少女は見上げていた。
難民キャンプを
グフ・パサード。
朽ちかけの巨兵。つぎはぎだらけの時代遅れな第一世代モビルスーツ。
それを少女は、まるで視線を縫い付けられたようにずっと見ていた。
「…………おい、これは玩具じゃない。人殺しの兵器だ。近寄るな」
元ジオン地上軍の老兵リムド・リンクリッツが、そんな少女の後ろに立つ。
戦いの記憶が刻まれた顔の皺と、厳めしい表情。例え大人であっても、
だが、それでも少女はそこから動かない。
「────強そう」
少女が、ぽつりと呟く。
「何?」
「これがあれば、なんだって倒せる。これがあれば、お父さんもお母さんも、死ななかった」
リムドは内心で驚いていた。
この少女は。
まだ乳歯の生え代わりも終わっていないであろうこの少女は、すでに
そして、それを止められなかったのは、己が無力であったからだと考えている。
なんと惨いことだ。
リムドは、その少女に対して少なからぬ憐憫の情を抱かずにはいられなかった。
「力が欲しい。これ以上、何も失わないで済む力が」
少女はリムドの方を向き、彼の目をジッと見る。
何か大事なものを失った目だと、リムドはすぐに理解した。なぜなら、少女の目は自分と似ていたからだ。
魂の輝きを失った瞳。どこか一点を見据えているようで、どこも見ていないような虚ろな目。
そんな目を、リムドの前にいる少女はしていた。
こんな幼い少女が、一体どれほどの地獄を潜れば、こういう目になるのだ。
一度そう思ってしまったら、もはやリムド・リンクリッツに少女を放っておくことはできなかった。
「……来るか、一緒に。最低限、自分の身を守れる力は教えてやれる」
「うん」
小さく頷くと、少女はリムドと共に歩きはじめる。
この日から、少女はシャーラ・リンクリッツとなった。
◆
「……父さん」
シャーラ・リンクリッツは、目を覚ました。サザナミ商会の事務所、その一角にある休憩室のソファーから、シャーラはゆっくりと身体を起こした。
ふと、頬に冷たい感触を覚え、彼女はそれが自身の涙であることを理解した。
「涙なんて……」
シャーラは忌々しそうにそれを手の甲で拭う。
涙を流しても、何も変わりはしない。
悲しみを感じる心など、戦場という地獄では障害にしかならない。
シャーラはそれを、痛みと後悔を通してよく理解している。
泣く暇があるなら、行動しろ。祈ろうが泣こうが、世界は助けてなどくれないのだから。
「……ふふっ、寝ているときは年相応だったのに。起きるとすっかり戦士の顔になりますね」
シャーラはハッと声のした方を向く。
そこには、優雅に左手で紅茶を飲みながら椅子に座っているリン・サザナミがいた。
「いいご身分。部下が戦っているときに、そうやってお茶を飲んでいられるんだから」
「余裕は常に必要ですよ? でないと、視野が狭まりますから」
ムッとするシャーラを後目に、紅茶を飲み干すリン。
「今から、お父上のもとに向かうつもりですか?」
「だから何? アンタには関係ないでしょ」
「いいえ、関係ありますよ。アランさんから、貴方のことを頼まれましたから。きっと、一人で勝手に飛び出していくからって」
心底から、この女は気に食わない。シャーラはそう思った。
常に余裕と気品を忘れず、汚れも苦労も知らない名家のお嬢様。毛先の痛んだ黒い短髪のシャーラに対して、よく手入れされた繊細な長い金髪。
まさに、シャーラとは真逆の存在だった。
「……ウザい。自分たちが善良で、恵まれた人間だってアピールしたいわけ? なら、ボランティアでもやってれば?」
「そうやって世界を恨んで、他人の善意を無碍にしていると、ロクなことになりませんよ。たしかに、世界の全部が綺麗なワケじゃありません。けれど、綺麗なものだってあります」
「何、今度はお説教? 悪いけど、こっちにそんな暇は────」
リンの言葉を無視して、シャーラは休憩室を立ち去ろうとする。
「いいえ? 説教でも説得でもなく、要求です」
そんなシャーラに、リンは拳銃を向けた。
「……は? 撃てんの、アンタに」
「もちろん、撃てません。安全装置を外してませんから。けれど、これは貴方の拳銃。丸腰で戦場には行けないでしょう?」
シャーラは自らの腰に手を回す。
ベルトに挿していた拳銃は、たしかに無くなっていた。
「アンタ、いい性格してるよ」
「人を見た目で判断するのは、良くないですよ? わたしのようなお嬢様は、お説教だけで行動なんてできない。そういう、
「で、何が望み?」
うんざりした表情で、シャーラは立ち止まる。
「わたしも同行します。第一、貴方だけだとリムドさんやアランさんの居場所も分からないでしょう?」
立ち止まったシャーラに近づくリン。
当然、リンの言うことなどシャーラは聞くつもりはなかった。
近寄ってきたところでリンから拳銃を奪い取り、とっととリムドの所へ向かうという算段である。
「アンタなら、場所が分かるっての?」
「えぇ。アランさんもジャンさんも、優秀ですから。懐柔した武器商人の情報と、リムドさんの部隊のモビルスーツに付けた発信機で────」
リンの言葉を聞き流しつつ、彼女が隙を見せるのを虎視眈々と窺うシャーラ。
そのとき、リンはおもむろに拳銃を両手で持つと、まるで手品を見せるように素早く拳銃をバラバラに解体してしまった。
スライド、バレル、そしてフレームが床に落ちる。
驚きのあまり、口をぽかんとあけるシャーラ。
「ア、アンタ、何してんの!」
「慣れない力は、己が身を滅ぼす。それに、これでわたしと貴方は対等です」
向き合うシャーラとリン。
まっすぐに、その碧い瞳でシャーラを見つめるリン。心の底まで見透かしてきそうなリンの澄んだ瞳に、思わずシャーラは目を逸らしそうになる。
だが、負けん気の強い彼女はぐっと踏みとどまり、リンに対して一歩も退かない。
女二人。
男とはまた違った戦いを、その視線で交える。
「さて、行きますよ。
「……後悔しても知らないよ、お嬢様」
「わたしは、アラン・ダレンの妻ですから。戦士の妻として、相応の気概は持っているつもりです。強さとは言葉でも武器でもなく、その精神にこそ宿るものですよ、
「……ムカつく女」