─prologue─ アクシズを運ぶ極光
オーストラリアの地で、アラン・ダレンは
地球に落とされようとしていた小惑星・アクシズがその極光に運ばれ、地球から離れていく奇跡を見た。
オーロラ。虹。未知なる光。
呼び方など、いまのアランにとってはどうでもよかった。
彼の頭上でアクシズを包み込むようにして輝く光の幕は、そういった理屈や言語を超えて、アランの心を揺れ動かす。
「アラン隊長! マリアとリンのお嬢は地下のシェルターへ避難完了ッス。農場の作業員もほとんどがそこに、あとは隊長だけッスよ」
一年戦争から共に生きてきた部下、ジャン・ミンウェイがアランへと駆け寄る。
「……ジャン、空を見てみろ」
「なに呑気なこと言って────」
空を見たジャンは、言葉を失った。
どう考えても、現実的にはあり得ない光景。
オーストラリアの地でオーロラが、それもアクシズを包み込むようにして、地球に核の冬をもたらそうとした小惑星を何処かへと運んでいる。
「あ、あれはなんなんスかね……?」
「さぁな……。だが、少なくとも悪いものではない」
ポカンと口を開けて、光の幕がたゆたう空をただ眺めるジャン。
一方、アランはあの光の正体が少しだが理解できた。
あれは、人の心の光。
かつて、アランが乗ったモビルスーツ。
サイコフレームが搭載された未知なる機体、プルス・ガンダムがみせたものと、同じ光だったのだ。
人の心に働きかけ、その心の振れ幅を光と力に変える素材であるサイコフレームが、いかなる奇跡を起こすのか。
アラン・ダレンは少なくとも一度、それを体験している。
そして極光の幕に乗り、戦った男はいま、再びその極光がもたらす奇跡を目の当たりにした。
チベットのラサに対する5thルナ落下から始まったシャアの反乱、その終わりをいま、アランたちは見ている。
愚かな地球人類を罰するべく行われた新生ネオ・ジオン総帥、シャア・アズナブルによる地球寒冷化作戦。
人類の断罪と、地球への贖罪。
人間の愚かさと、知恵の相克。
そういったものに対する答えがこれなのだと、アランは思った。
「人の過ちも、生み出される悲しみも、この光があるなら……」
アランとジャンの後ろから、声がした。
その声を発したのは、リン・サザナミ。
アナハイム・エレクトロニクスに雇われた、モビルスーツのパイロットでしかなかったアランを変えた少女である。
「お嬢! シェルターにいないと!」
ジャンは狼狽するが、リンは微笑んでいた。
「いいんです。わたしは、アランさんと一緒にいますから。……それに、もう心配はいらないでしょ?」
そう言って、リンはアランの手を握る。
この少女にも、既に伝わっていた。
あの光が何であるか、という科学的なことではない。そういう理屈の上の話は、いまのアランとリンにとってさほど重要ではなかった。
なぜなら、いま空で輝く極光の幕は、そういう理屈から生じるものではないから。
だが、あの光がなにをもたらすのか、そしてあの光はなぜあそこまで優しく光るのか、アランとリンには感覚で伝わっていたのだ。
「あぁ。あの温かい光のおかげかもしれない」
温かい。
触れたわけでも、ましてや近づいたわけでもないのに、なぜこんな言葉が出たのか。それはアランにも分からなかった。
だが。
あの極光を表現するのに最も相応しい言葉は、これしかないとアランには思えた。
あんな光を人間が生み出せるなら、人間だって捨てたものではない。
人間の持つ誰かを救おうとする意志は、悲しみを振り払おうとする意志は、暗い宇宙でも極光のように輝くのだ。
そういう気持ちを胸に抱きながら、アランたちはずっと極光の幕を見ていた。
その心が、あの温かい極光を忘れぬように。