【Web版】敵のおっぱいなら幾らでも揉めることに気づいた件について(なお、転生後の世界は若干シリアスな模様) 作:とがの丸夫
――ドゴオン!!
夜中の街で響くには大きすぎる破壊音が、断続的に響いてくる。
場違いで、聞く人によっては恐怖すら感じてしまいそうな暴力の音に、寝ていた俺は飛び起きるようにして事態の把握に努めた。
俺がいるのは彼女が住んでいるアパートから、かなり近い別のアパートに宿泊していた。
近いとは言ってもこの部屋から彼女のアパートを確認することは難しく、彼女の部屋を囲むようにして出入口に使えそうな場所全てに、特務の人間がセンサーを取り付けていた。
そしてそのセンサーの監視状況やログなんかは、俺が今住んでいる一室で全て確認ができるようになっている。
センサーの監視状況を確認するが、護衛対象である朱美が部屋から出たという記録はなく、今も聞こえてくるあの破壊音に彼女が関係している可能性が低いことが理解できた。
彼女はこの暴力的な破壊音が響いている中でも、普通であれば今は眠ってしまっている時間帯だ。
熟睡している人間は、例えかなりの大きな音でも自分に関係しない音では、中々起きることは無い。
だが、念のために彼女の携帯に電話を掛ける。
……30秒間コールを続けても彼女が出ることは無く、本格的に寝ているのだと思えた。
――ドゴオン!!
遠くない距離でまた大きな破壊音が響いてくる。
今は彼女も熟睡していると思われるが、この音が何度も続けば流石の彼女も起きるだろう。彼女と数日間関わって分かったことの一つに、彼女はホラーといったジャンルが苦手ということ。
もしも彼女がこの音に気付けば、驚きと同時に怖がってしまう可能性が高い。
そこまで考えた俺は念のため、何時でも動けるように彼女のアパートに向かった。
☆
「ん……空いている?」
朱美のアパートに到着した俺は、彼女の部屋のカギが空いていることに気付いた。
嫌な予感とともに部屋に入ると、彼女が寝ているであろうベッドには誰もいない。
それから部屋中を探し回ったが、彼女の気配すら感じられず、彼女が外に出ていることがその時になってようやくわかった。
おかしい、俺が部屋を出る前の監視ログを見たが、彼女が部屋を出たという記録はなかった。
それに、指定時間外での彼女の外出が確認できた場合、センターが作動して俺の携帯端末にアラートが表示されるようにもなっている。
つまり、彼女がセンサーに引っかかる形で外に出たのならば、俺が気づかないはずがないのだ。
彼女の携帯に再度電話を掛ける。
しかし、彼女の携帯の着信音が、静まり返った部屋に響くのみで、誰かが通話に出ることは無かった。
俺は自分の失態をそこになってようやく気付く。
彼女にこの間伝えてしまった情報、センサー、GPS、救難信号。
能力の発現したてで、且つ訓練のようなものを行っていない彼女だが、それでも電子系のPE能力者に変わりはない。
むしろ、そういった知識や技術的な面で言ってしまえば、電子系のPR能力者には訓練のようなものが、そもそも必要ないという事を失念していた。
急いで彼女を探さなくては行けないが、その手掛かりも全てここにある。
彼女が何時、何処からこの部屋から出ていったのか、彼女がこんな夜中に部屋を抜け出す目的、全ての彼女に繋がるための情報が無い。
――ドゴオン!!
