魔人ちゃんはがんばらない【完結】   作:難民180301

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3. 蜜月

 たゆの告白を受け入れてから、私たちの暮らしは少し変わった。

 

 炊事洗濯掃除をたゆに丸投げして私は一日中だらけるのは変わらない。面倒なことはやりたくない。たゆも用事が終わればソファで一緒に無為な時間を過ごすのだけど、このとき解禁されたスキンシップが一番大きな変化だと思う。

 

 出会って間もない頃みたいに、たゆの太ももに乗っかり対面で抱き合う。私の背中をたゆの手が這い回り、シャツを捲くって素肌を直に刺激され、体中が熱くなっていく。

 

「たゆ、待って……」

「私、もう我慢しません。本当に嫌なら逃げてくださいね」

 

 たゆは何か吹っ切れたみたいで、私の体を弄ぶ手付きには躊躇とか容赦とかいうものが欠片もなかった。嫌なら逃げてとは言うけど、以前とは違いたゆは魔法少女の筋力でがっちり私を捕まえていて、逃がす気はまったくない。抱き合うたび私は立つのも難しいくらいぐちゃぐちゃにされ、お風呂に運ばれてまた快楽を体に叩き込まれる。

 

 毎日毎日気持ちよすぎて死ぬんじゃないかと怖くなる。だけどこの生活は気に入っている。食べて寝て好きなやつとおしゃべりしたりちゅーしたりするだけの日々。サイコーに怠惰でいかにも魔人らしいじゃない。

 

 ただ、私の方ばかりいい思いをするのは申し訳ないというか、正直敗北感がある。たゆのあのムチムチ巨乳ボディを攻略するのが最近の目標だ。一応首筋と胸が弱点なのは分かってきたので勝ち筋はある。あいつが蕩け顔でひいひい言ってる様が目に浮かぶぜ。

 

「たゆっ、まっへおねがい……!」

「んもー、今日はお姉さんがリードするって言ってたじゃないですかー。嘘つきお姉さんにはお仕置きですよ」

 

 ダメだった。普通にいつもの流れでドロドロにされて気づいたら朝になってた。

 

 感じやすいんだろうか。たゆの大きくて柔らかな体に包まれていると体が熱を帯び、どこを触られても気持ちいい。

 

 朝のベッドの中、言い訳みたいにそう言ってみるとたゆはジト目で、

 

「スケベ」

「……ロリコンに言われたくない」

「ロリコンじゃないです。好きになった人がたまたま幼女サイズだったんです」

「ちょっ、こら、まだ朝!」

「どうせやることないしいいじゃないですか。嫌ならもっと抵抗してください」

 

 たゆはとんだ変態に育ってしまったらしい。何しろ体格差があるので強く迫られたら抗えない。私は仕方なくたゆのいやらしい求めに応じてやっているのだ。仕方ないのだ。

 

 そうした爛れた日々が始まって数週間。

 

 私とたゆはリビングのソファで小休止していた。たゆの太ももに上半身を預け、何をするでもなくぼーっとする。ベランダの外には初夏の陽光が輝いて、遠くサイレンの音が聞こえてくる。

 

 室内には空調の音と、テレビから光と音が垂れ流しにされている。

 

『YY州楔野町で魔人が出現してから三週間が経ちました。魔人と共に姿を消した魔法少女パステルエッジさんの行方は、依然として分かっておりません。専門家のみなさんに話を伺いたいと思います』

 

 話題は私とたゆだった。このワイドショーに限らず、あのお弁当届け事件以来どこの局のどの番組も同じような話ばかりしている。

 

 司会に話を振られ、魔法少女研究歴50年の専門家というおじさんがしかつめらしく口を開く。

 

『この事件は魔人の恐ろしさを再確認させるものでした』

『と、おっしゃいますと?』

『皆さんご存知の通り、魔法少女が一般人を傷つけることはありえません。しかし今回、魔法少女によって五人の重軽傷者が出ています』

 

「死んでもいいや、くらいの気持ちでやったんだけどな……」

「どうどう」

 

 あの日捕まった私を助けに来たとき、たゆは一般人に魔法少女の力を振るった。大剣の腹でぶっ叩いたらしい。

 

『新人ならまだしも、あのトップランカー、パステルエッジさんがなぜそんなことをしたのか。魔人の情念にあてられたのです。魔が差し、闇堕ちを強いられたのです。ああ、恐ろしい』

『パステルエッジさんは現場から立ち去る際闇堕ちしていたとの情報もあり、闇狩りは「機構と連携し捜索を強化していく」とコメントしています』

 

 魔が差す。それと闇堕ちか。

 

 魔族を構成する負の情念に触れ、発狂したり攻撃的になったりすることを魔が差すという。その影響で装束と虹彩の色合いが変わった魔法少女を闇堕ちしたと表現する。

 

 もし、もしもだ。

 

 たゆが私と出会ったことで魔が差し、一般人を傷つけてまでここにいるのだとしたら。私のせいで正気を失い、闇堕ちしてしまったのだとしたら。まっとうな人としての生活を私が奪ってしまったことになる。

 

 私は助けられたあの日以来一歩も外に出ていない。外は警察車両と目を血走らせた必殺機構の連中がひしめいて、権能に守られたこのマンションから出られない。そしてたゆも「お姉さんを守るため」と言ってここに引きこもっている。もちろん学校にも通えていない。私のせいで、まともな14歳の女の子の人生を歪めている。

 

 私の権能にコストはない。私が私である限り使い放題なので、マンションの敷地内にいれば誰にも見つからないまま、半永久的に現状を維持できる。だけどそれはたゆにとって本当にいいことなのか。

 

 私とたゆは一緒にいてはいけないんじゃないか──

 

