アランたちが見た極光の幕と、それによって起こった小惑星・アクシズの落下阻止。
人々はこの現象を、アクシズ・ショックと呼んだ。
そして、地球連邦政府はこのアクシズ・ショックに対して、ひとつの声明を発表する。
アクシズの地球への落下を阻止できたのは、地球連邦軍の独立機動艦隊ロンド・ベルの作戦成功によるものであり、オーロラは
ニュータイプやサイコフレームなど、そういった地球連邦政府にとって都合の悪い情報はその一切が伏せられた。
この声明が果たして真実か否か。
多くの人々はそれを証明する手段も、追及するほどの意欲もなかった。
とにかく、なんとかなった。これからも、どうにか地球で暮らしていける。
その程度のぼんやりとした意識が大半を占め、一連の事件と人の心が生み出した奇跡に関する記憶は地球連邦政府によって、或いは日常という時間の流れによって、ゆっくりと風化していった。
時は過ぎ、
オーストラリア大陸の北部、オエンベリ周辺を警戒するモビルスーツ部隊がいた。
部隊構成はジムⅡが三機、中距離支援用のジム・キャノンⅡが一機の計四機。
赤道付近特有の赤い土、そして背の低い草木に覆われた大地をモビルスーツたちが歩く。
「かったるいな。一年戦争の
「そういう任務だからでしょ。……まぁ、いまどきジオンなんて古臭い旗を振ってる、ポンコツモビルスーツ共にアタシたちが負ける気はしないけど」
「だいたい、ハマーン・カーンもシャア・アズナブルも死んだのに、まだ戦おうっていう残党なんているのかね」
前方を歩くジムⅡに搭乗する若い男女の兵士が、広域通信で話していた。
彼らは一年戦争時、まだ五歳前後だった若者たちである。ジオンや一年戦争にまつわる教訓や逸話など、十年以上前の昔話程度の認識でしかなかった。
通信の暗号化もろくにせず、ダラダラと無駄話を続けている。
索敵はセンサーだよりだが、はるかに型落ちのジムⅡにそこまで優れたものは搭載されていない。
練度の低さがにじみ出ていた。
部隊はオエンベリからダーウィンへの幹線道路沿い行軍を続け、
「無駄口を叩くな! 主だった指導者を失い、ジオンという旗はもう折れかけている。ヤケになった残党連中が、人口密集地へのテロを行う可能性もあるのだ。貴様らはジオンの恐ろしさを────」
ジム・キャノンⅡに乗る上官が、たるみきっている部下たちに説教を始めようとしたとき。
ジム・キャノンⅡのセンサーに熱源反応。
直後になにかがジムⅡの胴体部を的確に貫通し、上官の全天周囲モニター前方で一機のジムⅡが爆散する。
「え────っ」
近くにいた女性兵士が爆発に反応すると同時に、そのなにかを放った機体が残ったジムⅡ二機の前に立ちふさがった。
「……元ジオン公国軍所属、リムド・リンクリッツ。乗機はグフ・パサード。恨みはないが、死んでもらう」
リムド・リンクリッツ。グフ・パサード。
いま、連邦軍のモビルスーツ部隊に対して、単機で挑もうとするモビルスーツのパイロットは、そう名乗った。
機体各部に取り付けられた姿勢制御バーニアを噴射して急停止した機体の周りには、煙幕のように土煙が舞っている。
その土煙は機体の姿をほとんど覆い隠しており、辛うじて見えるのは右腕部に構えられた改良型ヒートサーベル。
そして、禍々しく輝く赤いモノアイだけだった。
ぎろり、とモノアイが動き、土煙の中から次の獲物を見定める。
「う、うわぁぁッ!」
僚機が突然もの言わぬ残骸と化したことに錯乱し、ビームライフルを乱射するジムⅡ。
しかし、ろくに狙いもつけずに土煙へとビームを撃ち込んだところで、リムドの乗るグフ・パサードを墜とせるわけがない。
スッ、とまるで陽炎のように姿を消したかと思えば、グフ・パサードはジムⅡ二機から見て左方向へと移動していた。
通常の、二脚で地面を移動するモビルスーツの機動力ではない。
「ホバー機体か!」
ジム・キャノンⅡの上官がそれに気づく。
「ふたつ」
