機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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ユリシスは籠の外へ

 スペースコロニー、ブリュタールのターミナル。

 その貨物搬入口めがけて、連邦軍のモビルスーツ部隊がコロニーの空を飛ぶ。

「各個撃破されないよう、ひと塊になって突っ込むわ! 各自、射線に注意!」

 隊の先頭は重装甲モビルスーツであるグスタフ・カールに搭乗するナヴァロ・リード。

 フレキシブル・アームによって保持されたシールドを前面に構え、隊の前方を警戒しながら進む。

「毒ガスなんて、絶対にさせない! 雑魚はとっとと蹴散らす!」

 ガンダム・ユリシスに乗るシャーラ・サザナミが言う。

 グスタフ・カールの脇を固めるように、ユリシス(XF―01)はその右後方を飛んでいた。

 三機のジェガンもそれら二機に追従する。

「前のめりになりすぎると足元を……。────ッ、前方に敵機!」

 気が逸るシャーラを窘めようとしたナヴァロは、乗機のセンサーが敵モビルスーツを捉えたことに気づいた。

 ターミナルの貨物搬入用へと続く壁面に設けられた大型リフト、そこに二機のギラ・ドーガが陣取っている。

 敵機もまたナヴァロたちの接近に気づいたのか、背部のスラスターを噴射して迎撃のために飛び立とうとしていた。

 

 だが、そんなギラ・ドーガやナヴァロたちより早く行動するモビルスーツが一機。

 

 その機体は、ガンダム・ユリシス。

 ユリシスは背部のスラスターアームを駆動させ、驚異的な加速でグスタフ・カールを追い抜くと、ギラ・ドーガがリフトから飛び立つよりも先に腰部側面のビーム・カノンを起動する。

 そのまま間髪入れず、出力を最低に絞った一撃が放たれた。

 コロニーの空を裂く一本の細い光線。

 それはリフトを離れようとしていたギラ・ドーガの一体の右脚部を的確に撃ち抜き、飛び立とうと前傾姿勢になっていたことが災いしたその機体は、姿勢を大きく崩してリフトから落下。

 もう一機のギラ・ドーガが落ちていく僚機に気をとられていた隙を突き、ユリシスは素早く肉薄すると加速の勢いを殺さぬまま()()()()()()()()()()

 まるでサッカーボールを蹴るように、ギラ・ドーガの頭部が宙を舞う。メインカメラを喪失したことで、そのギラ・ドーガはリフトに倒れ込んだ。

「哨戒機はこの二体だけです!」

 何事もなかったかのようにリフト上方で滞空するユリシスが、その右腕部をぐいと動かしてナヴァロたちを招く。

 ものの十秒ほどで二機のモビルスーツを無力化したシャーラに、味方であるナヴァロや他の連邦軍パイロットたちすらも呆気にとられていた。

「……ここまでの差が出るわけ? ()()()()()()ってのは」

 先行したユリシスに追いつこうと機体を加速させながら、ナヴァロはシャーラに聞き取られないよう小声で呟く。

 呟かざるを得なかった。

 

 ナヴァロ・リードは間違いなく優秀なパイロットである。

 ほとんど単独で敵機の大半を撃破した記念館の戦闘が、彼女の卓越した技量を証明していた。

 だが、いまのナヴァロは理解している。

 ナヴァロ・リードはもうすぐ、シャーラ・サザナミに追い抜かれると。

 先ほどの一瞬、ナヴァロがセンサーの反応によって気づいたとき、既にシャーラは敵との距離を縮めるべくユリシスを加速させていた。

 しかしそれは、ユリシスのセンサーがグスタフ・カールのものより優れているからではない。

 シャーラは機体のセンサーが捉えるよりも先に、感覚によって理解(わか)っていたのだ。

 でなければ、あの反応速度はあり得ないとナヴァロは結論づける。

 そしてその驚異的な索敵能力によって得られたアドバンテージを最大限に活かし、誰一人殺すことなく二機のモビルスーツを瞬時に無力化した技術と判断能力もまた、非凡と言わざるを得なかった。

 何もかもが非凡。何もかもが別格。

 そう痛感したナヴァロの脳裏に、戦闘教本に載っていた()()()()の名前がよぎる。

 連邦の白い悪魔、アムロ・レイ。

 一年戦争におけるガンダムのパイロット、そして地球連邦宇宙軍の独立機動艦隊『ロンド・ベル隊』のエース。

 そのあまりにイレギュラーな活躍から、連邦軍のプロパガンダによって作り出された虚構の伝説とさえ言われている存在である。

 そのアムロ・レイを間近で見た者もきっとこういう気持ちになったのだろうと、ナヴァロは思った。

 

「上には上がいる、か……」

 未だ青春を謳歌する十代の少女に対して味方で良かったと安堵した自分の惨めさ、羨ましいと思ってしまった自分の不甲斐なさをナヴァロは心のなかで恥じながら、ユリシスと合流する。