「はむっ!?」

 

 ぐいと体が持ち上げられ、唇を奪われる。長いまつげにタレ目、形のいい鼻がすぐそこにある。口の中に暖かくて柔らかいものが入ってきて、私の舌と絡まり合う。

 

 どれくらい経っただろうか、顔を離すと銀の糸が引かれ、それはたゆの鎖骨を伝い、垂れたしずくが胸の谷間に落ちていく。

 

 たゆは紅潮した頬をぷくっと膨らませていた。

 

「お姉さん、変なこと考えたでしょ」

「……変なことって?」

「自分のせいで闇堕ちさせたとか、一緒にいていいのかとか」

 

 エスパーかこいつ。いや魔法少女だな。

 

 たゆは不意に立ち上がり、その体が黒い靄に包まれる。魔法少女の変身だ。

 

 靄が晴れた後のたゆの装束は、元のパステルカラーから一変していた。黒を基調としたドレス。ひらひらしていたフリルやリボンが一掃され、代わりにエッジの利いたプレートアーマーが肩や肘に配置され、全体的に鋭い印象を受ける。ハートを象る大剣は半ばまで黒く穢れ、先端部に元のパステルカラーの名残がある。

 

 ゆるふわパステルから、トゲトゲダークに闇堕ちしていた。

 

「私は私の意思でお姉さんを好きになりました。私の意思でこの世界を呪いました。寂しくて寒くて、誰も彼もが誰かを傷つけることしか考えていないこの世界を呪ったから──」

「魔が差してない証拠は?」

「ちゅーしたじゃないですかっ!」

「なんでもかんでもちゅーでゴリ押しすな。──ふふっ」

「何笑ってんですか!」

 

 こいつは変わってない。見た目がどれだけ変わっても、脳死でアホで純情で一本気で一直線なところはなんにも変わってない。実にこいつらしい。

 

 なら私も私らしくあるべきだろう。食べて寝て気持ちよくなるだけ、面倒なことは何もしない無為で無意味な怠惰生活。細かいことは考えず、何かをしたいと考えず、ただあるがままの快楽を受け入れる。それが怠惰の魔人ってものだ。

 

「分かった。もう余計なことは考えないよ」

「分かってくれたならいいんです」

「それより、んっ」

「ん?」

 

 両腕を開いてうぇるかむのポーズ。体が火照って仕方ない。

 

「そっちがその気にさせたんだから。お昼まで、しよ?」

「……ほんっと、すけべですね」

 

 たゆは闇堕ち衣装のまま、襲いかかってきた。

 

 快楽の波に溺れながら、少しでも反撃しようと必死で手を動かす。それでも私の体を私より知り尽くしたたゆには全然敵わなくて、私ばっかり喉が枯れそうになる。

 

 ろくに考えることもしない怠惰な生活。とても幸せで満ち足りている。

 

 だから私は──致命的な失敗に気づかなかった。

 

 怠惰の魔人として絶対にしてはならない考え。それに気づくどころか、違和感すら覚えなかった。

 

 幸せな生活はすでにこのとき、崩壊を始めていたというのに。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 崩壊の兆しは、胸の痛みから始まった。

 

「い……っ」

 

 痛いの三文字すら言えないほどの、臓腑を焼けた鉄でかき回されるような灼熱の激痛。いや、実際されたことがあるから分かる、この痛みはあれよりもはるかに強い。

 

 たゆはキッチンで洗い物をしていて私はソファの背もたれに隠れて見えないから、助けを呼ぶこともできない。呼吸さえできなくなり、窒息で何度か失神していると、ようやく緩やかに痛みが引いていった。

 

 どう考えても変だった。私は怠惰の魔人ちゃんだ。どんな病原菌にも侵されないし不養生と不摂生の限りを尽くしても体調を崩すことはない。急に動けなくなるほどの痛みに襲われるなんてあり得ない。

 

「おねーさんっ」

「はぇ」

 

 困惑して胸の痛んだところをさすっていると、背もたれの上からにゅっとたゆが顔を出した。

 

「私、由立たゆっていいます」

「……痴呆? それとも記憶喪失?」

「ちーがーいーまーすぅー!」

 

 今更何を自己紹介してんだこいつ。

 

 たゆはささっとソファを回り込み、寝転んでぐだーっと垂らしてた私の手を両手で握り、餌にがっつく大型犬みたく詰め寄ってきた。

 

「会ってすぐのころ、名前を知らない方がいい感じの距離感になるって言ってたじゃないですか」

「そうだっけ」

 

 言ったような言ってないような。

 

「そうなんです。それでそれで、今の私たち、もうほとんどゼロ距離ですよね?」

「ふむ」

「だからお姉さんの名前、教えてください!」

「無理」

「じゃあ体に聞きます!」

「ちょっとやめろやめてやめろコラァ!」

「痛い!」

 

 息をするように手を服の下に入れてきて気持ちいい尋問を始めようとするので、角を生やして額を小突いてやった。たゆが額を抑えて涙目の上目遣いで抗議してくるけど、いくら聞かれても答えようがない。

 

「私はただの怠惰の魔人ちゃんだよ。名前なんてない。お姉さんでいいさ」

 

 二年前に生まれて以来、私の自己認識は怠惰の魔人である自覚だけで、個別名はない。何もしないことが役割だから特に困らないし、これからも困らないと思う。私を知るただ一人にはお姉さんと呼ばれ慣れているし。

 

 なのにたゆは何が気に入らないのか、決然とした顔で立ち上がった。私の脇に手を入れて持ち上げ、たゆの太ももに座らせる形で落ち着く。太ももとおっぱいの柔らかさに包まれ、ついさっきまで感じていた胸の痛みが幻みたいに思える。

