記念館裏手に通じる非常口を開けたシャーラとエインズは、驚愕した。
非常口を出てすぐの従業員用駐車場に止めていたであろう地球連邦軍の装甲車は、車体に大きな風穴を空けられて横転しており、動かぬ鉄屑と化していたからである。
「な、なんで……」
驚きのあまり立ち尽くすエインズ。
一方のシャーラは、こうなった以上は次善の手を打とうと辺りを見回しながら、頭の中で状況を整理する。
この装甲車を破壊したのは、おそらく先ほどのモビルスーツだろう。
そして、この駐留地にあった防衛戦力を退けてこの記念館を攻撃できるほどの戦力を有するテロリストということは、先ほどのモビルスーツが単機だけという可能性は極めて低い。
装甲車は走行不能となり、この駐留地から逃げる手段は今のところ無し。なによりこの駐留地から何らかの方法で逃げたとしても、このテロリストの襲撃はブリュタールというコロニー全体で発生している以上、何処にいても安全ではない。
逃げたところで、どうにもならない。
ならば。
覚悟を決めたシャーラの求めに応じるかのごとく、彼女の視界にあるものが映った。
それは、頭部にシートが掛けられたモビルスーツを載せた一台の運搬車。大きさからして、20メートル前後の機体が積載されている。
目覚めのときを静かに待つように眠るその白い機体を見た瞬間、シャーラの心臓がどくんと跳ね上がったことに、他ならぬ彼女自身が困惑していた。
勝てるわけがない。抗えるわけがない。逃げるしかない。
そんな臆病な理性を彼女の心が、シャーラ・サザナミという少女の奥底に眠る何かが拒み、彼女をまっすぐに運搬車へと走らせた。
「シャーラさん⁉」
突然走り出した彼女の背を、エインズは慌てて追いかける。
そんな彼に事情を説明することすらせずシャーラは夢中で走ったが、これは彼女自身もその心の中で膨らんでいく感情の正体を掴めていなかったからである。
たしかに、いまのシャーラ・サザナミは力も心も未熟な少女でしかない。
彼女を育てたリムドやアランのように背負う過去や宿業もなければ、ナヴァロやバルカのように貫かんとする信念や誇りもない。自らが力を求める理由も、自らの居場所も決めることができない未熟な、
だが、青い未熟さに甘えていられる時間を、彼女はもう求めていなかった。
自分の前で何かが失われていく瞬間に、ただ力なく手を伸ばすだけの少女でいたくない。
抗う力が欲しい。残酷な現実に、非情な運命に、何よりも無力を嘆くしかなかった過去の自分に抗う力が。
────なるんだ。自分の大事なものを、自分の大切な居場所を守れる戦士に。
そんな思いが、シャーラの中で大きくなっていく。
これまでに彼女がめぐり逢った様々な思いと言葉が、シャーラの踏み出す一歩に力を与える。
運搬車にまで近づき、車両側面にある梯子を上って機体の胸部まで辿りつくシャーラ。
幸いなことに、起動させる直前だったのかコクピットのハッチは開いており、すぐ乗り込むことができる。
運搬車側面の梯子に手をかけたまま戸惑うエインズに、シャーラは手を伸ばした。
「早く乗って!」
「け、けどシャーラさん! それって軍のモビルスーツ……」
躊躇うエインズ。
そのとき、ずしんという地響きのような着地音とともに、一機のモビルスーツが記念館裏手にまで脚部底面のスラスターを使って跳躍してくる。
バルカたちを襲った機体とは別の、もう一機のギラ・ドーガ。
次の瞬間、着地後に周囲を見回していたギラ・ドーガのモノアイと、シャーラは目が合ってしまった気がした。
まずい。
そう思ったときには、もう彼女はエインズに向けて言葉を発していた。
「アタシを信じて! アンタは、アタシが必ず守る!」
その言葉に、エインズも覚悟を決めて梯子を上り、自らに向かって伸ばされた彼女の手を掴んだ。
二人して、勢いよくコクピットの中に転げ落ちる。
「アンタはシートの後ろに! この機体を、アタシが動かす!」
軽く打った頭の痛みを無視して、シャーラは機体のシートへと即座に座った。
「動かすって……、できるのシャーラさん⁉」
