魔人ちゃんはがんばらない【完結】   作:難民180301

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6. 再会/エピローグ

 私は何もしないのが得意だ。スマホとテレビがなくてもただ寝転がって天井を見ているだけで一日を過ごせる自信がある。

 

 だけど体の自由を奪われて、恐ろしい黒と赤の虹彩にガン見されながら怠惰に構えるのは無理だった。

 

 窓の外に見える空が白んでいる。この状態になって六時間以上は経ったらしい。

 

「あのさあ」

「なーに?」

「トイレ行っていい?」

 

 がっくり。何かを期待するようにキラキラした瞳を落胆に濁らせて、殺意はため息をついた。

 

「私、結構古株の魔人なのよ。トイレもごはんも要らないくらい知ってるわ」

「ちっ」

 

 要らないというか、しなくてもいいししてもいいくらいの感覚だ。人の生理現象に忠実であれば気持ちよさを感じるけど、無視しても問題はない。その程度殺意の魔人様は百も承知ってわけだ。

 

 埒が明かない。私が魔人の言う昔のことを思い出すか、たゆが助けに来るまで一歩も動けずにらみ合いをしているなんて冗談じゃない。

 

「そんな怖い顔しないで」

「ひゃ、や、どこ触ってんの!」

 

 睨みつけて抗議の意思を表明していると、殺意の手が裾の下から入り込んできて、背中に回され──尾てい骨のあたりをこりこり撫でられる。電撃にも似た強烈な快感が脳天まで突き抜け、声にならない悲鳴が漏れる。

 

 その声を呑み込むみたいに、口が柔らかな感触で覆われる。甘い女の匂いと味、舌を絡め取られる快楽。弱点の尾てい骨から送られる刺激と相まって、気持ちいい以外に何も考えられない。

 

 気づいたときには、口から唾液を垂らした殺意が微笑み、私の頭を撫でているところだった。

 

「ふふっ、尾てい骨こりこりしたらすぐその気になっちゃうの、魔人になっても変わってないわ」

「さいってー」

「その顔で強がってもかわいいだけよ。どう? 何か思い出した?」

 

 思い出すわけねーだろ逆に気持ちよさで何か忘れそうだわ。

 

 なんてことを言うと行為がエスカレートしそうだ。思わず太ももを固く閉じる。

 

「普通に教えてよ」

「え?」

「乱暴する前に普通に言葉で教えろっつってんの。思い出せとか言われても何を忘れてんのかすらよく分かんない。とりあえず、話してみてよ。君とセーカの関係とか、色々さ」

 

 殺意の答えは抱擁だった。頬と首に顔をすりつけたかと思うと、首元に軽い痛みが走る。甘噛みしてるんだ。

 

 殺意の片腕は服の下を這い回り、弱いところに近づくたび私の喉からしぜんと声が漏れる。害意に満ちたグリーンの手付きよりも穏やかで、優しさに満ちたたゆのそれよりかは激しい、貪るような愛撫だった。

 

「そうやってあなたは、いつも私に向き合おうとしてくれる。手を差し伸べてくれる。だから好きなのよ」

「ん……くぅ……っ」

「最初はね、あなたに殺されそうだったの」

 

 体中から送られてくる快感と共に、殺意の昔語りは始まった。

 

「久しぶりに生まれてよし頑張るぞってところに、あなたがやってきてね。こてんぱんにされちゃった。そしたら、『ごめんなさい、泣かないで』って優しくしてくれた」

 

 よし、ちょっと慣れてきた。こちとらご機嫌斜めなたゆのねちっこい責めで何度となく失神させられてきたんだ、愛撫と囁きくらいじゃ屈しないぞ。

 

 で、なんだっけ。殺意の魔人がボコボコにされた後優しくされて嬉しかったって話か。

 

「DV男かよ」

「あはっ、あのときのセーカと同じこと言ってるわ」

「誰でも思うだろ、ふにゅっ!?」

 

 信じられないこいつ、胸触ってきた。

 

「『まだ何も悪いことしてないのに、ひどいことをしてごめんね』。そう言って、家に招いて手当てしてくれた。ヒノは猛反発してたけど」

「ひ、ひのって……んぅ」

「セーカの妹よ。赤井緋乃。今は魔法少女レッドグラッジで通ってるのかしら」

 

 受け答えの余裕がなくなってきた。この魔人の手付きが達人級なだけじゃなくて、私の体に慣れている。素肌を触られるだけでじわじわと高ぶり、お腹の中心が熱くなっていく。膝をすり合わせ、呼吸を浅くして絶対死守の気持ちを固めておく。私は負けない。

 

 ねっとりした手とは裏腹に、殺意の語りは淡々と進んだ。

 

 一度は討伐寸前まで追い詰められた殺意はブルーブレイスことセーカの家に招かれ、治療を受けた。

 

 同居人の妹、ヒノの反対を受けながらもセーカは殺意に親しく接した。何も悪いことはしていないから、の一点張りで。

 

 実際に殺意はその当時、何もしていなかった。その身を構成する殺意に人類を曝露させたい本能は熱く滾っていたものの、それ以上にセーカと過ごす時間が愛しかったから。

 

 ブルーグレイスとして戦うセーカをおかえりと迎え、ごはんを作り、お風呂に入り、歯磨きをして、一緒に寝る。早起きをして朝ごはんとお弁当を作り、いってらっしゃいと送り出す。二人のことを思いながら家事をこなし、帰りを待つ。それだけの日常で殺意の魔人は満たされていた。当初は警戒心むき出しだった緋乃も次第に心を開き、殺意は妹として、緋乃はもう一人の姉として殺意を慕った。

 

 緩やかでかけがえのない、穏やかな時間だった。

 

 そんなある日、殺意の魔人は胸が痛んだ。存在の基盤を揺るがされているような、猛烈な激痛。

 

 程なく末端から消滅を始める体を前に、殺意は本能的に悟った。

 

「核の情念に反すれば魔人は消える。初めて知ったけど、当然よね。魔人は思いなんだから」

 

 そして魔人は人を殺した。

 

 セーカと緋乃を送り出した後、別の州まで遠出した上で、殺意の権能を行使した。

 

「殺意の曝露っていってね? 見ないふりをした人類の殺意を曝して、人の内にある殺意を露わにさせる……要は殺人衝動ね。今世は権能が変に強くて、加減を間違えちゃったわ」

 

 軽く百人くらいやろうとしたのに、うっかり隣町を含めた十二万人が権能の影響下に巻き込まれた。

 

 犠牲者たちは一様に魔が差し、目につくあらゆる人類を殺しにかかり、挙げ句には自身の首を捻じ切って絶命した。曝露した中には自身の腹を手指でめった刺しにした妊婦や、大切な恋人の死体を機械のように壁へ叩きつけ続けるなど、殺意の魔人からしても壮絶なケースがあった。

 

「みんなよほど理性を強くして生きてるのね。で、肝心なのはこの後」

 

 殺意が役割を果たしても、消滅は止まらなかった。一般人だけでなく、駆けつけた魔法少女を二、三人殺してみても止まらなかった。

 

 最早何をしても手遅れかと絶望していたとき、ブルーグレイスが駆けつけたのだ。

 

『殺意ちゃん、なんで? どうしてこんなことしたの?』

 

「私は、消えたくなかったの。魔法少女に倒されても魔人は復活できるけど、消滅なんて初めてだった。すっごく怖かった。もうセーカやヒノに会えないなんてヤだった。だから殺したの、たくさん、たくさん」

 

 それでも消滅は止まらない。

 

