宇宙開拓記念館の正門前で行われている作戦会議に、衝撃が走った。
モビルスーツの飛び交う戦場に、兵装のひとつも持たないモビルワーカーで敵の設置した毒ガスを解除するという決死隊。
その決死隊に十代の少年、エインズ・マーレイが志願したのである。
「そ、操縦できるって……。そういう問題じゃないでしょう。貴方は本当に、ただの民間人なのよ。戦場は度胸試しに来る場所じゃないわ」
最も驚いたのは、ナヴァロ・リードだった。
放たれた弾丸のように暴れまわるシャーラ。サザナミとは対照的に、小動物のように大人しい印象を持っていたエインズのものとは思えない発言に、彼女は当惑していた。
「僕は、
少年の目は何ひとつ揺らぐことなく、ナヴァロの目を見据えている。
初めて彼女がエインズと話したとき、こんな目をできる少年だとは思いもしなかった。
恐怖を受け止め、それでも自らの使命を果たそうとする目。
徒に恐怖を抑えつけたり、そんなものはないと強がるのではない。
これから向かおうとする死地に充満する恐怖を想像し、それを理解してもなお自らがやらねばならぬのだと覚悟を決めた目であった。
「だからって……」
「アンタは、それでいいの?」
だとしても、大人としてこれ以上子供が戦場に出ることは止めなければならない。
そういう使命感でエインズを窘めようとしたナヴァロの言葉を、シャーラが遮る。
「うん。このコロニーには、僕もたくさんの思い出があるから。それも含めて、僕自身の手で何かをしたいんだ」
「……わかった。じゃあ、任せた」
そう言って互いに目を合わせ、頷いて終わり。
なんともあっけなく認めたシャーラにも、ナヴァロは驚く。
「ちょ、ちょっと! 貴方の彼氏でしょうが! もうちょっと強く止めなさいよ!」
「無駄ですよ、少尉。エインズはこんな小動物みたいな見た目だけど、一度決めたら梃子でも動かないところがありますから。それに……」
シャーラは照れくさそうに頬を指で擦りながら、エインズに視線を向けた。
「アタシも、信じてますから。コイツはずっと、アタシの隣にいてくれるって」
目の前にいる少女は、本当にあのシャーラ・サザナミか。
ナヴァロは目を丸くする。
まるで訓練された猟犬のようにギラついた目。
何者だろうと喉笛に喰らいつきかねない反骨精神に裏打ちされた闘志。
卓越した戦闘技術と不遜極まりない態度から飛び出す減らず口。
それらを若者特有の何者かになろうとする焦燥感でコーティングした、一発の弾薬のように危険な少女。
そんなシャーラ・サザナミが、まるで自慢の彼氏を見るかのように誇らしげな笑みを浮かべている。
恋とは、愛とは
もはや事ここに至っては、ナヴァロが口を挟む余地など残されていなかった。
「我々の負けだな、少尉」
成り行きを見守っていたバルカ・モリソンが微笑む。
「……ひどい時代だ。ただ愛する者の隣にいたいと願う少年すら、戦場に立たせてしまう」
バルカは目を細め、愛する者のため戦場に立とうとする少年と少女を見た。
彼は怒る。
宇宙世紀だなんだと、大層な名前で旧世紀からの進歩を謡うことの薄っぺらさに怒る。
無数の過ちが積み重ねられた旧世紀から、人類は未だ何も進歩していないのだと怒る。
そして何よりも、シャーラたちの強さに甘えざるを得ない自分たち大人の不甲斐なさに怒る。
愛し合う二人の若者が、何故に戦場へと赴かねばならないのか。本来ならばあってはならないことである。
「本当に……、すまない。この百年がこんなことになってしまったのは、我々大人の責任だ。許してくれ、などと厚かましいことは言えん。君たちが担う次の百年が、こうはならないことを祈っている」
沈痛な面持ちを浮かべるバルカ。
だが、エインズはそんなことはないのだと言わんばかりに、優しく笑っていた。
「大丈夫です、大佐。いまがどんな時代でも、僕はシャーラさんに出会えたから。だから、これでよかったんです」
流石に恥ずかしくなってきたのか、顔を赤らめたシャーラはエインズの脇腹を肘で突いて、これ以上彼が歯の浮くような台詞を言わないように黙らせる。
そんな彼女らの微笑ましく、逞しい様子がバルカにとってはありがたかった。
「そう言ってもらえて、少し救われたよ。ありがとう」
バルカは少し目を伏せてから、何かを決心した表情でナヴァロに話しかける。
