【Web版】敵のおっぱいなら幾らでも揉めることに気づいた件について(なお、転生後の世界は若干シリアスな模様) 作:とがの丸夫
「『変……身』」
俺の言葉がパトラに聞こえていたのか、そして彼女がどんな様子を見せていたのかは分からなかった。
彼女のことを気にする余裕が俺にはなかったのだ。それは制御しきれないほどのPEの奔流の中で、無理矢理に自分の力へと形作ろうとすることだけに全神経を集中させていたからだった。
全身を包む心地よい浮遊感に眠気を感じつつも、手だけは動かした。
水の配分を間違えた泥の中で、必死に球体を作ろうとするような感覚。
力を籠めれば指の隙間から抜けていく力、それでも握りこんだ拳の中で少しでも形として固まればそれでいい。後は同じことを何回でも繰り返せばいいだけだ。
光に包まれた世界で徐々にすり減っていく自意識を何とか保ちながら、無心で手を動かす。
指先ほどの球体が次第に拳ほどの大きさになる、球体が大きくなるにつれて耐えがたい眠気が待っていたとばかりに襲ってくる。
まだ寝るわけにはいかない、これだけじゃパトラに勝てないかもしれないから。
拳ほどの球体が、両手に抱えるほどまで大きくなる。
これならいけるかもしれない。確実にパトラを……殺せるかもしれない。
敵でも助けたいなどと、よく言えたものだ。やっぱり俺はヒーローにはなれないのかもしれない。
だがしかたがない、物事には優先順位がある。両方助けられないなら、より優先度の高い方を助けるしかないじゃないか。
両方を助けるなんて傲慢は、一部の傑物のみに許された特権だ。
だから諦める。
パトラを諦め、朱美を助ける。
より優先順位の高い方を……
もはや抵抗する気力もなく、俺は静かに意識を手放した。
パトラは目の前の光景を信じられない思い出見つめていた。
【暴走】それはPE能力者が一生抱える爆弾のようなものであり、大なり小なり彼らは自身の力に恐怖を覚えている。
目の前で実際に暴走したものを見たことがあるPE能力者からすれば、それは顕著に表れる。
それほどまでに暴走は危険な代物だった。
(わざと……ジョーカーはわざと暴走した。だけど違う、あれは暴走なんかじゃない)
だが、それは限りなく暴走状態と言えた。
言うなればリミッターを外したまま、許容を優に超えるほどの燃料を投下し続けいるような状態。いつ、どこが爆発してもおかしくないほどの危うさを孕んだ、一種の時限爆弾だ。
パトラは暴走したPE能力者を見たことがあった。だから知っていた、だからこそ目の前の光景が単純な暴走ではないことに気が付けた。
しかし、何もできない。どこまでも自信に満ち溢れ、誇り高き孤高を掲げる彼女だったが。それ以上にクレバーな思考から、手を出せば巻き込まれると分析できてしまったからだ。
パトラがこの世に生を賜ってから今日まで、初めて生物的な恐怖を無意識ながらに感じ取ってしまったのだ。
故に、ジョーカーは何者にも邪魔されることなく、その力を作り上げてしまう。
後にこの力に名前が付くとき、それはあまりの危険性から嫌悪すべき力として広まっていく。だが今この瞬間だけは違った、未だその大半がなぞに包まれているPE能力者の隠された新な可能性が、世界に産声を上げた瞬間だった。
パトラは次の瞬間、世界が静止した錯覚に襲われた。
今まで激しく無秩序に溢れていたPEの力が、夜の世界を全て照らしてしまうと思えるほどの強烈な光が、一瞬にして搔き消えたのだ。
一気に暗闇を取り戻した世界で、パトラは必死に目を凝らした。彼女が視線を向ける先は、先ほどまで言葉では言い表せない現象を起こしていた発生点。
そこにいるはずのジョーカーを確認するために、パトラは全身の感覚器官全てを総動員した。一瞬でも気をそらせば取られるのは己の心臓だと確信していたからだ。
だが……無意味。
「グルルゥ」
「――ッ!?」
耳元で獣の唸りが聞こえたと思った次の瞬間。