 ブルーグレイスは黙って話を聞き、指先から胴体まで半透明になりつつあった殺意を見やると、哀しげに首を振った。

 

『殺意ちゃんとは、私も離れたくない……だけど悪いことするのはダメだよ……』

 

「なんでそんなこと言うの……好きって言ってくれたのに……私なんか消えちゃえって、結局セーカもそう言うの?」

 

『違う、そうじゃなくて……』

 

「何が違うっていうのよっ!」

 

 殺意の魔人はブルーグレイスへ飛びかかった。深い考えなどない、ただの子供の癇癪だ。

 

 それでもブルーグレイスなら大丈夫だと信頼していた。出会い頭に魔人を完膚なきまでに打ち負かした最強の彼女なら、自分の癇癪などものともしないだろうと。

 

 しかし予想に反し、ブルーグレイスは魔人の癇癪に怪我を負った。

 

 鋭い尻尾の先端が、胸を突き抜けていたのだ。

 

「なん、で……」

 

 慌てて尻尾を引き抜くと、糸の切れた人形のようにブルーグレイスが崩れ落ちた。尻尾の穿った大穴からとめどなく血が溢れ出し、誰が見ても致命傷なのは明白だった。

 

 抱き起こしたブルーグレイスの体が、徐々に冷たくなっていく。

 

 魔人はこれでもいい、と思った。ブルーグレイスはきっと、消える自分と共に死にゆくことを選んでくれたのだと。

 

『お姉ちゃぁぁあああんっ! なんで、魔人さん、なんでだよっ!?』

 

 いつやってきたのか、遠くから緋乃の慟哭が聞こえた。

 

 魔人は一抹の申し訳なさを感じつつ、セーカと共に運命を受け入れ──

 

『ごめんね、殺意ちゃん』

 

 ハッとして顔を上げる。

 

 ブルーグレイスの体は、末端からほつれ、幾筋もの有刺鉄線に変じていた。

 

 鉄線は十重二十重に枝分かれして増殖し、途方もない量が二人を中心にして円を形成していく。緋乃の姿は鉄線の濁流に呑まれ、外へ流されていった。

 

 殺意の消滅寸前の体は鉄線に絡め取られ、宙へ磔にされる。

 

 胸から上だけが残ったブルーグレイスは、うわごとのようにつぶやいた。

 

『有刺鉄線は……抑圧と分断の象徴……世界の仕組みから分断して、その役割を抑圧すれば……消滅は止まるはず……』

 

 すでに首から上だけしか残っていない。それすらも、有刺鉄線へ変わっていく。

 

『封印は永遠じゃない、から……いい子で待ってて、殺意ちゃん……きっとまた会える、迎えに行く……』

 

 口から目元、つむじまで。すべてがほつれて消えゆく中、ブルーグレイスは確かに最期、こう言っていた。

 

『約束』だと。

 

 そうして殺意の魔人は、有刺鉄線の抑圧と分断の力に縛られ、同時に守られながら待ち続けた。

 

 体の消滅は止まった。ブルーグレイスの固有魔法はたしかに世界の仕組みへと影響し、殺意の魔人を守った。少なくとも殺意にはそう思えた。

 

「封印の中で、セーカのことを考えなかったときは一秒だってないわ。ずっとずーっと、セーカのことを考えてた。そしたらちょっと前にね、セーカの気配を感じたの」

 

 あのとき目の前で封印そのものへと変わっていったのにとは思ったが、約束を果たしてくれると考えると細かい疑念はどうでもよかった。きっと迎えに来てくれる、また会える。殺意の魔人はその日を心待ちにしていた。

 

 が、セーカの気配は同じ場所から動かなかった。しばらくしてようやく動き出し、近くまで来たと思ったら、またそこで動かなくなった。

 

 もう待ってられない。こっちから会いに行って文句を言ってやる。

 

 殺意の魔人はいい子であることを止めた。力ずくで鉄線を引きちぎり、分厚い封印の壁を破壊して外へ出てきた。

 

 するとレッドグラッジと化した緋乃、緑おばさんことグリーングリームに熱烈な出迎えを受け、辛勝。なぜか動きのないセーカの気配の元へやってきて、なんだかんだで今に至る。

 

「うっ、うえぇぇんセーカ、セーカぁ……」

 

 いつしか殺意の魔人の愛撫は止まり、私に抱きついて泣いていた。尻尾に縛られてるから抱き返したり撫でたりはできない。

 

 こいつはこいつで悪いやつじゃないんだろう。消えたくないからって大量に人を殺したのは悪いことだけど、生まれたからには誰だって消えたくない。魔人だって生きてるんだから。

 

 でもどうしよう、まったくピンとこない。

 

 二年前に生まれた私を「セーカの気配」と認識し、ピンポイントで会いに来たことから、私とセーカの同一性は一応あるんだろう。だけど話を聞いても一切、これっぽっちも当事者意識が湧いてこない。他人の昔話を聞いた感覚しかしない。

 

 こんなこと言ったらもっと泣いちゃうかな。適当な感想でごまかそう。

 

「君さぁ……ちょっと優しくされたくらいで、セーカに懐きすぎじゃない?」

「ぐすっ……だって、初めてだったもん」

「優しさが?」

「そうだけど、そうじゃなくて……知ってる? 魔族はね、世の中が平和なときだけ現れるのよ」

 

 話変わったな。

 

「みんなが理性で心を抑えつけて、仲良く平和にしてるとき、魔族が出てきて世を乱す。いつの時代、どこに行っても魔族は嫌われものよ」

「もしかして君、長生き?」

「古株って言ったでしょ。倒されて復活したのは今で十五回目よ。みんなみんな、私を嫌った。せっかく平和なのに邪魔だ、って。だから嬉しかったの。セーカの優しさが」

 

 それから殺意の魔人は、優しさと救いに満ちたセーカとの思い出について、涙ながらに語った。

 

 セーカはたいへんな働き者の魔法少女で、強力な魔族が現れるとどこへでも出向き、人々の感謝と尊敬を受けていた。しかし最強完璧なブルーグレイスのイメージとは反対に、家での生活態度はだらしないの一言だった。下着と靴下は裏返して脱ぎ散らかすし、スキあらば冷凍ピザで食事を済ませようとするし、ベッドよりもリビングのソファで寝落ちしていた。

 

「それとおっちょこちょいなところがあってね、めんつゆ買ってきてって頼むと天つゆ買ってくるし、とんかつソースを頼んだらお好み焼きソースを買ってくるの」

「地味にうざいやらかしだなぁ」

「あとあと、納豆のタレが天敵だったわ。こちら側のどこからでも切れねぇじゃんか、って毎回キレるの、ふふ」

「ええ……」

 

 結構ぽんこつだったらしい。殺意の魔人に情けをかけたせいでたくさん死人が出たのも洒落にならないポンと言えばそうだし、意外ではない。

 

 他にも緋乃、レッドグラッジが絡んだ思い出もあった。

 

 親も親戚もいない赤井姉妹は仲睦まじく暮らしていたけど、セーカは帰りが遅いため、緋乃は寂しい思いを抱えていた。殺意の魔人はその寂しさを埋めるように接し、急速に仲を深めたという。

 

「私のこと、さっちゃんさっちゃんって呼びながら甘えてくるのよ。あの頃の緋乃、かわいかったな……ああ、それと──」

 

 遠い目をして語り続ける。一つ終わったかと思えばまた一つ、ぽろりぽろりと過去の幸せが浮かんでは消えていく。

 

 昔日を惜しむ老人のような殺意の言葉を聞いていると、ついしんみりした気持ちにはなる。

 

 だけど当事者意識はまったく湧かない。

 

 他人の昔話。たまたまつけたテレビのドラマで、犯人が動機を自分語りしているのを見るような感覚だ。

 

 窓から太陽の光が差し込み、傾き、部屋が薄闇に包まれていく。それだけの時間聞くのに徹しても、私には何もピンとこない。

 

 夕闇の中に浮かぶ殺意の顔が、悲痛に歪む。

 

「セーカ、何か思い出した?」

「ううん、何も」

「そう……」

 

 きゅっと唇を引き結んで、目をうるうるさせる殺意。

 

 かわいそうだけど、だからこそ嘘はつけない。こんなに真剣な子にいい加減な気持ちで話を合わせるのはダメだ。

 

 好きなだけ語るといい。えっちなことをして気が済むならしたらいい。どうせ私は逃げられないんだから。

 

 なんて風にどっしり構えていると、殺意は立ち上がって、

 

「よーし、じゃあ次の一手よ!」

「何すんの?」

「たゆって子に乱暴するわ!」

 

 は?

