宇宙開拓記念館は、五階建ての
ギリシアのパルテノン神殿を彷彿とさせる列柱が並ぶ正面入口や、バロック様式を思わせる凹凸に富んだ装飾過多の外壁など、旧世紀の地球において発展した建築史を節操なく組み合わせたような建造物である。
宇宙開拓記念館という名称に相応しい荘厳な建造物にしたかったのだろうが、地球から来たシャーラやエインズにとって、その建物はなんともちぐはぐで不気味な印象しか受けなかった。
シャーラ・サザナミとエインズ・マーレイは、そんな記念館二階の事務室で、騒ぎが収まるのを待っていた。
しかし、一向にそういった気配はなく、むしろ廊下から聞こえる兵士の足音はより慌ただしくなり、部屋の窓は外から伝わる衝撃でガタガタと揺れている。
状況は悪化しているのだと、シャーラはもちろんのことエインズも理解していた。
「ね、ねぇ、シャーラさん。シャーラさんって、ひょっとして連邦軍のスパイとかだったり……、するのかな?」
「はぁ?」
ぴりついた雰囲気で窓の外を警戒するシャーラに、素っ頓狂な問いを投げかけるエインズ。
「ご、ごめん! 場の空気を和ませようと……。けど、森の中で監視されていることに気づいたり、喧嘩もめちゃくちゃ強かったりで、世間離れしてる感じがあったから……」
「──別に。アンタにだって、話したくないことはあるでしょ。お互いに、秘密のことは秘密のまま。それなりに近くて、それなりに離れてる。それくらいの関係が一番気楽だし」
それっきり、シャーラは黙ってしまう。
ただ、エインズはそうやって窓の外を見るシャーラが、段々と彼から遠ざかっていくような気がした。
しかし、そこで遠ざかるままにしておけないのが、エインズ・マーレイだった。
もしかしたら、拒絶されるかもしれない。本気で怒られたり、余計なおせっかいかもしれない。
だが、エインズはそういう躊躇いを振り払い、窓際に立つシャーラの元へ近づく。コロニーのターミナルで、シャーラがエインズを助けたときのように。
自分だって、勇気を振り絞って一歩を踏み出すのだと、自らを鼓舞して。
「僕は────」
エインズの決意を遮るように、コンコンと何者かが事務室の扉をノックした。
シャーラは即座に窓際から離れ、喋り続けようとしていた彼の口を左手で塞ぐ。
そして彼女は自分の唇に右の人差し指を当てて静かにしろとエインズにジェスチャーで伝えると、足音を殺してゆっくりとノックされた扉の横に近づいた。
記念館の外の騒ぎはまだ収まっていない。それどころか、先ほどから爆発音やビーム兵器が何かを溶断した音がしていることを、シャーラの鋭敏な聴覚は聞き取っていた。
剣呑極まりない状況。もはやここは戦場と同じだと、彼女は判断する。
シャーラはエインズに手で何かを払うようなジェスチャーをして、部屋の隅に隠れるように指示。そこから扉の横の壁に背中を張りつけ、右手でゆっくりとドアノブを回して扉を開けた。
ぎい、と音を立てて木製の扉が開いていく。
その瞬間、シャーラは開いた扉の隙間から素早く廊下へと出て、扉の前にいた壮年の男性に肉薄。
その人物が反応するよりも先に、彼女は男性が腰の右側に装着していたホルスターから左手で拳銃を抜き取ろうとした。
「────なるほど、少尉の言っていた通りだな」
だが、シャーラの左手はその男性によって見事に掴まれる。
二人の戦士によって鍛えられた自身の動きが押さえられたこと、そして先手を打ったにも関わらず男性がまったく動揺していないことに、シャーラは目を大きく開いて驚いた。
「ううむ、筋は悪くない。いい目もしている。……だが、
その言葉で冷静になったシャーラは、男性が地球連邦軍将校の制服を着ていること、そして襟に付いている階級章から大佐であることを理解する。
「私は、バルカ・モリソン大佐。この駐留地はいま、危険な状況になりつつある。安全な場所まで部下に護送させよう。ついてきなさい」
そう名乗った壮年の男性は、背後に二人の自動小銃を構えた兵士を引き連れていた。無論、いきなり大佐の拳銃を強奪しようとしたシャーラに対し、二人の兵士は小銃の銃口を向けている。
「……アンタが本当に、連邦軍の将校であるという証拠は?」
シャーラもまた、例え銃口を向けられようとも怯みはしない。
バルカ大佐と二人の兵士を睨み据えるような目つきで彼女は話す。隙を見せれば即座に喉笛を嚙みちぎろうとする猟犬のような少女だと、バルカは感じた。
「ナヴァロ・リード少尉を知っているだろう? 彼女は私の部下だ。大人しそうなオタクの男の子と、軍用犬のように
