機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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ナヴァロ・リード視点 記念館の一室

 記念館にある一室の前に、一人の女性士官が立っていた。

 パイロットスーツを着たナヴァロ・リ―ド少尉である。

 

 ううんと咳払いをして、乱れていた髪を手で整えてから、彼女は扉をノックする。

「入ってくれ」

 中から聞こえてきた声に従い、ナヴァロはドアノブを回して扉をゆっくりと開ける。

 部屋の中には、コロニーの地図を眺めているバルカ・モリソンがいた。

 ナヴァロはバルカに向かって敬礼し、報告を始める。バルカもまた、地図とのにらめっこを止めて彼女の方に顔を向けた。

「シャトーユニヴェルセルでの戦闘は、我々の完勝です。人質は全員無事に奪還。こちら側の犠牲は無く、テロリストのモビルスーツ部隊は全滅。ホテル内部では敵の殆どを殺害し、一名を捕虜としました」

「ううむ、何か吐いたか」

「多少は。ホテルを占拠した部隊は、あと一時間ほどでホテルを人質もろとも破壊し、ターミナルへと撤収する予定だったそうです。……連中、気でも狂ったのかと思いましたけど、どうやらそれが計画通りみたいで」

 その報告を受けたバルカも、報告をしているナヴァロ本人も、まるで腑に落ちないと眉をひそめる。

 人質を盾に地球連邦政府への脅迫を行おうとしているテロリストが、その人質を殺して早々にターミナルへと逃げるなど、まったくの意味不明だったからだ。

 

「ううむ……、状況が見えてこんな。以前、外部とは連絡が取れず、先ほど市街地方面への偵察から戻った部隊の話では、コロニー内にテロリストはもういないと。モビルスーツどころか、それらしい者の一人すらいなかったそうだ」

「では、あとはもうターミナルを奪取するだけですか?」

 バルカの話を聞いていたナヴァロは、怪訝な表情を浮かべる。

「一応は、だがな。……テロリストの狙いが、まったく分からん。コロニー公社のビルや整備区画への攻撃もなかった。本気でやっているとは思えん」

「その、コロニー公社はどういった風で?」

 ナヴァロの問いに、バルカは皮肉たっぷりの笑みで答える。

「非常事態につき、コロニー内における治安維持と、テロリストへの対処を地球連邦軍に要請する、と。……大した()()()()だ。我々をこんな自然公園の片隅に追いやった者の発言とは思えん」

「役には立ちませんね」

「元より、期待はしていなかったがな」

 バルカはそう言い終えていつもより長い間、ううむと唸った。

「とにかく、敵の出方も腹の内も見えてこない以上、敵に時間を与えるのは得策ではない。最低限の休息と補給を終えたら、ターミナル奪取に向けて動く。他の者にも、そう伝えておいてくれ」

 

「了解です。……それはそうと、あのシャーラ・サザナミという子のことですが」

 そう言って話題を変えたナヴァロ。

「ずいぶんと、あの子を気にかけているんだな」

 先ほどまで厳めしかったバルカの表情も、彼女の口からシャーラという名前が出た瞬間に幾分か柔らかいものになる。

「危なっかしいんですよ。()()()()()()()()をするというか、躊躇いがないというか。サザナミなんて金持ちの家で育ったのに、反骨精神の塊みたいな子なんです。誰か、大人が見ておかないと」