 

「お姉さんの名前を決める会議を始めたいと思います。意見のある人は挙手をはーいどうぞお姉さん!」

「おいコラ」

 

 手を掴んで無理やり挙手させやがった。強引なやり口に思わずため息が出る。

 

 ぶっちゃけ個体名にまったく興味がないわけじゃない。私を怠惰の魔人と呼ぶのは犬を「柴犬という犬」と呼ぶのに等しい。何か素敵な名前があるならちょっと嬉しい。

 

 とはいえ自分で考えるのはだるいしめんどいので、

 

「たゆが考えてくれる名前なら、なんだっていいよ」

「んもー、思考放棄!」

「本当だもん。たゆのこと、信じてる。きっといい名前を付けてくれるって」

「お姉さん……! 任せてください、私にはもう考えがあります!」

 

 チョロい。後頭部を胸にすりすりしながら言ってやると秒で乗り気になった。

 

 こういうチョロさも嫌いじゃないし、実際たゆが考えた名前ならどんなセンスだって受け入れる。なんたって空っぽの私が初めて好きになり、好きになってくれた大切な人だ。それくらいの信頼がある。

 

「ではいくつか言っていくので、好きなのがあれば教えてください」

「おっけー」

「まず……怠惰丸花太郎」

「しばくぞ」

「ギンパツ・怠惰右衛門」

「どつくぞ」

「グレート・タイダニヤン」

「ツノドリルしたろか?」

「いだだ痛い痛いもうしてる、もうしてます!?」

 

 角のねじれた箇所で鎖骨をグリグリしてやった。

 

「なんでもいいって、信じてるって言ったじゃないですか!」

「限度がある。人の名前でウケを狙うんじゃない」

「狙ってませんよぅ!」

 

 真剣に考えてあの3つが出てくるあたり、こいつのネーミングセンスは相当終わってるらしい。

 

 念の為その後もアイデアを聞いてみたが、すべて同じ方向性でダメダメだった。腕を振り払って膝から降り、不満顔のたゆにびしりと指を突きつけてやる。

 

「いい? 私の名前は発音しやすくてどことなく女の子っぽい柔らかな響きを伴いつつ、私の見た目と性格を瞬時に連想できるような含意のあるものにするんだ。おっけー?」

「ハードル高くしないでぇ!?」

「おっけーだね。じゃよろしくぅー」

 

 あたふたするたゆを放置して、私は逃げるように寝室へ引っ込んだ。

 

 名前をめぐるやりとりを始めた半ばから、胸の痛みがじわじわと再来している。昼寝のふりをして、引き裂かれる痛みに声も出せず悶絶した。

 

 その日から発作的な痛みに不定期で襲われるようになった。何か取り返しのつかないものが削れていくような、漠然とした不安が膨れ上がっていく。

 

 考えるのが面倒といってもさすがに繰り返し発作に襲われると少し仕組みが分かってくる。痛みはたゆと話をしたり、たゆのことを考えたりしたときに始まる。

 

 もしこれをたゆに知られたら、苦しませないようにと私から距離を置くと思う。だから言えなかった。たゆと触れ合えないくらいなら、張り裂ける苦しみを受けたほうがマシだったから。

 

 そうして発作をやり過ごし、たゆの方は私の名前についてうんうん唸りながら、緩んだ日常を送っていると。

 

 すべての壊れる時が、唐突にやってきた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 崩壊の始まりは、赤いあいつの来襲だった。

 

「やっほー、魔人さん★」

「は?」

 

 ある日の昼下がり、食料品の宅配を受け取りに出てきた私を、レッドグラッジの笑顔が出迎えた。死のフラッシュバックと共に思考が加速する。

 

 助けを呼ぶ? いや、たゆは洗い物をしてて忙しいし呼んだところで赤いのには敵わない。逃げる? この魔族絶対殺す女が逃してくれるはずない。私を殺しに来たんだ。でも魔人の権能で隠されたここをどうやって突き止めた? 痛いのは嫌だな──

 

「ふぅーん?」

「わわっ」

 

 真っ赤な瞳が鼻先まで迫っていた。下からぎょろりと覗き込まれ、私はわたわたと後退する。

 

「その目、とっても腹立たしい色だね★ 抉り出したくなっちゃう★」

「ひっ」

「でもそれ以上に、いいザマ★ こんなに権能が弱くなってるっ★」

「な、何言って」

 

 欺瞞と改ざんの権能は今もフル稼働のはずだ。だけどハッタリだとするとこいつがここを探し当てた説明がつかない。私の、魔人としての力が知らず弱くなった? なんで?

 

「きーめた★ あなたはそのまま苦しんで消えるといいわ★ その方がたゆちゃんのためだもんね★」

 

 私の混乱に構わず、レッドグラッジはくるりと背を向けて、通路の手すりを軽やかに跳び越え姿を消した。手すりに飛びついて下を見てみると、もうどこにもいない。

 

 ひとまず脅威が去ったものの、定位置のソファでのんびり寛ぐのは難しかった。困惑と疑問でだらけるどころじゃない。

 

 あのイカレ魔法少女がなぜ私を見逃したのか。いいザマと言っていた。仮に私の魔人としての力が弱くなったとして、その状態をいいザマと表したのか。たゆのためとは何なのか。

 

「お姉さん、悩み事ですか?」

 

 たゆには相談しなかった。にっくきレッドグラッジが玄関先まで来ていたと知れば気苦労になるだろうし、心配をかけたくなかった。その場はちゅーで有耶無耶にして、続くえっちで私も忘れた。

 

 が、翌日。

 

 先に起きたたゆが朝ごはんを作っているタイミングで、私はレッドグラッジの言っていた意味をすべて理解することになった。

 