 

 今なんて言ったこいつ。

 

「セーカの今の恋人なんでしょう? 大切な子なんでしょう? その子にひどいことをするの!」

「え、ちょっと、はぁ? なん、なんでそういう発想になんの?」

「今すぐセーカが前世を思い出したら、何もしないわ」

 

 理解が追いつかない。ないはずの心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背筋を伝う。

 

「セーカは自分よりも、他人のために頑張る子だった。誰かを助けるため、守るためなら無理をしてでも道理を捻じ曲げる。だからセーカ、頑張って思い出して? さもないと──」

 

 たゆちゃんを殺しちゃうわよ?

 

 そう言って微笑む殺意の表情に、後ろめたさは微塵もない。さも素晴らしいアイデアを思いついたような晴れ晴れしさがある。

 

 私はふざけんなと叫ぼうとするけど、溢れ出す感情と言葉が喉に詰まって声にならなかった。

 

 ふざけんなよこいつ。セーカが他人のために頑張れる優しい子だったから、たゆを傷つけるだと? おかしいだろ私一人だけやればいいのに、って考えてる時点でこいつの思いつきは理に適ってるんだろうちくしょーめ。

 

 待てよ、前のグリーングリームもそうだった。まさかあいつは私の中のセーカを引っ張り出すために──

 

「あと十秒以内に思い出さないと、たゆちゃんを探しに行きまーす」

「ちょっと、待っ」

「ダメー。はい十ぅー!」

 

 どうしようどうしよう、たゆが殺されちゃう。

 

 でもたゆだって強い魔法少女だし返り討ちに、いやダメだ、寝起きにレッドグラッジとグリーングリームと戦って生き残るようなやつが相手じゃさすがに──

 

「きゅう、はーち、ななー、手足を切り落としてー、ろくー、尻尾でちょっとずつ締め上げてー、ごー」

 

 たゆの苦しむ顔が目に浮かぶ。グリーングリームにお腹を殴られていたときみたいに、幼げな顔を苦痛に歪め、血を吐く姿──

 

「よん、さん」

 

 そんなのダメ、許せない。

 

 二度とたゆにあんな苦しい思いをさせるものか。たゆを傷つけるやつは私がぶっ飛ばしてやる。

 

 だけどどんなに手足へ力を込めても、殺意の魔人の尻尾に巻きつかれてびくともしない。傷口を作って魔物の触手を召喚するのは間に合わない。

 

『そうじゃないよぅ〜、頑張ってぇ〜、もう一息』

 

 唐突に、グリーングリームの間延びした声が脳裏をよぎる。うるせえよどう頑張れってんだよ。

 

「にぃー、いーち」

 

 たゆが死ぬ、殺される。

 

 私が頑張らないと。私がどうにかしないと。私が、私が。

 

 私が。

 

「ぜ──」

 

 ろ、と言い切る直前。

 

 私の中で何かが弾けた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ぶちぶち、と聞き覚えのある音がした。肉が千切れる音だ。前に聞いたのは、グリーングリームの拘束魔法に手首を切断されたときだった。

 

 今が二度目。

 

「あはは、さすがよセーカ」

 

 はだけた胸の内から、刺々しい灰色のヒモが飛び出していく。私の胸の肉を内側から抉り、皮膚を裂き、食い破りながら一本、また一本と飛び出す。

 

 それらは有刺鉄線だった。体の内部──魔人の急所であるコアを源に、無数の有刺鉄線が皮膚を突き破っていく。

 

「……っ!?」

 

 痛みと呼ぶのすらおこがましい肉体を内側から抉られる感覚。少しでも気を抜けば今すぐ失神してしまいそうだ。

 

 けどその前にやることがある。

 

 勝手な理由でたゆを傷つけようとする、殺意の魔人をぶっ飛ばすのだ。

 

「あら危ない」

 

 殺意が尻尾を巻いて軽やかに距離を取る。逃がすか。

 

 意思に呼応して有刺鉄線が動いた。

 

 胸から生えた鉄線は幾重にも枝分かれして増殖しつつ、殺意の魔人へ殺到する。

 

 灰色の濁流を殺意が半歩動いて躱す。

 

「すごいすごい! これセーカの魔法よ! やっぱりセーカはセーカだった!」

 

 知ったことか。

 

 有刺鉄線の束は大蛇のごとく鎌首をもたげ、殺意の魔人へ追い縋った。圧倒的質量と棘に床が抜け、壁が崩れ、天井に穴が穿たれていく。

 

 さすがはかつての最強の魔法というべきか、荒れ狂う有刺鉄線は壁もその奥の鉄筋コンクリートでさえも紙のごとく削り取っていく。当たれば殺意の魔人だってただじゃ済まないはず。

 

 だけど当たらない。ひらひら身を躱す魔人に掠りもしない。

 

 まずい、頭がくらくらしてきた。胸の痛みがひどい。ただ痛いんじゃなく、この感覚は以前消滅しかけたときと同じ──

 

「んもー、暴れすぎよ」

 

 不意に殺意の尻尾がお腹に巻き付く。抵抗する間もなく引っ張られ、意識が朦朧とする中世界が崩れ落ちるような重い音を聞いた。

 

 気づけばごつごつした地面にぶっ倒れ、夜空を見上げている。黒い空は濃い土煙で陰っていた。視界の端にひしゃげた鉄骨と大きな瓦礫がたくさん見える。

 

「うぐ……」

 

 胸を割いた有刺鉄線は勢いを弱め、ほんの一、二本の細いそれが胸から飛び出ているだけだった。

 

 力を振り絞って起き上がろうとすると、めまいがして前のめりに倒れてしまう。

 

 それきり痛みと疲労感で動けない。指一本の感覚すらない。疲れた。

 

 するとひょっこり、視界に殺意の魔人が現れた。赤と黒の目が上機嫌に細まっている。

 

「建物が潰れちゃったわ。ここに住んでる人は気の毒ね?」

「……」

「ね、思い出したでしょ? 魔法まで使えたんだもの、ねっ?」

 

 そういえばそういう趣旨だった。とにかくこいつをぶっ飛ばしてやりたくて忘れてた。

 

 でも残念ながら、思い出すことは何もない。先程の思い出話を反芻しても他人事の印象は変わらない。

 

 魔人の私が、かつての魔法少女の魔法を使えたことには何か意味があるのだろう。

 

 だけどそれについて考える余裕はなかった。

 

「わわっ」

 

