オーストラリア南部の都市、アデレード。
そこから北に百キロほど離れた場所に、アランたちが住んでいるサザナミ商会所有の農場はある。
一年戦争のおけるコロニー落としによって、オーストラリアは原生生物がほとんどいなくなってしまうほどの壊滅的被害を受けた。
それから十年以上の年月が過ぎ、少しずつ鳥や魚は戻りつつある。
しかし、砂漠化は絶えず進行し、生い茂る緑や豊かな大自然などとは未だに縁遠い荒涼とした大地である。
そこで、サザナミ商会は慈善活動と資源開発を兼ねて、オーストラリア各地で自然保護活動や農地開発を行っているのだ。
アラン・ダレンはいま、そんな農場の一画にザクⅡJ型を運び込み、
先日、シャーラが持ち込んだザクⅡJ型。
純粋なザクⅡJ型ではなく、様々なジオン系パーツや型落ちの機器で補修、改造されたこの
アランはずっと、それを考えていた。
「ひとまず、システム周りも含めて点検は済んだ。目立った細工はない。てっきり、自爆装置や発信機の類はつけられていると思ったが……」
横になっているザクⅡJ型の脚部、そこにできた日陰に座り込んで涼むアラン。
雲ひとつ無い青空から燦々と降り注ぐ陽光と、乾燥した砂混じりの風。スペースコロニーとはまた違った過酷な環境に、アランは辟易していた。
「コロニーにいた頃は、地球が楽園で、地球に住んでいれば何も困ることはないと思っていたが……。結局は、どこにいても何かしらの苦労はあるということか」
ふう、とひと息つきながら、アランは首に掛けたタオルで額の汗を拭く。
それから、ちらりと左手につけられた腕時計に目をやった。
「待ち人いまだ来ず……、か」
アランはザクⅡJ型の脚部にもたれ掛かり、目を瞑って休む。
「また、ザクに乗る日が来るとはな」
アランの瞼の裏に、かつての記憶が湧き出しては消えていく。
紆余曲折、という言葉だけで片づけるには、あまりに多くのことがあった。
アナハイム警備部としてではなく、一人の戦士として、月に落ちるはずの資源衛星を止めようと戦ったこと。
かつての戦友であり、己の師のような存在だったカミロ・カーダとの死闘。
そして、リン・サザナミという女性との出会い。
苦悩と葛藤、戦いを越えて、ようやく掴み取れた平穏な時間。
モビルスーツという存在に再び乗ることになろうとも、その時間の大切さを忘れまいとアランは思う。
「待たせたな、アラン。コイツかい、実戦で使えるようにしてほしい機体ってのは」
彼が目を開けると、そこには青い帽子を被った中年の男性が立っていた。
「……あぁ、そうだおやっさん。前々から蓄えていた備えを、コイツに使いたい。できるか?」
ゆっくりと立ち上がり、その人物と握手するアラン。
彼の待ち人とは、このツナギ姿の男性。
元ジオン軍のメカニックであり、いまはアデレード郊外でジャンクヤードを営む男、ナンドーであった。
豊富な経験の分だけ刻まれた顔のしわは、彼がまだ四十代後半であるという事実を忘れさせるほど、ベテランの風格を漂わせている。
片手には型落ちのタブレットを持ち、安いタバコを咥えている姿は、モビルスーツのメカニックというより、町工場の親方という表現が似合っていた。
「くくく……。できない、なぁんて言うワケないだろ若造。代金さえ支払ってくれりゃあ、ザクにガンダムのビーム・ライフルだって乗せてやるよ」
ナンドーは横たわるザクⅡの脚部を触ると、まるで悪童が悪戯を考えついたような笑みを浮かべた。
そこから、アランとナンドーによるザクⅡJ型の更なる改造が始まった。
ナンドーは乗ってきた大型の貨物トラックから作業用モビルワーカーを出し、アランと共に作業を進める。
「よーし、
「分かった! 道具はトラックの中だな!」
テキパキと、何ら滞ることなく進行していく改造作業。
アランは本職のメカニック顔負けの手つきと知識を持ち、かつパイロットとしての経験も豊富であったため、計器類で測りきれない部分の僅かな調整は、アランの感覚によって補われた。
後からモビルスーツ用の武装と弾薬が積み込まれたトラックに乗って現れたナンドーの部下たちも、アランの技術と経験には舌を巻く。
そして日が傾き、オレンジ色の夕焼けがザクⅡとアランたちを包み込んでも、彼らは作業を止めなかった。
「大したモンだな、これを組み上げたヤツは。
「おやっさんと同じ、ジオンの地上軍か」
「だろうよ。長年、このどうしようもない重力ってヤツの中で、モビルスーツを動かしてきた人間の仕業だ。おまけに、おいらと違ってジオンの旗をまだ振ってる、筋金入りの頑固者だな。骨が折れるぜぇ、コイツの相手は」
ザクⅡを弄り回しながら、ナンドーは大声で言う。
ナンドーはかつて一年戦争において、オーストラリア大陸や東南アジアでジオン軍のメカニックとして、ずっとジオン軍のモビルスーツを触ってきた人間だった。
しかし、終戦間際の連邦軍の攻勢によって所属していた部隊は壊滅。
ナンドー自身も榴弾の爆発で負傷し、その地域の村落でしばらくかくまわれていたという過去を持つ。
「馬鹿だねぇ。もうすぐ宇宙世紀も百年だ。今さらジオンもへったくれもないってのに。まさに、ジオンの亡霊ってワケだ」
「……他人事じゃないだろう。俺たちにとっては」
アランの言葉に、ナンドーの手が一瞬だけ止まった。
「まぁな。おいらもおめぇも、運が良かった。色々あったが、今もこうしてしっかり生きてる」
「……あぁ。だからこそ、亡霊は俺たちが止めないといけない」
ザクⅡJ型の動力パイプを弄っていたアランも、その手を止めて夕陽を見る。
夕陽だけではなく、薄っすらと見え始めた月と星々が同居する橙色の空が、アランの前に広がっていた。
このコロニーが落ちたオーストラリア大陸で、再びジオンの残党と戦うかもしれないことになるとはつくづく数奇な人生だと、アランは思う。
「真面目だねぇ、おめぇさんも。────よし、六割ぐらいはできたろう。日もすっかり暮れちまったからな。残りは明日だ」
「分かった。じゃあ、今日は警備員用の宿舎で止まってくれ。幸いにも、部屋は幾つか空いている」
そうナンドーに答えたあと、アランは空を見上げながら、祈るように目を閉じた。
願わくば、この備えが無駄になるように、と。
日が落ち、オーストラリア大陸の一日が終わる。
アランの祈りを裏切るように、この地にはゆっくりと戦いの足音が近づきつつあった。
時は、宇宙世紀0096。
ラプラス事変におけるトリントン基地襲撃まで、あとわずか。