極光の幕に乗った男、アランはオーストラリアの地でゆっくりと午睡を楽しんでいた。
麗らかな日差しが差し込む自室の窓にカーテンを閉め、冷房が効いた部屋で広げた本をアイマスク代わりにして、気持ちよさそうに眠るアラン。
服装はTシャツにカーゴパンツ。
Tシャツは腹の辺りまで捲れており、アランは寝ながら時折ポリポリと腹を掻いたりしている。
かつてプルス・ガンダムを駆り、ネオ・ジオン残党勢力であるハルパー部隊と戦った男と同一人物とは思えぬほど、ゆるい姿であった。
「……また、寝てますね」
ドアをノックし、応答がないため勝手に開けたリン・サザナミが呆れつつも笑う。
「まったく。よく寝ますね、この人は。マリアさんやジャンさんの前だと、
アランの眠るベッドに腰かけ、依然としてぐっすりと眠るアランの頭を愛おしそうに撫でるリン。
その薬指には、指輪がはめられている。
そう。いまやアランは
二人が式を挙げたのは半年ほど前。できたての新婚夫婦である。
「アナハイムのモビルスーツパイロットだったときは、ちょっと怖いとまで思ったけれど。いまじゃ、大人しい大型犬みたい」
ふふっ、と微笑んで、リンはしばらくアランの頭を撫でていた。
十分ほど経ってから、アランがゆっくりと瞼を開く。
「うん……? あ──……。また、寝ていたのか」
「はい、ずいぶんと気持ちよさそうに」
「このままだと、休日の大半を寝て過ごすおっさんになりそうだ」
ゆっくりと上体を起こすアラン。それから頭や腰を掻いて、大あくびをする。
「なんというか、役者ですよね。マリアさんたちの前と、いまのあなた。ほとんど別人ですよ?」
そのゆるい様子がなんとも可笑しかったのか、リンは口に手を当ててクスクスと笑った。
「男なんて、そんなものだよ。外では少しでも格好つけたいものさ」
「じゃあ、わたしは外じゃなくて、内ってことですか?」
リンのその言葉に、少し照れくささを覚えたアランは、彼女から目を逸らしながら誤魔化すように頬を掻く。
「まぁ……、そうだな」
「嬉しいです」
身体がむずがゆくなるほどの甘ったるい空気に、思わず咳払いをするアラン。
殺意や敵意を向けられることには慣れているアランだが、ここまで露骨に好意を向けられることにはなんとも不慣れであった。
「と、ところでリンさん。何か用があったんじゃないか?」
「ふふっ、はい。ジャンさんが、警備用モビルスーツの格納庫前で待っています。なんでも、すこしワケありの機体があるとかで」
リンからその話を聞いた途端、アランの目には力が入り、先ほどまで妻にたじたじだった夫の表情から、モビルスーツパイロットである男の表情へと変わる。
「ワケあり……? あのジャンがそういうなら、よほど何かあるんだろう」
つくづく切り替えが上手い人だと、リンは思った。
サッとベットから立ち上がったアランは、部屋にあった洗面台へと向かい、顔を洗って髪を少し整える。
そして、最後に彼は鏡を見ながら深呼吸をすると、頬を軽く叩いて気合を入れた。
「よし──」
アランがアナハイム・エレクトロニクスの雇われパイロットから、このサザナミ商会にやってきてはや六年の月日が流れようとしていた。
三十代となったアランだったが、肉体的な衰えはほとんど感じられない。むしろ、その目や表情にはアナハイム時代よりも力が満ちあふれてさえいた。
すべてのきっかけは、いまアランの後ろで微笑んでいる少女、リン・サザナミとの出会いである。
きっと、リンとの出会わなければ、今頃自分は死んでいただろう。アランはそう確信していた。
地球圏で渦巻く陰謀と争乱の中心であるアナハイムに、モビルスーツのパイロットとして身を置くということの危うさを、アランは誰よりも知っているのだ。
