機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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第Ⅲ部 星海を翔る青き蝶 ─U.C.0100─
U.C.0100 サイド3へ向かうシャトル


『────まもなく、当機はサイド3、31バンチコロニーのセントラルターミナルに到着します。機内の皆様はシートベルトを……』

 シャトルの内部に、乗務員のアナウンスが聞こえる。

 機内で騒いでいた学生たちは、そのアナウンスと担任の教師の怒鳴り声によって渋々といった具合で席に着いた。

 

 地球に住んでいた人類が増えすぎた人口を宇宙へと移住させて、ちょうど百年が過ぎたころ。

 宇宙世紀(Universal Century)0100という節目の時代に、このシャトルはかつてジオン公国と呼ばれた国があったサイド3を訪れていた。

 その目的は、ここサイド3にて行われるジオン共和国の自治権返還と地球連邦政府への()()()、そして宇宙世紀百年を記念して行われる盛大な式典に参列するためであった。

 

「ここが、サイド3……。かつて、一年戦争を起こしたジオン公国だった場所」

 着席してなお騒ぐ浮かれた学生とは異なり、ただ静かにシャトルの窓越しにサイド3の浮かぶ宇宙を眺める少女が、そう呟く。

「そして、父さんやアラン(あいつ)が生まれ育った場所」

 少女の名は、シャーラ・サザナミ。かつての名は、シャーラ・リンクリッツ。

 ジオン公国の残党として地球で活動していたリムド・リンクリッツに拾われ、リムドが戦いの中で散っていったあとは、彼の最後の友であったアラン・ダレンという異なる生き方をする戦士の元で育てられた特異な少女。

 二人の宇宙生まれの戦士によって育てられた地球生まれの少女はいま、暗い星海にぽつんと浮かぶスペースコロニーを見て思う。

「……綺麗。黒い海の中にいるみたい」

 酸素も重力も、およそ人が生きていくために必要なものなど何もないこの宇宙(そら)は、なんと美しいのだろうと。

 彼女の二人の父、リムドとアランは自らの育った宇宙について、事あるごとにこう語っていた。

 

 あまりに冷たい、無が支配する空間。隔壁一枚の向こうに無限の真空が広がる場所。

 人間という熱を持つものが生きていくには、あまりに過酷な世界だと。

 

 しかしシャーラの目には、この宇宙がどうしても美しく映った。

 たしかに、ここは人間が暮らしていくには過酷すぎるのだろう。

 たしかに、宇宙で暮らしたことがない若造だから、綺麗な部分だけしか見えないのだろう。

 だが、それでも人間は宇宙を次なる生存圏と定めた。

 それはこの無限に広がる星の海に、いまのシャーラ・サザナミと同じように憧憬と可能性を垣間見たからではないか。

 リムドもアランも、大人たちの多くは宇宙を冷たく暗いだけの場所だというけれど、すべてを知りもしないで、いったい宇宙の何が分かるというのだろう。

 そういう、若さからくる根拠のない漠然とした反抗心がシャーラの心の中にむくりと起き上がったとき。

 

「……さん、シャーラさん、シャーラさん。シートベルトをしないと、危ないよ」

 

 隣の席に座っていた少年が、彼女の肩をつんつんと突いていたことにようやくシャーラは気づいた。

「はぁ?」

 気持ちよく思索に耽っていたところを邪魔されて、反射的に睨んでしまったシャーラ。生まれつき目つきの鋭い彼女に睨まれ、その少年は蛇に睨まれた()()()()()()()涙目になって縮こまってしまった。

「ひっ! ご、ごめん。けど、やっぱり危ないからベルトを……」

「ベルト……? あぁ、そっか。ごめん、ありがと」

 素っ気ない態度で礼を言って、ベルトをカチリと音を立てながら着けるシャーラ。

「い、いえ、どういたしまして……。僕もコロニーの話はすごく興味があるから、ずっと見ちゃう気持ちもわかるよ」

 少年はそんなシャーラを見て、にへらと笑った。

 外見からして小動物のように可愛らしく、同時に弱弱しい印象を受ける小柄で中性的な顔立ちの少年であったが、妙に人懐っこく笑うその様はもはや要保護動物であった。

「……なにアンタ、サイド3(ここ)について知ってんの?」

 シャトルの到着まで、まだ時間はある。

 それまでの暇つぶしにはなるだろうと、シャーラは川に小石を投げるようにぽつりと少年に向けて話を振る。

 

「も、もちろん! スペースコロニー群、サイド3。通称はムンゾと呼ばれていて、かつてはジオン公国の首都でもあったズムシティのあるコロニーもここに属しているんだ。宇宙世紀を、そしてモビルスーツを語る上で、この場所を外すことはできないよ。──なんたって、あの汎用型モビルスーツの祖とも言える、ザクの故郷だからね!」

 小石を投げたら、隕石が返ってきた。

 いや、この早口で大量の情報をわっと浴びせられる感覚は、隕石というより流星群といった方が適切か。

「ザク……。多くの場合はⅯS―06F、つまりはザクⅡF型を指すんだけど、このザクⅡに至るまでの過程もまた面白くてね。そもそも、モビルスーツが開発されたのは圧倒的な艦隊戦力を誇る地球連邦軍に対して、ジオン公国側が────」

 とんでもない相手に話を振ってしまった、と後悔するシャーラ。

 こちらが聞いてもないのに、懇切丁寧に一から十まで趣味全開の情報を伝えてくるこの会話スタイルは、シャーラの師であり二人目の父親であるアラン・ダレンを彼女に強く想起させた。