世界が急速に加速していくなか意識だけを残しパトラの体は壁に激突していた。
「がはぁっ!?」
何が起きたの変わらず、パトラは自身を攻撃したであろう唸り声の主と、ジョーカーの姿を探す。
パトラを攻撃したであろう存在の姿はすぐに確認できた、だがそれは人の形を成してはいる以外の表現がパトラには浮かばなかった。
辛うじて言葉にするなら、”人の形をした怪物”が一番近いのかもしれない。
全身は白く、腕と足は異様なまでに、それこそ人の腰ほどの太さ並みに大きく、そこからは鋭利な爪のようなものが生えている。
胸にあたるであろう部位には装甲の類はなく、ただ胸の中央付近が青く光を放っていた。
そして唸り声をあげる頭部には無機物で作られた恐ろしい獣の顔をしている。
化け物のなりそこなったジョーカー、それがパトラを強襲した者の正体だった。
力を抜いているのか、両腕がだらりと力なく垂れてはいるが、その腕から繰り出される威力はすでに身を持って体験していたパトラは、ゆっくりを起き上がりながらも警戒を最大まで高める。
攻撃によってか、それとも衝突したときの衝撃によってか、パトラの口の中には血が充満していた。
「ペッ……やってくれるわね。まさかここまでするなんて、ただのお馬鹿さんじゃないってことかしら?」
あくまで余裕を崩さない。虚勢だろうが何だろうが、今のジョーカーに怯えの一つでも見せなければ。次の瞬間には自身の頭と胴体がお別れをする未来がパトラには見えていた。
震えそうになる顎に歯ぎしりするほどに力を入れ。引きつる頬には強者の笑みをもって覚悟を固める。
この時すでにパトラの中で目の前の存在から逃げるといった思考はなく、五体満足で生き残れるなどという楽観は捨てていた。
それほどまでに先の一撃と、目の前に佇むジョーカーの姿は。パトラの脳裏に濃厚なまでの死を告げていた。
「やってやろうじゃない……今までだってそうしてきた、勝てない戦いに私は何度だって打ち勝ってきた……別に特別な日じゃない。いつも通り、何ら変わらないくそったれな1日よ」
生きるために死ぬ気で戦う、それはパトラにとって両親を殺した日からの日常だった。
だからこそ迷いはなかった。
「化け物になったぐらいで、この私に勝ったと思うんじゃないわよ!」
体に残るPEを全て消費する勢いでPE能力を発動させる。
パトラ自身伏せ札を持っているわけでもない、むしろ今パトラがローズウィップを複数個操り、そして身に纏っている力こそがパトラ唯一の伏せ札だった。
先ほどまでの戦闘で多大に消費していたPEが空になるまで力を籠める、体の内から力が抜けていく感覚と比例し、ローズウィップの赤い輝きは強さを増していく。
だが、それは人外と言われるPE能力者の範疇を出なかった。
一方、今のジョーカーはその境界線を容易く超えていた。
未だ動きを見せないジョーカーにパトラのローズウィップ達が攻撃を仕掛ける。
「グルゥ……」
ジョーカーはそれを受けてもなお、一切の動きを見せず。まるでローズウィップの存在など認識していないのではないかと思えるほどだった。
だが、パトラの全力ともいえる攻撃は、ジョーカーの体に当たるたびに強烈な余波まで発生させている。
単純に、今のジョーカーが硬すぎるのだ。
故にいくら強化を施そうとも、いくら無数の攻撃を繰り出そうとも。ジョーカーに認識すらもたれない。
しかし不幸なことに、ジョーカーが唯一認識する存在がこの場にいた。
「――ッ! その目は何よ……少し見た目が変わったからって、私を敵とすら認識してないその目」
パトラが歯ぎしりを起こすほどに歯を食いしばる。
現状では一切のダメージを与えれないと判断したパトラは、分散させていたローズウィップを一つに集束させる。
そうして出来上がったローズウィップの一撃を繰り出す。
迫りくる一撃を前にジョーカーが初めて動きを見せる。
パシン!