「──っ!?」

 

 痛い。いつもの発作よりもはるかに激甚な痛みだ。人で言えば心臓のある部分、魔人のコアが引き裂かれるように痛んだ。たゆに助け出されたあの日味わった痛みを一つに濃縮したような、体がバラバラされていくような激痛。

 

 悲鳴さえ出せない痛みは、始まりと同じく唐突に終わった。数時間はあった気がしたけど時計を見ると一分も経ってない。

 

「やだ……」

 

 もう限界だった。たゆに気を使わせたくないからと一人で耐え続けた私は、かつてない痛烈な発作でぽっきりと心の折れる音を聞いた。自分の体のはずなのに何も分からないのが怖い。視界が涙で滲んでいく。 

 

 とにかくたゆと話をしよう。たゆの存在を感じたい。たゆと一緒なら怖いことはない。たゆが──

 

「あぅ」

 

 体から力が抜けた。

 

 愕然とする。とっさにベッドに突いた手先が透けていた。手をかざすと寝室の風景が透けて見え、透明な部分がじわじわと体の方に広がってくる。コアもまた痛くなってきた。

 

 怖い、いやだ。たゆの顔を見たい。一緒にいたい。そうすればきっと──

 

 そこまで考えたとき、私は本能的に理解した。

 

「私はたゆと幸せに生きたい」

 

 口に出すとやっぱり胸が痛くなる。怠惰の魔人のコアが、私の行動で自壊しかけているんだ。

 

 私は何もしないために生まれてきた。何も望まず頑張らない。学校に行きたくないとか、ふと眠たくなるとか、人生楽だけして生きていたいとか、人類の何もしたくない思いの結晶。それが私の存在意義で命そのものだ。

 

 なのに私はたゆと出会って以来、望みを抱くことが多くなった。たゆに泣かないでほしい、笑っていてほしい、名前を付けてほしい。お腹を空かさず、健やかでいてほしい。たゆと共に在りたい──一緒に生きていきたい。

 

 そういった望みと私の命が反発している。発作の原因はそれだ。痛みのたびに私の命は削れて目減りし、それに伴い権能も弱体化していた。

 

 なるほど魔族憎しのレッドグラッジからすれば確かに「いいザマ」だろう。欲をかいた敵が自滅していくのだから。一目見るだけで分かるあたり、さすが殿堂入り魔法少女だ。

 

「は、はは……」

 

 私は遠からず死ぬ。

 

 以前のように復活はしないだろう。したとしても私とは全く別の人格になる。なにせ「私」の思いが魔人の存在意義と矛盾しているんだから、私のまま復活しても無駄だ。私の自我は終わってしまう。

 

 かといって一度抱いた望みを捨てることはできない。だってたゆが好きなんだもの。

 

 好きを捨てるくらいなら、抱え込んだまま消えてってやるよ。

 

「そのために……やること、やらなきゃなぁ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あのさぁ。いい加減出ていってくれない?」

「……え?」

 

 朝ごはんの載った食卓を挟んで座るなり、私は言った。垂れ流しのテレビの音がやけに遠く聞こえる。

 

「泣かれるのも面倒だからなあなあで合わせてやってたけど、もう限界。てか常識ないよ君。何の縁もない女の家に何ヶ月も泊まってさ。親がカスだってんなら児相にでも行けば?」

「えっ、え、な、何で急に、そんな……私、お姉さんが好きで……お姉さんもこの前、好きだって言ってくれて……」

「だから、合わせてやったんだって。そもそも言葉が軽いんだよ。弱ってるときたまたま優しくされた程度で好きだのなんだの、気色悪い。ラブラブ恋人ごっこはもう終わりでいいじゃない、ていうか終わって? こっちは飽き飽きなのよマジで。えっちも楽しいのは最初だけだったしねぇ。分かったら出てけ。分かんなくても消えろバーカ」

 

 思いつく限りの罵倒を述べる間、たゆの顔を見るフリをして焦点をずらしていたけど、ぼやけた中でもたゆの表情ははっきり分かった。

 

 最初は理解が追いつかずぽかんとして、次第に悲しみと怒りでくしゃっと歪み、最後は唇を噛んでうつむき、手を振り上げる。

 

 ビンタくらいは甘んじて受け入れよう。反射的に目を閉じると、痛みはいつまでもやってこない。

 

 目を開けると、たゆはもういなくなっていた。小走りの足音が玄関へ走り、扉の開閉音がして何も聞こえなくなる。

 

 案外簡単だったけど、こんなもんだろう。元々雑な励ましで立ち直り、懐いてきたチョロい子だ。別れもまたチョロかった。

 

 やけに広く感じるリビングに、テレビの声が寒々しく響く。

 

『楔野町の魔人出現から一ヶ月が過ぎました。闇堕ちしたパステルエッジさんは一体どこにいったのでしょうか』

『おそらく魔人に唆され、軟禁されているのでしょうねぇ。今回の魔人はおそろしく狡猾で用心深く──』

 

 たゆが被害者である論調はずっと変わっていない。

 

 実際そのとおりだろう。私は傷心の魔法少女を誑かし、一般人を傷つけさせ、闇堕ちさせた上に勝手な理由で突き放した。世間はみんな、かわいそうなたゆに同情し、味方してくれるはず。そしてたゆはまっとうに魔法少女を続け、まっとうに幸せになるんだ。

 

 テレビを消して、ぶかぶかのパジャマの袖をまくりあげる。肘から先が透過していた。

 

 目の前の食卓には二人分の朝ごはん。サクサクトースト、シャキシャキサラダ、カリカリベーコンとふわふわ目玉焼き。朝ごはんが最後の晩餐になるときって、朝餐と言うのかな?

