「やっぱ、待つって性に合わない!」
睨み合うシャーラ・サザナミと、ネリス・ハーバー。
先に動いたのは、やはりガンダム・ユリシスを駆るシャーラ。
彼女は両足で思い切りフットペダルを踏みつけ、四本のスラスターアームを駆動させた。
青く眩い光の翅を羽ばたかせ、
狙うは、レギオ・ズールに乗るネリス・ハーバー。
ガンダム・ユリシスは空気抵抗をものともせず、空中で軽快な立体的機動を見せる。
上からビームサーベルを構えて斬りつけたかと思えば、それを躱したレギオ・ズールの背後に回り込み、頭部バルカンを撃つことで反撃しようと動くネリスを牽制。
レギオ・ズールはろくに動くこともできない。ただ宙に浮きながら、シャーラと
まさに翻弄。
圧倒的なまでの機動力の差をまざまざと見せつけられ、ネリスとレギオ・ズールは防戦一方。
「……甘いですね。所詮はガンダム。所詮は、羽虫!」
否、そうではない。
ネリスはレギオ・ズールを動かせないのではない。動かさないのだ。
彼女は目が回りそうな速さで次々と繰り出されるガンダム・ユリシスの攻撃を躱し、或いは弾きながらあることを確信していた。
このガンダムは、苦しんでいると。
「これだけ高速での立体的機動、パイロットに掛かる負荷は尋常なものではない。そう長くは続けられない」
コクピットの中で、にやりと笑うネリス。
「おまけに、このガンダムはビーム系の射撃武装を一切使わない。明らかに、コロニーへの被害を気にしている」
彼女から漏れ出す笑みは次第に大きく、凶暴なものへと変貌していく。
口角を吊り上げ、心の内にある攻撃性と共に犬歯を剥き出しにして、ネリス・ハーバーは嗤う。
「そんなに大事か、こんな筒で暮らす愚民共が。地球の連中に押し込められた入れ物で、怯えながら暮らす負け犬共が!」
その笑みは、コロニーの犠牲を最小限に抑えようとするシャーラの優しさへの嘲笑であり、自らの勝利を確信したことによる優越感に浸る笑みでもあった。
そして、ネリスの読み通りに高速機動の負荷で身体が悲鳴を上げ始めたシャーラが、半ば無意識的に攻撃の速度を緩めた瞬間。
「死ね! このコロニーの愚民と共に!」
レギオ・ズールは、自らの上方で次なる攻撃に移ろうとしていた
高い発射レートで散弾のように放たれたビームが、ユリシスに迫る。
逡巡する時間などなかった。シャーラは右足でフットペダルを親の仇のように思い切り踏み込み、スラスターを右方向に噴射。
紙一重のところで、ユリシスは攻撃を回避することに成功した。
だが。
「────ッ、しまった!」
シャーラは回避してから思い出した。思い出してしまった。
コロニーの空は、繋がっているのだ。
いくら拡散率が高く、ろくに集束されていないとはいえ、ビームであることに変わりはない。
コンパクト・ビーム・マシンガンから放たれた光の雨は、ほとんど減衰することなくユリシスが背にしていた方の街へと容赦なく降り注いだ。
爆発、それから火災と崩落が街のあちこちで発生する。
爆風と火炎は街路樹や車を薙ぎ倒し、人々が作り上げてきた建物を一瞬で崩壊させ、そこで暮らしていた人々すら跡形もなく蒸発させた。
ユリシスのコクピットにいるシャーラに、そこまで詳細なことは分からない。
だが、彼女には痛いほど伝わっていた。
理不尽な暴力から為す術なく逃げ惑う人々の恐怖が、大事なものや人をいきなり失った人々の悲しみが、まるで自身もその場にいたかのように伝わっていた。
なぜなら、シャーラもまたそうやって実の両親と生まれ故郷を失くし、リムド・リンクリッツに拾われたからだ。
「ハハハ──! 避けますか! なら、背後の街は滅茶苦茶ですよ!」
その様子を、レギオ・ズールのコクピットに座るネリス・ハーバーは嗤っている。
「……何が、面白い」
シャーラ・サザナミの心が、震える。
生まれてしまった悲しみと、湧き出した怒りを原動力にして、シャーラの心が大きく震え始めた。
その心の震えは動きとなって巨大な熱を生み、その熱は彼女の身体から限界という言葉を取り払う。
シャーラは震える自らの手で操縦桿を握り、討ち果たすべき敵を見る。
「ここに住む人は、普通に暮らしていた! ここが、ここが自分の居場所だって言って、頑張って暮らしていた! アンタはいま、そんな人たちを殺した!」
そう叫んだシャーラの脳裏に、噴水の広場で出会った老婆の顔が浮かんだ。
────このコロニーが、私の居場所なんだ。