「流石はガンダム。……いいえ、流石はシャーラ・サザナミね。もう私に教えることはないわ」

()()()()()()()()()、そうですね。ただ……」

 よほど言いにくいのか、えほんとわざとらしく咳払いをしたシャーラが言葉を続ける。

「……アタシ、尊敬できない大人に敬語は使わないんで。少尉はその……、もし姉がいたらこんな感じなんだろうな、とか」

 無線越しでも彼女が照れていることが伝わるほど歯切れの悪いその言葉に、ナヴァロは思わず笑ってしまった。

「可愛らしいことも言えるのね、貴方」

「生きるか死ぬかの戦場ですから。言いたいこととか、そういうのはちゃんと言っておきたくて」

「……その言葉、好きよ。いいわ、姉のように思ってくれれば」

 自分はとんだ勘違いをしかけていた、とナヴァロは己の愚かさを何より恥じた。

 能力が優れているからとか、大人だからとかいう理由で、ナヴァロ・リードはシャーラ・サザナミを守ろうとしていたのではないのだ。

 ナヴァロ・リードはシャーラ・サザナミが好きだから、守ろうとしているのだ。

 憎たらしいほど生意気で、けれど年相応の脆さや危うさもあって、反骨精神はあるけれど決して捻くれているわけではないこの少女を好きだから、ナヴァロは守りたいのだ。

 

 いよいよ搬入口へと乗り込むモビルスーツ隊を指揮しながら、彼女は隣に並ぶユリシスの機体に通信用のケーブルを繋げる。

「帰ったら、二人で何処かお店にでも行きましょう。お姉さんとして色々と相談に乗ってあげるわ。恋愛とかね」

「その点でも、少尉には特に教わることはないと思うんですけど」

「まったく、生意気な妹だわ」

 二人は笑った。

「生きて帰るわよ、シャーラ・サザナミ」

「はい、必ず」

 またひとつ、生きて帰るべき理由ができた。

 その思いを強くしたシャーラたちの前に、再び敵が現れる。

「前方、ズサ一機!」

 またしても機体のセンサーより早く気づいたシャーラが叫び、ナヴァロたちも反応した。

 AMX―102(ズサ)は両肩や腕部、大腿部や胸部など機体各部に大量のミサイルポッドが備わっており、頭頂高15メートルという小柄ながら高い火力を有するモビルスーツである。

 ここから先は通さないと言わんばかりに、ズサは搬入口からメンテナンスドックへと繋がる通路の床に脚部をつけ、固定砲台のように仁王立ちしていた。

 次の瞬間、パパパッという独特の発射音が連続し、ズサのミサイルポッドから一斉にミサイルが発射。

 蜂の巣から無数の蜂が襲い掛かるように、放たれた無数のミサイルが文字通りの弾幕となってシャーラたちに襲い掛かる。

 

「────全員、回避ッ!」

 

 ナヴァロが指示を飛ばすより先に、シャーラは動いていた。

 辛うじてモビルスーツの飛行が可能なほど狭い通路を、機体を水平にしながら天井に頭を擦りつけそうなほどぎりぎりの高度で進むユリシス。

 まったく速度を落とすことなく弾幕を掻いくぐりながら、ユリシスは火力の雨を投射するズサめがけて突っ込む。

「まったく、やってくれるわ! 突撃するガンダムを援護!」

 シールドによる防御と回避運動によってどうにか弾幕を凌ぐナヴァロは、命知らずとしか言いようがないシャーラの動きを目の当たりにして舌を巻く。

 だが、その果敢な突撃によってズサの意識はユリシスに向き、ナヴァロたちは態勢を

 ズサの両肩部ポッドから発射されたミサイルはそんな曲芸飛行じみた芸当で接近するユリシスを狙うが、直進してくることなど想定していなかったために、通路の壁を破壊するばかりで掠りもしない。

 瞬く間に、ユリシスはズサの頭上に到達。

「獲った────ッ!」

 シャーラが叫ぶ。

 ユリシスはスラスターの一斉噴射で瞬時に姿勢を変更すると、通路の壁を思い切り蹴ることで方向転換と加速を同時に行い、右腕部に構えたビームサーベルを眼前にまで迫ったズサの頭部めがけて振り下ろした。

 一刀両断。ズサは頭部から腰部にかけてをスパッと溶断され、停止した。

 

 しかし、身構えていないときにこそ死神は忍び寄る。

 

「シャーラ! 右を!」

 ナヴァロの声に、シャーラが右を向いた瞬間。

 通路の脇にある穴倉のように狭い空間で息を潜めていたギラ・ドーガから、シュツルム・ファウストが放たれる。

 回避運動、不可能。

 シャーラの脳裏に、これまでの出来事が走馬灯としてよぎる。

 発射されたシュツルム・ファウストは、まっすぐに突き進んでユリシスの胸部へ。

 その刹那。

 

 ガンダム・ユリシスを、そしてシャーラ・サザナミを守るように、ナヴァロ・リードのグスタフ・カールが我が身を盾にしようと割り込んだ。

 シャーラが声を発する間もなく、シュツルム・ファウストの弾頭が炸裂した。

 

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