 

 お箸を持とうとしても、手がすり抜けてしまう。

 

「未練がましいなぁ」

 

 たゆをあれだけひどい言葉で捨てたのに、私はまだ望んでいる。たゆと幸せに生きることを。

 

 だから体がどんどん消えていく。コアの引き裂かれる痛みが胸に広がる。視界がぐらりと揺れて、椅子から転げ落ちた。胸を抑えて一人惨めにうずくまるさまは、きっと「いいザマ」なんだろう。

 

『お姉さん!』

 

 遠く声が聞こえた。たゆと過ごしたほんの三ヶ月ちょっとの記憶がめぐる。

 

 ちゅーした後のトロンとした顔。朱に染まる頬と照れたはにかみ顔。床にポイ捨てしたペットボトルとか、残されたニンジンを見たときのむすっとしたふくれっ面。テレビの魔族必殺の報道を見たときの哀しそうな顔。無邪気で幸せに満ちた満面の笑み。

 

 そんなあいつと一緒の時間が楽しくて、私は欲を張った。何もしないししたくない私が、共に幸せになりたいと望んだ。

 

「……お姉さん? ど、どうしたんですか、お姉さんっ!?」

 

 過ぎた望みに、あいつを巻き込んだ。せめてそのことを謝りたかった。

 

「しっかりしてください! ねえ、ねえってば、何がごめんなんですか、何が起きてるんですか……!?」

 

 いつの間にかあいつが戻ってきている。今にも泣きそうな顔をしている。

 

「起きて、お願い起きてください……こんなのあんまりです……っ!」

 

 たゆ、君にはこの先たくさんの出会いがある。道がある。テレビとスマホだけじゃ映しきれない世界がある。こんな狭い部屋に閉じこもって、魔人なんかと一緒にいるよりずっと幸せな未来が待ってる。

 

「そんなの知らない! 本当に辛いとき、助けてくれたのはお姉さんだった! 寒くて辛くて苦しいとき隣にいてくれたのはお姉さんだったの! 私にはお姉さんしか──」

 

 もっと私ががんばればよかったかもしれない。

 

 がんばってたゆと共にいられる道を探すとか。がんばってすべての事情を説明し、がんばって虚しい結末を回避するとかできたのかもしれない。

 

 だけど私はがんばらなかった。

 

 何もしないし、したくない。

 

 魔人ちゃんは、がんばらない。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「がーん、です」

 

 玄関を出てすぐの通路。由立たゆはしょんぼり肩を落とし、そして首をかしげた。

 

 お姉さんはどうしたのだろう?

 

 朝、顔を合わせるなりものすごく罵倒され、最初は普通にショックだった。ただ、あまりに突然でしかも不自然に感情を抑えたお姉さんの様子に気が付き、ひとまず傷ついたフリをして出ていくことにした。

 

「生理……いやいや魔人に生理はないですし……昨日、激しくシすぎたですかね? あっ、それとも、お姉さんの嫌いなニンジンすりつぶしてハンバーグに入れたのバレた……?」

 

 その他、ねじくれた角に洗濯物を引っ掛けたり、角をお湯に煎じて飲んでもいいですかと本気で聞いてみたり。お姉さんに嫌がられた行為を思い出してはみるが、お姉さんはそれを蒸し返して怒る性格ではない。

 

 いくら首を捻っても分からない。そもそも苛立ちとか怒りというより、お姉さんは焦っているようだった。急いで一人になりたい理由があったのだろうか。

 

 そこまで考えて、たゆはハッとする。

 

「また、私のために……?」

 

 お姉さんは基本的に何もしない。一日中ソファかベッドに寝そべり、スマホとテレビを弄って、ごはんとお風呂を堪能して思い出したように甘えてくる。まさに怠惰の魔人らしいだらけた生活だ。

 

 そんなお姉さんが唯一がんばるときといえば、誰かを助けるとき。何もしないと言うくせに、優しさが抑えきれない。困っている人を前に「何もしない」ができなくなる。

 

 たゆはその優しさに何度も救われてきた。あの見るからに無理をしている罵倒の演技も、自分を助けるためのものかもしれない。

 

「うぅーん? ──ん? お姉さん?」

 

 扉にずりずりと背中を押し付け頭を抱えていたたゆは、がたんっ、と何かの倒れる音を聞く。

 

 とたんに胸騒ぎに襲われ、いても立ってもいられない。扉を開けてサンダルを脱ぎ散らかしリビングへ向かう。

 

「……お姉さん? ど、どうしたんですか、お姉さんっ!?」

 

 目を疑い、血の気が引いた。倒れた椅子のかたわらにお姉さんがうつ伏せになっている。よほど余裕がないのか隠蔽の魔法が解け、ねじれた一対の角が露わになっていた。

 

 慌てて抱き起こしたお姉さんの体は、異様に軽い。元々薄く細い体つきだが、今は紙のような軽さだ。

 

「──えっ」

 

 手を握ろうとして、絶句した。

 

 お姉さんの華奢な腕が透けている。握りしめても人肌の感触がなく、空気を掴んでいるようだ。

 

「ごめん、ね……」

「しっかりしてください! ねえ、ねえってば、何がごめんなんですか、何が起きてるんですか……!?」

 

 必死で呼びかけるも反応は薄かった。サファイアのような蒼い瞳は霞んでどこも見ておらず、小さな口からうわごとのような言葉が漏れるばかり。

 

「君には……たくさんの出会い……広い世界……幸せになる……」

「そんなの知らない! 本当に辛いとき、助けてくれたのはお姉さんだった! 寒くて辛くて苦しいとき隣にいてくれたのはお姉さんだったの! 私にはお姉さんしか──」

 

