機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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ホワイト・クリフス 極光を見た戦士たち③

 雲ひとつない青空が天幕のようにアラン・ダレンの乗るザク・プロキシムと、リムド・リンクリッツの駆るグフ・パサードの上を覆っている。

 そんな青空の下で、全高18メートルほどの人型機動兵器がその白兵戦用武装を振るい、ぶつかり合っていた。

 ザク・プロキシムにはもう、射撃戦用の武装はない。

 ヒートホークがシールドを溶断し、レールキャノンにまで至ったグフ・パサードもそれは同様であった。

 二機のモビルスーツの戦いに、終わりのときが近づく。

 そして空も砂も、地球にある自然は何をするわけでもなく、ただ二人の戦士の死闘を眺めていた。

 一年戦争終結の日、憎しみと怒りが呪いへと変わった日もこんな青空だったと、リムド・リンクリッツは死闘の中で思い返す。

 

 ────宇宙世紀(Universal Century)0080。

 宇宙要塞ア・バオア・クーの陥落と、ジオン公国総帥ギレン・ザビの戦死によって、一年戦争は終結した。

 月面都市グラナダではジオン共和国と地球連邦政府との間で終戦協定が締結され、歴史書の中での一年戦争は、このときに終戦を迎えた。

 しかし。

「終戦……? 何かの冗談でしょう」

 ジオン公国軍の兵士たちすべてが、それを受け入れられたわけではなかった。

 中央アジアの山岳地帯に構築された野営地で、リムド・リンクリッツは突然の終戦に戸惑う部下たちの前に立っていた。

 ごつごつとした岩肌ばかりが目立つ大地に吹く乾いた寒風を頬に受けながら、リムドはゆっくりと話し始める。

「……ジオン公国は、ジオン共和国になった。武装解除と投降の勧告も、既に出されている。()()()()()()()()

 負けた。

 リムドのその言葉に、ある者は涙を滲ませ、またある者は拳を握りしめて怒りを堪えながら、どうにかして平静を保とうとしている。

 いま、この野営地にいる誰もが、次に語る言葉を失っていた。

 冷たい風の吹く音だけが、彼らの間をすり抜けていく。

「────それで、()()()()()()()()()()()()()?」

 リムドの隣にいた彼の妻が、まっすぐにリムドの目を見つめていた。

 どうしたいのか。

 その問いに対する明確な答えなど、リムドの中にもなかった。

 宇宙移民を虐げ、搾取を続ける地球連邦に対する反抗。

 次に生まれる子供たちのために、宇宙移民の権利を手に入れる戦い。

 これは、自分にとっての使命だと思っていた。

 それがいま、まるで幻のように無くなろうとしている。

 これが消えてしまったら、自分はいったい何のために戦ってきたというのか。何のために多くの死と悲しみ、流血と苦しみを越えてきたのか。

「国が無くとも、隊長殿がいるかぎり、我々は戦い続けられます!」

 副官の一人が、居ても立っても居られないという様子で言う。

 その副官の言葉に、次々と賛同する者が現れ、一人また一人と力強くリムドに向かって敬礼をして、()()()()を唱え続けた。

「ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン!」

 このとき、リムド・リンクリッツは心のどこかで理解していた。

 自分たちはいま、形のない何か、終わりのない何かを胸に無限の戦いへと赴こうとしていることを。二度と戻ることのできぬ、修羅の道へと足を踏み入れようとしていることを。

 それはもはや、兵士の生き方ではない。

 それは戦いの中に生きる者、戦いの中でしか生きられない者。

 すなわち、()()()()()()だと。

 リムド・リンクリッツもまた、ゆっくりと右手を自らの額の近くへと持っていく。

 そして、彼もまた言う。

 ここから長きにわたり唱え続けられる、呪いの言葉を。

「……ジーク・ジオン」

 中央アジアの青空に、この言葉が木霊する。

 この日、リムド・リンクリッツたちは兵士ではなく、戦士となった。

 

 リムド・リンクリッツの乗るグフ・パサードが、ヒートサーベルを振り下ろす。

 アラン・ダレンはザク・プロキシムを操り、その一撃をヒートホークで受け流した。

「私は、愚かだった! 帰る場所を失い、妻を失い、それでもなお戦い続けるしかない愚か者だ!」

 息もつかせぬ死闘の中で、二人の戦士は彼らだけの世界を構築している。

「だが、これが私の選んだ道だ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()、これが私の道なのだ!」

 受け止め、流し、躱す。

 グフ・パサードの猛攻を、ザク・プロキシムはどうにか凌ぎ切っていた。

 もはや、互いの機体性能や技術を論じる段階は超えている。

「その道の終わりが、戦いの中での死ならば、受け入れるのみ!」

 グフ・パサードのヒートサーベルと、ザク・プロキシムのヒートホークが真っ向から衝突する。

 赤熱化した刃がぶつかり、二機の装甲にその火花がかかる。

「違う! そんな悲しい終わりを、なぜ受け入れる! 大事なシャーラ(あの子)に悲しみだけを残して死ぬ道を、なぜ選ぶ!」

 アラン・ダレンは叫ぶ。

 その言葉は、リムドを論破しようとしているわけでも、動揺させようとしているわけでもない。

 悲しい運命に、必然とも思える道理に抗うように叫んでいた。

「大事な誰かを失う悲しみを、なぜ繰り返すんだ!」

 例え間違っていたとしても、過ちを犯してしまったとしても。

 それでも、遅すぎるということはない。やり直せないということはないのだと。

 アラン・ダレンが、そう言葉を続けようとしたとき。

 

「────父さんっ!」

 

 いまこの場にいるはずのないシャーラ・リンクリッツの声が、二人のコクピットに届く。

 ジープに乗って二機に近づくリン・サザナミとシャーラ・リンクリッツに二人が気づくまで、そう時間はかからなかった。

「リンさん!」

「馬鹿な、何故だ!」

 驚きのあまり、動きを止める二機のモビルスーツ。

「もう戦わなくていい! もう、戦士じゃなくていい! ただ帰って……、生きて帰ってきて!」

 涙ながらに叫び続けるシャーラの声が、リムド・リンクリッツの心を深くえぐる。

 これまで、彼が戦いの中で受けたどんな傷よりも、彼女の心の底から発せられた言葉はリムドの心に深く刻み込まれた。

 アランは何も言わない。

 リムドにとって、これ以上の言葉などなかったからだ。

 ジーク・ジオン。

 ジーク・ジオン。

 ジーク・ジオン。

 リムドの魂の底で燻る呪いの言葉が、シャーラの言葉とせめぎ合う。

 ザク・プロキシムは、動きを止めたグフ・パサードからゆっくりと離れ、構えていたヒートホークを下ろす。

「私は……、これまで多くの者を殺した。私は、ジオンという亡霊そのものだ。()()()()()()()()()()()()()()()

「そんなこと、アタシは知らない! アタシの家族はもう、父さんしかしない! だから、だから……!」

 リムドの心が、もがき苦しんでいる。

 アランとリンは、ただそれを見ることしかできなかった。いかなる悩みも苦しみも、最後にそれと向き合うのは()()()()だということを、二人は理解していたからだ。

 

 しかし、運命が押し進めてきたリムドの時間は、もう残り少なくなっていた。

 

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