シャトーユニヴェルセル。
ブリュタールという観光用コロニーの内部にある宿泊施設の中で、最も格式高いホテルだった。
いまここには地球連邦政府の高官や政財界の大物が、ジオン共和国の自治権返還と宇宙世紀百年を祝する記念式典を前に多数宿泊している。
そんな場所をテロリストが見逃すはずもなく。
シャトーユニヴェルセルはテロリストに占拠され、連邦政府の高官たちは人質となっていた。
シャーラ・サザナミとナヴァロ・リードに与えられた任務は、シャトーユニヴェルセルの奪還と人質の解放だった。
「……というわけで、まずはホテルにいる連邦政府のお偉い方々を助けるところから始めるわよ。ホテルの周囲にはこっちの部隊が待機しているから、このままそれと合流して具体的な作戦を考えましょうか」
「へぇ。まだ戦力は残ってたん……、
仮にも連邦軍に属した以上、少尉という階級にいるナヴァロには敬語を使わなければならない。シャーラは不承不承ながら、敬語に言い直す。
「数機のモビルスーツと、ジープが一台だけど。念のために、バルカ司令がホテルの近くに待機させていたの。ホテルがテロリストに占拠されていることを報告してくれたのも、その部隊よ」
コロニーの空を飛ぶガンダム・ユリシスと、それを先導するグスタフ・カール。
いま彼女が乗るユリシスのコクピット、その全天周囲モニターには上下左右それぞれに街や緑が広がっている。
その真ん中を全長20メートルほどのモビルスーツで飛んでいるというのは、シャーラにとってかなり奇妙な感覚だった。
まるで、ジオラマの中を飛んでいるかのような気分。
しかし、そんな作り物のように感じる風景の中には、一千万人近い人々が暮らしているのだ。
その中にはもちろん、シャーラとエインズにオレンジをくれた老婆もいる。
「……あのおばあちゃん、大丈夫かな」
シャーラが眉間に皴を寄せ、心配そうに呟いた。
いまの彼女は、
「よし、着いたわ。この辺りはお偉いさんも来るゴルフ場でね。警備って名目で幾らかの戦力を置いておけたの。だだっ広いから、いざとなればモビルスーツも展開できるし」
しばらくして、シャトーユニヴェルセルより数キロ離れた場所にあるカントリークラブに到着した、ガンダム・ユリシスとグスタフ・カール。
二機は短く芝が刈り込まれたフェアウェイに、堂々と着陸した。ゴルフを知っている者からすれば噴飯ものの光景だが、シャーラとナヴァロの二人はお構いなしである。
「これって、やっちゃ駄目なんじゃないですか?」
「非常事態だからいいのよ。玉をかっ飛ばす場所を気にするより、テロリストをかっ飛ばすことに集中しなさい。……いたわ、味方よ」
ナヴァロの乗るグスタフ・カールが右腕部を上げ、手を振るような仕草をする。それを発見した僚機のジェガン三機が、グスタフ・カールに近づいた。
「無事でしたか、少尉。隣にいるのは、例の
「そうよ。おまけに乗っているのは十代の女子学生。まぁ、経歴不詳で猟犬みたいな目つきの子供だけど、腕はそれなりよ。バルカ司令も認めているわ」
「本当ですか? 一年戦争のガンダムみたいな話ですね」
ナヴァロの話を受けて、三機いたジェガンのうち一機の頭部がユリシスの方を向いた。
「その試作機を動かせるってことは、ただの女の子ってわけじゃなさそうだが……。味方としては心強い。よろしく頼む」
「よろしく。連邦軍って、まともな人もいるんですね。てっきり、ナヴァロ少尉みたいな人ばっかりだって思ってました」
シャーラの言葉に、ハハハと言いながら苦笑するジェガンのパイロット。
「この通り、超がつくほど生意気な子供よ。……さて、無駄話もこれくらいにして、ホテルを奪還する作戦を立てましょう」
かくしてここに、スペースコロニー・ブリュタール内部の地球連邦軍、その残存戦力が集結した。
ジェガン三機、グスタフ・カールが一機、そしてガンダム・ユリシスが一機。
