早朝の倉庫。肌に当たる涼やかな風と、倉庫内に積み重ねられた藁や木材から漂う土や草木の匂い。
そんな中、アラン・ダレンには銃口が向けられていた。
拳銃を向けているのは、シャーラ・リンクリッツ。
彼女が構える拳銃の照門と照星の向こう側には、アランの眉間がしっかりと捉えられている。
相応の軍事訓練を受けている者の構えだった。おそらく、リムド・リンクリッツから教えられたのだろうとアランは推測した。
両手でしっかりと保持された銃把。適度に力を緩ませた両腕。
アランとシャーラの間の距離は五メートルもないだろう。
いまシャーラがアランを撃てば、確実に弾丸はアランの眉間を貫通する。
だが。
シャーラの手と瞳は、小さく震えていた。
初めて銃を、人を殺す道具を誰かに向けることの恐怖。
引き金に掛けた人差し指だけで、簡単に人を殺せるという事実への恐怖。
シャーラ・リンクリッツはまだ、人を殺したことがない。
アランはそれを感じ取ると、静かに笑った。
「……リムドらしいな」
「父さんのことを、知ったふうに言わないで!」
「理解はしていないかもしれないが、
両手を上げたまま、アランは話し続ける。
「戦い方は教えても、戦場からは君を遠ざけた。あんな所に、大事な人を送り込むような男じゃない。おそらく、その銃の構え方だって君の方から教えてくれと頼んだはずだ」
「……ッ! だから何だっていうの!」
「分かるんだよ。……リムドは、
銃口を向けられているとは思えないほど、静かなアランの目。戦場を生き延び、善悪の彼岸を覗き見た戦士の目。
その目にシャーラは、彼女の育ての親であるリムドの面影を重ねてしまう。
────いいか、シャーラ。お前がどう思っていようと、力というものは虚しい。守る者がいない力、振るっても何も変わらない力ほど、虚しいものはない。
彼女の脳裏に、リムドの言葉がよぎる。アランの瞳が、そんなリムドの言葉をシャーラに思い起こさせる。
そのことが、シャーラ自身を苛立たせた。
「だから何? 最初から力を持っていない人間には、そんな悲しみなんて言われても分からない!」
「そうだ、みんなそう言う。俺もそうだった。そして、力を振るった後で気づくのさ。自分が振るった力の恐ろしさ、そして後戻りができなくなったことをね」
アランには、
ブリティッシュ作戦。
地球に対するコロニー落としをザクⅡのコクピット越しに見た時から、ずっと。
力というのは、振るった後でしかその恐ろしさを理解できない。
そして、嫌というほどそれを理解した時には、既に何もかもが手遅れになっている。
「リムドもそうだったんだろう。ジオンの呪い、とでも言うのか。血塗られた、後も先も怒りと憎しみしかない道を進んだ戦士の果て。けれど、やり直すにはあまりに血を流しすぎて怖くなる」
外見、年齢、出身、経歴。
全てがまるで違うはずなのに、アラン・ダレンとリムド・リンクリッツは似ているのだ。
アランの後ろに、リムドの影が見えるほどに。
そう感じてしまったシャーラは、知らず知らずのうちにアランへと向けた銃口を下げていた。
「この時に、君と会えてよかった。ちょうど、伝えようと思っていたからね」
「な、なによ」
微笑みかけるアランに、戸惑うシャーラ。
ただアランに話しかけられただけだというのに、肩をびくっと震わせる。こういう未熟さは年相応だなと、アランは微笑ましく思う。
「俺は、リムドを助ける。彼は次の戦いで、自分の人生の全てを終わらせるつもりだ。そんなことはさせない。何かが違った俺たちだが、ああいう男が死んでいくのを俺は黙って見過ごせない」
アランからそう伝えられたシャーラの表情には、明らかに動揺の色が見て取れた。
おそらく、リムドは自分を追いかけられないように、シャーラには偽の情報を渡していたのだろう。
シャーラが真実を知った時には既に自分が死に、彼女に一切の嫌疑や災難が降りかからないように。
「そ、そんな……! なんで、アンタがそこまで」
困惑し、銃を構えるどころではないシャーラ。彼女のその取り乱し方から、シャーラもまたリムドを親として愛していたのだと分かる。
そんなシャーラを安心させるように、アランは立ち去り際にシャーラの頭を撫でた。
「────
アランは思う。
いまの自分に、ガンダムはない。ザク・プロキシムは確かに自分好みの良いモビルスーツに仕上がったが、リムドの一党だけならまだしも、アデレードから連邦軍のモビルスーツ部隊が出てくればひとたまりもないだろう。
圧倒的な数的不利の中で、殺さずに相手を無力化しなければならない。実現不可能に近い戦いだ。
できるのか。
いまの自分に、単なる警備員となった自分に誰の命を奪うこともなく、誰かを救うことが。
ガンダムという力を失った、アラン・ダレンに。
「……違う。
運命に抗い、願いを叶える力の象徴こそ、ガンダムだとアランは思う。
ならば、その反骨精神を宿す心もまた、ガンダム足り得るのではないか。
「やってみるさ。俺の心に、もう迷いはない」
一歩、アランは倉庫の外へと踏み出す。
昇りゆく朝日の眩しい輝きが、迷いも曇りもないアランの表情を祝福するように照らしていた。