「あっ、シャーラさん! ガンダム・ユリシスのマニュアルは僕が読み込んでおいたから、僕が簡単に説明するよ。流石に、あの一瞬だけで全部を把握するのは無理だろうし」
「……いや、なんでアンタはまだここにいるの。はやく避難しなさいよ」
記念館の事務室でナヴァロたちとの話し合いを終えたシャーラ・サザナミを待っていたのは、薄型のタブレット端末を右手に持ったエインズ・マーレイ。
彼は記念館裏手の駐車場で整備中のガンダム・ユリシスの前で、連邦軍の整備員とモビルスーツについて熱心に尋ねていたが、シャーラが来たことを察知するや否や飼い主の現れた子犬のように彼女へ駆け寄った。
「シャーラさんが戦うなら、僕は隣にいる。そう約束した。けど、ただいるだけじゃマスコットと同じだから、何かしようと思って」
よくもまぁこんな恥ずかしい台詞を素面で、おまけに相手をまっすぐ見て言えるものだと、ある意味で感心するシャーラ。
「……マスコットみたいな顔して、なに格好つけてんのよ。まぁ、いいわ。じゃあ、アタシが休憩してるあいだに
そう言って彼女は、手近なところにあったアルミ製の箱を椅子代わりに座る。
そして、足を組んで寛ぎながらナヴァロから貰ったミネラルウォーターと、発泡スチロール製の容器に入ったサラダを食べ始めた。
だが、そんな興味なさげなシャーラの態度が、エインズのオタク魂に火を点けてしまう。
「そんな野菜を食べる片手間で聞いていい性能じゃないんだよ、このモビルスーツは!」
彼らしからぬほど声を張り上げ、エインズはやる気なさげにフォークをサラダに突き刺していたシャーラを叱る。
「いいかい、この機体は恐竜的進化を続けていくモビルスーツ開発に待ったをかけるべく設計された、野心的な機体なんだ!」
ずい、とエインズはシャーラに顔を近づけ、普段の内気な彼からはまったく予想できないほどの熱量と饒舌さでガンダム・ユリシスについて語り始めた。
「このモビルスーツは、従来のジェガンタイプと同等の重量とサイズに収めつつ、およそ二倍のジェネレーター出力を実現しているんだ! そして、その出力を存分に発揮できるよう、背部には四本の可動式スラスターアームが搭載!」
熱く、熱く語り始めるエインズ。
手に持つ端末の画面にユリシスの3Dモデルを表示させ、それを回転させたりして凄まじい熱量でシャーラに伝える。
「おまけにこのスラスターアームをはじめ、機体の姿勢制御や加減速、武装の制御はパイロットの操縦や反応の傾向を学習した非ノイマン型第4世代コンピューターが補助! これは、パイロットの負担や能力不足を補う意図があるんだ!」
エインズはまだまだ語り続けた。
このガンダム・ユリシスはモビルスーツの基礎である二足歩行の人型機動兵器という概念を見つめ直し、大型化と特殊化を続けるモビルスーツの開発に挑戦状を叩きつける機体だとか。
腰部のビーム・カノンは出力の調整が可能、かつコンピューターの射撃管制によって通常のビームライフルよりも精度が高いだとか。
エインズ・マーレイは語り続けた。
「こうやって新鮮な野菜を食べられるのは、さすが地球連邦軍って感じ」
その様子をシャーラ・サザナミはサラダを口に運びつつ、無情なまでに興味のなさそうな表情で眺める。
「……びっくりするくらい興味なさそうだね、シャーラさん」
「アンタの話、長いのよ。もっと端的に言って」
「わ、わかったよ」
エインズは話を仕切り直すように、軽く咳払いした。
「このガンダム・ユリシスは、本当にガンダムって名前に相応しい高水準の機体だよ。特に機動力はジェガンどころか、ナヴァロ少尉の乗るグスタフ・カールよりもすごいと思う」
オタク的な雑語りをやめたエインズの話を、今度は熱心に聞き入るシャーラ。
「ユリシスの機動力を生かすためには、
「じゃあ、コロニー内部でも構わず飛び回れってこと?」
「うん。推進剤の搭載量自体はそこまでだけど、何より同世代の機体と比べて軽量、かつパワーがあるから。高機動で敵を攪乱して、ここぞという時はビーム・カノンで仕留めるという形になるんじゃないかな」
なるほど、と納得しながらシャーラはミネラルウォーターを飲む。
「本当にすごい機体だよ、ガンダム・ユリシス。この機体を作ったのは有名なアナハイム・エレクトロニクスじゃないみたいだけど、新世代のガンダムって感じがするよ」
そんなエインズの台詞を聞いたシャーラは、水を飲み終えて言った。
「じゃあ、そのガンダムって名前もやめない? ガンダムって、もうおじさんしか話してない都市伝説みたいなものじゃん」
これは、ちょっとエインズを揶揄ってやろうという意図での発言だった。
きっとオタクのエインズならば、顔を真っ赤にして否定するだろうと。
「それは違うよ、シャーラさん。このガンダムって名前には、そういう古さとかを超えた反骨精神と、ままならない現実にも希望を見出そうとする力があるんだ」
しかし、エインズの反応はシャーラの予想したものとはまるで違った。
「僕はオタクだから、アングラ本とかで色々とガンダムの話を読んだことがあるんだよ。一年戦争で白い悪魔と呼ばれたRX―78―2や、その後に続くZガンダムやZZガンダム。本当に、すごい機体たちだよ」
何かを信仰のように、目を瞑って静かに話すエインズ。
彼は心底から、ガンダムという名を持つ機体の力を、その機体が持つ意味を信じているようだった。
「……けど、一番僕の心に響いたのは、ガンダムに乗った少年たちの話なんだ。戦争という
シャーラはもう、茶化そうという気を失くしていた。
なぜならガンダムのことを話すエインズの表情は、かつて同じようにガンダムのことを彼女に話したアラン・ダレンとそっくりだったからだ。
「だから、シャーラさんがガンダムに乗ってくれるって分かったとき、すごく似合っていると思ったんだ。どうしようもない現実にも立ち向かっていく熱と強さが、シャーラさんにはあるから」
シャーラに向けて、にこっと微笑むエインズ。
「ガンダムはボロボロになって、最後はパイロットを守るように壊れていく。きっとこのガンダム・ユリシスも、シャーラさんを守ってくれる。……だけど、気をつけてほしい」
「わ、わかった」
逆に、シャーラが顔を赤くさせられてしまっていた。
「あーら、
そこに、自動小銃を担いだナヴァロ・リードが姿を現す。
シャーラは慌てて表情をいつもの不愛想なものに変えて、空になったペットボトルとサラダの容器を手に立ち上がった。
「彼氏じゃなくて、ペットみたいなものだから! 悪いけど、これ捨てといて!」
そう言って、彼女は自らをペット呼ばわりされて困惑するエインズにそれらを押し付けると、彼に背を向けてユリシスの元へと早足で向かう。
「シャ、シャーラさん! 本当に、気をつけてね!」
「分かってるわよ!」
そんな様子の二人を見て、ナヴァロはやれやれと肩をすくめた。
「ああしてると、年相応の子供なんだけどね。人間って複雑だわ」
和やかな時間は過ぎ、戦いが近づく。
シャーラとナヴァロは、連邦軍とテロリストが睨み合うシャトーユニヴェルセルへと向かう。