XF―01、ガンダム・ユリシス。
頭頂高19メートル、本体重量は21トン。
ジェネレーター出力は3400kwで、操縦系統は第二世代モビルスーツの集大成と言えるジェガンに近い。
特筆すべき武装は、
それ以外はモビルスーツの定番的な武装といえる、ビームサーベルや側頭部に二門あるバルカン砲だけ。
ガンダムの名を冠する機体としては地味なものだと、コクピットのシートでユリシスを操縦するシャーラ・サザナミは思う。
「でも、操縦性能は抜群にいい。フットペダルを踏み込むたび、操縦桿を動かすたびに、この機体とアタシの感覚がリンクしていくみたい……」
表情にこそ出さなかったが、シャーラは自身が搭乗するモビルスーツの不気味なまでの操縦性能に困惑していた。
例えるならば、
「アタシ、ニュータイプかもね」
そんなわけがないと思いつつも、シャーラは得意げな笑みを僅かに浮かべる。
そんなシャーラの自信を挫こうとするかのように、ユリシスと対峙していたギラ・ドーガが左腕部に構えていたビーム・アックスを振り上げる。
あまりにも単調な、ただ振り上げて下ろすだけの一撃。右腕部の方に持つビーム・マシンガンに至っては、銃口をユリシスに向けてすらいない。
明らかにシャーラたちを侮っていた。
「
それが、シャーラの闘争本能に火を点ける。
振り下ろされたビーム・アックスを、ユリシスが右腕部で構えていたビームサーベルで受け止めた。
光と熱で形成された斧と剣が衝突する。
まず、目も眩むほどの閃光と金属すら溶かす火花が迸った。
次に、ユリシスのコクピット内部に衝撃が伝わり、シャーラの座っているシートも大きく揺れる。
そしてコクピットを覆う全天周囲モニターの正面には、閃光と火花の向こう側でモノアイを光らせるフラットグリーンの巨兵、ギラ・ドーガが映し出されていた。
「ひいっ!」
モビルスーツはやはり兵器なのだという事実が、シャーラの後ろでシートにしがみついていたエインズを恐怖させる。
頭頂高20メートル、本体重量23トンの人型機動兵器が殺意を持って自らに襲い掛かってくれば、彼のように恐れおののくが正常な反応だ。
だが、シャーラ・サザナミは違った。
まるでギラ・ドーガのモノアイと睨み合うかのように、自らが敵と見定めた相手からシャーラは目を離さない。
彼女は恐怖を感じていないわけではない。
もし、ギラ・ドーガのビーム・アックスがユリシスのコクピットに直撃すれば、間違いなくシャーラとエインズは死ぬ。
つい先ほど記念館の廊下で彼女たちが目の当たりにしたように、ビーム・アックスによって二人の身体は蒸発するだろう。
そんなことも分からぬほどシャーラは愚かではないし、そういう戦いの中の死という現実から目を背けるほど彼女は未熟ではない。
「……アタシが、勝つ!」
シャーラは恐怖を感じていないのではなく、
その心に沸々と湧き上がる怒りと勇気によって、彼女は恐怖を踏破したのである。
ビームサーベルとビーム・アックスの鍔迫り合いは、二つの力場の衝突と反発を生んだ。
その反発によってビームサーベルとビーム・アックスが離れ、互いに一歩後退した二機の間合いは僅かに広がる。
次の一手をガンダム・ユリシスとギラ・ドーガのどちらが仕掛けるか、という刹那の間。
本来なら知覚できないほどの僅かな時間、戦いの空白とでも言うべきその一瞬を、シャーラが得る。
ガンダム・ユリシス。
右腕部に持ったビームサーベルの刀身は、胸部の前に位置している。
関節部の衝撃吸収機構、或いは機体の姿勢制御プログラムが優秀なのか、コクピットが揺れるほどの鍔迫り合いの衝撃でもユリシスはほとんど構えを崩していなかった。
対するギラ・ドーガ。
ユリシスの頭部をかち割るように、真上から振り下ろしたビーム・アックスが弾かれたためか、初撃を放つために踏み込んだ右足を後ろに戻して、仰け反った機体の上半身をどうにか支えている。
