アラン・ダレンは、彼の新たなる乗機であるプルス・ディアス受領のため、グラナダにあるアナハイム・エレクトロニクスのモビルスーツ製造工場にいた。
彼は、この重要と思われる任務の前に、自分のモビルスーツが変更されることについて、何かよくない前兆のようなものを感じ取っていた。
アランの乗るデミ・ドーガは、宇宙世紀0090年の時点ではほぼ最新鋭といって差し支えない試作機である。
月の裏側にあるグラナダ工場でマラサイをベースに設計、製造されたこの機体は、アラン・ダレンの機体としてこれまで彼の望みに応えてきた。
彼が不満や不足を感じたことは一度もなく、次の戦いもこの機体ならば生き残れるだろうという思いがあった。アランはこの機体を十分に信じていた。
なぜ、このモビルスーツが作られたのかという一点を除いて。
ネオ・ジオン抗争も終結し、地球連邦軍へのジェガンの制式配備も現実味を帯びてきたこの時期に。
なぜ新たなモビルスーツ、それもジムやネモ系統ではなくマラサイを発展させた機体を作る必要があったのかについて、いまだアランの納得がいく説明は為されていない。
そして、ここにきて更なる新型モビルスーツである。
いくら大企業のアナハイムとて、無駄なモビルスーツを設計し、製造するほど暇ではないはずだと、アランは考えていた。
つまりそれの意味するところは、デミ・ドーガやプルス・ディアスといった試作機のデータを収集し、それを
「また大きな戦争があることを、上層部は知っているのかもな……」
再び、戦争が始まる。
その結論に至ったアランの胸中は穏やかではないが、いまそれを憂いたところで彼にはどうしようもないこともまた事実であった。
とにかく今は生き残るしかないと、諦めに近い覚悟をしてアランはプルス・ディアスが置かれている格納庫の作業員用入口のドアに着いた。
指紋確認とカードキーの認証による二重のロックを解除し、中へと入るアラン。
通路で壁にもたれかかり、菓子を食べながら雑誌を見ている作業員。
搬入された資材の近くで、その配置先を指示するヘルメットを被った背広姿の者。
アナハイム以外の工場でもよくある風景を通り過ぎ、アランはアナハイムでしかほぼありえないモノの前に立つ。
プルス・ディアス。
頭頂高およそ19メートル。全高は約24メートル。
本体重量は約32トン。
リック・ディアスの名を受け継ぐ機体だけあって、その特徴的な背部バインダーやがっちりとした脚部は、形状こそ少し変化しているもののしっかり継承されていた。
武装は当然ながらまだ装備されていないが、それでも堂々たる威風を放つ新たな搭乗機の姿に、何度もモビルスーツを乗り換えてきたアランも思わず魅了されている。
「────そうでしょう? 元の機体はエゥーゴのリック・ディアスなんですがね、換装と増設でもうほとんど別物になっていますよ。子供みたいに目を輝かせてモビルスーツを眺める隊長は、初めて見ましたね」
あまりに目が釘付けになっていたせいで、アランは一年戦争の頃からの付き合いであるメカニックが近づいていたことに気がつかなかった。
アランは照れ隠しに咳払いをする。
「だが、これではもうリック・ディアスとはいえないだろう。データでしか俺も見たことはないが、頭部や脚部のフォルムからいえば、カラバで作られたディジェの方が近いような……」
しばらく、両者の間を無言の時間が流れた。
「現場のメカニックの
踏んではならない地雷だったかと、アランは己の浅慮さを恥じる。
メカニックの方も、些か大人げなかったかとばつが悪そうに頭を掻き、話題を変えることにした。
「まず、脚部を含めたバーニアの拡張と増設で、元から高かった機動性に磨きがかかっています。あの妙に大きかった背部のバインダーにも、推進剤の搭載量を増やすために幾らか手を加えました」
「動きが速いのはいいことだ。それとディジェ……、ではなくリック・ディアスに比べて、少し細身なフォルムになっている気がするな」
アランはプルス・ディアスの背部バインダーが百式のものに、そして脚部に関してはかなりディジェに近づいていると感じた。
