スペースコロニー、ブリュタール。
その内部にある宇宙開拓記念館の正門前で、コロニー内に残存する連邦軍兵士たちによる作戦会議が行われていた。
机代わりに大型のハードケースを二つほど並べ、その上にコロニーのターミナル周辺の見取り図や、データを表示した端末を広げている。
主な参加者は現地部隊の司令であるバルカ・モリソン大佐と、その部下でありモビルスーツ部隊の隊長であるナヴァロ・リード少尉。
そして、一応は一般人であるシャーラ・サザナミとエインズ・マーレイであった。
他にも整備班の者が数人と、二度の戦いを生き延びたモビルスーツパイロット三名が参加している。
「まず、初めに言わせてほしい。諸君らの健闘がなければこの圧倒的に不利な状況下で、ここまでの抵抗はできなかっただろう。感謝する」
左腕で杖をつくバルカは、参加している面々に深々と頭を下げた。
ナヴァロをはじめとした連邦軍兵士たちは目を丸くして驚き、慌てて彼にどうか頭を上げてほしいと言う。
その言葉を受けてゆっくりと頭を上げたバルカは、シャーラとエインズの方を向いた。
「君たちにも、礼を言わねばな。本来なら我々が守る側であるというのに、よくここまで戦ってくれた」
エインズは照れくさそうに頬を指で擦る一方、シャーラはそんなバルカに対して敬礼を行いながらも質問する。
「ここまで改まった話をするということは、この先に
まさに単刀直入という言葉が相応しい言葉と、次なる戦いを見据える迷いのない目。
バルカはその目を見て、あることを感じ取る。
いまのシャーラは彼やナヴァロ、その他の連邦軍兵士たちと同じ、守るものを持つ者の目をしている。
少し前までの、危うい鋭さのなかに焦りや苦しさを抱えていた若者の目ではない。
真の意味で、いまの彼女は一人前の戦士の目になっていた。
シャーラ・サザナミという少女はこの短い期間で戦士としてだけでなく、一人の人間として成長したのだ。
「敵わんな、君には。そうだ、これからはさらに過酷な戦いが待ち構えている。ナヴァロ少尉、話してくれ」
「……はい」
いつになく真剣な面持ちで、ナヴァロは話し始める。
「ホテルで捕虜にしたテロリストの仲間から、さらに情報を聞き出せたの。……連中はもうすぐ、このコロニー内に毒ガスを散布するつもりよ」
彼女のその言葉に、バルカ以外の全員が我が耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待ってください! このコロニーはいわば、まるごと連中の人質なんでしょう。それを盾に交渉しようって連中が、なんで毒ガスなんて撒くんですか?」
困惑した兵士の一人が問いかける。
ナヴァロはその問いに、苦々しい表情を浮かべて答えた。
「
あまりにも理解しがたい情報に、兵士たちは動揺する。
「何の意味が、って思うでしょう? 私も同感よ。どうやら、敵の親玉は相当なサイコ野郎ね」
動揺する兵士たちを落ち着かせるように、ナヴァロは現時点で把握している情報を淡々と話していった。
テロリストの首魁の名は、ザクス・ランツフート。
副官の名はネリス・ハーバーだが、それはシャトーユニヴェルセル上空での戦闘で既にシャーラとガンダム・ユリシスが撃破している。
ザクスたちが使用するのはG3ガスと呼ばれる極めて毒性の強いものであり、かつてティターンズが30バンチ事件で用いたものと同じ。
そして、予定通りならば現時点で大半のコロニー壁面に、そのガスの取り付けが完了しているという。
「……壁面に設置された毒ガスは時限式。コロニー内部の大気循環や人工雨の降水パターンを考慮して、すべてを設置後にタイマーをセット。タイマーの起動は、敵のリーダーであるザクス・ランツフートが行うそうよ。……つけ入る隙は、ここしかないわ」
大方の情報を話し終えたナヴァロは、ターミナル周辺の見取り図を指し示した。
ターミナル内部への進行ルートを、彼女の指がなぞっていく。
旅客用のものではなく、貨物搬入用のスペースから大型艦船のメンテナンスドックに侵入し、そのままターミナル外部へ突破するそのルートは、強行突破と言っても差し支えないものだった。
各所で敵が待ち構えている可能性が極めて高いことなど、誰が見ても明らかである。
しかし、これ以外に道がないこともまた、この場に参加している全員が理解していた。
「我々は、二つのアプローチでこのサイコ野郎の企みを阻止します。ひとつは、モビルスーツ部隊によるターミナルの奪還とザクスの撃破。ガスをすべて設置する前にこれが完了すれば、それが最善」
次に、彼女は端末を操作して付近にあるメンテナンスエリアが映し出されていた。
「もうひとつは、メンテナンスエリアから内壁部を通過して外壁にアクセス。その後、コロニー壁面に設置された毒ガスをモビルワーカーで解除するアプローチ。……これは、かなりの危険が伴う賭けのようなものよ」
ナヴァロの手元にある端末には、メンテナンスエリアから最短で外壁にアクセスする経路が3Dモデルを用いて表示される。
「モビルスーツ部隊は私、ナヴァロ・リードが指揮を執ります。シャーラ・サザナミ、貴方にも期待しているわ」
ナヴァロの言葉に、シャーラがこくりと頷いた。
張り裂けそうなほどの感情を押し殺し、焦りや無力感から逃げるように戦っていた彼女はもうそこにはいない。
いま、ナヴァロ・リードの前にいるのは、たしかなものを手に入れて
「……変わるものねぇ、人って。私も、この戦いが終わったら結婚相手でも探そうかしら」
「ふっ。少尉の性格だと、相当苦労しそうですね」
「貴方が言うんじゃないわよ!」
実の姉妹のようなやり取りに、緊張で表情が固まっていた周りの兵士たちも和やかに笑う。
えほん、と軽く咳払いをしたナヴァロは、バルカの方に話を振る。
「もう片方のモビルワーカー隊は、バルカ司令が指揮を執ります。……司令、本当に大丈夫ですか?」
依然として杖をつくバルカを、心配そうに見るナヴァロ。
そんな彼女の心配を無用だと言わんばかりに、バルカは杖で地面をカツンと突きながら笑った。
「見くびってもらっては困るな。モビルワーカー程度、例え片足でも操縦できる。それよりも、この決死隊同然のモビルワーカー部隊の人員についてだが……」
彼がそう言った瞬間、一人の少年が手を挙げてそれに志願した。
「……モビルワーカーの操縦ならできます。シャーラさんが戦っているのに、僕だけ見ていることはできません」
エインズ・マーレイが、連邦軍兵士の誰よりも先にその右手を臆することなく挙げていた。