機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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少女と少年①

 地球連邦軍の駐留する宇宙開拓記念館。

 その裏手にある駐車場で、一機のモビルスーツを眺める少女がいた。

「……アタシが、弱かったからだ」

 そう呟いた少女の名は、シャーラ・サザナミ。

 彼女の前で片膝を地面につけ、物言わぬ彫像のように次なる出撃のときを待っているのは型式番号XF―01、ガンダム・ユリシスであった。

「あのとき、アタシが盾を使っていれば。アタシの背後にあった街は、無事だった。あのとき、アタシが……」

 シャーラの脳裏に、シャトーユニヴェルセル上空での戦闘の記憶が蘇る。

 レギオ・ズールが放ったビーム・マシンガンを、シャーラは咄嗟に回避してしまった。その結果、ユリシスに向けて放たれたビームは熱と光の雨となって、彼女の背後にあったコロニーの市街地へと降り注いだのである。

 

 叫ぶことすらできず、一瞬で蒸発した人々。

 ビームによって焼き尽くされた建物。

 誰かにとって、帰るべき場所だった街。

 

 それらが何らの予兆もなく、理不尽に破壊される光景がシャーラの頭いっぱいに広がる。

 実際に肉眼でそれらを見たわけではない。彼女が目視できたのは、せいぜいが建物の爆発くらいである。

「あのとき、コクピットのなかで確かに見えた……。色んな人が死んで、色んなものが壊れた。ユリシス(XF―01)を通じて、アタシの頭に流れ込んできた」

 だが、シャーラには分かってしまうのだ。

 ガンダム・ユリシスに備わるサイコミュ、人の脳波に働きかけるこの装置がシャーラの感覚と感情、そしてニュータイプ能力を増幅させたのである。

「その瞬間、もう何がなんだか分からなくなって。気がついたら、あの女の白い機体を串刺しにしてた。……これも、ガンダムの力?」

 人が人を殺し、彼女もまた人を殺した。

 戦場という異常な空間の現実が、十代の少女の心と身体に重くのしかかっていた。

 

 シャーラの瞳の中にある光は、消えていない。彼女の心の半分、戦士として鍛えられたシャーラ・サザナミはこの程度で折れない。

 しかし、彼女の心のもう半分。少女としてのシャーラ・サザナミは、もう挫けてしまいそうになっていた。

 ()()()()()()()()()()は言う。

 悩む暇などない。悩み、迷うその弱さがあるから、独りで満足に戦うことができないのだと。

 その一方で、()()()()()()()()()()は言う。

 いますぐ、泣き叫びたい。誰かの胸のなかで吐き出さなければ、こんな重みに独りで耐えることなどできないのだと。

「いまさら、泣いてなんになるのよ。この弱さを捨てれば、アタシは戦士になれる。こんな心の弱さを捨てれば、アタシは……」

 シャーラは己の少女としての部分を、いま彼女の心の底で燃え滾る怒りという炎のなかに投げ捨てようとしていた。

「倒すんだ、このガンダムに乗って。戦争なんてものを繰り返す連中を、一人残らず」

 シャーラ・サザナミは、リムド・リンクリッツやアラン・ダレンのような戦士になる。

 このガンダムという兵器に相応しい、忌むべき敵を倒すための戦士になる。

 そのために、彼女は一切の弱さを捨てるのだ。

 

 ────戦いしか知らない人間になるな。力しか拠り所のない人間になるな。

 