「……えぇ。いくら空間戦が主体といっても、重量の増えすぎは問題なのでフレームも含めて全体的にスマートに、材質も変更しましたよ。もっとも、そのせいでビーム・ピストルはなくなりましたが、敵に巻き付けるワイヤータイプの電撃兵器と、セカンダリとして連射可能なビーム・マシンガンを備えていますから、手数は減っていません」
ワイヤー式の電撃兵器に関しては、マラサイやデミ・ドーガでも使われていた『ウミヘビ』と呼ばれる兵装のことだろうと、アランは脳内で説明を補完する。
「それから、弾数は少ないですが、グレネード・ランチャーも左腕部に追加しました。クレイ・バズーカやビーム・マシンガンが主な火力ですが、装甲の薄い部分を狙うならこちらも十分な武装ですよ。頭部のバルカン砲も健在ですから、武装はかなり豊富な方でしょう」
メカニックは、アランの必要としている情報をそれからも話し続けた。
メカニックが手に持つ端末と機体とを交互に見ながら、その情報を頭に叩き込んでいくアラン。
いかなる状況でも自らの手足のように機体を操るためには、その機体のことを細部まで知りつくしておく必要がある。
それは経験と知識の両方で知っておく、ということであり、それがあって初めてモビルスーツのパイロット足り得るのだとアランは確信していた。
そして、ひと通りの情報を聞き終えたアランに、今度はメカニックの方から質問が飛んでくる。
「なにか、大きな事件が起きるんでしょう?」
あまりに唐突、かつ核心に迫る問いであったために、アランは一瞬言葉に詰まってしまった。
「……なぜ、そう思うんだ」
「こんな大層なモビルスーツを作らせといて、いつもの警備任務なんて言い訳は通用しませんよ」
心底から申し訳なさそうに、アランは深く頭を下げる。
「すまないが、話すことはできない」
アラン・ダレンという男はこういう時、決して危機が迫っていることを誤魔化すようなことをしない。
「──だが、必ず何とかする。約束しよう」
頭を上げ、まっすぐにメカニックの目を見るアラン。
彼がこういう性格であることを知っているメカニックは、アランの真剣さを茶化すことなく笑う。
「そう言われちゃ、頷くしかない。なにせ隊長には、一年戦争が終結した直後に、この工場で蜂起しようとしたジオン軍の兵士たちを宥めてくれた実績がありますからね。今回も信じますとも」
一年戦争終結の直後。
グラナダに残されていたキシリア・ザビ指揮下の戦力、その一部がこの工場周辺で連邦に対する戦争継続を唱えて武装蜂起を試みた。
アランはその際、工場に残されていた武装のついていないモビルスーツを駆り、部下であるマリアやジャンと共に血を流すことなく、その蜂起を未然に阻止したのである。
「あの時は、もうこれ以上、意味のない血が流れるのを見たくなかっただけだ……。あの戦争は、よくないものを生みすぎた」
「今回もまた、そういう戦争ですか?」
「……良いものを生み出す戦争なんて、在りはしないさ」
そう口にしたアランの頭には、ブリティッシュ作戦によるコロニー落としの光景が思い出されている。
良いものを生み出す戦争など、在りはしない。
アランの心の中で、自らの言葉が反響する。
その良くないものの中には、おそらく自分も含まれているのだろうと、アランは自嘲的な笑みを浮かべた。
「隊長……。とにかく、また生き残ってくださいよ。隊長が死んだら、メカの話が存分にできるパイロットがいなくなってしまう。マリアさんやジャンだと、何だか話しても味気なくってね」
そんなアランの辛気臭い表情から何かを察したのか、メカニックが冗談交じりにアランを励ます。
「あぁ、分かっているとも。帰ったら、グラナダのバーでまた飲みながら話そう。──さて、この素晴らしいモビルスーツの乗り心地がどれほどか。シミュレーターで試させてくれ」
生き残ってしまっても、また殺し合いの日々が待っているだけではないかという思いをどうにか飲み込み、アランはプルス・ディアスのコクピットの方を見る。
アランの心中など察することなく、プルス・ディアスはひとつの兵器として、ただそこに在った。