 直感する。お姉さんは死ぬつもりだ。それは前のように取り返しのつくものではなく、だからこそ突き放してくれた。誰も悲しませないように。

 

 危機的状況にたゆは無意識下で変身する。黒を基調としたシャープな装甲ドレスを身にまとうが、だからといって消えていくお姉さんを助けられる術はなかった。

 

「いやっ、いやぁっ……!」

 

 縋りつき、半べそをかいても状況は悪くなるばかり。透過は腕から胴体へ広がり、お姉さんの体から光の粒子が舞い始める。それは倒された魔物が消滅するとき特有の反応で、たゆは粒子へ思わず手をのばす。指の間をきらきらとしたものがすり抜けていった。

 

「これは思ったよりいいザマだねっ★」

「……っ!」

 

 第三者、それも忌々しい女の声に、たゆは弾かれたように振り返る。

 

「おいしー★ これたゆちゃんが作ったの?」

「何を、しにきたんですか」

「あっは★ いいよいいよ、質問に質問で返されてもグラは怒らない★」

 

 赤黒い魔法少女。黒いレオタードに炎のようなフリルとレースをあしらった装束を纏う。愛用の長大な戟は見当たらない。

 

 レッドグラッジだ。食卓につき、たゆとお姉さんのための朝食をもぐもぐお上品に食べている。

 

 マイペースかつ優雅にティッシュで口元を拭うと、レッドグラッジは言った。

 

「魔人の死に様を見に来たの★ 私が殺すより素敵な死に方だね、それ★」

 

 ぶちっ、と。あんまりな言い方にたゆは何かが切れる音を聞いた。

 

 しかし激情を必死に抑え込み、訳知り顔なレッドグラッジへ問いを重ねる。

 

「お姉さんに何が起きてるんですか」

「魔人はね、コアの情念に反すると消えちゃうの★ それは何の魔人かな?」

「怠惰の、何もしないししたくない、魔人……」

「ぴんぽーん★ 頑張り屋さんの人類が抑え込んだ、ぐーたらして何もしたくない、考えたくもない無欲の権化っ★ だがそいつは何かを望み、欲し、希った。故に消える。魔人とはそうしたものだ」

 

 無表情に豹変するレッドグラッジの言葉に、たゆは目の前が真っ暗になりそうだった。

 

『たゆ、大好き』

 

 何もしたくない魔人のお姉さんが欲したもの。それはきっと──

 

「たゆちゃんをよっぽど好きになったんだね★ ひゅーひゅーあつーい★」

「──っ」

 

 あっさりと核心をつかれ、息をのむたゆ。

 

 レッドグラッジは食卓を見回し、トーストを一かじりして続ける。

 

「だけど魔人と魔法少女は相容れない★ ううん、魔人は存在してはいけないの★ 我々人類の賢明なる理性が抑圧し、切り捨てた悪念。その最たるものが魔人である。故に魔人はことごとく必殺されねばならん。恋慕など言語道断である」

 

 人類はぐうたらを捨て、頑張ることを良しとした。

 

 だからお姉さんが何もしない魔人であっても、存在そのものを許さないのだと。たゆは唇を噛み締め、鉄の味を覚える。

 

 不意に、レッドグラッジの渇いた表情が嫌悪に歪む。

 

「諦めろ。その状態の魔人に先はない。だからこそ奴は我が姉を──ううん、これは関係ないねっ★」

 

 無表情と笑顔、高い声と低い声がめまぐるしく切り替わる。その様は切れかけた電球の明滅を思わせた。

 

 レッドグラッジはゆらりと席を立ち、思いがけず優しい手付きで、たゆの肩に手を置く。

 

「受け入れて。これが──運命、なんだよ」

 

 ああ、とたゆは悟る。これを言うために、分からせるために、レッドグラッジは現れたのだろう。魔族と魔法少女と人類が織りなす、どうしようもない世界の仕組みを、お姉さんの消失によって分からせるために。

 

 運命といえばそうなのかもしれない。かの有名なレッドグラッジの固有魔法はその運命を強化し、力とする魔法だ。だからこそ誰よりも魔法少女として強い。

 

 だとすれば──たゆは希望を掴んだ。

 

「あれっ、殺るの?」

 

 レッドグラッジが目を丸くしている。

 

 たゆは空間から黒く染まった大剣を引きずり出し、倒れ伏すお姉さんの胸に突きつけた。その様子はひと思いにとどめを刺そうとしているようだ。

 

 もちろんそんな訳がない。

 

「レッドグラッジさんの固有魔法って、魔族必殺でしたよね」

「うんっ★ どんな魔族も必ず殺す、これすなわち運命なり。それがどーしたの?」

「私はその反対ですよ」

「へ?」

 

 ぎしり、と不可視の圧力が空間を満たし、軋みを上げる。

 

「覚醒もしてないひよこちゃんなんて、もう言わせません」

 

 その源はたゆの握る大剣だ。黒く禍々しい靄が刀剣にまとわりつき、圧倒的な存在感を放っている。

 

「あっちに──」

 

 たゆの戦意をようやく察したのだろう。レッドグラッジは即座に空間から愛用の戟を、

 

「行ってろぉっ!」

 

 取り出すこと叶わず、たゆが突如ぶん回した大剣をその身で受ける。

 

 とっさに両腕でガードしたものの、防御もろともたゆはフルスイング。するとレッドグラッジの体がピンボールのように吹っ飛び、ベランダのガラスを突き破ると、物理的にありえない直線軌道で空の彼方へかっとんで行った。

 

「よーし邪魔者は退場! もう一つお願いします運命さん!」

 

 改めてたゆは、大剣の切っ先をお姉さんに向ける。

 