ジョーカーが動かしたのは右腕だった。
乾いた音とともにパトラの一撃を難なく受け止めたジョーカーが、姿勢を低くする。
まるで獲物に飛びかかる直前の獣のように。
「ガァッ!」
まずは腕。
ローズウィップを握っていた腕に重い衝撃を受ける。そしてとても耐えきれない威力を持った攻撃に、パトラの腕が持ち上がらなくなる。
次に反対の腕。
ジョーカーの狙いにパトラが気付き、体を無理矢理捻ることで回避を試みる。が、それでもジョーカーの攻撃はパトラの残る腕を行動不能に陥れる。
そして片足。
パトラは自分を支える片足の激痛により、膝をついてしまう。
瞬く間にパトラを襲った痛みと衝撃に、パトラの両腕はぶらりと力なく垂れさがり。
唯一被害のなかった片足でどうにか倒れないように、片足で体を支える。
反応のすべてが許されず。
抵抗のすべてが意味をなさない。
そして目の前に静かに佇む化け物を前に、絶望という現実を目の前にパトラの心は――
「例え首一つになっても、貴方を殺してやるわ。絶対に……」
――折れる様子を一切見せず、むしろより強固に、眼前の脅威を前に吠える。
瞳に怯えを見せず、牙を見せる。
ジョーカーはそんなパトラに一切の反応をせず、大きく後ろに跳躍する。
次の瞬間には首を落とされると予測していたパトラは呆気にとられる。だが跳躍後のジョーカーを見て納得する。
「ああ、そうなのね……私を殺したいわけじゃない。肉片残らず消し去りたいのね……」
跳躍したジョーカーは着地すると同時に姿勢を地面すれすれまで低くし、構える。
同時に右手が強く光を放ち、無慈悲なまでの一撃を準備しているのが見て取れた。
上半身が残るのなら、心臓が止まるまで攻撃を繰り出せたかもしれない。
首から上だけが残るのならば、首を落とされた次の瞬間にジョーカーに嚙みつくことが出来たのかもしれない。
だが、肉片一つとして残さないのであれば、もうパトラの中に手段が思い浮かぶことはなかった。
一撃で仕留めることが出来たはずなのに、わざわざ四肢の機能を奪った理由をパトラは明確に理解した。
打つ手がもう浮かばないパトラは、それでも最後の瞬間までジョーカーを睨みつける。
ジョーカーの手の光がさらに強まっていく。周囲の重力が膨れ上がっているように重く、大気を振動させる純粋な暴力が出来上がっていく。
(本当に、もう終わりみたいね……負けたなんて言わないわ、よくて引き分けね。そうでしょう? ジョーカー)
パトラはわかっていた、ジョーカーのあの状態が長く続かないということ。
そしてジョーカーの手に溜めているあの力が放出された瞬間、自分が消し飛び。そしてジョーカーの命も潰えるということを。
パトラが勝者のいない結末を予測し不敵に笑うのと、ジョーカーが走り出したのは同時だった。
だが、同時に動き出したのは3人だった。
ジョーカーが高速でパトラに詰め寄り、渾身の一撃を振りかぶる瞬間。
1つの小さな影が両者の間に現れる。
「殺しちゃダメ! ジョーカー!」
そう叫びながら異形の姿となっているジョーカーにすがるように抱き着いた。
くせ毛が目立ち、顔に不釣り合いなほど大きな黒縁眼鏡をかけた少女.……朱美は涙を流しながら、震える体をジョーカーに押し付ける。
「もう……もういいの。ジョーカー……だから、もう。が、頑張らないで……」
「ウゥ……」
今のジョーカーがどんな状態なのか、朱美には分からなかった。だがそれでも今の状態がジョーカーにとっていいモノだと言えない事だけは確かだった。
「そんなジョーカー……かっこよくないよお!」
朱美が叫ぶとジョーカーの異形の姿が崩れ始める。
あれほどパトラの強力な攻撃を受けても傷一つ付かなかった異形の外装が、砂のように細かく消えていく。
「お休みなさい。ジョーカー」
全ての外装が消えた後に残ったのは、ボロボロのヒーロースーツ姿のジョーカーだった。
結局ヒロインの涙には勝てないってハッキリわかんだね