コクピットの中央にあるリニアシートに座った瞬間、シャーラの顔つきがはっきりと変わったことをエインズは理解する。
まるでモビルスーツを構成する部品の一部となったかのように、彼女の顔から一切の焦りが消えたのだ。
「……炉に火は入ってる。推進剤も問題なし。操縦系統は多分、第二世代モビルスーツに近い。いまある武装は頭部バルカンとビームサーベル。それから……、腰部のビーム・カノン」
独り言のように、リニアシート前方のコンソールに映し出されるデータをぶつぶつと読み上げるシャーラ。次々とコンソールに表示されるデータを、彼女は瞬時に理解していく。
単なる女学生ができる芸当でないことは、誰が見ても明らかだった。
「シャ、シャーラさん……。君はいったい……」
困惑するエインズ。しかし、高速で回転を始めたシャーラ・サザナミの戦士としての脳は、彼の声をシャットアウトしていた。
ひと通りの機体データを瞬時に頭へ入れた彼女は、まずシート側面に備えられていたパイロット用のものと思われるヘッドギアを装着。その後、両手で操縦桿を何回か操作し、フットペダルに載せている自らの右足にグッと力を込めた。
頭頂高19メートルの機動兵器が、ゆっくりと起き上がり始める。
それと同時に機体の頭部を覆っていたシートが剥がれ、その機体特有のツインアイが青く眩しい光を放った。そんなツインアイの上には、武者兜の前立てに似た黄色いブレードアンテナがある。
機体カラーは白を基調としながらも胸部のエアインテーク周辺や肩部上方、腰部アーマーの側面には青と赤が散りばめられていた。
機体の大まかなシルエットは、ジェガンなどの地球連邦軍の量産機に近いものがある。しかし、そのヒロイックな配色と細部に宿った個性は、見る人が見れば即座に
そしてそのとき、コクピット内部のコンソール上で、彼女たちが乗るこのモビルスーツの型式番号と名称がパッと表示された。
型式番号は、XF―01。しかし、この英数字の羅列には大した意味などない。シャーラとエインズにとって重要な意味を持つのは、この機体の名称。
その名を、シャーラ・サザナミが初めて乗る運命の機体の名を、不敵に笑った彼女が口にする。
「ユリシス……。ガンダム・ユリシス」
宇宙世紀という百年の歴史の中で、何度もその姿を現した伝説のモビルスーツに与えられた特別な名前。
モビルスーツという機械の枠を超え、その機体は奇跡を起こすのだという者もいる。
積み重ねられた絶望に抗おうとする、反骨精神の象徴のような機体だという者もいる。
乗る者の願望を背負い、その願望を実現させる大いなる力を持つ機体だという者もいる。
いま自分たちは、そんな特別な意味を持つ機体に乗り込んだのだ。
シャーラとエインズの身体を電流にも似たような高揚感と希望がゾクゾクと奔り、思わず二人の身体は身震いしていた。
「アタシはいま、ガンダムに乗ってる」
操縦桿を握るシャーラの手にも、俄然力が入る。
そのとき、ユリシスのセンサーが機体の周囲にいる未確認機を発見し、コクピット内部のコンソールが警告音を発する。
シャーラは操縦桿とフットペダルを見事に操作し、ガンダム・ユリシスはコロニーの大地に立った。
一方、その様子を目撃したギラ・ドーガは右腕部にビーム・マシンガンを、左腕部にビーム・アックスを構えた状態でユリシスとの距離をじりじりと詰める。
本来なら、そもそもユリシスが立ち上がる前、態勢を整える前にビーム・マシンガンで攻撃するべきだ。
それをしなかったのは、子供二人が乗り込んだモビルスーツがまともに戦えるわけがないという侮りからだった。
全天周囲モニターでそのことを把握したエインズが叫ぶ。
「シャーラさん、あのギラ・ドーガが来てるよ!」
「分かってる」
シャーラはユリシスを動かし、迫りくるギラ・ドーガと対峙した。
ユリシスが右腕部に格納されていたビームサーベルを取り出して構える間、シャーラはゆっくりと深呼吸をする。
スゥ、という彼女の呼吸音。
そして一瞬の静けさのあと、シャーラはフットペダルを踏み込み、操縦桿を強く握りしめた。
ガンダム・ユリシスが、動く。