この少ない戦力で、いまから彼女らは戦力不明のテロリストに対して反撃に出ようとしていた。
まずは現時点で分かっている敵の情報を知りたいと言ったナヴァロに応え、兵士たちは偵察によって得た情報をシャーラたちに伝えていった。
小高い丘の上にあるシャトーユニヴェルセルの周囲を、八機ほどのモビルスーツが警戒している。
そのうち一機は通常のギラ・ズールとは異なる改修が施された機体であり、おそらくは指揮官機。
ホテルの外に歩哨はいないため忍び込むこと自体は可能だが、内部の構造やテロリストの人数は正確に分からないため突入は非常に危険である。
端的にまとめれば、状況はシャーラやナヴァロたちにとって極めて不利なものだった。
「八機、か……。こっちの二倍近い数で、おまけに敵は人質を抱えている。分かってはいたけど、正攻法では無理ね」
グスタフ・カ―ルのコクピット内部で、ナヴァロが唸る。しかし、シャーラはまったく悩素振りを見せない。
「
「まぁ、そうよね……。よし、決めたわ。部隊を二つに分け、私ともう一人でホテルの内部に潜入してテロリストの無力化と人質の救出を行う。残りはお嬢さんのガンダムと一緒に、外のモビルスーツを制圧する。いいわね」
ナヴァロの決断に、シャーラが口を挟む。
「……それ、危険な役割をアタシにやらせないようにしてるんじゃないですか? アタシが言い出したんだから、アタシがホテルへの潜入をやるべきじゃない?」
「ここは軍隊よ。私たちには、それぞれ果たすべき役割があるの。各々ができる役割を、それぞれに割り振っただけ。子供の言い分は捨てなさい」
そこまでばっさりと切り捨てられては、シャーラとしても返す言葉がない。
ジェガンのパイロットたちと同様に、シャーラもまた了解とだけ返事する。
「敵に気取られないよう、私のモビルスーツはここに置いていく。無事に目的を達成したときは、ホテルから秘匿回線で通信を送るわ。それまでは、目立たないようにして」
そう言って、ナヴァロと彼女に指名された一名の兵士は、モビルスーツを芝生に跪ずかせて機体から降りる。
流石に現場での指揮の仕方が手馴れていると、シャーラはナヴァロに感心していた。
自らが率先して動き、短く簡潔な言葉で作戦を伝え、素早く実行に移す。
かつて、傭兵となったジオン残党を指揮していたシャーラの養父であるリムド・リンクリッツも、こうして部隊をよく指揮していたことを彼女は思い出していた。
ガンダム・ユリシスの全天周囲モニターには、モビルスーツを降りて腰のホルスターに仕舞われた拳銃と、背中に掛けた自動小銃を交互に点検するナヴァロが拡大されて映し出されている。
目の焦点は定まり、武器を確認する動作に淀みは一切ない。言葉はなく、黙々と迫りくる戦いに備える。
その表情はシャーラが見てきたものと同じ、戦士の顔だった。
シャーラの養父、リムドも最後までその戦士の顔をして、そのまま戦士として死んでいったのだ。
そう思うと、シャーラはそういう表情をした人間を見送ることに、じわりとした恐怖を感じてしまった。見送ってしまったが最後、もう二度とその人間は戻ってこないのではないかという恐怖が、彼女の中にはあったのだ。
「……少尉!」
居ても立っても居られなくなったシャーラは、ユリシスのコクピットハッチを開けて、そこから身を乗り出して叫ぶ。
何事かと驚いて彼女の方を向いたナヴァロを見て、シャーラは自分が突飛な行動をしていることに気づいたが、今更なにも言わないわけにもいかず、恥ずかしがりながらも言葉を絞り出した。
「……気を付けて」
シャーラの普段勝ち気な彼女らしからぬ言葉を聞いたナヴァロは、右手の人差し指と中指を二本立てて
「大丈夫よ。貴方も、無事に生き残りなさい」
頼もしい笑みを浮かべるナヴァロに安堵した自分が照れくさくなったシャーラは、ふんと顔を背けてユリシスのコクピットに戻る。
少女、シャーラ・サザナミの戦いが始まろうとしていた。