 呆れた表情でそう話すナヴァロを見て、彼は笑った。

 ナヴァロ・リードという女性は普段こそフランクな態度で周りに接しているが、根っこの部分では他者に対してあまり興味を示さないところがあった。

 兵士として優秀だが、人間としてはいささか淡泊すぎるところがあるというのが、ナヴァロに対するバルカの評であった。

 そんな彼女が、はっきりと他人に感情と関心を向けている。

 バルカはこの切迫した状況でも、可愛がっている部下にこういう変化があったことは喜ばしいと思いつつ、ナヴァロの話を聞いていた。

「戦い方やメンタル面にも、少し危ういものを感じました。あの年頃の女の子が抱えるものとはまた別の……、何もかもを背負い込んで裂けてしまいそうな。そんな危うさです」

「それは、あのガンダムに搭載されているサイコミュの影響かね」

「いいえ、あの子自身の性格によるものかと。勘の鋭い子なんで、あのガンダム(XF―01)がただのモビルスーツじゃないことは、なんとなく察しているかもしれませんが。私が一度乗ったかぎりでは、あれはまともな機体ですよ」

 

 ガンダム・ユリシスに搭載されているサイコミュとは、非ノイマン型第4世代コンピューターによって制御された専用のサイコミュ装置のことである。

 従来までのパイロットの素質や精神に強く依存するサイコミュの系統は、その性能こそ無限の可能性を秘めたものであったが、あまりにも不安定なものであり、パイロットに対しても極めて重い負担を強いた。

 バイオセンサーやサイコフレームなどがこれに該当するが、これらはオカルトめいた制御不能な超常現象を起こしたり、将来有望なパイロットを使い捨て同然かのように酷使するものだ。

 ガンダム・ユリシスを設計したサナリィの技術者たちは、これらを兵器としてはナンセンスだとして採用を見送り、あくまで機体性能の向上やパイロットの負担軽減を目的としたサイコミュの利用を模索していた。

 そこで、ユリシス(XF―01)はパイロットの精神面だけでなく、コンピューターによるデジタルな制御も加えることで、より安定したサイコミュの運用を試みたのである。

 もっとも、これらの情報はユリシスの最重要機密であり、本来のテストパイロットであるナヴァロと、駐留地司令のバルカしか知り得ないことであった。

 

「私としては、ユリシスよりもあの子本人の方がよっぽど得体が知れませんけどね。何がどうなったら、ああいう風に育つのか」

「同感だ。まぁ、聞いたところで素直に答えるタイプではなさそうだが」

 ナヴァロとバルカの二人は、不機嫌そうに唇をへの字にして、子供には子供なりの事情があるのだと怒るシャーラの様子を思い浮かべて笑った。

「あの子は、悪い子ではない。幼い部分もあるがまっすぐで、戦士としての素質にも恵まれている」

「私もそう思います。まぁ、超がつくほど生意気ですけどね」

 そう言ってから、ナヴァロは少し黙る。

 何か、腹を決めているのだろうとバルカは察した。

「……司令、まだあの子をガンダムに乗せるおつもりですか」

「本人がまだそれを望んでいるのなら、な。ターミナルを奪還した時点で、あの子は学友たちと一緒に地球へ帰そうとは思っているが」

 シャーラ自身が強く望んだため、ナヴァロとバルカも彼女がガンダムに乗ることを許可したが、本来なら問答無用で保護するのが道理だということはずっと理解している。

 例え彼女がガンダムを操縦できる技術と、戦争という非情な場所に馴染んでしまう強さを持っていたとしても、大人が守るべき子供だという事実に変わりはないのだ。

 彼女の意思に甘えてはいけないのだという言葉が、バルカを見据えるナヴァロの視線から滲み出ていた。

「あのホテルでの戦いで、あの子にもなにか思うところがあったと思います。もう一度、まだガンダムに乗るつもりがあるか、聞いて来ようと思います」

 ナヴァロの言葉に、バルカは頷く。

「……本来、戦いは大人の領分だ。子供の未来を、殺し合いで潰していいわけがない」

 今回の戦いはたまたま生き残ることができたが、次はどうなるかなど誰にも分からない。

 戦場という場所では死は平等に、そして理不尽に降りかかるのだから。

 

「では、失礼します」

 ナヴァロはそう言いながら背筋を伸ばし、再び敬礼した。

「……君のような人間が、もっと連邦軍にいればな」

「おだてるのが上手いですよ、司令は」

 

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