老婆の言葉を噛みしめ、瞳の端に薄っすらと涙を浮かべるシャーラ。
だが、ネリスはそんな彼女の思いなど毛ほども感じることなく、笑い続ける。
「だからなんです? 連邦政府の棄民政策に反抗することなく、変革を諦めて家畜のように搾取される愚民を哀れめと? 連中がここまで何もしてこなかったから、ザクス様が行動を起こしたのですよ」
ネリス・ハーバーの言葉に、露悪的なものはない。
「安っぽい倫理観で、弱者に同情するからつけ上がる。連邦政府の豚共も、それを肥え太らせる養分でしかない愚民共も、まとめて粛正するのみ。必要な者のみが、生き残れば良いのです」
つまり、彼女は悪役を気取ってこんな台詞を吐いているのではなく、彼女にとっての真実を述べているだけなのだ。
そんなネリスの言葉を聞き、シャーラの中で何かが切れた。
「それがアンタの理屈なら、その理屈ごと死んでしまえ!」
「死ぬのはお前だ、羽虫!」
はっきりとした殺意で、シャーラはネリスを殺すためにユリシスを駆る。
そして、シャーラのその殺意に応えるかのごとく、ユリシスは彼女の意のままに動く第二の身体として機能し始めていた。
当たり前の話だが、人間が自らの身体を動かすことと、操縦桿やフットペダルなどを通じてモビルスーツという機械を操ることは何もかもが異なる。
だが、そんな差異の壁を飛び越えて、シャーラ・サザナミはガンダム・ユリシスをまるで己の身体の延長線上にあるかのように扱い始めた。
ユリシスに搭載された非ノイマン型第4世代コンピューターが、パイロットであるシャーラをある程度学習し終え、機体がシャーラ・サザナミに最適化されたためか。
或いは、彼女の昂る精神が脳波に影響を及ぼし、それがコンピューターを介してユリシスの性能を十全に発揮せしめたのか。
いずれにしても、ガンダム・ユリシスの動きはもはや機械というよりも、頭頂高20メートルの巨人という表現が相応しいまでに精緻、かつ暴力的なものになっていた。
まるで、ガンダム・ユリシスという機体そのものが、ネリスに対して殺意を持っているかのように。
それに伴い、戦い方も先ほどまでの高機動によって敵を翻弄させるものから一変。
ユリシスは出力最大のビームサーベルを遮二無二打ち込み続け、攻撃のあまりの苛烈さにレギオ・ズールが後退すると、圧倒的な機動力で瞬時に喰らいついてサーベルを振るい続けた。
頭部、脇、腕部、脚部。
狙いを次々と変えながら執拗に、レギオ・ズールへと斬りかかるガンダム・ユリシス。
「な、なんだ! この動きはなんだというのだ!」
ネリスは恐れ、狼狽していた。
実戦経験の浅い新兵同然の甘っちょろい子供と侮っていた相手が、急に冷たい殺意の塊となったかのようなえげつない猛攻を加えるようになったのだ。
驚くな、恐れるなという方が無理な話である。
「こんな、こんな馬鹿なことが……!」
みるみるうちに、戦況も精神も圧倒されていくネリス。
それに対して、もはや言葉は不要と言わんばかりにシャーラは無言で攻撃を続ける。
だが、例え喋らずともシャーラが抱いた言葉にならないほどの怒りは、確実にネリスを追い詰めていた。
レギオ・ズールの機体や装甲は、その至る所が凌ぎきれなかったユリシスの攻撃によって焼かれたり、欠損している。
「死ねない……! ザクス様の描いた次なる宇宙世紀を、このコロニーの流血から始まる、宇宙世紀の変革を見るまでは……!」
そして。
「死ねないんだよ────!」
破れかぶれになったネリスは、右腕部のコンパクト・ビーム・マシンガンをユリシスに向けて撃とうとした。
結果、一刀両断。
ユリシスの振り下ろしたビームサーベルが、レギオ・ズールの右腕部をビーム・マシンガンごと縦に溶断する。
勝敗は決した。
自らが敗北したという事実。
侮っていた子供に敗れるという屈辱。
そして何よりも、迫りくる死を前にして。
「…………え?」
ネリスは、ぽかんと口を開けていた。
直後、レギオ・ズールのコクピット部分だけをユリシスのビームサーベルが貫き、ネリス・ハーバーは痕跡ひとつ残すことなく蒸発。
なんとも、呆気ない死にざまであった。
ただの鉄屑となったレギオ・ズールが、コロニーの地面へと落ちていく。
シャーラはそれを何か呟くわけでもなく、全天周囲モニター越しにしばらく見下ろしていた。
かくして、シャトーユニヴェルセルを巡る連邦軍とテロリスト部隊の戦いは、連邦軍の勝利で幕を閉じる。
一人の少女にまたひとつ、苦い記憶を植え付けて。