「────正気じゃねぇ、ッス。連中の戦力でアデレードの連邦軍基地を襲撃するなんて。いくら連邦が朽ちかけ、腐りかけの看板でも骨董品揃えて勝てるほど甘くねぇッスよ」
アラン・ダレンとジャン・ミンウェイ。
彼ら二人はいまリムド・リンクリッツの率いるジオン残党の拠点から無事に帰還し、夜明け前の冷たい空気が流れる倉庫の中にいた。
この資材保管用の倉庫に、夜明け前から近づく人間はそうそういない。秘密の話し合いをするには絶好の場所であった。
「……だろうな。連中の戦力はそこまでひどいか、ジャン」
「カビの生えた骨董品、つっても差し支えないッスね。連中があの一帯に隠していたモビルスーツは十機もねぇッス。ザク・キャノンやらザク・デザートタイプやら、
「連邦軍も大半は型落ちの機体とはいえ、第二世代モビルスーツですらないとなると、奇襲しても反撃に出られた時点で力負け、か……」
ジャンが端末を木箱の上に置き、潜入時に撮影した画像をアランに見せていく。
迷彩柄のシートで覆い隠されたモビルスーツ。
木箱に詰め込まれた銃火器や爆発物、弾薬類。
タンカラーに塗装されたホバートラック。
そのどれもが、散発的なゲリラ戦やテロに使用するならまだしも、正規軍が守備を固める基地を攻撃するにはあまりに貧弱であった。
第二次ネオ・ジオン抗争。
所謂、シャアの反乱が終結してから地球連邦軍は大きな敵を失い、軍縮の流れが本格化しつつあった。
そのため、連邦軍の基地に配備されているのは、一部の例外を除けばジムⅡなどの型落ちや、少数生産され実戦では使われなかった試作機のみである。
しかし、そんな状態の連邦軍と言えど、わずか十機ほどしかない一年戦争期のモビルスーツに押し負けるほど、数も質も落ちてはいない。
「せめて頭数で勝るか、ファットアンクルなんかで空から攻めれば、また違ってくるとは思うッス。けど、それもなしじゃあ、持って半日。まさに捨て石、命を捨てての陽動が関の山ッスね」
そしてアデレードはコロニー落としからの復興が進みつつあるオーストラリア大陸でも、有数の大都市。
近々地球連邦の連邦政府議会が置かれるともいわれており、そんな場所の基地が手薄であるはずがなかった。
端的に言えば、
ジャンは自らの偵察の成果を、そんな言葉で締めくくった。
アランは苦い表情をして、顎に手を当てる。
現状では、リムド・リンクリッツを生存させることなど、不可能に近かったからだ。
「……で。肝心のアラン隊長は、マジで敵のリーダーとお話をしただけで帰ってきたんスか」
ぐさり、とジャンの嫌味がアランの胸を刺す。
「それに関しては……、言葉もない。すまん」
「まぁ、隊長がそういう性格なのは今に始まったことじゃねぇッスから。いまさらどうこう言うつもりはないッスよ。────ただ」
端末の電源を消して、ジャンがアランを見る。
「
アランを責めているわけではない。
だが、彼もまたマリアやリースといった自らの家族を守る責任があるのだ。それなりの説明を受けなければ、納得できない。
アナハイム警備部の頃、ただの戦士でしかなかったジャン・ミンウェイとは違うのだ。
「……あれは、あり得たかもしれない俺の姿だ。何かひとつ、運命のボタンを掛け違った俺なんだ」
「ボタン?」
ピンときていないジャンに、アランが話し続ける。
「ジャンやマリアと出会えていなければ。リンさんに巡り合えていなければ……。そして、宇宙とああいう形で決別できていなければ」
アランは、自らの手を見る。
ほんの数年前までは、アナハイム警備部の雇われ兵として、後ろ暗い仕事をこなすために銃把と操縦桿を握っていた血まみれの手。一年戦争では、その目の前でコロニー落としを目撃し、何もできずにいた無力で愚かな手である。
しかし、多くの幸運と人との出会いによって、今やその手には抱えきれないほどの幸福があふれていた。
「……過ぎた幸せだ。こんな、元ジオン兵の戦うしか能のなかった人間にとって。この幸せがあるのは、多くの人が俺のような人間に手を差し伸べてくれたからだ」
ぐっ、とその手を握るアラン。
「そういう手を差し伸べられる人間に、俺もなりたい。いや、
「それが、今回の戦う理由ッスか、アラン隊長」
「そうだ。罪滅ぼしや、単なる同情じゃない。
アランもまた、ジャンの目を見る。
かつて、アナハイム警備部の頃のアランは、迷ってばかりだった。
戦う理由。戦い続ける愚かさ。
そういうもので雁字搦めになっていたアランの目には、迷いの色が見て取れた。そして、その迷いで濁った目には、今日しか映っていなかった。
だが、いまのアラン・ダレンにはそれがない。
彼はしっかりと、明日を見ていた。
「俺やジャンの子供が、ちょっとでも温かい世界で生きていけるように。……大袈裟かもしれないが、そういうのが大事だと思えるようになったんだ」
最後に、アランは少し目を逸らして、照れくさそうに鼻の頭を掻く。
兄貴分として、普段はジャンよりもしっかりとした年長者らしい振る舞いをしているアランだが、根っこの部分にはこういう子供っぽいところも残っていた。
時代が流れ、一年戦争の頃から多くのことが変わっても、こういう変わらないものもある。ジャンは静かに笑った。
そういう性格のアランだから、自分もマリアも命を懸けてついてきたのだ。
ジャンはそう思ったが、口にはしない。それを堂々と言うのは、ジャンにはあまりに気恥ずかしく思えた。
「いい年になっても、やっぱり隊長は隊長ッスね」
「すまんな。死ぬまでこういう性格なんだろう」
「いいッスよ。だからこそ、今でも自分たちの隊長なんスから」
ポン、と肩を叩いてジャンは去る。
それ以上の会話など、アランとジャンには必要なかった。
「……あぁ、それと」
ふと立ち止まったジャンが、何かを言いかける。
だが、敢えて言わなかった。そんなことなど、アランも最初から分かっていると思ったからだ。
ジャンは眠そうに大きな欠伸をしながら、倉庫を後にする。
当然、ジャンが言おうとしたことを、アランは理解していた。
「……ふざけんな。そんな理由で、父さんを救う? 知ったふうなこと、言わないで」
自身の背後に積まれた木箱の裏に、拳銃を持ったシャーラ・リンクリッツが隠れていたということを。