「
エインズ・マーレイが、立ち去ろうとしてたシャーラ・サザナミの両腕を掴んでいた。
記念館の裏手、二人だけしかいない空間にエインズらしからぬほどの大声が響く。
あまりにも突然の事態にシャーラは目を丸くして、何ひとつ言い返すことなくエインズの言葉を聞いていた。
彼女が知っている穏和で臆病、まるで小動物のようなエインズなど、そこにはいなかった。
彼のいまの表情には、明確な怒りと熱が籠っている。
「君とシャトルの中で初めて話せたときも、ターミナルで君から頼られたときも、すごく嬉しかった! 助けられるだけじゃない、憧れるだけでもない。シャーラさんの隣に立って話せたことが、すごく嬉しかった!」
その怒りと熱を、隠すことなく真っ向からシャーラにぶつけるエインズ。
「あのときから、僕は君の隣に立ちたいって思ったんだ! 強いとか弱いなんて関係ない!
彼がシャーラの腕を掴む力は、シャーラが容易に振りほどけないほど強かった。
エインズの瞳にはシャーラのものとはまた別種の強い光が宿り、普段の気弱な彼とは別人のようにはっきりとした意志の力がエインズから目を逸らすことを許さない。
僕から、逃げるな。
エインズの言葉と瞳は、シャーラに向かってそう訴えている。
だが、シャーラもおいそれと考えを曲げる性格ではない。
エインズが見せた強さに縋ってしまいたくなる己の弱さを否定し、シャーラもまた真っ向から彼とぶつかる。
「簡単に言ってんじゃない! 戦争なんだよ! アンタもアタシも、あっさり死ぬかもしれないんだ!」
「だからこそだ! だからこそ、僕はシャーラさんの隣にいるんだ! 君を独りで死なせたくない!」
エインズの言葉は、まるで装甲貫徹弾のようにシャーラの心を貫いた。
彼の言葉に偽りを挟み込む隙間はなく、冷笑で退けられないほどの熱があった。
シャーラは言葉に詰まり、無理やりその場を立ち去ろうとするが、彼の両手が彼女を掴んで離そうとしない。
何よりもシャーラ・サザナミに残った少女の部分が、エインズ・マーレイから離れることを拒んでいたのだ。
それでもなお、シャーラは抵抗する。
なぜなら、彼女にとってはそんな少女の自分こそが決別すべき弱さの象徴であり、戦場で迷いを生む原因だと思っていたからだ。
「アンタに、アタシの何が分かんのよ! アタシが何処で生まれて、どうやって生きてきたかも知らないくせに!」
シャーラ・サザナミという少女は知っている。
戦場という空間がどれだけ理不尽で、無慈悲なものであるかを。
戦う力のある者にも、そうでない者にも、戦争という大きな渦によってもたらされた死が平等に降り注ぐ。
目の前で肉親を、そして育ての親を失ったシャーラはその平等に降り注ぐ死の恐怖を嫌というほど理解していた。
「アタシの隣に居れば、死ぬかもしれない! 何にも知らない、こんな女の隣で、死ぬかもしれないんだよ!」
故に、その降り注ぐ死の標的がエインズに向かうことを、現実の延長線上にある起こり得る未来として恐れていたのである。
「何も知らないで、なんで……!」
もはや、いまのシャーラには彼を拒める理屈が残っていなかった。
ただ己の中にある恐れを悟られまいと、自分のような存在にここまで言ってくれる少年を失いたくないからという弱さを見せまいという意地だけが、彼女に言葉を吐き出させる。
「知ってる! 食べ物を美味しそうに食べる君も、たまにすごく悲しそうな顔をする君も、僕を守ろうと必死に立ち向かう君も、僕は知ってる!」
だが、そんなシャーラの前にいる少年は、何ひとつ怖じることなく堂々と宣言する。
「何度だって言ってやる! 僕は君が好きだ! 君にどんな過去があっても、君がどれだけ戦いで傷ついても、僕はシャーラ・サザナミが好きだ! だから、僕は命を懸けてシャーラさんの隣にいる!」
理屈。
恐怖。
意地。
シャーラ・サザナミが他人と自分を隔てるために使っていたそれらの壁を、エインズ・マーレイは飛び越える。
「僕が、シャーラさんの居場所になる。
