【Web版】敵のおっぱいなら幾らでも揉めることに気づいた件について(なお、転生後の世界は若干シリアスな模様) 作:とがの丸夫
「『変身』」
ひとりでに動いた俺の口がそう呟いた。
最初に変身したときと同じように、俺の体を中心として強烈な光が夜空に放たれた。
「あら、これで本気になってくれたのかしら?」
光が収まり、地面に着地した俺を見たパトラが上機嫌に口を開く。
「済まなかったな。こっからは本気の本気だ」
パトラにそう答えた俺の姿は、最初の変身の時のような全身白タイツではなく、白を基調とした戦闘服へと変わっていた。
全身の変化も著しいが特に顕著なのは首から上だ。野ざらしだった時とは違い、頭全体を包み込むヘルメットを被っている。
(久しぶりにこの状態になったな……)
顔を覆うヘルメットを手でなぞりながら、懐かしい感触に頬が緩む。
だが全身に受けたダメージは大きく、この状態だったとしても長く戦うことはできない。狙うのは短期戦。
「今の貴方なら、私も全力を出せそうね。期待してもいいのかしら? ヒーローさん」
「はは、全力ぐらい幾らでも出させてやるさ。だが俺を失望させるなよ、敵」
最初に交わした挑発を再現するが、その時のような空気感ではなく。
今にも空間が軋みを上げるのではないかという力の圧を、お互いが相手に向けていた。
「そ、じゃあさっそくはじめ――」
「よーいドンは、無いんだろ?」
「――ッ!?」
これ以上の会話は要らない。
俺はパトラが話しているのも構わず接近、そのままパトラの無防備な腹に蹴りを叩きこむ。
「んぐふっ!」
「どうした、さっきのように攻めてこないのか?」
「なめないでよねえ!」
俺の不意の一撃を受け、パトラが怯むが。
一喝とともに態勢を整え、突撃してくる。
そこから俺達は近距離で戦い続けた。
片方が拳を振るえば片方がそれを受ける、若しくは流しながらカウンターを打ち返す。
相手に一撃加われば、負けじと一撃を加え返す。
当たりに重い衝撃が響き渡る中、衝撃の中心点で一歩も引くことなく打ち合った。
最初は拮抗、しかし次第に形勢が傾き始める。
形勢が変わるに従い、互いの表情も変化していく。
「あらぁ? なんだか苦しそうねぇ、ヒーローさん?」
「はっ! まだまだ、これからさ!」
パトラは余裕の笑みを、そして俺はヘルメットで表情を隠せているが、そこには憎々し気な表情を浮かべていた。
隠せているとは思っていたが、パトラには俺が辛そうにしていることなど手に取るように分かっているようだった。
「ほらほら、頑張りなさいっな!」
パトラの掛け声とともに、俺の体が強烈な衝撃とともに真横に吹き飛ばされる。
(なに!? どこから攻撃を……)
戦闘に全神経を集中させていたのだ、パトラの足の先から頭のてっぺんまで、見逃すことなく戦えていたはずだった。
油断もなく、隙も無かったはずの不意を突いた下手人を探す。
(あれは……)
俺が吹き飛ばされる直前まで立っていた場所に目を向けると、そこには地面から生えるように赤く光る棒のようなものが、全身を縦横無尽に捻らせていた。
「お馬鹿ね、私のローズウィップはPE能力。ただの鞭な分けないじゃない」
まんまとトラップに掛かったとパトラが嘲笑の笑みを浮かべる。
「ちぃ! 自由に動かせる武器とかズル過ぎるだろ……!」
「戦いにズルも正々堂々もないわ、気が付かなかった貴方が間抜けなだけよ」
地面から生えていたローズウィップは地面に勢いよく埋まっていき。
同時にパトラの足元に空いていた穴、恐らくそこから俺に不意打ちをした場所まで移動したのだろう。
その穴から出てきた先ほどのローズウィップが、パトラが纏っている赤い光の一本に収まる。
「なんつう器用なことしてんだ。そのくせ接近戦もできるとか、どれだけハイスペックなんだよアンタ!」
「単純なPEの出力に頼ってるだけじゃ生きていけないのよ。私の住んでいる世界はね!」
パトラが吠える。
パトラが纏っていたローズウィップの何本かが彼女の体から外れ、まるで一本一本に意志が宿っていると思わせる動きで迫る。
その光景に先ほど受けた衝撃を思い出して眉を顰める。
(あんなもの、そう何度も食らえる代物じゃない)
どうにか回避行動を取ることでローズウィップの何本かを避けるが、避け切れなかった一本の攻撃が当たってしまう。
重い衝撃とともに体が吹き飛ばされる。
「あっはっはっは! ほらほらあ、しっかり避けないと危ないわよぉ?」
心底嬉しそうなパトラが笑う。
だが陽気なパトラとは逆に、俺を襲うローズウィップの一本一本が無慈悲に攻撃を繰り出し続ける。
「まるで踊ってるみたいじゃない……それならもっと踊ってもらおうかしら!」
パトラは体に纏っているローズウィップを更に攻撃に加え、俺を狙う数が倍近くまで膨れてしまう。
それはとても避け切れる量ではなく、解けきれなかったローズウィップの攻撃が何度も当たってしまう。
「グッ! ガアッ!」
思い切り投げ飛ばされたゴムボールのように、俺はローズウィップの輪の中で吹き飛ばされ続けた。
(こ、このままじゃ……マジで、死んじまう……どうにかしないと)
朦朧とする意識の中でどうにか突破口を探ろうとするが、全身を襲う打撃による痛みと衝撃に、思考が一向にまとまらない俺はなす術もなく次第に思考すら儘ならなくなってしまう。
(あれ? おれ、なにしてたっけ……なんでこんなに視界が、ぐるぐるしてるんだ?)
