「……それで、ジャン? どんな手段を使ったんだ?」
「手荒なことはしてないッスよ。二発ほど殴ってから、ヤツが秘蔵してた高級酒を
「まぁ、血の代わりに酒が流れたと考えれば、比較的穏便に済んだか……」
モビルスーツの改修に使われるパーツやツールが詰め込まれたコンテナの中で、アラン・ダレンは額の汗を手の甲で拭う。
このコンテナを運ぶトレーラーが向かう先は、ジオン残党の拠点。
横流しされた連邦軍の物資を輸送するトレーラーの中に紛れ込み、大事になる前に処理してしまおうというのが、アランの計画だった。
「どうやら、その残党共が新しく構えた拠点は鉱山の跡地みたいッス。アデレードから北西に行った峡谷の奥にあるんで、ミデアを使って空から運ぶより、トレーラーで運んだ方が目立たないしコストもかからないってことで」
「なるほど。それでこの灼熱地獄というワケか……。夜がこれほど待ち遠しいと思ったことはないな」
上着の袖を腰に巻き付け、どうにかしてこの蒸し風呂同然のコンテナ内部を乗り切ろうとするアラン。
完全に外気が取り込まれていないわけではないのだが、パーツ類の入った箱が詰め込まれていることからくる圧迫感が、暑苦しさを倍増させていた。
無言のままでは暑さにやられてしまうと思った二人は、だらだらと会話を続ける。
「……で、隊長のモビルスーツの方はどうなったんスか?」
「あぁ、完成したよ。ザク・プロキシムだ。プロキシムというのは、ラテン語で次や未来という意味らしい。俺も、この宇宙世紀という時代も、そろそろ次を見据える頃合いだ」
人類の半数以上が死んだとされる一年戦争から、もうすぐ二十年。
ひとつの世代が入れ替わり、もうすぐ宇宙世紀も百年の節目を迎える。
いつまでも、過去のことを引っ張っていても仕方がない。
────時代は変わり、人も変わる。
ナンドーのその言葉が、アランの戦う意思を固めていた。
ザク・プロキシムはアラン・ダレンが次へと向かうための、最後のモビルスーツ。
プルス・ガンダムで前に向かって進み始めたアランが、次に変わるための機体。
アランはこのザク・プロキシムが、
何かの終わりとは、何かの始まりであり、それこそが時代なのだ。
「……次、ッスか。まぁ、とりあえずは次を考えるには、今を切り抜けないと駄目ッスね。たしか、自分は敵のモビルスーツを偵察して、隊長は向こうのリーダーを捕まえに行くんスよね」
とことんまで現実主義者のジャンらしい言葉。
彼は一年戦争で学徒兵として動員されてからずっと、徹底して現実を見据え、それを切り抜けようとアランの隣で戦い続けてきた。
そんなジャン・ミンウェイも、いまや一児の父である。生真面目だがどこかロマンチストなマリア・リアスと、不真面目だがリアリストなジャンとは、案外お似合いの夫婦だった。
己が弟のように可愛がってきたジャンの変わらないところ、変わったところを思い、これもまた時代の流れかもしれないと、アランは僅かに口角を上げる。
「そうだ。できる限り流血は避けたいからな。敵のリーダーを捕らえることができれば、色々と聞き出すこともできるだろう」
「とか言いながら、向こうの隊長と話してみたい、ってのが本音ッスよね?」
「……バレていたか」
「もう十年以上の付き合いッスからね。自分はマリアと違って、小言は言わないッス。隊長の頑固さは折り紙つきッスから」
本当に、月日の流れは多くのものを変えるのだと、アランは笑うしかない。
「ただ、
「あぁ。お互いに、な」
こう言い合える仲間がいること、そして帰るべき場所があることの有難さを、アランはひしひしと感じ取っていた。
そうして二人が話しているうちに、外は日が暮れて夜になり、目的地であるジオン残党の拠点へと近づいていた。
脇のホルスターに仕舞った拳銃を取り出し、安全装置を外すアラン。
かつてジオン公国の兵士として戦っていた自分が、地球連邦軍の拳銃を構えて、ジオン公国残党の拠点へと潜入する。
アランにとっては、なんとも奇妙な感覚だった。
なにか一歩でも進む道が違っていたら、アラン・ダレンもまた、こうしてジオンの残党になっている側だったかもしれない。
宇宙世紀に蔓延る、憎悪と憤怒に飲み込まれていたのかもしれない。
「……アラン隊長。トレーラーが止まったッス」
だが、アランのそんなどうしようもない思考は、ジャンの緊迫した言葉によって遮られた。
