機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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ホワイト・クリフス 終局②

「────連邦軍の本隊だと?」

 ジャン・ミンウェイの報告をアラン・ダレンが聞き取ったとき。

 リムド・リンクリッツもまた、それを察知していた。

 ()()()

 リムドはそう思うと、一度瞼を閉じた。

 

 ──強いだけでいいじゃん。これからも、腐った連邦のヤツらをぶっ倒そうよ。父さんは強いんだから。

 ──私は強くなどない。本当の強さとは、守りたいものを守れる力のことだ。失くしてはいけないものを、見失わない心のことだ。

 ──忘れるな、シャーラ。力にしか依ることのできない人間に、私のような人間にはなるな。

 

 かつてシャーラ・リンクリッツへと送った言葉を、リムドはいま噛みしめる。

 彼はゆっくりと瞼を開き、コクピットのモニターに映る光景を眺めた。

「リンさん! シャーラを連れて、今すぐこの場から離れるんだ! 俺は……、連邦を()()()できるか試みる!」

 アラン・ダレンは乗機であるザク・プロキシムを動かし、再びヒートホークを構える。

 ザク・プロキシムのモノアイは、空と地上の両方から迫りくる連邦軍のモビルスーツを睨み据えていた。

 彼は、戦うつもりなのだ。

 ヒートホークしか武装が残されていない、骨董品のようなザクで。リムド・リンクリッツを連邦軍から逃がすために。

「無茶です! わたしでも分かる! いまの貴方では、連邦軍には勝てない!」

 リン・サザナミはジープのハンドルを握り、アクセルを目いっぱい踏み込みながら、アランに向けて叫ぶ。

「────逃げて、父さん!」

 そして、リムドの乗るグフ・パサードに向けて、シャーラは必死に手を伸ばして泣いていた。

 

 シャーラが手を伸ばしたところで、リムドにそれが届くわけはない。涙を流したところで、連邦軍が撤退し、誰もが救われる結末が訪れるわけはない。

 アランが連邦軍を足止めしようとしたところで、ザクがアンクシャやジェガンに勝てるわけがない。

 現実とは非情で、あまりに悲しいのだ。連邦軍にとって、リムドはテロリストの首魁であり、生かしておく意味などない。捕らえることなどせず、グフ・パサードごと潰してしまうだろう。

 そして、その任務の邪魔をするのであれば、アランやシャーラも同様に叩き潰すだろう。その圧倒的な力を以て。

 力という波濤がぶつかり合い、無数の死と憎しみを散らして消える。

 それが戦場の道理。弱肉強食の摂理。リムド・リンクリッツという男が肯定し、依存してきた(ことわり)なのだ。

 それでも、シャーラは手を伸ばし、涙を流す。

 アランは必死に連邦軍に対し、抵抗を試みる。

 例えその手が、その祈りが届かずとも、無情な理を乗り越えて誰かを救おうとする意志。不可能さえも可能にして、生み出される悲しみを押し返そうとする願い。

 

()()が、あの極光の正体か────」

 

 リムド・リンクリッツは悟り、そして笑った。

 アクシズを押したオーロラを見たあの日。

 リムドは彼の妻を亡くして以来、忘れてしまっていた涙を流した。

 それほどまでにその極光が美しく、そして気高かったからだ。

 そして、それを温かい光だと評したアラン・ダレンの目にも、その極光と同じ光が宿っていた。

「温かい、安らぎの光……。私にも、それがあればな」

 もはや、リムド・リンクリッツにそれはない。

 だが、いま輝いているその光を、やがて生まれ出るその光を守ることは、まだできる。

 リムド・リンクリッツは、己の最期を決めた。

 

「────リムド! リムド、動くんだ! いまならまだ……!」

 

 アランからの通信が、グフ・パサードのコクピットに響く。

 連邦軍の部隊は、アランやリムドのすぐそこまで迫っていた。

 だが、アラン・ダレンは退くことも、投降することもしない。このままいけば、ジオン残党の一味としてリムド諸共、殺されてしまうのは火を見るよりも明らかだった。

「あぁ、()()()()()

 だから、リムドは動いた。

 グフ・パサードの操縦桿を握り、フットペダルを踏みしめる。

 

 そして、アラン・ダレンの乗るザク・プロキシムを横から蹴り倒した。

 

「リムド、何を────!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 リムドのその言葉で、アランはすべてを察する。

「馬鹿な! まだ、何かできることがある!」

「あぁ、かもしれない。だが、ここまでだ」

 脚部、腰部、背部。

 ありとあらゆる部位のスラスターと手足を使って、どうにか立ち上がろうとするザク・プロキシム。

 しかし、その間にもグフ・パサードはヒートサーベルを両手に持ち、その刃の切っ先を己の胸部へと向ける。

 まるで、東洋の侍が切腹をしようとするかのように。

「そんな……! 父さん、父さんっ!」

 遠ざかっていくジープに乗っているシャーラの声が、段々と聞こえなくなっていく。

()()()()()()()()()()、シャーラ」

 そう呟いたリムドの胸中は、不思議と穏やかであった。

 死ぬ前だというのに、連邦軍に対する憎しみや、こうなってしまったことへの後悔はほとんどない。

 泥と血と、憎しみに塗れた彼の人生。

 だが、シャーラという少女を育て、アランという友に出会えたことで、こういう最期を迎えられたことは喜ばしいことだと、リムドは思う。

 本来は、戦いという虚無の中で生き、死んでいくだけだった命を。

 極光のように輝く光を見て、それを守るために死ぬのであれば、これほど恵まれた終わりはないだろう。

 そういうとりとめのない思いが、リムドの心に幾つも浮かび上がるが、それを伝えている時間はもうない。

 

 ────よき出会いだった。

 

 リムドの口が、そう動いた。

 そして。

 グフ・パサードのヒートサーベルが、自らの胸部を刺し貫いた。

 目の前の信じがたい光景に、アランやリン、シャーラはもちろん、連邦軍の兵士までもが絶句する。

 溶解したグフ・パサードの胸部からはバチバチと火花が飛び散り、機体は力なく膝を折ったままモノアイから光が消え、ヒートサーベルの熱も冷めていく。

 ジェネレーターは傷つけず、的確にコクピットだけを貫いていた。

 

「俺が……! 俺が、ガンダムであったなら……!」

 ザク・プロキシムのコクピットに己が拳を叩きつけ、アランは歯を食いしばる。

 その壮絶な最期を目の当たりにして武装を下ろしたままのアンクシャやジェガンが、膝を折ったまま力尽きているグフ・パサードと、倒れているザク・プロキシムの周囲に到着する。

 状況を把握しきれぬまま、連邦軍兵士の一人がアデレードの連邦軍基地へと報告を行った。

 

 ────本部。こちらモビルスーツ隊。ジオン残党の別動隊と思われる勢力の排除に成功。こちら側の損害は多数、敵側は我々が到着した際には既に半数以上が無力化されていた。

 

 ────敵の首魁と思しきパイロットは自殺。所属不明の二機を含めた捕虜は後続部隊に任せ、我々は予定通りトリントン基地の救援に向かう。以上。

 

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