「まだ十代の女子生徒が、軍の試作モビルスーツに乗って大暴れ。二機のギラ・ドーガのうち一機を行動不能にして、もう一機はコクピットを破壊。……いよいよ、貴方が何者なのか突き止めないといけないわね」
口をへの字に固めて腕を組むシャーラ・サザナミの周りを、ナヴァロ・リード少尉がゆっくりと歩いている。
二人のいる記念館の事務室には、重々しい空気が流れていた。
「あのモビルスーツは、とある新進気鋭の企業から供与された特殊な機体なの。外装や操縦系統にジェガン系の面影は残っているけれど、アレは
「……XF―01、ガンダム・ユリシス。頭頂高は約19メートルで本体重量は21トン、ジェネレーター出力は3400kw、装甲材質はガンダリウム合金試作セラミック複合材。見覚えがなかったのは装甲の材質くらいで、あとは乗りやすい汎用機って感じだったけど」
シャーラがすらすらとユリシスの機体データを羅列したことに、ナヴァロは内心で驚きつつため息をついて話を続けた。
「……いまさら隠しても無駄ね。ユリシスの特異さは、
「第四世代コンピューター?」
「搭乗したとき、専用のヘッドギアを頭につけたでしょ? アレが搭乗者の脳波を読み取って、そのコンピューターが機体と搭乗者の
機体と自分とが一体になっていく
「本来は諸々のイベントが終わったあとで、連邦政府のお偉いさんやお金持ちの方々に対して、コノシア湖でお披露目するはずだったんだけど。まぁ、いまとなってはどうでもいい話か。……さて」
シャーラの正面で、ナヴァロが立ち止まった。
一切の嘘やごまかしを撥ねつけるように、彼女はまっすぐにシャーラの目を見据える。シャーラとしても、それは望むところだった。
「緊急避難という名目はあれど、軍のモビルスーツに無許可で搭乗したことは事実。したがって、貴方を拘束してその身柄を────」
「どうでもいいわ。そんなことより、アタシをこのままユリシスのパイロットにして。ここの基地司令に、アタシは助けられた恩がある。このユリシスに乗ってその恩を返せるなら、そうするまでよ」
あまりにも予想外の答えに、目を丸くするナヴァロ。シャーラに会話の主導権を握られまいと、彼女は咳払いをして仕切り直す。
「子供が大人に、恩なんて言葉を使わないでちょうだい。子供を戦場に駆り出すために、バルカ司令は命を張ったワケじゃないわ」
「その子供が、モビルスーツに乗らなきゃいけない状況に追い込まれたのは、アンタらが弱いからでしょ。もう、ロクな戦力は残って────」
パンッ、という音がした。
ナヴァロが、シャーラの頬を平手打ちしたのだ。
「命を懸けて抗い、戦った兵士を侮辱するような真似は許さない」
叩かれたシャーラの左頬が、赤く腫れている。
しかし、彼女はその鋭い眼光をまるで鈍らせることなく、まっすぐナヴァロに向け続けていた。
「……アタシも」
「なんですって?」
「アタシも、
なんという目をするのだと、ナヴァロは驚愕していた。
「先に仕掛けてきたのは、あのテロリスト連中よ。放っておけばこのコロニーも、何もかもがめちゃくちゃにされる。そんなこと、アタシがさせない」
いまのシャーラの目は、十代の少女がするものではない。否、していいものではない。
溶岩のごとく燃え滾る怒りを押し固め、溺れてしまいそうなほどの悲しみを振り払い、自らの背負うべき重荷を自覚して。
堆積したそれらを研磨して作られた、一振りの刀剣のごとき眼光。
「だから、アタシをあのモビルスーツに……。ユリシスに乗せろって言ってんのよ」
およそ、青春という未熟さを謳歌する若者が持つものではなかった。
故に、シャーラから発せられた言葉はまるで鉛のように重く、決して軽んじることのできない覚悟が表れていたのだ。
「────ううむ。強がりや、その場の感情で言っているわけではないようだ」
事務室の扉を開けて、バルカ・モリソン大佐がそう言いながら姿を現した。
「司令! 怪我は……!」