もはや痛覚はなく、自分がどんな状況にいるのかも、何をしているのかも分からなくなった時だった。
「まったく、最初は良かったのに……とんだ期待外れね。もういいわ、貴方をさっさと殺してあの子、朱美ちゃんの所に行こうかしら」
パトラの何気なく呟いた言葉が、どうしてか衝撃の渦の中にいるはずの俺の耳に、ハッキリと響いた。
(あけ、み……どこ……だ。 あんしん、しろ。おれ。ま、もる……から)
回らない思考の中でも、朱美を守る思いだけは残っていた。
俺をヒーローと言ってくれた。カッコいいと言ってくれた。
初めてあった日に、俺の欲求を受け止め、少しでも理解を示してくれた優しい彼女の笑顔が思い浮かぶ。
感覚が無くなっているはずなのに、手は彼女の柔らかさを覚えていた。
小さいのに、暖かくて……幸せだった。心地よかったあの感触が、鮮明に脳内をフラッシュバックする。
彼女は言ってくれた……”幾らでもおっぱいをもん”違う違う、それじゃない。
彼女は言ってくれた……”カッコいいところを見せて”と。
今の自分を見てみろ、これの何処がカッコいいんだ……。力が戻ったからなんだ、何も成せてないじゃないか。
成さなければならない、あの子にカッコいいと思われるために。泥臭くても立ち上がらなければ。
(体が、うご、かない……)
だが……体が動かなかった。
わかっていた。土壇場の覚醒なんてものは現実にはあり得ない。
主人公なら、ここで立ち上がるだろう。たった一つの思いだけで、地面を踏みしめ、天に拳を突き上げ。猛々しい咆哮を上げて敵に立ち向かうだろう。
しかしこれは現実だ。用意されるのは容易に予測できる結末と結果。過程は数多ある事実の積み重なりでしかなく、理不尽に納得させられるだけだ。
起死回生の一手は用意された手法でしかなく、切り札なんてものすら持たない俺が出来ることは殆どない。
主人公なら、ここで新しい力に目覚めるだろう。相手の作った奇跡的な隙を突き、一発逆転の一手を打ち。敵を打ち果たすという結果を手に入れることだろう。
だが俺は主人公じゃない。
ただ人より少し力があっただけ、なんの役にも立たない前世の記憶を持つだけの、量産型のキャラクターだ。
守りたいモノだってある、その覚悟も持ってる。ある程度の力だって持っている。
しかし、決定的なモノを持っていなかった。それが物語の主人公とモブを分ける壁であり、その壁を通ることが出来るたった一つの通行手形。
何とも言い訳ばかりじゃないか。一度死んだとしても、覚悟を改めたとしても、いやはやどうして性根の部分は変わらないようだ。
起死回生の一手を持たず、逆転の一手を作ることも出来ない。だがドローになら出来るかもしれない。
主人公になれない俺が持っているものがあるとするなら、それはたった一つ……命を捨ててでも成し遂げる覚悟。
生き残るため手法じゃない。
勝つための手段じゃない。
死んででも成し遂げるための、意地汚いイタチの最後っ屁だ。
(ち……もっと、揉んでおくんだったぜ)
何処までも締まりの悪い悪態とともに、俺は体内に残っているPEに意識を向ける。
今のままのPE量ではまったくもって足りない。俺が欲しいのは薪をくべて燃える火ではない。
たった少量でも、混ざった瞬間に何千倍、何万倍もの現象を起こす爆発だ。
材料はあるが火力が足りない……ならば足すしかない。捨てる覚悟は出来ている。
命の炎を燃やす不思議な液体を1滴。不思議と穏やかな気持ちで行えたその動作は、最小の動きで最大の効果を発揮した。
不思議な液体を1滴垂らす……
ドゴオオオオオオオオ!
俺の中にある力が爆発した。
収まりきらないほどに膨張したPEが体から放出され、俺を囲んでいたローズウィップ事吹き飛ばす。
「な、なに!? あれだけの力を何処から……!? ま、まさか……」
パトラが何かを呟くが、俺はその続きを聞くことは無く。力を乱雑に開放する。
パトラが思い至った答えは、多分正解だろう。
今の俺の状態をソニックが見ればこう答えただろう。
【暴走】
(だけど、これじゃあだめだ。このままじゃ街中への被害が大きくなる。朱美も巻き込んでしまう)
必要なのは無法な力じゃない。たった一撃、目の前の敵に向かって放つ必殺の一撃。
それはただの暴走では無理だ。だから最後の一手、盤上をしたからすくいあげる下法。
「『変……身』」
求めるは敵を殺しきる泥臭くも、原初から続く闘争中で叩かれ。削られ。研磨された獣のごとき必殺の一撃。
その前後に自身の身の有無を見ず。視界を占めるは最後に打ち果たされた敵の姿のみだった。
今日3度目になる光が、俺を包んだ。
もうそろそろ1章の終わりが近いですね。