「ごめんねぇ、青春真っただ中の若人たち。ここはいま、地球連邦軍の関係者以外は入れないのよ。デートスポットなら、もっと派手で楽しい所があるから、そっちに行ってもらえるかしら」
宇宙開拓記念館に到着したシャーラ・サザナミとエインズ・マーレイの二人を迎えたのは、地球連邦軍の士官用制服を着た女性であった。
「見ての通り、いまこの記念館は地球連邦軍の一時的な駐留地になっててね。むさいおっさんとモビルスーツでごった返しているから、デートスポットとしては論外なのよ」
制服の襟につけた階級章から、この女性士官の階級は少尉であることが分かる。
外見から推測できる年齢は二十代後半くらい。背中の辺りにまで伸びた茶髪を揺らしながら、シャーラたちに話しかけている。
士官クラスの人間にしてはえらく気さくというか、気の抜けた喋り方をするものだとシャーラは思った。
たしかにこの女性士官の言う通り、いまシャーラたちがいる記念館の正面入口には基地への侵入者を監視するために
記念館をぐるりと囲む石造りの塀も定期的に歩哨が巡回しており、それなりに強固な警備体制が敷かれていた。
普段、物好きな観光客以外は寄り付かない静かな記念館はいま、連邦軍兵士や将校が大勢行き交う要塞のような物々しい雰囲気に満ちている。
そして、正面入口から僅かに見える記念館の敷地内には、発進可能な状態で待機している地球連邦軍の制式採用モビルスーツ、RGM―89ジェガンの姿もあった。
「あれ、本物のジェガンですよね! バイザーの下に薄っすらと見えるモノアイ式のメインカメラ! 余計なものを排除した合理的なフォルム! 一年戦争以降培われた、連邦系のモビルスーツ技術の集大成であり、モビルスーツ開発史に残る傑作量産機ですね!」
先ほどまで恐怖と困惑で強張った表情をしていたはずのエインズが、モビルスーツを見てとても興奮した様子で情報の洪水を女性士官に浴びせかける。
こうなったエインズは、もはや止められない。
「あー……、キミは
「別に。アタシもモビルスーツは嫌いじゃないから」
「あっ、そう……。お似合いのカップルだこと」
熱に浮かされてジェガンへの愛を滔々と語るエインズに辟易した女性士官は、彼の隣で腕を組んでいるシャーラにも話を振るが、彼女もこの場から立ち去る気配はなかった。
もっとも、シャーラがこの場を離れようとしなかったのは、エインズのようにオタク的な好奇心によるものではない。
連邦軍の駐留地の近くにいれば、先ほどの監視者たちもこちらに手出しできないだろうと考えたのだ。
彼女は、少なくとも先ほどの監視者は連邦軍の関係者ではないと読んでいた。
もし連邦軍がこの駐留地の防衛を目的にシャーラたちが通ってきた道を監視するのであれば、こそこそと伏兵じみた真似をせず、堂々と検問でも設ければいい。
そうしなかったということは、あの監視者は少なくとも地球連邦軍の正規兵ではない、ということである。
何か大きな事件が、このコロニーで起ころうとしているのではないか。
シャーラの肌がにわかに粟立ち、戦士として鍛え上げられた直感が彼女の脳に警告を発している。
────危機は三度、その兆候を示す。だが、
幼き頃、リムド・リンクリッツから教えられた言葉が、シャーラの脳裏に浮かび上がった。
本来、シャーラは経歴をあまり探られてはまずい人間である。
ジオン残党に拾われて軍事訓練を受けながら育てられ、その後はサザナミ商会の養子となりそこで元アナハイム警備部のアラン・ダレンからも特殊な訓練を受けた。
普通の市民とは到底言えない経歴であり、このことが地球連邦の刑事警察機構にでも知られれば、無事では済まないだろう。
だが、事ここに至っては躊躇している時間的余裕はないと、シャーラは判断する。
自身の安全を確保するため、そしてエインズを守るためにも、彼女は怪しまれるリスクを切り捨てて行動を起こすことにした。
「あのねぇ、貴方たち。せっかく若いんだから、モビルスーツなんて
二人に呆れる女性士官の言葉を、シャーラが遮る。
「ここの警備兵の巡回ルートには、アタシたちが通ってきた道も含まれてんの?」
突拍子もない彼女の質問に、女性士官が怪訝な表情を浮かべた。
「貴方、何を……」