 誰かが、シャーラの耳元で諭すようにそう囁いた気がした。

「……え?」

 その言葉に驚いた彼女が、背後を振り返ると。

「シャーラさんっ!」

 後ろから彼女に抱き着いてきたエインズ・マーレイと、向かい合う形となった。

「よかった……! 無事で、本当によかった……!」

 彼は肩を震わせ、いまにも泣き出してしまいそうな表情でシャーラとの再会を喜ぶ。

 潤んだ瞳でまっすぐにシャーラを見つめ、心底から彼女の無事を喜ぶエインズ。

 そんな彼の様子を目の当たりにしたとき、シャーラの心には温かな嬉しさとともに、あることへの冷たい恐怖が湧き上がった。

 その恐怖とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャーラは、心底から恐れていた。

 先ほどの戦闘におけるコロニーの住民たちのように、また自分の弱さで何かを失うことになったとき、それが他ならぬエインズ・マーレイであったら。

 あのときのコロニーの住民たちのように、エインズが自分の目の前で殺されてしまったら。

 彼女はおそらく、正気を保ってはいられないだろう。

 もはや、それほどまでにシャーラ・サザナミという少女のなかで、エインズ・マーレイという少年の存在は大きくなっていた。

 

 モビルスーツの武装は、どれも生身の人間にとっては過剰といえるほどの威力である。

 白兵戦における牽制のための補助的な武装でしかない頭部のバルカン砲ですら、その口径は30ミリから40ミリ。

 歩兵用の銃火器で大口径と呼ばれる物ですら12ミリ程度なのだから、それが如何に強力なものかは一目瞭然だ。

 建造物やモビルスーツの装甲すら容易に溶解させるビーム兵器などはもはや、語るまでもないだろう。

 生身の人間に当たれば、骨すら残らない。弔うための亡骸すら、この世から消え去ってしまうのだ。

 そんな戦場の異常さと理不尽を、いまのシャーラは痛いほど理解してしまっている。

 だからこそ、彼女は最悪の光景を想像できてしまう。

 自らの前で、跡形もなく消し飛ぶエインズの姿を。

 

「ダメ、そんなこと……!」

 一度思ってしまったら、シャーラはその恐怖をもう消すことができなかった。

 彼女の身体を抱きしめるエインズの両腕を、シャーラは半ば強引に引きはがす。

「あっ……! ご、ごめんシャーラさん。無事だって分かってつい……!」

 いきなり抱きついたことに彼女が怒っていると勘違いしたエインズは、慌てふためきながら色々と言い訳を並べる。

 だが、シャーラのあまりに鬼気迫る表情を見て、彼は困惑した。

「……シャーラさん?」

 シャーラ・サザナミは決意する。

 もう何も失わないために、弱い少女の自分と決別するために。

「……アンタ、いますぐ避難しなさいよ」

 いま、このエインズ・マーレイという少年と別れることを。

「────えっ?」

 突き放すようなシャーラの言葉を、エインズはまったく理解できずに固まっていた。

「アタシはまた、このガンダムに乗ってターミナルのテロリストも倒す。けど、アンタみたいな足手まといがいたら、アタシや連邦軍の動きも悪くなる。この記念館だって安全じゃないことは、もう分かってるし」

 彼が何かを言う前に、シャーラはそう言いながらゆっくりとエインズから離れていく。

 物理的な距離だけではない。精神的にもエインズという少年から離れていくことで、シャーラはどうにかして彼女がいま抱いている恐怖から逃れようとしていた。

 

「アタシは強いけど、アンタは弱くて戦えない。ついてきたって、もうしょうがないでしょ」

 この先の言葉を口にすれば、それで終わりだ。

 シャトルで偶然に出会い、ここまで色々なことを経験してきた二人の繋がりも、次にシャーラが口にする言葉で終わってしまう。

「────()()()、なにもできないんだから」

 シャーラの冷たく、突き放すようなそのひと言。

 これでいい。そうシャーラは自らを無理やり納得させる。

 自分はまた一人になって、戦士として独りで戦う。モビルスーツという兵器のように、恐れも迷いもなく戦場へと赴く戦士になるのだ。

 それがシャーラ・サザナミの、シャーラ・リンクリッツの進む道。

 そうやって彼女が、エインズに背を向けようとしたとき。

 

「……()()()なんて言うな!」

 

 シャーラが聞いたこともないような大声を出したエインズが、彼女の両腕を掴んで強引に立ち止まらせた。

 

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