「それじゃあ、いってくる」
アランは部屋のドアを開けながら、リンにこの言葉を言えることの幸せを嚙みしめる。
「はい、いってらっしゃい」
リンもまた、こうして今もアランにこの言葉が言えることの幸福に感謝していた。
そうして、幸せをいっぱい胸に詰め込んで、晴れやかな気分で宿舎の外に出るアラン。
冷房の効いた屋内から一歩でも外に出た瞬間、猛暑とぎらつく日差しが彼を出迎える。
オーストラリアの大地は、コロニーや月面都市がいかに人の手によって整えられた環境であったかを、アランたちに嫌というほど思い知らせていた。
アランたちスペースノイドが生まれ育った宇宙では、人は自らの手で作り上げたコロニーや、月面のクレーターを利用して建造された都市に住んでいる。
そこでは日照時間から気温、風の吹き方や湿度に至るまで、全ての環境が人の手によって管理、運営されていた。
しかし、ここは地球。
自然というものはいかに雄大で強く、そして人間というものがいかに矮小で弱い存在なのかを、アランはこの数年間で痛感したのである。
「地球という環境を冷やそうとした、シャア・アズナブルの言うことも分かる気がするよ……」
そうぼやきながら、アランは一年戦争時代からの部下であるジャン・ミンウェイが待つ、警備用モビルスーツの格納庫へと向かう。
「違う、違う! 人間の足と同じなんだって! 右足でしっかりと地面を踏んでから、次に左足を進める!
そこで目の当たりにしたのは、右手に双眼鏡を構え、左手のトランシーバーに吠えるジャン。
そして、ずんと訓練場の地面を揺らしながら歩く、頭頂高17・5メートルの巨兵。
ザクⅡJ型と呼ばれる、旧ジオン公国軍のモビルスーツであった。
「おいおいジャン、このザクⅡはどうしたんだ」
ザクⅡに対して、鬼軍曹のように吠え続けるジャンに駆け寄るアラン。
近づいてきたアランに対して、ニカっと笑うジャン。
彼は首にかけていたタオルで額に流れる汗を拭くと、事情を説明し始めた。
「ウッス、アラン隊長。実は、ここで働きたいっていうガキンチョが来てるんスよ。このザクはソイツの手土産ッス。ジャンクヤードを経営してる両親から、手ぶらじゃあ採用してくれないだろうって渡されたんだとか」
「手土産がモビルスーツとは。随分な両親だな」
「新しく兄弟が生まれるから、自分も稼ぎたいんだそうッスよ。で、ここらで一番条件が良いのは、ウチの警備員だそうで。自分のモビルスーツは用意したから、採用してくれって」
「なるほど、話はだいたい分かった。だが、あのザクⅡは……」
アランはジャンから双眼鏡を受け取ると、危なっかしい足取りでゆっくりと歩行するザクⅡを観察する。
アランとザクⅡの距離は、五十メートルほど。
彼やジャンが立っている場所から少し低地になっている訓練場で、ザクⅡはどうにか転ばずに歩いていた。
「パイロットは未熟だ。しかし、腕部がザクⅡの後期型のものに換装されているな。壊れたものを取り換えたか、はたまた改造か。他にも弄っているかもしれない。陸戦用のザクⅡは、データ上でしか見たことがなかったからな。細かいことは、乗ってみないと……」
ぶつぶつと、双眼鏡片手に独り言を呟くアラン。
彼がこうなったときは
ジャンの兄貴分であり上司という体面を気にして口には出さないが、アランは自分が乗ってみたくてうずうずしている。
それを察したジャンは、何かを思いついたように
「そうだ。なんなら、隊長が乗ってみてほしいッス。実際に上手いヤツが乗った方が、色々と分かると思うんスよね」
「お、俺か? しかし、一年戦争からずっと、地上戦用のモビルスーツに乗る機会なんてなかったからな……。上手く乗れるかどうか……」
口ではそうやって躊躇っている素振りを見せながらも、ジャンの