シャトーユニヴェルセル付近での戦闘が終結する、少し前。
スペースコロニー、ブリュタールのターミナルに近づくモビルスーツ部隊の姿があった。
地球連邦軍の特務部隊である。
部隊内容は指揮官機であるジェスタが一機、索敵と電子戦用のユニットを搭載したEWACジェガンという特殊な機体が一機、それらに追従するジェガンが五機という編成である。
「……ミノフスキー粒子が濃くなっている。ターミナルの様子は?」
ジェスタを操縦する部隊の指揮官が、追従するEWACジェガンのパイロットにレーザー通信を行う。
「依然として、動きはありません」
「ズムシティの方は、通信妨害もせずに随分と派手にやっているみたいだが。こっちは逆に静かすぎるな……」
ジェスタのコクピット内で、指揮官は訝しんでいた。
宣言を行ったズムシティのテロリストたちは地球連邦政府に対する徹底抗戦を謡いながら、コロニー内に駐留していた連邦軍部隊を投降させ、連邦政府との交渉を続けていた。
連邦政府の要人やジオン共和国の閣僚といった人質を盾に、共和国軍やコロニー内に駐留していた連邦軍を投降させ、膠着状態に持ち込むことで自らの政治的要求を通すべく交渉を行う。
極めて古典的で、お手本のようなテロリストであった。
その政治的要求も、ジオン共和国の自治独立や各コロニーにおける連邦政府の特権放棄、地球に残る人々の例外規定を排除するなど、お定まりのものばかり。
いかにも、ジオニズムに感化されたスペースノイド。何ら革新性も独自性もなく、現状に対する漠然とした不満から、前例に倣ってとりあえず主張しているだけの浅はかなものでしかない。
そしてそれらは赤き十二月というテロリスト集団に、かつてのギレン・ザビやハマーン・カーン、シャア・アズナブルなどの強烈なカリスマを持つ思想的指導者が不在であることをはっきりと物語っていた。
当然、政府高官や政治的影響力を持つ軍の上級将校などは、これらの要求を聞くフリこそすれども、実際に検討するつもりなど毛頭ない。連邦政府を牛耳るこれらの人物は、いずれも利己的な俗物ではあったが無知蒙昧ではなかった。
要するに、地球連邦政府は赤き十二月を、その程度の脅威でしかないと認識していたのである。
一方、ブリュタールで蜂起した集団についてはあまりにも情報が少なく、コロニーとの一切の通信が遮断されてしまっていたことから、連邦側は何ひとつとして有用な情報を掴んでいなかった。
「テロリストってのは要するに、目立ちたがり屋の似非インテリどもだ。手前のはた迷惑な夢想を無理やり現実に寄せようと、暴れまわることしか能がない連中だ。……しかし、それが黙ったままというのは不気味でしかない」
ジェスタのコクピットで、特務部隊の指揮官が呟く。
「どういうつもりだ……?」
指揮官のその疑念はブリュタールのターミナルに近づけば近づくほど、不安と共にむくむくと膨らんでいく。
その目論見がまるで分からない相手と戦うのは、姿の見えない相手と戦っているようなもの。
何を目的としているのか、何を狙っているのかが分からなければ、守ることも攻めることもできないのだ。
そして、指揮官の不安は最悪の形で的中する。
「……ッ! 隊長、上から高速の熱源────!」
その通信を最後に、EWACジェガンが爆発した。
「攻撃! だが、上には……!」
指揮官は姿勢制御用スラスターを噴射し、ジェスタの機体を自身の上方に向ける。
だが、敵影など何処にもない。撃墜される直前にEWACジェガンが報告しようとした高速で移動する熱源など、影も形もなかった。
「落ち着け。上下左右、どこだろうと……」
モビルスーツとは機動兵器、動かなければ的でしかない。遮蔽のない宇宙空間では尚更だ。
指揮官は上方に意識を向けたまま、ジェスタで三次元的な回避運動を行う。
しかしEWACジェガンという部隊の目をやられた以上、その攻撃を先制し得るものは既に存在していなかった。
ジェスタは無事なままであったが、今度はその周囲に展開していたジェガンが謎の爆発によって殺されていく。
そんな地獄の光景の中で、指揮官はひとつの答えを導き出す。
「サイコミュ兵器なのか……!」