 殺意の魔人が振り返りざま、尻尾を薙ぎ払う。ぎいん、と火花を散らして何かが弾かれた。

 

 たゆが来てくれたんだ。私の居場所が分からなくても、マンションが崩落する轟音を聞きつけてやってきた。殺意は倒せなくても思いがけない合図になった。

 

 でもたゆ一人じゃ殺意の魔人に敵わない。どうにかもうひと頑張りして、たゆを助けなきゃ──

 

「あっは★ 見つけたよー殺意ちゃん★」

 

 呼吸が止まった。絶対に聞きたくない高周波めいた少女の声。

 

 瓦礫の山をゆらりゆらりと踏み越えて、近づいてくる影が見える。先程弾かれた何かはくるくると回りながら、その影に向かって落ちていく。

 

 それは戟だった。穂先に槍と三日月状の横刃を備え、長大な黒地の柄にマーブル模様の赤が散らされ、血流のようにうごめいている。

 

 無造作に戟を受け止め、土煙から姿を現した赤い魔法少女。黒地のレオタードに真っ赤なフリルをひらめかせ、原色の赤い瞳をぎらつかせるその姿は、

 

「みんな大好き魔族必殺★ レッドグラッジがあなたを必殺してあげるっ★」

 

 レッドグラッジだった。

 

 ……たゆは?

 

 

 

ーーー

 

 

 

「んもーっ、グラッジさん! 今サフィもまとめて狙ってたでしょ!」

「もろとも死ねば僥倖だ。魔族必殺こそ我が定め」

「もう、もうっ!」

「牛さんみたーい★」

 

 こちらを振り返りもしないレッドグラッジに、たゆは地団駄を踏みたくなった。しかし強烈な殺気と魔族の気配を前に、文句は呑み込むしかない。

 

 レッドグラッジの見据える先、崩落した建物の瓦礫の上に、異形が佇んでいる。

 

 男物のシャツ一枚を羽織った少女。漆黒の髪が足元まで伸び、ランダムな赤いメッシュがその上を走っている。長い前髪の間からどんよりとした赤と黒の虹彩がこちらを睨めつけていた。

 

 頭には魔人の証である一対のねじれ角。異形の証はそれに留まらず、三メートルはあるしなやかな尻尾がリズミカルに揺れている。頭や、シャツの裾から覗く太もも、膝に絆創膏と包帯があるものの、もっとも目立つ左腕の千切れた痕はそのままむき出しだ。

 

 しかしたゆにはその少女よりも、少女の後ろで倒れる小さな影の方が重要だった。

 

「サフィ……!?」

 

 拐われたサフィはまたも、ひどい有様だった。衣服は上下ともに破れて全裸に近く、ぐったりうつぶせに倒れて動かない。サファイアのように青い瞳はかすれ、たゆたちに朦朧とした視線を投げかけていた。

 

 まただ。

 

 また、サフィが何もしてないのに辛い目にあっている。

 

「落ち着け、パステルエッジ。死ぬぞ」

「く……っ」

 

 沸騰した感情は、冷静な声に鎮められた。大剣の柄を握る手が震え、力任せに剣先を瓦礫に突き立て、獣のように熱い息を吐く。

 

「えらいえらいっ★ よくできましたー★」

「約束ですよ。殺意の魔人を倒すまではサフィに手を出さないこと」

「分かってるよっ、さっきのはついで★ ヤツを前にして貴様と怠惰まで相手取る余裕はない」

「ならいいです」

 

 たゆはレッドグラッジの横に並び立ち、身を低くして大剣を構える。レッドグラッジも戟を殺意の魔人へと向けるものの、その切っ先は頼りなく揺れていた。同じく体もふらふらと揺れており、いつ倒れるかたゆは不安を拭えない。

 

 レッドグラッジは満身創痍だった。頭に包帯を巻きつけ、レオタードのところどころには血がにじみ、ひらひらしたフリルの下に覗く素肌には痣や擦り傷が大小無数にある。殺意の魔人と相討ちになった傷がまだ癒えていないのだ。

 

 しかし明らかに本調子でない格好ながら、魔人を見据える赤い瞳には一切の揺らぎがない。陰らぬ必殺の意思が自分たちに向けられませんようにと、たゆはひそかに祈った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 サフィが拐われてたっぷり半日、たゆは足止めを食らった。

 

 殺意の魔人が自ら生み出した五体の魔物は、自然発生するそれとは格が違ったのだ。とにかく固く、速く、強い。黒い大剣の刃がまともに通らず、わずかな切り傷を少しずつ切り広げ、触手を一本ずつ切断していくことでどうにか一体屠った。

 

 これをあと四度繰り返すなど馬鹿げている。が、逃げる素振りを見せると一転攻勢とばかり触手が雨あられと乱れ打ちされる。

 

 焦燥と危機感に煽られて動きが鈍りだした時、赤い救世主がやってきたのだ。

 

『必殺の時間だよー★』

 

 黒地のレオタードに赤いフリル、マーブル模様の赤い戟。レッドグラッジだ。

 

 レッドグラッジは戟のひと振りで一体、魔物を瞬殺していった。一撃ごとに魔族を必ず殺す運命の力が込められており、それは殺意の魔物が相手だろうと関係なかった。

 

 台風のような瞬殺劇にたゆが唖然としていると、レッドグラッジはたゆを無視して踵を返す。

 

 たゆはその後を追いかけた。

 

 無人の田舎道を走り抜けながら、グラッジが言った。

 

『なんでついてくるのかな?』

『グラッジさんの向かう先にサフィが居そうだからです! あと助けてもらってありがとうございました!』

『どーいたしまして★ でも怠惰ちゃんは今どうでもいいんだ★ 殺意の魔人を何としても殺さねばならん』

『えっ、相討ちで倒したんじゃ?』

『仕留め損ねた。パニックを避けるため情報統制を敷いている』

 

 たゆは殺意が必殺を免れたことに驚きを覚えるとともに、サフィを拐った謎の魔人の正体を理解した。

 

 あのかわいらしいねじれ角は間違いなく魔人のもの。しかし身にまとう禍々しさはサフィとは比べ物にならない。なぜか分からないがサフィは殺意の魔人に拐われたらしい。

 

 ということは、やはりレッドグラッジが向かう先にサフィがいる。殺意の魔人と共に。

 

『闇狩りは専門外だよ★ 見逃してあげるから失ーせーてっ★』

『協力させてくーだーさいっ』

『なんだと』

『実はですね』

 

 サフィが拐われたことを話すと、

 

『ふん、ヤツもあの目に感化されたか』

『目?』

『なんでもないよ★ 邪魔しないならごじゆーにどうぞ★』

『邪魔どころかお手伝いします! かわりに、殺意を倒すまでサフィには手を出さないでくれませんか?』

『いいよ、どうせそんなヒマないし★』

『約束ですよ』

 

 市街地へ向けて全力疾走しながら、こうして二人は共闘を取り決めた。

 

 田舎道が終わって市街地へ差し掛かったところで、二体の魔物に遭遇。たゆ一人では苦戦は確実な殺意の魔物だったが、レッドグラッジの固有魔法によって秒殺された。

 

 苦戦したのはここからだ。

 

『くんくん、くんくん。このあたりだと思うんだけど……』

『結構大雑把なんですね』

 

 レッドグラッジは鼻が効く。魔族の気配をなんとなく感じ取ることができる。

 

 とはいえ精密に居場所を絞れるわけではなく、集合住宅の立ち並ぶ一帯に大雑把な目星をつけるのが限界だった。

 

