シャーラ・サザナミがモビルスーツパイロットとして、地球連邦軍の兵士たちと共に戦うことを決めたとき。
サイド3の首都であるズムシティ、およびシャーラたちのいるブリュタールを取り巻く情勢は複雑、かつ剣呑なものとなっていた。
ブリュタールで行動を開始したザクス・ランツフートとその部下たちと同じく、ジオン共和国の自治権返還と宇宙世紀百年の節目を祝う式典に参列する政財界の要人、および共和国閣僚の身柄を抑えようとしたのだ。
無論、この蜂起の裏側でもジオン共和国外務大臣であるモナハン・バハロと、その息がかかったジオン共和国情報局が暗躍している。
そして赤き十二月は僅か数時間で主だった省庁を抑え、ズムシティの半分ほどを制圧したところで地球連邦政府に向けた声明を出す。
『……我々、
「素晴らしい道化っぷりですよ。己の蒙昧さを理解しないまま他者を啓蒙しようとは、滑稽極まりない」
ザクス・ランツフートは右手に持った端末に映し出されている、赤き十二月の将校の演説を見ていた。
ブリュタールのターミナルを計画通りに占拠し終えたザクスは、乗機であるMe―01Eドルニエのコクピットハッチを開けて内部で寛ぎつつ、ジオン共和国外務大臣のモナハン・バハロの描いた筋書き通りに進んでいく事態に冷笑を浮かべている。
『ズムシティとブリュタールは、既にその大半を我々が占拠した! 人質の命が惜しくば、サイド3周辺宙域に展開中の連邦軍艦隊を動かさず、我々との交渉の席につけ! こちら側の要求は────』
ザクスはそこで、退屈なテレビの電源を切るように映像の視聴をやめた。
「ジオン共和国の自治権返還の中止と、完全な独立の回復。そして、各コロニーへの地球連邦政府の干渉を止めさせ、サイド共栄圏の構築に向けて各サイドとの交渉を行う。……なんとも視野の狭い、非現実的な凡俗の思考ですね」
不気味なほど色の白い顔を不快感と怒りに歪ませ、鼻を鳴らした。
「地球も、コロニーも、もはや互いの供給する資源なしでは生きていけぬほど、肥大化してしまっているんですよ。増えすぎた愚者と弱者がもたらす負荷は、既に地球圏の社会すべてを圧迫し、人類という種の築いた文明は窒息する一歩手前だ」
ザクス・ランツフートは確信している。
もはやジオンが連邦が、地球がコロニーがと表面上の対立を煽っている余裕はないのだと。
人類が増えすぎた人口の捌け口を宇宙に求めてから、もう百年。
地球の資源を喰らいつくし、汚し尽くしてきた人類は次なる標的を地球圏全体に定め、この百年の間も旧世紀と変わらず貪食の限りを尽くしてきた。
貴重な資源を武器兵器の製造に浪費し、限りある食糧とそれを生み出す土壌や技術を湯水のごとく無駄遣いしてきたのだ。
ザクスは思う。
誰かがこの忌々しい、愚かで無節操な負の歴史に終止符を打たねばならぬ。
誰も彼もが安っぽいヒューマニズムや、生ぬるい倫理道徳を言い訳にして目を背けてきた問題と、誰かが相対せねばならぬ。
ギレン・ザビやシャア・アズナブルが果たせなかった人類を矯正し、革新する偉業を誰かが継がねばならぬのだ。
「この世の全ては有限。権利のみを欲し、義務を果たすことなく、未来に残すべき財産を食い尽くす無知蒙昧な連中を食わせていくだけの、無駄な資源はない」
宇宙世紀百年の節目。
今こそ、このザクス・ランツフートが人類の真なる剪定と革新を行うのだと、彼は確信していたのである。
「ジオンも連邦も、地球も宇宙も関係ない。分け隔てなく、剪定しなければならないんですよ。宇宙世紀の次の百年、人類の次なる未来のために、凄惨で無慈悲な流血による
彼は己の発した言葉を盲信し、陶酔しきっていた。
己の価値観に、己の信念に、己の理想に揺るぎない信頼を置いている。
ザクスと彼の部下たちがこれから先どれだけの暴力を振りまき、それがどれだけの流血をもたらそうとも、彼はそれを果断なる改革、人類を延命させるための必要な犠牲として一顧だにしないだろう。
人類史に度々現れた、大義のために躊躇せず暴力を振るい、変革のために容赦なく他者を踏みつけられる
ザクス・ランツフートとは、そういう男だった。
「失礼します、大尉殿! 今しがた、ターミナルの奪還を試みた連邦軍部隊の掃討が完了しました!」
そのとき、コクピットの外からザクスに向けて大声で報告を行う部下の声が、彼の耳に届いた。
ザクスは自らの金髪を両手で掻き上げると、シートから離れてコクピットを出る。
「コロニー内部に対するジャミングは継続中。こちらの損害は極めて軽微なため、このままターミナルの防衛を行います」
ドルニエのコクピットから乗降用ワイヤーを使ってザクスが降りていく間も、彼の部下はずっと敬礼していた。
「よろしい。これで、重要地点はすべて我々が掌握したことになりますね」
「あとは、コノシア湖の連邦軍駐留地を制圧に向かった部隊が勝利すれば、もはや我々の計画は成就したも当然です」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる部下を窘めるように、地面に降りたザクスは部下に近寄ってその肩に手を置いて話しかける。
「勝利とは、戦いが終わったあとで実感すべきものです。慢心による油断が招いた敗北ほど、愚かしいものはありませんよ」
ザクスからそう言われた部下は、これまでの己を恥じるかのように背筋を伸ばして再度敬礼を行う。
「も、申し訳ありません!」
「分かってもらえてよかった。それより、
部下の肩から手を離したザクスは、口角を僅かに上げて穏やかな笑みを浮かべているふうに装った。
しかし、彼の目はまったく笑っていない。冷たく凶暴な光を瞳の内に湛え、その目は前にいる部下のことなど見ていないのだ。
「問題ありません。連邦の艦隊がブリュタールのそばを離れれば、すぐに設置可能です」
だが部下はそれに気づくことなく、人類の革新を行うための戦いに身を投じることの高揚感と万能感にすっかり酔わされている。
ザクス・ランツフートはギレン・ザビやハマーン・カーン、シャア・アズナブルを通じて人を大義や使命に酔わせ、意のままに操る方法を学んでいた。
「重畳。我々の真意を計れるものは誰もなく、次代に繋がる憎しみの種は着々と芽を出しつつある……。まったく重畳です」
ザクスは自らの両拳を握りしめ、天を仰ぐように顔を上に向けて目を瞑る。
「コロニーの内外を問わず、連邦軍の動向には常に注意しておきなさい。一年戦争からずっと、我々ジオンの旗を掲げる者は連邦軍の土壇場の力を侮ったが故に敗れてきた。特に、ガンダムと名のつくモビルスーツの力に」
「はっ、厳重に警戒します!」
そう言って、部下は自らの持ち場に戻っていく。
一方のザクスは閉じていた瞼をゆっくりと開き、ターミナルの無機質な金属の天井を眺めていた。
「楽しみです。次の宇宙世紀百年に満ちる憎悪と憤怒、それによって巻き起こされる闘争による人類の淘汰が、すぐそこまで迫っている……」