心配したナヴァロが駆け寄ろうとするが、それを彼が掌を向けて制止する。
「なぁに、足の骨が折れた程度だ。派手には動けんが、指揮ならまだできる。ゆっくり寝ていられる状況でもないだろう。……さて、シャーラくん」
右手で松葉杖をつくバルカが、ゆっくりとシャーラの方を向いた。
「君の覚悟は聞かせてもらった。そして君の言う通り、いまの我々の戦力ではあの卑劣なテロリストどもに勝てる見込みは、極めて薄いだろう。だが────」
コンッ、と松葉杖の先端で石畳を叩き、脅かすような低い声でバルカは話を続ける。
「だが、我々は軍隊だ。任務遂行の可能性が僅かでも残っているのなら、身命を賭してそれを遂行しなければならない。そして、一時的にとはいえ君が我々と共に戦うというのなら、君にもそれを要求することになる。意味は、分かるな」
シャーラにそう話すバルカの威厳ある態度は、聞いているだけのナヴァロが思わず背筋を正したくなってしまうほどだった。
しかし、当のシャーラ本人はナヴァロたちとは異なる感想を抱いている。
彼女は、その誇り高き軍人としての威厳と、戦いの怖さを誰よりも理解しているその言葉の重みに、亡き彼女の養父であるリムド・リンクリッツを思い出していた。
「我々軍人は命令と誇り、そして守るべきものの前に立つ覚悟によって、
この人には飾り立てた言葉や、薄っぺらい思想など通用しない。
そう理解したシャーラは、敬礼と共に短くこう言った。
「……了解です」
腕を綺麗に曲げ、まっすぐにバルカへと敬礼を行うシャーラ。
しばらくの間、黙ってそれを見ていたバルカは、ふうと息を大きく吐いてから空いている左腕で自らの顎を撫でた。
「ううむ。そこまでの覚悟ならば、止めることもできんな。よかろう、君を一時的にこの部隊のモビルスーツパイロットとして迎え入れよう。今後は、ナヴァロ少尉の指示に従うように」
あまりにもあっさりとしたバルカの回答に、ナヴァロは驚いて色々と言い立てるが、彼はそれを無視してシャーラたちに背を向ける。
「それにあの試作モビルスーツは、最初に登録したパイロット専用に調整されてしまう機体だ。君が乗ってくれるなら、初期化のために色々と弄り回す必要もなくなる。態勢を立て直したら、ホテル方面の奪還作戦に移る。少し休んでおくといい」
そう言い残して、バルカは事務室を後にした。
あとに残されたシャーラとナヴァロはしばらく黙っていたが、やがてナヴァロの方が口を開く。
「戦場っていうのはあまりにも無慈悲で、異常な場所よ。どんな事情があっても、本来なら子供が来るべき場所じゃない。いまならまだ司令も────」
「くどい。そんなことよりも、ユリシスのことを教えてくれない少尉?」
「……とりあえず、その口の利き方を矯正することから始めた方が良いわね」
まったく可愛げのない後輩ができてしまったと、ナヴァロは引き攣った笑顔を浮かべつつ、シャーラに右手を差し出した。
「改めて、ナヴァロ・リード少尉よ。一時的な例外とはいえ、部下になったからにはビシバシ鍛えてあげるわ」
差し出されたナヴァロの右手をじっと見たあと、余裕綽々といった具合でにやりと笑ったシャーラは彼女と握手をする。
「シャーラ・サザナミ。苗字は気にしなくていいから」
「サザナミってあの、ヤシマ家の次に金持ちだって噂のサザナミ家⁉ ふっ、いくら私に見栄を張りたいからって、そんなあからさまな嘘は良くないわねぇ」
シャーラは握手している右手に力をグッと籠めた。負けじとナヴァロも、大人げないほど全力で握り返す。
ぷるぷると震えながら、互いに手を離すことなく睨み合う二人。
「よ、よろしくねシャーラちゃん。ちょーっと実家が太くて、モビルスーツに乗って戦えるからって調子に乗ると、戦場では命取りになるわよ……!」
「そっちこそ、若者についていこうと無理して、ぎっくり腰にでもならないよう気をつけなさいよ……!」
かくして、シャーラ・サザナミは正式にガンダム・ユリシスのパイロットとなった。