 いちいち楽しそうに、相手の目をまっすぐに見ながら話すところなどアランとそっくりだと、シャーラは眉をひそめる。

「とにかく、一年戦争以降はモビルスーツという二足歩行の有人型ロボットが、この宇宙世紀の戦場における主役になっていくワケだけど。やっぱり僕個人の考えとしてはこのザクの設計思想の根本にあった、人間の身体機能を拡張した機動兵器という概念がザク以降のモビルスーツ開発に与えた影響力の大きさをまず論じるべきで……」

 こういう手合と話すことになったとき、彼女がよく使う手はひとつ。

「アア、ウン、スゴイスゴイ。タメニナルワ」

 適当に相槌を打って、脳をスリープさせるのだ。

 まるで、嵐が過ぎ去るまでシェルターの中へ籠るように。

 そうして、シャーラが少年の熱いモビルスーツ語りという嵐にひとしきり耐えたあと。

 

 少年の口調が、変わった。

「……けど、モビルスーツなんて本当は、なかった方が良いんだ」

 そのときに少年が見せた表情は、先ほどまで楽しそうにモビルスーツの話をしていたとは思えないほど悲しそうだった。

「なんでよ? いいじゃん、モビルスーツ。アタシも好き、だって強いから」

「ありがとう……。けど、モビルスーツはどこまでいっても兵器だ。ジオンも連邦も、宇宙に住む人も地球に住む人も、こんなものに頼らないと向かい合えないなんて、本当はダメなんだよ」

 

 ────忘れるな、シャーラ。モビルスーツは人殺しの道具だ。その事実だけは、絶対に取り繕ってはいけない。

 

 悲しげにそう話す少年が、シャーラに亡き父リムドの言葉を思い出させる。

 この少年の言葉に、もう少し真剣に向かい合おう。シャーラは眠らせていた自らの脳を起こした。

「もっとちゃんとお互いに、互いの辛さとか不安とかを分かろうとしなきゃダメだったんだよ。けど、そうせずにずっと先送りして……。言葉じゃなく、銃口を向け合うしかなくなったんだ」

「ニュータイプみたいな言い方するわね」

「そんな大したものじゃないよ。ただ、前に両親と喧嘩したことがあってね。落ち着いて両親と話したら、あっちにもちゃんとした理由があって。あぁ、僕の都合だけで誰かを見ちゃいけないって思ったんだ」

 もちろん、単なる子供の話だから、これだけで歴史や政治は語れないけどね。

 最後にそう付け加えて、照れくさそうに笑う少年。

 そんな少年にシャーラは少しの好感と、そして嫉妬を覚えていた。

 素直に、けれどもきちんと物事を考えて話せるその心が良いと思い。

 生みの親ときちんと話し合い、仲直りできるほどの家庭の暖かさが羨ましいと思った。

「……いい家族に育てられたのね。まぁ、こんなお坊ちゃんとお嬢様の通う学校の生徒だから、当然か」

 そしてシャーラはその()()()()から棘のある言葉を少年に投げつけてしまう。

 投げつけてから、少し後悔するシャーラ。あまりに大人げなく、未熟な自身の態度を彼女は心の中で恥じる。

 きっと、この少年もいまの言葉で自分を嫌いになっただろう。

 そう諦めて、シャーラは再び視線をシャトルの窓に広がる宇宙へと向けようとした。

 

「ありがとう。けど、シャーラさんだっていい人だよ。だって、こんな僕と対等に、まっすぐ話してくれた」

 しかし少年はそんな彼女に怒るわけでも、嫌味を言うわけでもなく、シャーラに向かって笑ったのだ。

 予想外の反応に、シャーラは目を丸くしている。

「……僕さ、こんな弱っちい感じだからよくいじめられたり、無視されるんだ。けど、シャーラさんは違った」

 自信がないのか、シャーラが怖いのか、はたまた照れているのか。

 少年は目をあちこちに逸らしながらも、言葉を続ける。

「ま、前からずっと、シャーラさんのことをすごいって思ってたんだ。急に転校してきたせいでみんなから噂されて、白い目で見られても、誰かに媚びたり怯えたりしなくて。あぁ、この人は強いんだって、弱い僕とは違うんだって────」

「……アタシなんて、()()()()()()()()()()

「え?」

 シャーラの、強い否定の言葉。

 その言葉に宿った無念さと怒りの色に、思わず少年は困惑した。

 

『ご搭乗の皆様に、お知らせします。当機はただいまから31バンチコロニー、()()()()()()のターミナルに入港いたします。シートベルトの着用を再確認していただき────』

 

 そのとき、二人の会話を遮るようにシャトル内部にまたもアナウンスが流れる。

「……アタシ、シャーラ・サザナミ。アンタはここのお坊ちゃんどもの中では、まだ話せるヤツみたいだから」

 なんとも不器用な自己紹介だった。

 その褐色の頬を少しだけ赤くして、それを悟られまいと少年から顔を逸らすシャーラ。

 それでも少年にはよほど嬉しかったのか、目をキラキラと輝かせたのだった。

「────ッ! こ、こちらこそよろしくお願いしますっ! ぼ、僕はエインズ・マーレイです!」

 ぎこちなく、不器用で、不格好で、けれども運命の出会い。

 この少女と少年の出会いから、物語は新たに始まる。

 

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