 そして覚醒した魔法の力をいっぱいに込め、左胸に突き刺そうとして、

 

「いやいや」

 

 考え直した。絵面が物騒すぎる。

 

 大剣を床に置き、お姉さんを抱き寄せる。大剣の纏う黒い力が二人を守るように包み込む。

 

 愛しい重みを両腕に感じながら、たゆはいたずらっぽく笑った。

 

「なんでもかんでもちゅーでゴリ押し、しちゃいます」

 

 そして今度こそ躊躇なく、運命の力を熱く口づけするのだった。

 

 

ーーー

 

 

 

『魔法少女名:パステルエッジ(闇堕ち済) 武器:堕ちたハートの大剣 固有魔法:魔人必生(特定の魔人を必ず生かし、守り抜く運命) 備考:もっとも危険な闇堕ち魔法少女の一人。見かけても声をかけず、ただちに通報するべし。非ランカーの接触厳禁』

 

『前代未聞、魔族に与する固有魔法』『レッドグラッジ「誠に遺憾」』『闇狩り、対応を検討』

 

「はぁー……」

 

 なんでこうなっちゃうかなぁ。

 

「どうしたんです? ネットニュースですか、あ、私のページ! むむう、この書き方じゃまるで猛獣じゃないですか! 苦情入れましょうよ!」

「猛獣みたいなもんだろバカ」

「ひどい!?」

 

 寂れた地方路線の無人駅。スマホ片手に次の電車を待っていると、思わずため息が漏れた。

 

「……せっかくまっとうに生きられるチャンスだったのに。すっかりお尋ね者になっちゃったじゃん、君」

「はぁ〜? まっとう? 好きな人と一緒にいられないことのどこがまっとうなんですか。お尋ね者? 上等ですよ誰がなんと言おうと私お姉さんが大好きですっ!」

「寄るな暑苦しい」

 

 私消失事件から3日後。私はすっかり闇堕ちしたたゆと共に逃亡生活を送っている。

 

 私が本当に消える直前、レッドグラッジの言葉からたゆは固有魔法に覚醒し、その力で私を生かしてくれた。だけど消滅寸前までいった私の魔人としての権能は弱体化し、世間や魔法少女の目を誤魔化すことはできなくなった。

 

 権能はいつか復活する、と思う。人々に抑え込まれた「のんびりしたい」気持ちが少しずつ、私の存在を補修していっているから。またあのマンションのような拠点をこさえて怠惰に過ごせる日が戻ってくる。

 

 そんなわけで今は、残った権能である無限の路銀となぜかネットにつながるスマホを頼りに血の気の多い連中から逃げ回っているところだ。

 

「ところで次の電車はいつです?」

「……一時間後」

「ながー」

 

 時刻表を読んでやると、たゆは苦笑して天を仰いだ。

 

 待合所の外は夏の熱い日差しが降り注ぎ、蝉の声と新緑の匂いに満ちている。見渡す限りの水田の間を線路が突っ切って遠く霞む山に通じていて、その向こうには雲まで届く灰色の塔が見えた。

 

 殺意の魔人を封じる、有刺鉄線の巨塔だ。特に目的地を決めるでもなく、成り行き任せで逃げ回っているはずなのに、なぜかちょっとずつ近づいてきている。見るからに不穏だしこれ以上近づきたくない。地図上だとまだ数十キロは距離あるし、反対方向の電車に乗れば大丈夫だろ。

 

 遠くから近くへ意識を戻し、ふと、隣を見上げる。

 

 淡い桃色のワンピースと麦わら帽子のたゆは、楽しそうにほほえみながら、ペットボトルでお茶を飲んでいる。細い首がこくこくと動き、一筋の汗が鎖骨を伝っていく。

 

 横顔をじっと見ていると、優しげなタレ目がにまーっと細まって、

 

「見とれてるんですかぁ〜? えへへ、美少女ですからね私」

「……うん。きれいだよ、たゆ」

「ふぇっ!?」

 

 豊かな胸部とくびれた腰、肉付きのいいお尻から太ももが、桃色の生地に艷やかな曲線を描いている。裾から覗くミルク色のふくらはぎと細い足首が目を見張るほど美しくて、スポーツサンダルの先端に見える素足まで、徹頭徹尾愛しくて仕方ない。

 

「きゅ、急に何ですかぁ……じろじろ見すぎですよ……」

 

 好きだなぁ、と。改めて思う。

 

 見た目が、体が、声が、性格が。たまにぐいぐい来てうざったいし、どうでもいいことでお小言言ったり拗ねたりするのも面倒だけど、それ含めたゆの存在すべてが好きだ。

 

 じっと見つめ合う。夏の暑さのせいか、たゆの頬が赤い。私の顔も熱くなってきた。

 

 どちらともなく唇を重ねた。私はちょっと腰を浮かせて、たゆの肩によりかかる感じ。たゆは口の中まで蕩けるみたいに熱く、さっきまで飲んでいたお茶の風味がした。私を生かしてくれる魔法の力が注ぎ込まれる快感に、思考がふやけていく。

 

 電車が高い金属音を立てて停車したのを契機に、一旦離れて小休止。光を呑み込む真っ黒な瞳に吸い込まれそうな気になる。

 

 するとたゆは「あっ」と声を上げ、とろんとしていた目を見開く。

 

「サフィ」

「……何?」

「お姉さんの名前。サフィです。今決めました」

 

 不意打ちだった。あの破滅的を通り越して終末的なセンスのたゆにしては大人しい発想、というかむしろすごく良い名前のように思えて、サフィ、と口の中で何度もつぶやいてみる。うん、結構好き。

 

「サファイアみたいにキレイな目だなーって前から思ってたんです。だから、サフィ」

 