「……ナヴァロ少尉、この子たちにあのことを教えてやってくれ。ガンダム・ユリシスに備わる、本当の力のことを」
「いいんですか? アレについてはサナリィと
「この子たちなら、大丈夫だろう。何より、知っているかどうかが命を分けることもある」
バルカ・モリソンはちょっとした思いつきでこういったことを言い出さない人間だと、ナヴァロ・リードは知っていた。
「了解です」
それ故にこれ以上は余計なことは言わず、自らの手元に置いていた端末を取ると、閲覧のために暗証番号の入力が必要な最重要機密フォルダを開いた。
そしてそのフォルダに格納されていたガンダム・ユリシスの全情報を端末に表示し、それをシャーラとエインズの二人に見せる。
「XF―01、ガンダム・ユリシスにはある機能が隠されている。シャーラ・サザナミ、貴方なら薄々気づいているはずよ」
端末に表示されているのは、ユリシスの3Dグラフィックモデルである。
だが、そのモデルのユリシスは通常時のものとはある一点が異なっていた。
ユリシスの背部にある四本のスラスターアームの形状が、展開された放熱フィンに
「この機体には、意図的に
「……あのホテルの上空でテロリスト女の機体と戦ったとき。アタシの心の熱がユリシスに伝わって、その熱がユリシスをより加速させたような気がした。あの感覚の正体は、これだったんだ」
心の熱が伝わる。
そのニュータイプ的表現はなんとも的を射ていると、ナヴァロはシャーラが持つパイロットとしての天性の素質に心の中で唸っていた。
「嫉妬するほど鋭いわ。ただ、さっきの戦闘データを見たけれど、まだユリシスの全力は発揮できていない。この機体が冠するガンダムという名は、
「アタシの力が、まだまだってことですか?」
「そうかもね。とにかく、機体のサイコミュとリンクしているコンピューターが貴方をユリシスのパイロットだと完全に認めたとき、機体は最大稼働モードになる。このモデルのように、青い翅がユリシスの背部に生えるはずよ」
青い翅。
その言葉を、シャーラは深く胸に刻み込んだ。
「ただ、これも覚えておいて。最大稼働状態になったユリシスのスラスターアームは、
ナヴァロは次のように説明を続けた。
ユリシスのスラスターアームは、本体の装甲とは異なるサイコミュ補助用の特殊な材質で作られているため、最大稼働状態となった際にアーム全体が高熱を発するのだという。
そして、その高熱は展開された放熱フィンを以てしても完全な排熱は不可能であるため、強制的な放熱方法として高熱を発する表面装甲や塗装そのものを剥離させていくのだ。
「初めて聞かされたときは、とんでもない機体だと思ったわ。それでも、かつてのバイオセンサーやサイコフレームが搭載された機体に比べれば、パイロットの負担自体は格段に減ったようだけれど」
「いいじゃないですか。アタシも、ちんたら戦うのは性に合わないんで」
なんともシャーラ・サザナミらしい回答だとナヴァロやバルカ、エインズは笑った。
「さて、これで伝えるべきことはすべて伝えたわ。シャーラ、なにか質問は?」
「特に。あとはアタシが、ユリシスの要求に応えるだけなんで」
シャーラの表情に一切の不安はない。
為すべきことを為すのだという彼女の信念と、自らが帰るべき居場所を得たことによる力が、彼女に確固たる強さを与えていた。
一方、ガンダム・ユリシスの秘密をまだまだ知りたいと言わんばかりにエインズはそわそわしていたが、流石に空気を読んだのかこれ以上の質問は控えている。
「まったく、大した子供たちね。さて、それじゃあそろそろ始めるとしましょうか。……司令、最後にひと言を」
ナヴァロの言葉を聞き、作戦会議に参加していた全員がバルカ・モリソンの方を向く。
バルカはその全員の顔を一瞥して、敬礼を行った。
「諸君らと共に戦えることを、心から誇りに思う。数多の人命を守り、次の宇宙世紀を少しでも平穏なものとするために。……すまんが、諸君の命を預けてくれ」
シャーラ・サザナミ。
エインズ・マーレイ。
ナヴァロ・リード。
会議に参加していた者は皆その言葉に奮い立ち、敬礼する。
時に、宇宙世紀0100。
スペースコロニー、ブリュタール。
のちの歴史で語られることのない決戦の幕が、いま上がる。