「まさかな……」
俺の心境などお構いなしに聞こえてくる、暴力の音に、俺は冷や汗を流した。
☆
「はあ、はあ、はあ!」
ジョーカーが朱美の部屋に辿り着き、彼女が居ない事に気付いたとき。
朱美は息を切らしながら、慣れない全力疾走に息を切らしながらも、必死に足を動かしていた。
「あっはっはっは! いいわねえ! まるで蠅のように逃げるじゃない!」
何故、彼女がこうまで必死に逃げているのか、それは高笑いをしながら追いかけてくる一人の女性の姿と。
「にゃぁ」
朱美が抱えている足を怪我している猫と、必死に逃げるように走る状況から、大体の人がなんとなくでも理解できるだろう。
「はあ、はあ……だ、だいじょう、ぶだから……はあ、はあ!」
痛いほどに鼓動を刻む心臓と、普段運動などで使用されていない肺、そして走ること自体年単位で存在しなかった彼女は。全身に感じる苦痛を表情に出さないよう努めながら、自身が抱えている猫にどうにか歪な笑顔を向ける。
「私が、ま、まもる、から!」
朱美は小さな命を抱えているがゆえに、映像ではなく初めてみる敵から、逃げ切る計画もない逃走を続けていた。
☆
十数分前――
「ふぅ、やっぱりPE能力って凄いのね、センサーのシステムを書き換えちゃうなんて。少し前の私だったら絶対に信じないわ」
ジョーカーの護衛対象である朱美は、独り言を呟きながら、夜の住宅街を歩いていた。
手には猫のおやつとして人気な、猫用のお菓子と、牛乳を片手に。本来であれば家にいるはずの朱美は、悠々と歩みを進める。
朱美は数日前、ジョーカーから聞かされたセンサーの話から、ジョーカーの護衛が無くなるタイミングを見計らって、センサーをどうにか出来ないかと、試行錯誤を繰り返していた。
彼女にはどうしても、この時間帯に外に出なくてはいけない理由があった。
初めは無力化なんてことを考えることは無く、センサーを破壊してでも外に出るつもりだった。
そう思いながら確認したセンサーは、何故か初めて見るはずの機械なのにも関わらず。まるで直接頭に情報を叩き込むような感覚とともに、センサーの作り、システムの構造、それ以外の情報全てを理解してしまった。
確かにPE能力は訓練を要する、しかしそれは発現するPE能力で破壊力を伴うモノが多かったのが主な理由だ。
逆に、朱美のような殺傷力や破壊性能を持たないPE能力の場合、訓練自体が必要ないケースもある。
そして、外に出たいという一心だった彼女は、自分でも気付かないうちに能力を使用していた。そしてセンサーに関する情報を瞬時に理解し、通常では不可能なシステムのオーバーロード、上書きを行った。
センサーが自身を認識しなくなったことも何となく理解した彼女は、自分の位置を知らせてしまう、GPS兼信号発信機になっているストラップを部屋に置くことで、ジョーカーにバレることなく、夜中の街に繰り出すことが出来てしまった。
目的地までの途中、コンビニで買った猫用おやつと牛乳の入ったビニール袋を片手に、鼻歌交じりに。この時間でないと行けない目的地を目指していた。
「ふぅ、ついたー。何日来れてなかったんだろう……今日はいるかなぁ?」
そうして朱美の到着した場所は、取り壊し予定の廃ビルだった。
取り壊し予定ということもあり、一般人が入らないように引かれている警告ロープを潜ると、慣れた様子で迷うことなく廃ビルの中に入っていく。
「おーい、ご飯持ってきたぞおー? 出ておいでー」
彼女の声が、ビルの中に木霊する。
暫く彼女以外の気配が一切感じられなかった空間に、静かにもう一つの気配が混じる。
薄暗い光から抜け出来るようにして、一匹の猫が姿を現す。
「にゃあ」
「あ! 久しぶりーみーちゃん! 元気してたー!?」
みーちゃんとは、彼女が目の前の猫に付けた名前。
あのアパートに住むようになってから、朱美はたまたま見つけたこの廃ビルから聞こえてきた、鳴き声に導かれるようにしてみーちゃんと出会った。
野生の猫の殆どが、人間に寄り付いたりしない。近づくだけでも逃げるし、最悪引っ搔き傷を負わせてくる場合もある。
しかし、朱美が出会った猫は元々家猫だったのか分からないが、朱美が近づいても逃げることは無く、むしろ体を擦りつけるようにして彼女を歓迎した。
出会いから今日まで、朱美は定期的に夜中にこうして食べ物と飲み水を買っては、みーちゃんと勝手に名付けた猫に会いに来ていた。
みーちゃんは朱美にとって特別な存在だった。
朱美はジョーカーに一つ言っていないことがあった。それは、彼女には友達が居ないということ。
元々地頭がよく、特に計算や科学といった分野に優れ、学生時代から彼女は天才と呼ばれた。
そして始まったのが小学高学年になったとき、彼女はいじめをされかけた。
当時の彼女は、自分にいじめを行おうとした女子生徒に対して、そのまんまやられたことをやり返すことで撃退した。
それから彼女にいじめを行おうとする生徒たちを、彼女は真正面から叩き潰していった。