 君の目は宝石のようにきれいだよ、なんて。キザなことを言うやつだ。恥ずかしくてまともに目も合わせられないじゃないか。

 

「だ、ダメでした?」

「ダメなわけあるかい。私はサフィ。怠惰の魔人、サフィだ」

「やった! これからもよろしくです、サフィ!」

 

 うだるように暑いのに、たゆは私を抱きしめる。そのままだと胸に顔が埋まって苦しいのでするっと上にずらして気道確保、私も腕を背中に回した。たゆの匂いと鼓動で私の中が満たされていく。

 

 名前も、命も。私はこいつから貰ってばかりだ。 

 

「ありがとね。色々と」

「あーよかった。またごめんって言ったらお仕置きでしたよ?」

「それも悪くないけど」

 

 闇堕ちさせてごめん、なんて今更言わないさ。

 

 さて、おへそのあたりがむずむずしてきたし、もっとねっちょりしたちゅーをしたいところではあるけど、その前にやらなきゃいけない。

 

 一時間後にしか来ないはずの電車。それがなぜかついさっき到着してて、いつまでも発車する気配がない。

 

 かと思うと、その車両からぞろぞろと何十人も降りてくる。私服姿の男女だけど、共通して腕に『魔族必殺』の腕章を付けている。わざわざダイヤを乱して駆けつけたらしい。

 

 彼ら彼女らは私たちを囲むように扇形に展開し、怨嗟のこもった視線を向けてきた。

 

「もう追手が来ましたか」

 

 たゆは嫌そうに顔をしかめて変身。とげとげダークな闇堕ち装束を纏い、大剣を正面に構える。

 

「そのとーり、もう来ちゃったよ★」

 

 男女の包囲を押しのけ、赤い親玉がやってきた。すでに変身済みで、爛々と赤い瞳をぎらつかせ、長大な脈動する戟を肩に担いでいる。

 

「悪い冗談は終わりだよっ★ 魔人と魔法少女のカップルなんて、ありえないんだから★」

「この前も同じこと言ってましたよね。もう少し変化をつけてくれないと、追われる側としても飽きちゃいます」

「てかもう飽きたわ帰って帰って」

「そうだそうだー、やーい変態レオタード」

「あははっ★ 殺す」

 

 浮遊感、次いで破砕音。

 

 私はたゆに抱えられ、宙を舞っていた。さっきまでいた待合所は、戟の横薙でひしゃげて吹き飛んでいる。必殺機構の男女は拳銃やボウガンをこちらに向け、しゃにむに撃っていた。たゆがすべて大剣で弾き飛ばしてくれるけど、あいつら流れ弾とか考えないのかな。

 

 片手で抱えられるのは結構しんどい。走りながらでも息を合わせて、うまいことおんぶの態勢に移行した。

 

 すると背後から爆発的な力の高まりを感じる。

 

「『ほとばしれ たぎるうらみよ』」

「きゃーっ、大技ぁ!?」

 

 レッドグラッジの掲げた戟が輝き、幾筋ものレーザーが後ろから迫る。髪の毛がちょっと焦げた。こっわ。

 

「今掠ったんだけど。もっと気合入れて走れ走れ馬車馬のごとく!」

「サフィもなんかしてくださいよ! 魔人パワーでどかーんって!」

「できるかぁ! こちとら怠惰の魔人ちゃんだぞう!」

 

 私の弱さをなめちゃいけない。喧嘩したらそのへんの小学生にも負ける自信がある。こんな鉄火場でできることなんかあるわけないのだ。

 

「こんのっ、やられっぱなしじゃないですよ! 『こいねがえ しとどのあいを』」

「ちょっ」

 

 レーザーの隙間を縫って、たゆが振り返りざま大剣をひとふり。その太刀筋から渇血のようにドス黒い球が生まれ、尾を引いて流星雨のごとく翔んでいく。

 

 鮮血の赤と渇血の黒が衝突し、無数の爆発があぜ道を抉った。レッドグラッジは平気そうだけど車が横転して……いや、吹っ飛んでる。爆風に煽られ、放物線を描いて水田に頭から突っ込んでいた。大丈夫かあれ。

 

「やりすぎじゃね?」

「……最初に撃ってきたのあっちだもーん」

「もーん、じゃねえよコラ」

 

 またレッドグラッジにニュースで遺憾の意とか言われるぞ。

 

 レッドグラッジが戟をぶん回し、たまに魔法をぶっぱして、私は野次を飛ばす。必殺機構の一般人たちは車で追随しながら飛び道具をちくちくしてきて、たゆは散発的に反撃しつつ自動車並みの速度で逃げ回る。

 

 撒いたら私たちの勝ち、死んだら敗け。今のところは全勝だ。たゆによると運命の固有魔法同士が激しく相殺しあってるらしいけど、私には何も見えない。

 

 夏の田舎町に怒号と悲鳴が響く中、私たちは追って追われてを繰り返す。私が元の権能を取り戻すまで。その日は遠くないはずだけど、いつになるかは分からない。もしかすると夏が過ぎ、秋が来て冬が来ても鬼ごっこを続けてるかもしれない。

 

 追手はレッドグラッジと必殺機構だけじゃない。正義感の強い他の魔法少女たちや、たゆを狙って『闇狩り』の連中もやってくるだろう。

 

 だけど私たちは大丈夫。運命に味方されるたゆはびっくりするほど強くなった。私も、『何もしたくない』と『たゆと共に生きたい』矛盾を受け入れた。たゆが受け入れさせてくれた。

 

 大切な人の傍にいて、互いに存在を感じられる。忙しない逃避行でもたゆがいてくれるなら満足だ。

 

 だから私はがんばらない。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 魔人ちゃんは、がんばらない。

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