ジャンの表情は先ほどまでの愛嬌がある弟分から、一端の戦士の顔に変わっている。
ドン。ドン。
コンテナの扉を二回、叩く音。
異常なし。これから扉を開けるという合図だった。
アランとジャンは、さっと箱の裏に隠れて拳銃を構える。拳銃のスライドを引き、薬室に弾薬を装填。
がこん、という大きな音と共に、コンテナの扉が開いた。
外にある照明でコンテナの内部が照らされる。
息を殺し、じっと身を潜めるアランたち。
「これが最後の物資だが……。運び出す前に、少し相談があってな」
「金ならもうない」
「いやいや、そうじゃない。ただ、こちらに火の粉がかからないように、保険をかけておきたくてね……。
「
トレーラーの運転手と、ジオン残党の一人と思われる男が扉の前で何かを話している。
最後に運転手はコンテナの扉を開けっ放しにして、声はしなくなった。
扉を開けたまま、特に何も言わずに立ち去るということは、周囲にほぼ人がいないという合図。
軽い身のこなしで、ジャンがまず先陣を切ってコンテナから出た。
次にアランがその後に続く。
時刻はもう夜の九時。
峡谷の奥にある鉱山跡は、すっかり暗闇の中に沈んでいる。
小型の発電機と接続された照明や焚火が辛うじて暗闇で光を放っているが、目が慣れたとしても十メートルより先をはっきりと見ることはできなかった。
トレーラーの周囲に人影は見えない。
物資を運ぶためのモビルワーカーにも、搭乗者はいなかった。
かつてはそれなりの規模の鉱山だったのか、周囲には幾つかの建物があり、中には明かりが灯っているものもあったが、いずれも壁に大きな穴が開いていたり、窓ガラスが割れていた。
軍のキャンプというよりは、山賊の根城と表現した方が適切だろう。
ハンドサインを送り、互いに目的の場所へと散らばっていくアランとジャン。
ジャンは敵のモビルスーツがあるという鉱山の入り口近くへ。
そしてアランは、トレーラーが乗りつけている木造の倉庫へと入っていく。
ジャンが締め上げた件の武器商人の話では、この残党勢力の指揮官は隊長殿と呼ばれ、この倉庫の二階にある一室が彼の部屋だという。
足音を殺しながら、倉庫内を進んでいくアラン。
こういった隠密行動はアナハイム警備部時代のアランの十八番であり、耳と目が利くアランは僅かな人影や足音を逃さなかった。
途中、雑談に興じる二人組の歩哨をやり過ごし、アランは二階へと続く階段を上る。
まず爪先を地面につけて、そこからゆっくりと踵までを下ろしていく。
無重力空間では活かす場面もなかったが、アランは足音を最小限に留める歩き方を熟知していた。
そして難なく階段を上り終え、素早く廊下の突き当りにある部屋の扉まで到達する。
扉に左耳を当て、アランは中の様子を探る。
シャッ、シャッ。
何か、おそらく木材のようなものを削る音。
部屋の中に、誰かがいる。
それを確認したアランは、ゆっくりとドアノブを左手で回して、右手で拳銃を構えながら室内へと入っていった。
室内にあったのは、埃を被った本棚と質素な木製の机と椅子。
そして、その椅子に座って木の板を無心で削る、立派なあごひげの生えた男だった。
「────殺すなら、この版画が仕上がってからにしてくれ。安心しろ、逃げも隠れもせん」
アランは驚きのあまり言葉に詰まったが、何故か敵意を向けてこない男を背中から撃つわけにもいかず、銃口を下げてドアを閉めた。
「……すぐに殺そうとしないところを見るに、連邦軍の追手ではないか。何者だ?」
木の板を削る手を止めて、男がアランの方を向く。
風雨に晒され、削られて、ひとつの形に収まった岩石。
アランは男に、そういう印象を受けた。
彫りの深い顔と、鈍い光を放つ両目。白髪交じりの頭髪とあごひげは、ファンタジーにおけるドワーフのようだった。
身長は僅かにアランより低いくらいだが、古ぼけたジオン公国の軍服越しにでも分かるほど逞しい肉体をしている。
「……アラン・ダレン。元ジオン公国突撃機動軍所属。いまは、
くくっ、と笑う男。
あまりにあっけなく正体を明かしたアランが、おかしかったらしい。
「丁寧な自己紹介、痛み入るぞ刺客殿。私はリムド・リンクリッツ。この死にぞこない部隊の長だ」
近くにあった紙巻煙草に火をつけたリムドは、座っていた椅子もアランの方へと向けた。
「ちょうど、話し相手が欲しかったところだ。老兵の長話に付き合ってくれ、アラン・ダレン」