクシズ残党の愚連隊どもに貸与したドライベロスは大破。プルス・ガンダムとかいう試験機も、無事にこちらで回収済みです。しかし、このサイコフレームという素材は、なかなかくせ者のようですな」
はっはっは、と本心にもない笑い声を出しながら、男は端末に表示された一機のモビルスーツのデータ、画像類を眺めていた。
プルス・ガンダム。
アラン・ダレンの乗機だった機体。
画像に表示されているプルス・ガンダムは、頭部および脚部が損壊。各部の装甲も削り取られていたり、焼かれてしまっていた。
おおよそ、モビルスーツとしては終わってしまった機体、用済みとなった機体である。
だが、プルス・ガンダムが収集したデータには、とてつもない価値があることを男は理解していた。
「少し想定外のこともありましたが、おおむね計画通り。コロニー落としの真似事ができて、あのハルパー部隊とかいう愚連隊の連中も本望でしょう。こちらとしてもデータはとれて、ジェガンの実戦テストも行えた。全ては万事、順調です」
このサイコフレームという未知の素材は、宇宙世紀の歴史を、モビルスーツの歴史を変える。
「まるで死の商人? ははは、誰もやらんから、我々がやっているだけですよ。旧世紀からずっと、人は己を滅ぼしかねないほどの戦争を、何度も繰り広げてきましたからな。我々がやらねば、他の者がやる。それだけの話です」
男は笑わずにはいられなかった。
死の商人。
宇宙世紀の巨悪。
地球圏の争乱の種。
アナハイム・エレクトロニクスを悪しざまにいう言葉は、それこそ星の数ほどある。
だが、そうやってアナハイムを軽蔑、嫌悪する輩たちもまた、
「需要があるから、供給する。そして、それによって利潤を得る。極めて正常な、
男は席を離れ、外を見る。
宇宙世紀の伏魔殿、アナハイム・エレクトロニクスのグラナダ支社ビル。
その上層で、月の都を睥睨しながら男は次なる策を練る。
もっと利潤を。
もっと拡大を。
求めるところは、ただそれだけである。
「……ご心配なく。サイコフレームの存在を知るのは今のところ我々と、貴方がた新生ネオ・ジオンだけですよ。この素材を使えば、総帥の新たなモビルスーツ……。サザビーは、これまでにないモビルスーツとなるでしょうな」
端末の向こうにいる人物も、彼らアナハイムにとっては所詮、単なる取引先のひとつでしかない。
彼らアナハイムにとっては、ジオンの理想など一銭の価値もない戯言でしかなかったからだ。
「は? サイコフレームの情報は、いずれ意図的に連邦にも? ……まぁ、我々のような商人に、
最後に、一応の社交辞令として、あの言葉を送っておくかと思い立つ男。
ひとりの夢想家から始まった、
「それでは、ご武運を。……
────時は、宇宙世紀0090。
この三年後、かつてジオンの赤い彗星と呼ばれたシャア・アズナブルは、キャスバル・レム・ダイクンとして新生ネオ・ジオンを立ち上げる。
そしてスペースコロニー、スウィートウォーターを占拠し、地球連邦軍に対して宣戦を布告。
地球寒冷化作戦の手始めとしてチベットのラサへ5thルナを落下させた。
第二次ネオ・ジオン抗争である。
宇宙世紀に平穏は、まだ訪れない。