「誰が犬よ、誰が……。エインズ、もう出てきていいわよ。この連邦軍のおじさんが、アタシたちを護送してくれるってさ」
シャーラにそう言われ、事務机の陰からおずおずと顔を出すエインズ。
「ううむ。こんな状況でなければ連邦軍にスカウトしているところだが、事態は一刻を争うのだ。記念館の裏に装甲車を止めてある。そこまで護衛しよう」
シャーラとエインズはバルカ大佐の言葉に従うことを決め、事務室を後にした。
「シャーラくん。君のその技術は、誰から学んだのかね?」
記念館の裏手に向かって廊下を歩きながら、バルカがシャーラに話しかける。
「……言いたくない」
「ううむ、そうか。ならば、これ以上の詮索はやめておこう」
自動小銃を構えた兵士が先頭と最後尾を固め、中央にシャーラとエインズ、そしてバルカ大佐が並んで歩いていた。
「だが、覚えておいた方がいい。力はあくまで手段だ。何のためにそれを用いるかでその力の価値が、ひいてはその者の価値が決まる。見誤れば、ロクなことにならんぞ」
バルカのその言葉は、彼女が育ての親であるリムドやアランから、何度も聞いた言葉だ。
まさか、連邦軍の軍人からも同じ言葉を聞く日がこようとは。シャーラは自らの心に湧いた驚きと、僅かな嫌悪を隠せなかった。
「
「馬鹿な。殺人が正当化される正しさなど、この世にない。少なくとも、戦い自体に正しさを求めた結果がどうなるかは、これまでの歴史が証明している」
シャーラにそう答えたバルカの瞳にはこれまで彼女が見てきた幾人もの戦士たち、リムドやアラン、そしてナヴァロとはまた違ったいぶし銀のような光があった。
この壮年の将校もまた、戦いという過酷な場所で
「私は地球連邦軍大佐としての自らと、仕えるべき地球圏の市民に恥じないように生きているだけだ。いや、私だけではない。私の部下や多くの連邦軍兵士もまた、そう思っているはずだ」
バルカの言葉を聞き、やはり自分はまだ戦士として未熟なのだという悔しさが、シャーラの心にこみ上げる。
彼女はまだ、バルカのこの言葉に答えるほどのものを持ち合わせていないのだ。
そんな己の未熟さを噛みしめるように、シャーラが自らの拳にぐっと力を込めたとき。
建物全体が揺れたかのような衝撃と、近くで何かが崩れた轟音が廊下を奔った。
「……いかんな。早く裏手に────」
バルカがそう言おうとした矢先。
シャーラは廊下の窓から差し込んでいた光が、何かに遮られたのを理解した。
「────ッ、飛んで!」
叫びながら、隣にいたエインズを抱きかかえて前方に飛ぶシャーラ。
直後に、最後尾にいた兵士をビーム・アックスが建物ごと
強烈な耳鳴りとめまいが、シャーラを襲う。彼女はどうにか自らの肺に空気を送り込んで、エインズを支えながら立ち上がり、周囲を見渡した。
何が起こったか分からず、エインズは衝撃のせいで視点も定まらぬまま震えている。先頭の兵士はどうにか立ち上がって小銃を構え直し、バルカは倒れたままシャーラに対して何かを叫んでいた。
朦朧とする彼女の意識が、徐々にはっきりとしてくる。
そんなシャーラを建物の外から見下ろす存在があった。
AMS―119、ギラ・ドーガ。フラットグリーンに塗装された、不気味に光るモノアイを持つ機械の巨兵。頭頂高20メートルの汎用モビルスーツ。
ギラ・ドーガの右腕部には、先ほど建物を兵士ごと溶断したビーム・アックスが装備されている。
生身の人間がどうこうできる相手ではないことなど、火を見るよりも明らかだ。
「────走れ!」
そこでようやくシャーラの聴覚と意識は正常に戻り、バルカの声が彼女の耳に届いた。
シャーラは歯を食いしばって全身の力を振り絞り、未だ呆然としているエインズの腕を強引に引っ張って走り始める。
二階の廊下を全力疾走し、突き当りの階段を駆け下ろうとした。
そこで、バルカたちのいた方向から銃声が聞こえる。彼らは囮になろうとしているのだと、シャーラは瞬時に理解した。
彼女はエインズの頬を思い切り叩き、彼の目を無理やりに覚まさせる。
「シャ、シャーラさん……! ぼく、ぼく……!」
「いまは黙ってアタシについてきて! 大丈夫、大丈夫だから! できるわよね!」
シャーラはエインズの顔を両手で固定し、自分以外の余計なものを見られないようにした。
動揺しつつも頷いたエインズを見て、シャーラも強く頷いて走り出す。
二人は階段を転げ落ちそうなほどの速度で駆け下り、記念館の裏に通じる非常口をシャーラが開け放った。
争乱の渦は留まることなく広がり、二人の少年少女は運命の機体へと誘われていく。