 避難した人々がまた住むことを考えると建物ごと消し飛ばすわけにはいかない。レッドグラッジは鍵のかかった居室の一つ一つに鼻を近づけ、魔族の匂いを探した。たゆはあてずっぽうに扉を蹴破ろうとしたが、『人様の家を壊すな』と真顔で怒られ、仕方なくベランダや窓から覗くにとどめた。

 

 そうしているうちに日が沈み、かと思うと建物の一つが倒壊した。

 

 駆けつけてみると、瓦礫の山と土煙の中に、異形の人影が見える。そこへすぐさまレッドグラッジが戟を投てきし、遅れてたゆが追いかける。

 

 こうして二人は、それぞれ求める魔人へ遭遇したのである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 よかった、ちゃんとたゆも来てくれた。

 

 しかも一人じゃなくて、状況的に一番頼もしい赤い魔法少女、レッドグラッジを連れている。殺意の魔人は怪我をして弱っているし、二人ならきっと問題ない。

 

 共闘の経緯は察せられる。レッドグラッジの優先順位は私より殺意の方が高いから、一時的に手を結んだんだろう。散々追い回されただけに、あの赤いのが味方についた頼もしさはすさまじい。がんばれ赤いの。

 

「ヒノ、ふらふらじゃない。無理しちゃだめよ」

「……『みなごろせ あかきえんさよ』」

 

 殺意の声には応えずレッドグラッジがつぶやくと、体が赤に輝く。髪が逆立ち、ひらりとした赤いフリルが炎のように燃え上がった。

 

 瞬間、赤い眼光をなびかせてレッドグラッジの姿が消える。気づくと私の目の前、殺意の背後に回り込んでいた。戟の刃が頑強な尻尾と鍔迫り合いをしている。

 

「ごめんね、ヒノ。私は殺される相手にはこだわりたいの」

「分かった、死ね★」

「女の子がそんな言葉遣いはダメよ」

「姉ヅラをやめろ汚らわしい魔人が」

 

 二人が動くと、私の目には追えなくなった。夜闇の中で赤い閃光とエナメル質の尻尾が火花を散らし、言い争う声だけが聞こえてくる。

 

 と、そこに黒い剣閃が飛び入りした。ひときわ高い剣戟の音を響かせ、動きが止まる。

 

「あれぇ、不意をついたと思ったんですけど」

「私は殺意の魔人よ? 殺気には誰より敏感なの、よっ」

 

 我らがたゆの突進突きは、切っ先を尻尾の先端で抑えられていた。器用にも尻尾の半ばでレッドグラッジの戟まで受け止めている。

 

 殺意が隻腕を軽く振るうと、慌ててたゆが距離を取った。しゃらん、と軽やかな金属音が鳴る。

 

 殺意の右手首、尺骨の突端から鎌のように湾曲した刃が生えていた。腕の倍ほどの長さがあり、峰は尻尾と同じ漆黒で、鎬のある刃は鋼色の鋭い輝きを発している。

 

「とーう」

 

 逆手に刀剣を握るようにして、殺意がその鉤爪を振るう。

 

 空気が悲鳴を上げて裂かれる。幾百もの花火が爆ぜたように爆発的な火花を散らし、たゆとレッドグラッジが吹っ飛ばされた。

 

 近くのコンクリート塊が紙吹雪みたくバラバラになってる。あの一瞬で何百回切り裂いたんだろう。

 

 距離を取って仕切り直し。よかった、たゆには怪我はない。レッドグラッジは元々包帯でぐるぐる巻きだからよくわからん。

 

 殺意は前腕鉤のある右腕を前にして半身に構え、長くしなやかな尻尾で自身を囲んでいる。

 

「お互い弱ってるけど、この分なら私の方が優勢ね。どう、日を改めない? セーカとまだ話したいことがあるの」

「殺意さん、お姉ちゃんはもういないんだよ★ そこの魔人ちゃんはただ目の色が似てるだけっ★ 現実見ようね★」

「そんなことないわ、だってさっき」

「スキありっ!」

「ないってば」

 

 たゆが正面から斬りかかる。あえなく前腕鉤に防がれるも、そのまま力ずくで振り切って体を横へ逃した。離れ際に大剣を振るい、刃から黒い三日月型の光波が発射される。これは尻尾にかき消され、スキを見たレッドグラッジが追撃し、またも視認不可能な攻防が始まった。

 

 三人が戦うのを見ながら、ふと考える。

 

 結局私ってなんなんだろう。

 

 二年前に生まれたその瞬間から、私は怠惰の魔人としての自我があった。たゆと出会いサフィの名を貰ってその認識を強めたけど、殺意の魔人が言うには、私は魔法少女ブルーグレイスこと赤井青華でもあるらしい。

 

 そんなの殺意の勝手な思い込みだと思ってたら、なぜか身に覚えのない魔法が使えた。魔物の触手でも怠惰の魔人の権能でもない、魔法の有刺鉄線。この事実があるから殺意の妄言だとは言えなくなった。

 

 グリーングリームの思わせぶりな発言も今になって意味が通る部分がある。私の心はどこから来たのか。人々の抑圧された思いが集まったからといって人格が果たして生まれるのか──生まれない、とあいつは言いたかったんだろう。

 

 魔法少女は人類の思いの受け皿。死後もその魂が受け皿として機能し、負の情念を受け取って魔人になる……のかもしれない。

 

 曖昧だけど証拠なんてないし、今でもセーカとしての記憶が出てこないし。もしかすると魂というより、魔力の残滓みたいなものが魔人の核になるんじゃないか。知らんけど。

 

 世界の仕組みなんて知らん。

 

 とにかく大事なのは、私がセーカの魔法を使えること。

 

 そして──

 

「いいわ、終わりにしましょうヒノ」

「グラッジさん!」

 

 魔法少女がピンチってことだ。

 

 どんなチャンバラアクションを挟んだのか見当もつかないが、魔人の尻尾がレッドグラッジの脇腹に突き刺さっている。

 

 レッドグラッジは知らぬとばかり斜め前へ踏み込む。腹の肉が引きつり、傷口が横へ広がる。血しぶきを上げながら殺意の魔人へ迫る。

 

 前腕鉤と戟が激しく打ち合い、鍔迫り合いを挟んで両者が離れた。

 

 膝をつくレッドグラッジ。たゆが慌てて駆け寄るも、荒々しく振り払われた。

 

「死んじゃいますよ!?」

「知ったことか。魔族は殺す、必ずだ」

 

 血を吐き、足を震わせながらも戟を杖にして立ち上がる。たゆはドン引きしていた。

 

 おいこら、引いてる場合か。レッドグラッジが死んだら一人になるんだぞ。そしたらどうやっても殺意の魔人に敵わない。たゆは殺され、私は一人になる。殺意の魔人に覚えのない愛を延々語られることになる。

 

 以前の私なら、そうならないようこの時点でたゆを突き放していたかもしれない。私は殺意の魔人と結婚するのでたゆは捨てます、みたいな。そしたらたゆが殺意にこだわる理由なくなるし。

 

 でも、今の私は欲張りだ。たゆに傷ついてほしくないし、レッドグラッジも死んでほしくないし、私もたゆと一緒にいたい。

 

 だから頑張ってみよう。もうひと頑張り、頑張らない怠惰の魔人ちゃん最期の頑張りを見せてやろう。

 

「んもう、時間稼ぎますからせめて血止めてください! そのくらいの魔力はあるでしょ!」

「ないんだなーこれがっ★ あっは★」

「ちょっ」

 