幸い、暴力沙汰になることはなかったが、そのせいで中学で彼女に話しかける同級生はおらず。
高校に上がっても、同じ中学だった同級生も一緒に入学したことによって、彼女の異端性は1か月も掛からずに広まった。
さらに、朱美は高校でもその学力の高さから近寄りがたい存在になっていた。
彼女自身、他の人と話すことに飢えているということなく、むしろ円満な学生生活だと思っていた。
そうして一人暮らしを始めた時に出来た初めての友人が、人間ではなく一匹の猫のみーちゃんだった。
初めてできた友達は、何時しか彼女の支えの一部になっていた。
その日嫌なことがあれば、みーちゃんに愚痴を溢し。
嬉しいことがあれば、みーちゃんに楽しそうに報告した。
相手は言葉を解せない生き物だったが、それでも初めてできた友達との会話は、朱美という人間の見る世界を変えていった。
自分より先に死んでしまう相手だとわかっていた、数年以内に別れがくるだろうし、今日あったからと言って明日以降会えることが保証された相手でもない。
だからこそ、朱美はいつ終わるか分からない繋がりを、大切にしていた。
自分にPE能力が発現し、身の安全とともに国が作った機関の一つである特務へと、就職先が流れるように決まってしまった。
就職が決まったとはいえ、バックに国を持つ機関、安易にやっぱり嫌ですなんてことは流石の彼女でも言えなかった。
普通の会社に就職したとしても、周りと上手くやれる自信もない。それなら、研究職という枠で元々好きだった分野にのめり込もうと思った。
当然、彼女にとって唯一の友人であり親友であるみーちゃんに、報告しようとした。
だが、それはジョーカーが来たことで難しくなってしまった。
今から考えれば、素直に言えばよかったと思っている。
彼から聞いた話では、かなり自由が利く場所と思われる特務なら、もしかしたらみーちゃんも一緒に行けたのかもしれない。
だが、彼女の数少ないプライドの1つがその言葉を止めてしまった。
初めて出来るかもしれない人間の友人に、自分の過去を知られたくなかった。
彼なら笑わないと思えた、いつもは汚い言葉を使ったりもするし、考え方からして朱美と違う彼だったが。
それでも自分と話している時の彼の通りなら、私が本当に嫌がったり傷つくようなことは言わないだろう。ただしからかったり、バカにするのは簡単に想像できた朱美は、まだ期間があるという免罪符を持って、まずはみーちゃんに確認しようとした。
「みーちゃんは私と一緒に特務に行ってくれる? 私、貴方と会えなくなるのは寂しいな、一緒に来てくれるなら、向こうでも楽しく過ごせそうなんだけど……」
「にゃあ」
自分の言っていることは伝わってないだろう、それでもみーちゃんは彼女に体を擦りつけるようにして、周囲を回る。
「みーちゃんが他の猫さんと一緒にいるところ見たことないわ。だからもしも、貴方も一人なら一緒に行ってくれない?」
「ゴロゴロゴロ」
そう言いながら顎の下を撫でると、みーちゃんの猫独特のゴロゴロ音を響かせる。
その様子に自然と笑みがこぼれてしまうことに気付いた朱美は、1つ頷く。
「うん、そうよね。貴方も一人、私も一人、だから一緒だよね? 向こうは美味しいご飯いっぱいだよ」
「にゃ!」
ご飯というキーワードに、みーちゃんが強い反応を示す。
普段から出会うたびに、ご飯というキーワードを連呼していたこともあり、みーちゃんにとってご飯とは魔法の言葉だった。
「ふふ、やっぱりみーちゃんも美味しいもの食べたいよね……よし、決まりね! 明日、ジョーカーに聞いてみるね」
「にゃー?」
「大丈夫! 私のPE能力ってかなりレアっぽいし、みーちゃん一人ぐらい楽勝よ!」
朱美は一人満足そうな笑みを浮かべながら、向けられたみーちゃんのお尻を小刻みに叩く。
猫の愛情表現の一つを、こうして彼女に許していることからも、彼女と目の前の猫の関係性を物語っていた。
そうして、最近構えなかった分もと考えていた朱美だったが、それは招かれざる者の登場によって中断させられる。
「あーら、先に貴方を勧誘しようと思っていたのに、もう就職先決まっちゃったのお?」
聞いたことの無い声が、ビルに響いたことで、さっきまでほのぼのとしていた空気が一瞬にして凍る。
「だれ?」
「シャー!」
ゴロゴロと鳴いていたみーちゃんは毛を逆立てて威嚇し、朱美も突然現れた、自分を知っている存在を前に警戒を強める。
そして声の主が姿をゆっくりと現す。
首から下はマントに隠されて見えないが、軽くウェーブのかかった長い黒髪と、不気味に吊り上がった表情を見せる一人の女性が、夜中の月明かりに照らされるようにして、近づいてくる。
「こんばんわ、こんな夜遅くに外に出ちゃ危ないわよ。美人な敵に、襲われちゃうかもしれないから。初めまして、私の名前はパトラ。貴方を攫いに来た美人な敵よ」
そういったパトラは不気味な笑みを強めた。