エインズのその言葉は、シャーラの抵抗を粉々に打ち砕いた。
弱さを隠していた何もかもを取り払われて、一人の少女になったシャーラはボロボロと大粒の涙を流し始める。
「死んだんだよ……、アタシの前で。アタシが、守れなかったから、大勢の人が死んだんだよ……」
彼女のあまりにも素直で、幼い言葉。
普段の怜悧なシャーラからは想像もつかない弱音も、エインズは受け止める。
「もし、アンタまでそうなったら……。アタシ、アタシは……」
シャーラの褐色の頬を、土砂降りの涙が濡らしていた。
エインズは思う。
この少女は、今までずっと抱えきれぬほどの重荷を背負ってきたのだ。
叫びたいほどの苦しみに耐え続け、泣き崩れたいほどの悲しみを堪え続けて、ここまで生きてきたのだ。
いま、シャーラが流している涙は蓄積されたそれらの結果なのだ。
エインズは、彼女の腕から自分の手を離し、その右手でゆっくりとシャーラの髪を撫でる。
「僕はそうならない……、なんてことは言えない。けど、それがシャーラさんの隣を離れる理由にはならないよ」
少年は決意する。
どんなことになっても、この少女を独りにはしないと。
エインズ・マーレイという男は、シャーラ・サザナミという女の隣で、彼女の居場所になるのだと。
「最後まで僕は、君の傍にいる」
目の両端に涙を浮かべながら、笑うエインズ。
その笑顔を見た瞬間、色々と堪えることができなくなったシャーラは涙が零れ落ちる目を瞑り、エインズの唇に自身の唇を重ねた。
頬を真っ赤に染めながら、彼もシャーラの唇を受け入れる。
赤くなった顔の熱と、重ねた唇の隙間から漏れる声、高鳴る心臓の鼓動がお互いに伝わっていた。
二人のいるその空間だけ時が止まってしまったように、しばらくの間シャーラとエインズはそのままだった。
「……アンタ、責任取りなさいよ」
そう言いながら名残惜しそうにゆっくりと唇を離したシャーラが、上気した顔を見せまいと横を向いた。
「えっ? で、でもこれってシャーラさんの方から……」
シャーラの放った肘打ちが、エインズの鳩尾を襲う。
「アンタの方からしたの! そういうことにしろ!」
「ぐ、ぐえぇ……」
鳩尾の痛みに身体をくの字に曲げて苦しむエインズ。
「……アタシ、もう大丈夫。戦士だからとか、ガンダムに乗っているからとか、そんなんじゃない」
ようやく痛みに慣れたエインズが顔を上げると、そこには年相応の無邪気さで満面の笑みを浮かべたシャーラがいた。
孤独な戦士の道を歩もうとする少女でもなく、ガンダム・ユリシスのパイロットとして選ばれた少女でもなく。
エインズ・マーレイが好きになった一人の少女、シャーラ・サザナミがそこにはいた。
「アンタが……。ううん、エインズ・マーレイがいるから。もう大丈夫」
いまのシャーラの笑顔に、以前のように張り詰めたような強さはない。戦士としてなら、彼女は弱くなったのかもしれない。
だが。
人間としての彼女はいま、自らの帰るべき場所を得た。
この事実は、戦士だった頃の彼女とは大きく異なる力になる。
「……いまの、もう一回言ってほしいなぁ」
「調子に乗んな!」
顔を真っ赤にして彼の頭を叩くシャーラと、いつもの様子に戻った彼女を見て嬉しそうに笑うエインズ。
いつしか、二人の間には日常の空気が戻ってきていた。
シャーラたちはそのまま、記念館のなかへと入っていく。
そんな少年少女と入れ替わる形で、一人の女性がガンダム・ユリシスへと近づいた。
「……どうやら、杞憂だったみたいね。もう、あの子は大丈夫でしょう」
ナヴァロ・リードである。
「ちゃんとした大人として、せめてあの子たちは守らなきゃね」
きちんとした青春を送る少年と少女を見送った彼女は、自身の前にあるガンダム・ユリシスへと視線を向けた。
「アンタも、
ナヴァロの言葉に、機械でしかないガンダム・ユリシスは当然ながら反応しない。
だが、彼女は信じた。
本来のガンダムが持つ力、戦場で降り注ぐ悲劇や絶望すらも覆して輝く、