「
シャーラとエインズを記念館の内部に送り届けたあと、地球連邦軍の少尉であるナヴァロ・リードは自らの乗機であるグスタフ・カールの元へと走っていた。
コロニー内での戦闘が想定されるため、ノーマルスーツの着用はしていない。
「ナヴァロ・リードよ! グスタフ・カール、準備できてる?」
地面に片膝をついた状態で配置されているグスタフ・カールへと近づきつつ、機体の近くにいたメカニックへと叫ぶような大声で話しかけるナヴァロ。
「急でしたが、何とか!
ツナギ姿の女性メカニックが、ナヴァロに敬礼する。
「流石ね、武装は?」
「いつも通りです! ただ、主武装はビームライフルではなく90ミリのショートマシンガンです! コロニーや民間人に被害が出るので、発砲を控えてください!」
「向こうはテロリスト、こっちは俗にいう正義の味方だもの。自分で両手を縛るようなものだけど、守るものがある以上はしょうがないってコトね」
グスタフ・カールの正面に設置された簡易型の乗降用エレベーターを用いて、ナヴァロは機体のコクピットに乗り込む。
慣れた様子でシートに座った彼女はコンソールや操縦桿を操作して、グスタフ・カールを直立させた。
型式番号FD―03、グスタフ・カール。
頭頂高22メートル、本体重量29トンの重装甲モビルスーツである。
ガンダリウム合金製の分厚い装甲と各部に配置されたスラスターによって、ガンダムタイプに迫る本体性能を誇るとされる新型の機体であった。
搭乗者であるナヴァロがこの最新鋭機を与えられたのは彼女がモビルスーツパイロットとして優秀であるためだが、彼女自身もこの太い脚部と無骨な形状の頭部を備えた、機動隊員のごとく屈強なこの青いモビルスーツが気に入っていた。
「ビームサーベル、よし。マシンガンと頭部のバルカン砲、それにこのゴツいシールドとフレキシブル・アームも、よし。左腕部のグレネードランチャーは……、なるべくなら使いたくないってトコね」
コンソールを介して武装の最終確認を行うナヴァロに駐留地の司令、バルカ・モリソン大佐から通信が入る。
「ナヴァロ中尉。貴官は残った三機のモビルスーツを率いて、先行してターミナルの確保に向かった部隊の救援に向かってくれ」
「救援……。
ナヴァロの言葉に、ううむと唸るバルカ。
彼はよく唸ることで知られており、駐留地内でううむと唸れば彼の真似をしていると笑われるくらいであった。
「敵の数はこちらの倍以上だという報告を最後に、通信不能となった。ホテルは我々の到着前にテロリストによって占拠されており、手出しができない。貴官の言葉を借りるなら……、かなりまずい状況だ」
「気づいたときには既に敵の掌の上、というヤツですね」
「ううむ、その通りだ。共和国の政治家どもが、連邦軍の駐留をもっと広範囲で認めていれば、ここまで後手に回ることもなかったのだがな……」
またしても唸り、愚痴をこぼすバルカ。
思わず笑いそうになるのを堪え、ナヴァロはフットペダルに足をかけて操縦桿を握った。
しかし、バルカが部下の前で愚痴るのも当然だとナヴァロは思う。
本来、彼女たち地球連邦軍の駐留地はターミナル、或いは地球連邦政府高官が宿泊するホテルの周辺になる予定だった。守る対象や要衝となる地点の傍に拠点を作るのは、至極当然のことである。
だが、それをブリュタールのコロニー管理者と、ジオン共和国の外務大臣であるモナハン・バハロが許さなかった。
観光客に無用な恐怖を与え、高齢の住民には一年戦争時のトラウマを刺激することになるだとか。
コロニー内での大規模な連邦軍の駐留は、ただでさえ自治権返還で苛立つ共和国軍の神経を逆撫ですることになるだとか。
そういった難癖にも等しい理由を列挙し、艦隊はサイド3宙域内に留まることこそ認められたものの、コロニー内を警備する連邦軍は小規模に抑えられ、挙句の果てには要衝から遠く離れた場所に移されたのだ。
そういった政治的なしがらみやいざこざに振り回され、ワリを食うことになるのはいつも現場だと、ナヴァロは内心で舌打ちをする。
「まぁ、やるしかないですよ。ちゃんとした大人、ですからね」
自らに活を入れるため、自身の頬を軽く叩いたナヴァロ。頬に残るヒリヒリとした感覚が、彼女の精神をはっきりと目覚めさせる。