 夥しい流血を撒き散らしながら戟を振り回すレッドグラッジ、慌ててその援護に回るたゆ。殺意は目を細め、確実な止めを刺すときを窺っているみたい。

 

 時間はあまりない。

 

 私はうつぶせのまま、手を胸の穴にあてがう。そこから飛び出た有刺鉄線の端を思い切り握った。鋭い棘に指が焼けるように痛む。

 

 それから全身に力を入れて仰向けになる。胸の有刺鉄線を全力で外へ引っ張った。

 

「──」

 

 ちょっと意識が飛んだ。

 

 人の思いで出来た肉が千切れ、胸の内にある核はがりがり削れていく。このまま大事なものが削れて死んだらどうしよう、怖い。

 

 怖いけど、たゆが殺される方がもっと怖い。

 

 じゃあやるしかない。

 

 両手で鉄線を握り直し、

 

「く……うああああっ!」

 

 一息に引き抜いた。

 

 栓を抜いたように、体の内から有刺鉄線が溢れ出す。これをみんな殺意にけしかけてやればきっと──

 

 と思っていたら、鉄線が言うことを聞かなくなった。

 

「な、なに……?」

 

 噴水みたく湧き出る有刺鉄線。私の体積の数十倍はありそうな鉄の束は、私の頭上でとぐろを巻き、小さく高密度に圧縮されていく。

 

 がりがり、じゃらじゃらと金属が擦れ合い、やがて現れたのは長柄の槍だ。柄から穂先までまじりっけのない原色の青い槍、いや穂先の肉厚な両刃を見ると矛だろうか。レッドグラッジの戟と同じくらいの長さだ。

 

 柄の半ばから刃にかけて、鉄線が巻き付く。青く刺々しい矛の形に収束した。

 

 時間にして二秒もない高速の出来事だった。

 

「グラッジさんっ!?」

 

 切迫したたゆの声。

 

 見ると、レッドグラッジが血飛沫を上げて垂直に宙を舞っていた。しかしその瞳は輝きを失わず、なぜか殺意の魔人ではなく私の方を凝視している。そのスキをつかれたんだろう。

 

 殺意の魔人の尻尾と鉤爪は、この瞬間どちらもたゆに向けられている。

 

 痛みと疲れが認識の彼方へぶっ飛ぶ。

 

 飛び起きて走り出す。

 

 手をかざした。青い矛がひとりでに手へ収まる。

 

 走りながら槍を引いた。

 

 殺意の魔人の背中がみるみる眼前に迫る。

 

 容赦はしない。狙いは心臓、魔人の核。背中を晒している、大丈夫。

 

 と、魔人が振り返った。尻尾が揺れ、前腕鉤がぎらりと光る。

 

 相討ちでもぶっ飛ばす。

 

 そのつもりだったのに。

 

 殺意の魔人は笑っていた。

 

 幸せそうに片腕を広げて、まるで受け入れるように。

 

 その意味を考える時間も、今更躊躇する余裕もなくて。

 

 私は走る勢いそのままに、矛を突き出した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 魔人は殺されるために生まれてくる。

 

 見ないふりをした思いを人に思い出させた後、魔法少女に殺される。それがすべての魔人の役割。何度となく魔人として生まれ、殺されるうちにそう悟った。

 

 だからせめて、好きな人に殺してほしかった。

 

 初めて優しくしてくれたあなたに。初めて認めてくれたあなたに。ただ消えるなんて嫌だった。

 

 あなたは優しいから、きっと頼んでもやってくれない。

 

 だからあのとき、あなたを殺しちゃったあのときはチャンスだと思った。私の癇癪を返り討ちにしてくれる。殺してくれると思ったから。

 

 なのにあなたは私を檻に閉じ込めて逃げちゃった。

 

 封印の中は寂しくて辛くてつまんなくて、外に出たら今度こそ、って張り切ってたの。ヒノでも緑おばさんでも世界の仕組みでもない、私が大好きなあなたに、私の死をあげたい。

 

 やっと受け取ってもらえた。

 

 ありがとう。

 

 またね、セーカ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 貫いたコアから、矛を通して思いが伝わる。殺意の魔人からセーカへの、ひたむきでまっすぐな感情だった。

 

 殺意の魔人の体は繊維がほつれるように光の糸へ変じ、空気中へ消滅していく。あれほど強大な力を振るっていたのに似合わず、あっさりとほんの数秒で、魔人の存在は欠片も残さず消えた。

 

 それは私の矛も同様だった。矛に絡んでいた有刺鉄線がばつんと千切れ、青い槍は煙のように霧散してしまう。

 

 そのとたん、力が抜けた。指一本動かせない。

 

「サフィ!」

 

 たゆが受け止めてくれた。トゲトゲしたダークなアーマーは抱かれ心地最悪だった。ちくしょー。

 

「サフィ、さっきのって一体、って胸に穴あいてる!? あわわわどうしよどうしよー!」

「落ち着け、痛くないから。寝たら治る」

 

 たぶん。手首千切れたのも治ったんだし治るだろ。自分よりパニックなたゆを見てると逆に冷静になった。

 

 さて、怖い魔人もいなくなったしあとは家に帰ってしばらく休み、たゆとイチャイチャ──

 

「ふざけるな」

 

 とはいかない。

 

 がきん、ともはや聞き慣れた金属音。レッドグラッジの戟をたゆの大剣が受け止めた音だ。

 

 たゆは素早く剣を払い、距離を取る。全身血だらけでわなわな震えるレッドグラッジが、血走った目で私を睨みつけていた。

 

「今のは我が姉の武器だ。軋む抑圧の矛。なぜ貴様の、魔人の体から出てきた」

「あー、たぶん、私の何割かはブルーグレイスっぽいのよ。死に際の遺志か、それとも魔力の残滓かは分からんけど。それでちょっと使えるみたい」

 

 感覚的な推測だけどね。しかも使えるといっても、ほとんど自爆に近い。なんたって魔族を倒すための魔法を魔人の体で使うわけだから、見た目通り超痛いしコアにも悪い。

 

「サフィってハーフなんですか?」

「半分かは分かんないよ。魔法が使えるってだけだし」

「ふーん」

 

 不思議そうに首をかしげるたゆ。

 

 するとレッドグラッジは、まなじりが裂けそうなほど目を見開き、無表情で言った。

 

「固有魔法は世界で唯一つ。ましてや同一の武器など存在せん」

「そ、そうなの」

「本当に……お姉ちゃんなのか……」

 

 がっくりと頭を垂れ、戟の穂先が瓦礫に落ちる。赤い体は小刻みに震えている。

 

 お姉ちゃんなのかと言われても、私にセーカだった頃の記憶はない。うう、言いにくいことを言うしかないのか。

 

 気まずい空気をとりなすように、たゆは口を挟む。

 

「もう会えないはずの姉妹がまた会えた。よかったですね、二人とも!」

「よかった、だと?」

 

 がきん、と例の音。

 

 たゆは慌てて剣を払いながら飛び退り、信じられないものを見るような目をしていた。

 

「な、何やってるんですか? サフィはグラッジさんのお姉さんなんでしょ?」

「違うよっ★ お姉ちゃんは五年前に死んだの★ そこの魔人ちゃんは、お姉ちゃんの力を偶然取り込んだだけの魔族っ★」

 

 戟を裏拳のように振り抜き、大きく両腕を広げた姿勢で、レッドグラッジは満面の笑みを浮かべている。

 

「魔族は殺す★ みな殺す★ どんな性質であろうと、有害無害にかかわらず、魔族は絶対必ず決して殺すっ★」

 