怪しまれるのは当然。しかし、いまはとにかく一分一秒でも長くこの場にいなければならないと、シャーラは考えていた。
もし、このブリュタールというコロニーで大規模なテロが起こるとして、コロニー内部で最も安全な場所はこの連邦軍の駐留地だ。
市街地やホテルなどの人が集まる場所は論外、テロリストにとっては格好の標的でしかない。コロニーから逃げ出すだけならターミナルも視野に入るが、そんなことはテロリスト側も予測している以上、真っ先に制圧するだろう。
銃火器を携帯しているなら、それなりの数が相手でもエインズを守れる自信がシャーラにはあったが、敵の正確な規模も正体も分からず彼女は丸腰である以上、この駐留地から離れるのは得策ではない。
「さっき、ここまでの道に気配を殺した連中が隠れていた。確認できた人数は三人だけど、アウトドアを楽しんでいたようには見えない。おそらくは斥候ね」
例え自分が怪しまれ、拘束されることになっても、丸腰のまま市街地に放り出されるよりはマシ。
シャーラはそう判断したのだ。
「……
先ほどまで、軍人らしからぬほどフランクな態度だった女性士官の態度が一変する。
口角こそ僅かに上がっているが、目が笑っていない。
「私は、地球連邦軍のナヴァロ・リード少尉です。そのお話、もっと詳しく聞かせてもらっていいかしら?」
ナヴァロ少尉は腰の右側にあるホルスター、そこに収められている拳銃へと手を伸ばしながら、ゆっくりとシャーラに近づく。
ここまでは、シャーラの予想通り。
ここから駐留地に拘留され、取り調べを受けている間は少なくとも安全だと。
しかし、事態はシャーラの予想よりも更に激しく、かつ最悪の形で彼女たちを飲み込んでいく。
遠くで、なにかが爆発したような音が聞こえた。
スペースコロニーとは言ってしまえば、金属とガラスで作られた回転する巨大な筒である。
内部で大きな音がすればその音は反響し、場所によってはその爆発自体もしっかりと目視可能であった。
「何の爆発……!」
ナヴァロ少尉が爆発音のした方角を向く。コノシア湖の方である。
直後、駐留地全体に警報がけたたましく鳴り響き、連邦軍の兵士たちが慌ただしく動き始めた。
兵士の一人がナヴァロへと駆け寄り、シャーラや我に返ったエインズに聞こえぬよう小声で状況を報告する。
「ナヴァロ少尉、コロニー各地で爆発が発生。現在、状況の確認を急いでいますが、サイド3の宙域にいる味方艦隊との連絡が取れません。……おそらく、通信妨害かと」
だが、アラン・ダレンから読唇術を仕込まれたシャーラにとって、彼らの会話はほぼ筒抜けと言っても過言ではなかった。
連邦軍の連携を阻害するための通信妨害。陽動と攪乱を兼ねた各地での爆発。
間違いなく、相応の練度を備えた部隊による計画的なテロだとシャーラは確信した。
「司令はなんと」
「極めて危機的状況につき、モビルスーツ隊を発進。政府高官の宿泊するシャトーユニヴェルセル周辺と、ターミナルの確保を最優先とのことです」
「こんなときでも、
兵士が敬礼をして立ち去ると同時に、ナヴァロはシャーラたちに言う。
「緊急事態よ、二人は今すぐ記念館の中に。入ったら、あとは他の士官の案内に従って」
「いいの? アタシは拘束されそうになっていた不審人物だけど」
「馬鹿言わないで。不審だろうと何だろうと、貴方たちは子供。子供を守るのは大人の役目よ」
そう言ってのけたナヴァロの顔つきを、シャーラは知っている。
リムド・リンクリッツ亡き後、彼女を育てたアラン・ダレンと同じなのだ。
守るもの、背負うものがある戦士の顔つきである。
迷いなく守るべき者を見定める眼差し。
迫りくる戦禍に対する憂いや怒りを滲ませた表情。
そして、誰に乞われるでもなく、自ずから戦うことを決めた精神性。
例えどれだけ言葉で取り繕おうと、人間の本性は顔に出るものだ。
多くの不法移民居住区や難民キャンプで人間の汚さや醜さを見てきたシャーラは、特にこういったものに敏感だった。
ナヴァロ・リードという女性は、少なくともちゃんとした大人である。
シャーラは少なくとも今のところ、彼女の指示に従おうと決めた。
「……わかった。で、何処に行けばいいの?」
「素直な子供は好きよ」
「ちゃんとした大人なら、子供も素直でいられるからね」