そうしている間にもナヴァロの搭乗するグスタフ・カールの周りには既に、付き従う三機のジェガンが待機していた。
「……そうだな。お互い、大人として口を動かす前に手を動かそう、ナヴァロ少尉」
「────了解。ナヴァロ・リード、グスタフ・カールで出ます!」
ナヴァロがグッとフットペダルを踏み込み、グスタフ・カールのスラスターが推進剤の噴射を始めた瞬間。
彼女が搭乗するグスタフ・カールのレーダー感知範囲に、四機の
「敵機だ! 各自散開して迎撃しろ!」
考えるよりも早く、ナヴァロは部下に対して通信で指示を飛ばしていた。
記念館の上空に現れたのは、計五機のネオ・ジオン系機体。
指揮官機と思しき形状のギラ・ズールが一機と、四機のギラ・ドーガ。フラットグリーンを基調とした、如何にも悪役然とした姿の機体がナヴァロたちに迫りくる。
機体性能だけを見れば、ジェガンと同等に近いモビルスーツだ。
しかし、先手を打たれてしまったことが痛手となった。
記念館に被害が及ばぬよう、上空に飛んで迎撃ができたのはナヴァロのグスタフ・カールと、咄嗟にナヴァロの姿を追って飛んだジェガン一機のみ。
残りの二機のうち、一機はギラ・ズールの撃ち込んだビームによって右脚部を破壊され、もう一機は動揺してしまい飛び立ってすらいない。
「駐留地のレーダーを抜けてきたのか……? どうやって」
────確認できた人数は三人だけど、アウトドアを楽しんでいたようには見えない。おそらくは斥候ね。
ナヴァロの疑問は、シャーラの言葉によってすぐ解決した。
「忍び込まれたのか……!」
特定の機体の信号を検知できなくしたのか、或いはレーダーそのものを無効化したのか、それは定かではない上、今となっては最早どうしようもない。
舌打ちをするナヴァロ。
彼女の乗機であるグスタフ・カールは右手で90ミリショートマシンガンを構えるが、それを撃つことができない。
ギラ・ズールたちは、理解しているのだ。
彼らの背後にあるのは、
しかし、ここはスペースコロニー。金属とガラスで作られた、巨大な筒の中である。
つまりギラ・ズールたちが背にしているのは、空ではなくコロニーの住民たちが住まう街なのだ。
例えナヴァロのグスタフ・カールがビーム系武装ではなくとも、標的から外れた実体弾がどうなるかなど誰にも分からない。
「なんて連中……!」
コクピットの中で歯噛みするナヴァロは理解した。
この連中は、コロニーの住民のことなど毛ほども気にかけていない。
上空で左右に散開したギラ・ズールたちのうち、一機のギラ・ドーガがビーム・マシンガンを撃ちながらナヴァロへと肉薄する。
「躊躇なしとはね……」
グスタフ・カールは分厚いシールドでそれを防ぎつつ、スラスターを全開にしてギラ・ドーガとの距離を詰める。
接近しなければこちらが不利なままだと、彼女は踏んだのだ。
そして、二機の間合いが僅か数メートルにまで迫ろうとした瞬間。
「手加減なしよ!」
グスタフ・カールはスラスターの噴射を僅かに弱めると、バックパックから接続されたフレキシブル・アームが構えるシールドを目の前から退かして、左腕部で構えていたビームサーベルの先端をギラ・ドーガのコクピットへと突き刺した。
とてつもなく強引な、しかし極めて精確な一撃。
モビルスーツのジェネレーターにビームサーベルを当てることなく、的確にコクピットだけを攻撃するその技術は、ナヴァロ・リードが最新鋭機であるグスタフ・カ―ルを任されるに足る何よりの証拠であった。
「あと四機!」
力なく落ちていくギラ・ドーガを横目に、全天周囲モニターで残りの敵へと目をやるナヴァロ。
だが、そんな彼女の目が真っ先に捉えたのは、ナヴァロと共に上空へと飛んだジェガンを撃墜して記念館へと降り立つ二機のギラ・ドーガであった。
「……ッ、させるもんですか!」
慌てて機体の姿勢を制御し、自身も記念館へと降下しようとするグスタフ・カールの前に、そうはさせまいとギラ・ズールとギラ・ドーガが立ちはだかる。
「邪魔を……!」
絶体絶命。
ナヴァロの脳裏には、先ほど記念館へと避難させたシャーラとエインズの顔がよぎっていた。