 流血と腹からわずかに漏れるハラワタをものともせず、必殺を語るレッドグラッジの姿は異様だった。

 

 私とレッドグラッジはボロボロだけど、たゆはほぼ無傷に近い。すぐに逃げれば撒くのはたやすい。

 

 でも逃げる前に、聞いてみたかった。

 

 何が彼女を必殺に駆り立てるのか。

 

「ねえ、レッドグラッジ。どうしてそこまで──」

「どうして? どうして、と聞いたのあなた? がはっ」

 

 うわっ、食い気味に応えたと思ったらめっちゃ血吐いた。たゆが頬を引つらせて一歩引く。

 

 だけどそれ以上動くことはできなかった。

 

 レッドグラッジが不意に浮かべた、泣く寸前の子供のような表情に、そろって言葉を失ったから。

 

「決まっている……必殺を怠り……魔人に情けをかけ……それ故に殺されたのは──」

 

 戟が大きく後ろに引かれ、

 

「貴様なのだぞ、お姉ちゃんッ!」

 

 必殺の突きが放たれた。

 

 が、狙いは逸れている。切っ先は私たちの足元の瓦礫に突き立った。

 

 戟を手放したレッドグラッジは、今にもつまずきそうな、ふらついた足取りで近づいてくる。

 

 たゆは息を呑み、距離を取ろうとしない。私は一歩も動けないほど疲れているけど、もし動けたとしても逃げたりはしなかっただろう。

 

 レッドグラッジは泣いている。血の涙を流している。

 

 一人で泣いている女の子を放っておくわけにはいかないのだ。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」

 

 たゆに寄りかかる私に、レッドグラッジが縋りついてくる。穴の空いた胸板に頬をすりつけて、大声で泣きわめく。

 

「必殺しなきゃ……使命だから……私たちみたいに、悲しいことになるから……魔族は、魔法少女はみんな……」

「うん、そうだね」

「うぅ、うわあああぁん!」

「ぐすっ、ひっく、ずず……」

 

 レッドグラッジ、もとい赤井緋乃が慟哭している。たゆももらい泣きだ。

 

 どうしよ、この子の姉としての自覚はまったく蘇ってないんだけど。ていうか「姉の力を偶然取り込んだだけの魔族」って言ってなかったっけ。私は赤井青華その人ではない。

 

 たぶん、理性では分かってるんだろう。それでも私に姉の断片を感じ取り、縋っている。もうちょっと付き合おう。

 

 時間にして数分ほど、緋乃は大粒の血涙を流してさんざん泣きわめく。もらい泣きするたゆの分も合わせ、私は美少女二人の涙と鼻水にまみれた。全然嬉しくない。

 

 その流れを断ってくれたのは、空気をパタパタと叩く轟音だった。

 

 音に釣られて見上げてみると、夜空に真っ赤な色合いのヘリが飛んでいる。

 

 ヘリは緩やかに旋回して私たちの真上につけ、徐々に高度を下げてくる。近づくにつれ、赤一色の機体のそこかしこに「必殺」と白抜きされているのが見える。

 

 色と文字からして間違いなく魔族必殺機構のものだ。ヘリまで持ってるのか。

 

「お迎えだね★」

 

 緋乃が私の体から離れた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの泣き顔を、くしゃりと笑顔の形に歪める。

 

 くるりと背を向け、ホバリングするヘリの元へ緋乃は歩いていく。

 

「レッドグラッジさん!」

 

 たゆが鼻水をすすりながら、ローターに負けない大声で叫んだ。

 

「お友達になりましょう! サフィに、お姉さんに好きなときに会いに──」

「勘違いしないでよね★」

 

 緋乃は振り返り、抉れた脇腹を手で抑えながら、

 

「魔力も血も足りないから、今日だけ見逃してあげる★ 必殺の意思に変わりはないよっ★」

「そんなぁ……」

「でもね」

 

 思い出したように手をかざす緋乃。瓦礫に突き立った戟が自律して動き、すんなり緋乃の手に帰る。

 

 肩で武器を担ぐと、今度こそ緋乃は振り返らない。

 

「あなたたちには借りができちゃった★ それに、不毛な鬼ごっこより殺せる魔族を殺した方が、世のため人のためっ★ だから──貴様らを殺すのは最後にしてやる」

 

 それきり垂直にジャンプして、低空のヘリに飛び乗る緋乃。血まみれスプラッタな緋乃を迎え、ヘリの中が阿鼻叫喚と化しているのが見えた。

 

 ヘリはわたわたと上昇し、来た時よりも気持ち素早い動きで飛び去っていった。

 

 後には無人の瓦礫の山と、私とたゆが残される。

 

 東の空が白んできていた。もうじき夜が明ける。避難民が帰ってくる前に退散しないといけない。

 

「たゆ、帰ろ……」

 

 もちろんそんな元気が残ってるわけないので、たゆの体に寄っかかって、そのまま寝落ちした。

 

 疲れた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『レッドグラッジ、療養へ』『ありがとうレッドグラッジ』『グリーングリーム、惜しむ声』『マンション倒壊、魔物の仕業か』

 

「世の中は今日も忙しない」

「ですねー」

 

 いつもの丘の上の一軒家、リビングのソファにて。たゆの膝に座った私は、後頭部でたゆのおっぱいを楽しみつつ、意味のないネットサーフィンに興じていた。

 

 私が拐われ、有刺鉄線まみれになってから一か月後のことだ。暑い夏は終わり、外では蝉の死骸が転がる上を赤とんぼが飛んでいる。

 

 魔人が魔法を使った影響なのか、長期間昏睡に陥りたゆには大層心配をかけた。目覚めたときにはぎゃん泣きしながら私を抱きしめ、なかなか離してくれなくてたいへんだった。

 

 テレビやネットは殺意の魔人と、それに関わったレッドグラッジ、グリーングリームのことをしきりに語っている。

 

 グリーングリームが盛大に惜しまれているほか、もっとも熱いのはレッドグラッジへの称賛だ。

 

 表向き、殺意の魔人は封印消滅直後の戦いで討伐されたことになっている。ではその後、殺意に拐われた私がぶっ壊した建物についてはどうなったかというと、魔物が壊したことされた。

 

 レッドグラッジは瀕死の重傷を負いながらも、町を壊す悪い魔物を無理して退治に行った、とされているのだ。

 

 ニュースのキャスターや専門家は、この働きぶりを鼻息荒くして褒め称えていた。

 

『まったくレッドグラッジ氏の献身には脱帽という他ありません。全治二ヶ月の怪我を押してまで自らの使命を果たそうとするその赤心、心意気! まさに魔法少女の鑑でありましょう』

『本当にそのとおりですね。最新の情念予報によりますと、魔物の発生はしばらくないとのことですので、どうかこの機に休んでいただければというところです』

『政府は殺意の魔人を討伐したレッドグラッジ氏、グリーングリーム氏らに魔性栄誉賞を授与すると──』

『両氏は史上初の魔法少女等身大フィギュア化する見通し──』

 

「へいへい、すごいすごい」

 

 まったく同じことばかり、飽きちゃった。電源を消す。

 

 カバーストーリーとはいえ、レッドグラッジが怪我してるのに無理して働いたのは事実だ。その点を褒めるばっかりなのは変な感じ。人類は頑張って働くのがよほど好きなんだな。

 

 私は何一つ頑張りたくない。こんな私をもっと見習うがいい。

 