ビーム・アックスを構える左腕部は、頭上に掲げられたまま。
────ここだ。
そう思うより先に、シャーラはユリシスを動かしていた。見事に先手を打たれたギラ・ドーガのパイロットは、反応が遅れる。
機体を僅かに彼女から見て右へと移動させつつ、踏み込みながらギラ・ドーガの振り上げたままの左腕部を切断。
ギラ・ドーガはよろめきながら後退。右腕部のビーム・マシンガンで反撃しようとするが、その前にユリシスが切り払ったビームサーベルを素早く戻して、ギラ・ドーガの右腕部をビーム・マシンガンごと縦に両断する。
射撃武装を用いるには、あまりにも距離を詰められてしまっていたのだ。
そして、仕上げと言わんばかりにユリシスのビームサーベルが、ギラ・ドーガのモノアイを刺突。ギラ・ドーガは完全に沈黙し、膝から崩れ落ちた。
モビルスーツのジェネレーターを傷つけず、かつ的確に相手を無力化するという咄嗟の判断能力。
非凡としか言いようのないシャーラの才能が、開花し始めた瞬間であった。
「はぁっ、はぁ……! か、勝った……」
呼吸することすら忘れていたシャーラが、張り裂けそうなほど激しく鼓動を打つ心臓を落ち着かせて空気を吸い込むと共に、自らが完勝したのだという事実を噛みしめる。
「機体の……、性能差ね」
彼女はなるべく冷静に、自らの勝因を分析する。
まず、ギラ・ドーガのパイロットがシャーラとユリシスを侮っていたこと。これは大きいだろう。
そして、初めて乗るモビルスーツとは思えないほど素直にシャーラの操縦に応え、その並外れた運動性能を発揮した、ガンダム・ユリシスという機体の性能に助けられたという側面もある。
もしこれが単なるジェガンであれば、どうなっていたか分からない。
だが、勝利であることに変わりはなかった。
シャーラ・サザナミは、戦える。それが何よりもシャーラにとって喜ばしかった。
そこで、センサーがユリシスの後方に迫る所属不明機を感知する。
シャーラたちは知る由もないが、ナヴァロの目を掻いくぐり記念館に降り立ったギラ・ドーガは合計で二機。
いま彼女たちの後方に迫っていたのは、もう一機のギラ・ドーガであった。
「シャーラさん、後ろ────ッ!」
エインズが叫ぶより早く、シャーラは反応していた。
フットペダルをぐっと踏み込みながら操縦桿を目一杯に引いて、センサーが感知したもう一機のギラ・ドーガの方を向く。
その瞬間、シャーラはギラ・ドーガの構えるビーム・マシンガンの銃口が、しっかりとユリシスを狙っていることに気づいた。
「何よ────!」
手加減など、できるはずもない。
ギラ・ドーガがビーム・マシンガンを一発放つと同時に、ユリシスは腰部の両側面にあるビーム・カノンを撃っていた。
ビーム兵器特有の、甲高い発射音が記念館一帯に響く。
ビーム・マシンガンから放たれたビームはユリシスの肩部装甲を軽く焦がした後、そのガンダリウム合金試作セラミック複合材製の装甲によって弾かれた。
だが出力の調整なしに撃ったビーム・カノンは、ギラ・ドーガの胸部を易々と貫通。コクピット部分は溶解して大穴が空き、貫通したビームは記念館の周囲に広がる広葉樹林の木々すらも焼いた。
その威力にエインズは沈黙し、シャーラは固唾を飲む。
「……これが、
彼女のその言葉は、唇を震わせて沈黙するエインズに向けたものではなく、操縦桿を握る手が強張ったまま動かない自身に言い聞かせるものだった。
今更、何を恐れるのか。誰かを殺し、生き残る。平和の中で論じられる善悪や正義からかけ離れた、命のやり取りを行う場所。
戦士になるということは、
そう自分に強く言い聞かせるシャーラ。
戦士になることを望んだ少女はこの瞬間、一歩を踏み出して戦士となった。
その踏み出した一歩は、もう戻ることなどできない。