その答えは正しかった。
ジェスタの僚機であるジェガンの半数を一瞬にして葬り去った、高精度のミサイル攻撃の正体は
サイコミュによる脳波無線誘導が可能な、オールレンジ攻撃用兵器であった。
ミノフスキー粒子散布下において、通常の無線誘導兵器は使用できない。
だが、かつて多くのニュータイプ専用機に採用されて猛威を振るったファンネルを応用したこの兵器は、パイロットの素養次第で遠距離の標的にも精確にミサイル攻撃を行うことが可能であった。
つまるところが、爆薬を背負って特攻してくるファンネルである。サイコミュが搭載されていない機体には、回避はおろかその捕捉すら極めて困難な代物だった。
一機、また一機。
ジェスタの周囲にいたジェガンが、次々と宇宙の暗闇の中を自在に飛翔するファンネルミサイルの餌食となる。
その光景は、海中深くで人食いサメに襲われるダイバーたちのようであった。
こんなにもあっさりと、こんなにもあっけなく、誰も彼もが死んでいく。
「クソッ……! こんな、こんなものは虐殺だ……!」
ガンダムタイプに迫る性能を誇るジェスタですら、そのミサイルの軌道を追うことは不可能であった。
目視範囲での戦闘が主流となったモビルスーツ戦において、アウトレンジからの狙撃よりも精確かつ高速で標的を追尾するミサイルなど、もはや通常の機体ではどうしようもない。
「こんな────ッ!」
そして遂に、ジェスタの背後にもファンネルミサイルが着弾した。爆発はジェスタのコクピットを焼き、それで決着。
まさに、一方的な虐殺である。
言葉を交わすどころか、互いの機体すら目視することなく終わったこの虐殺行為。
それを遠く離れた場所から嬉々として行っていた人物がいた。
「哀れなものです、オールドタイプというのは。
その人物とは他ならぬザクス・ランツフートであり、コロニーの外部側隔壁に立っているMe―01E、ドルニエであった。
ファンネルミサイルは、この
ジェスタの爆発をドルニエのコクピット内で笑って見届けていたザクスの元に、一機のギラ・ドーガが近づいてくる。
「お疲れ様です、大尉殿」
「大したことではありませんよ。それで、
ギラ・ドーガに搭乗する部下の労いの言葉を意に介することなく、ザクスは計画の進捗を部下に尋ねる。
「はい。コロニー内部への
G3ガス。
それは極めて毒性の強いガスであり、かつて地球連邦軍内の過激派であったティターンズがコロニーに注入し、一千万人を超える住民全員を殺害した恐ろしい化学兵器の名前である。
「急ぎなさい。連邦も
ザクスは副官の心配などをしているのではない。
彼はただ計画に支障をきたさぬように、用心しているだけだ。
ザクスの言葉を受け、ギラ・ドーガは頭部を頷くようにコクンと動かして、持ち場に戻っていく。
ザクスは堪えきれず、独りコクピット内で笑う。
ノーマルスーツのヘルメットに、彼の凶暴な笑みが映った。
「このコロニーの住民全員が死ねば、交渉を失敗させた連邦政府をスペースノイドは憎悪し、アースノイド側はこれほどの凶行に及んだスペースノイドを嫌悪する。当然、多くの政府高官や財界人を殺されれば、連邦政府も黙ってはいないでしょう」
陶酔と狂気が満ち溢れた笑みで、ザクスはモニターに映るコロニーの隔壁を見る。
「……歴史は繰り返さない。しかし、
スペースコロニー、ブリュタール。そこに住まう一千万近い人命が、いまこの男の手によって葬り去られようとしていた。
「報復の連鎖が流血を生み、その流血が深い憎しみの連鎖を生む。ここで流された幾百、幾千の流血が次の百年にまた闘争による淘汰を生むのです。愚者と弱者を剪定する、素晴らしい闘争の歴史が続いていくのですよ」
結局、ザクス・ランツフートにとってはこれまでのすべてが、彼の思想を実現するための道具でしかなかったのだ。
赤き十二月も。
自らを信奉する部下も。
ザクスが今回の事件で関わったすべてのものが、彼の思想の引き立て役でありその踏み台。
ザクス・ランツフートとは、そういう男だった。
「
宇宙世紀百年の節目。
無限の闘争こそ人類の淘汰を司る神だと奉じる狂信が、牙を剥こうとしていた。