だが、そのときには既にもう一機のジムⅡは脳天からヒートサーベルの斬撃を浴び、その赤熱した刃は胸部コクピットどころか、腰部にまで到達していた。
そこで初めて、彼ら連邦軍パイロットはグフ・パサードの全容を目の当たりにする。
頭部や胸部は従来のグフ系と大して変わりないが、腕部に取りつけられた武装と、脚部の構造が大きく異なっていた。
左腕部に取り付けられているのは、大型のシールドと一体化した小型レールキャノン。形状はグフ・カスタムのガトリングシールドに似ている。
脚部はグフ・フライトタイプを想起させる構造になっており、通常の二脚による歩行とホバー移動の切り替えが可能だった。
それらの特徴に加えて目を引くのは、機体の消耗具合。
グフ系の肩部アーマーにみられるトゲはほとんど欠けており、修復の痕跡や放置されている傷が機体の至る所にあった。
なぜ、まだ動いているのか。
なぜ、まだ戦っているのか。
そう問いたくなるほど痛々しい姿。撃墜されたモビルスーツが、亡霊となって立ち塞がっているのではないかとすら思えてくる。
しかし、そんな
「た、隊長……! ア、アタシ、どうしたら……」
無線越しに聞こえた部下の震えている声。
無理もない、と上官は歯噛みしながら思う。
彼女たち三人は、一年戦争どころか実戦をほとんど経験したこともないのだ。せいぜい、ジオン残党という名の、山賊まがいの連中を相手にした小規模戦闘だけ。
兵士であるにも関わらず、人の死にあまりにも不慣れだった。
だが、敵は泣いたからといってやめてくれるわけでも、待ってくれるわけでもない。涙で戦いが止まるのは、夢物語の中だけだ。
ジムⅡだったものからヒートサーベルを引き抜いたグフ・パサードは、まったく隙を見せることなく左腕部の小型レールキャノンを構える。
ガコン、という鈍い金属音と共に、レールキャノンの薬室内に次弾が装填された。
「恨むなら、恨め。戦いとは、そういうものだ」
「あ……、やだ。やめて……」
まずい。
そう思ったとき、上官は叫んでいた。
「泣くな! 左へ飛べ!」
刹那。
わけも分からぬまま左へ飛んだジムⅡ。
グフ・パサードのレールキャノンから射出された実体弾。
ジムⅡは辛うじてレールキャノンの一撃は回避したものの、姿勢制御もままならず、横向けに地面へと倒れて緊急脱出用にコクピットのハッチが開いた。搭乗していた女性パイロットは無事である。
そして、それを確認したジム・キャノンⅡが、両肩のビーム・キャノンをグフ・パサードに向けて放とうとした。
だが、グフ・パサードはどこにもいない。
「どこへ……、なんだ!」
ジム・キャノンⅡのコクピット内部で、センサーがアラーム音を鳴らす。
熱源、直上。
その警告文を、ジム・キャノンⅡのパイロットが見ることはなかった。
串刺し。
そう表現するしかない。
頭部から腰部にかけて、グフ・パサードが構えたヒートサーベルが無慈悲に貫いていた。
バチバチと、ジム・キャノンⅡの頭部が火花を散らす。
戦いは。
否、
ジムⅡのパイロットだった女性は、よろよろとモビルスーツのコクピットから抜け出すと、ヘルメットを脱ぎ捨てて泣いた。いまの彼女には、それくらいしかできない。
リムド・リンクリッツはグフ・パサードのモノアイ越しに、そんな彼女を見た。
頭頂高18メートルの巨兵が、たった160センチの女性を見下ろしている。
「ジオンの亡霊! なんで、なんでまだ戦うの! なんで、こんなことを……!」
まるで子供のように、女性パイロットは泣き叫ぶ。
「──亡霊は、
リムドはそう呟くと、グフ・パサードの脚でジムⅡの右脚部を踏みつぶした。
突風が巻き起こり、女性パイロットはその場でしりもちをつく。
「これで、追ってはこれまい。泣くのなら、戦いを止めよ。
そう言って、グフ・パサードは三機の残骸が斃れる戦場を後にする。
「こちらリムド。上陸地点周辺の掃討を完了した。後続部隊は上陸後、予定通りポイント・アルファで拠点構築を行え。その後は、
そして亡霊はまた、次なる戦場を求めて彷徨うのだ。