「いやあの、サフィが『頑張らない』とか言っても説得力皆無ですからね?」

「言いたいことは分かる。でも最近のはみんな不可抗力さ」

「だからって……はい、もういいです。これからはなんにも頑張らなくていいですからね」

「もちろんだとも。うへへ」

 

 スマホを放り出し、たゆと対面で向き合う。おっぱいに顔を埋めるとたゆの匂いと柔らかさに包まれ頭がぼうっとしてくる。鼻をすりつけると、くすぐったいのかたゆの体が小刻みに揺れ、「んふ」と熱っぽい吐息が漏れる。かわいい。

 

 好きな女を抱いたり抱かれたりするのは最高だ。私はもう何一つ頑張ることなく、食べて寝てえっちして過ごすのだ。

 

 今回は私の方からちゅーしてやろうとすると、

 

『やあやあ、すっかり元気みたいだねぇ〜、よかったよかったぁ〜』

「曲者ぉ!」

 

 もう二度と聞きたくない声が空気を震わせた。

 

 たゆが瞬時に変身して大剣を横薙ぎするも、曲者の姿はない。立ち上がったたゆの後ろで、私も胸に手を当てて警戒を強める。痛いからこの力は使いたくないけど、場合によっちゃやむを得ない。

 

『争うつもりはないよぉ〜』

「どうだか」

「正直死んでてほしかったなー」

 

 空気そのものが喋っているような感覚、間延びした声。間違いなく最年長魔法少女、グリーングリームだった。

 

 固有魔法は何にでも擬態する力だから、そりゃ致命傷でも死体でも死を装える擬態はいくらでも使えるだろう。なぜ生きているとは今更聞かない。

 

『ひどいなぁ〜。今日は感謝しにきたんだよぉ〜』

「何にですか?」

『闇狩りへのご協力、ありがとうございましたぁ〜』

「は?」

 

 意味が分からない。

 

 たゆと顔を見合わせていると、空気は一方的に長々と語りだしたのだった。

 

 現代の闇狩りは魔法少女の心に巣食う闇を狩る──ぶっちゃけ魔法少女専門のメンタルケア担当である。

 

 その代表であるグリーングリームが担当していた少女こそ、レッドグラッジだった。

 

『あの子はねぇ〜、人類の怨嗟で魔法少女になったんだよぉ〜。大切な人を魔族に奪われた、やるせない思い。行き場のない怨み、無力故に抑え込む他ない魔族への怨嗟。本人も魔族憎しだから力ばっかり強くなってぇ〜、心は砕ける寸前さぁ〜。その心を救いたかったのぉ〜』

 

 ただ、具体的に何をすればレッドグラッジの闇を狩れるものか、グリーンは悩んだ。殺意の魔人を倒せば復讐を果たして怨嗟が晴れるのか。

 

 そうして悩む内、たゆが闇狩りの対象になり、噂を聞きつけやってきたとき、私に出会った。

 

『ブルーグレイスにあんまりそっくりでびっくりだったよぉ〜。まー確証はなかったけどぉ、キサマの内からブルーグレイスを引っ張り出しちゃえばぁ〜、殺意の魔人もイチコロだしレッドグラッジは大好きなお姉さんに再会できる。一石二鳥だったわけぇ〜』

「確証もなしにあんなことしたんか……」

 

 ちょっと、いやかなり引いた。

 

 たしかにブルーグレイスが再来すれば、レッドグラッジの心の闇をあらゆる面で癒せるかもしれない。殺意の魔人を取り逃がすこともなかっただろう。だからってあの仕打ち……思い出したら腹立ってきた。

 

『追い込んだら出てくると思ったんだけど、甘かったねぇ〜。まあまあ、ボクもそのせいで殺意にひどい目に遭わされたし、おあいこおあいこ』

「しばくぞお前」

『考えうる限り最悪だったんだよねぇ〜殺意は倒せなかったしグラちゃんは大怪我するし。そしたらなんか、知らないうちに魔人も闇も狩ってくれたじゃん? だからありがとぉ〜。おかげで私も隠居できて大感謝だよぉ〜』

 

 こいつありがとうが出来てもごめんが出来ないやつだ。

 

 世間的に死を装っているのは隠居するためらしい。こいつほどの大ベテランなら引き止めが激しそうだ。だからってあの地形が変わるレベルの大乱闘を自分の老後生活に利用するあたり、本当に食えないやつだった。

 

 レッドグラッジの闇が狩られたと言われても実感が湧かない。

 

 でも別れ際の、『貴様らを殺すのは最後にしてやる』という言葉。どこか晴れ晴れとしたあの言い方を思い返すと、闇狩ったのかなぁ、なんて気にはなる。

 

『それだけぇ〜、じゃあばいばーい』

「待って待って、ついでに聞きたい」

『なぁにー?』

 

 こんなろくでなし魔法少女にはさっさとどっかに行ってほしいけど、その前にこれだけは聞かなきゃ。

 

「魔人は魔法少女なの?」

 

 結局私は何なのか。ブルーグレイスの魂が魔人のコアになったのか、それとも魔力の残滓が怠惰な思いと結びついているのか、はたまた別の理屈があるのか。魔人と魔法少女の関係と仕組みをこの際ハッキリ知っておきたい。意味深な言動を繰り返す最長老魔法少女なら知っていてもおかしくない。

 

 だけど返ってきたのは、身もフタもない内容だった。

 

『その質問に意味はないよぉ〜』

「どゆこと?」

『問いにも答えにも需要がないからさぁ〜。世の中ねぇ、需要のない情報はなかったことにされるんだよぉ〜? たとえそれが真実でも事実でもねぇ〜』

「はぁ」

『だから、そうだねぇ……』

 

 イマイチ分かるような分からないような物言いだった。

 

 空気はしばらく言い淀むと、

 

『キサマはキサマの思う自分であればいいと、思うよぉ〜』

 

 そう言いながら、徐々に遠ざかっていった。沈黙がリビングに満ち、張り詰めた空気が緩んでいく。

 

 やがてたゆが大きく息を吐き、変身を解いた。

 

「魔力消えました。帰ったみたいです」

「ほんと訳の分からんやっちゃな」

「そうですよもぉ〜、サフィぃ〜」

「よーしよしよし」

 

 無駄に緊張した分を埋め合わせるように、抱き合ってソファに倒れ込む。

 

 互いに薄い服の下へ手を伸ばしながら、息の合ったちゅーを交わす。唇をついばみ、なめ回し、中へ舌を入れて絡め合う。両手は気持ちいいところを探って激しく動き回っている。ここ最近のどたばたをふっとばすため、手付きは少し乱暴だ。

 

 でも気持ちいい。頭が真っ白になりそう。

 

 たゆも気持ちよくなってくれるといいな。

 

 その日はご飯もおざなりにして、一日中えっちした。 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 私の思う私というと変に哲学的だけど、要は今の私が私なんだろう。

 

 食べて寝てえっちして、寝たらまた食べてえっちする。必要最低限だけ頑張りながら、好きな女を抱いて抱かれて、呆れるほど無為無目的に時間を浪費していく。

 

 私は怠惰の魔人のサフィ。中身の何割かは魔法少女らしいけど、基本使わない。えっちの気持ちよさに脳みそを溶かすだけの怠惰な魔人ちゃん、それが私だ。

 

 最近頑張りすぎたせいか、マジで何もしたくない。どいつもこいつも私とたゆを引き裂こうとしてくるから頑張るほかなかった。

 

 でも、もう安心だ。レッドグラッジは丸くなったし、近所の危ない魔人もいなくなった。緑の怪物は行方をくらまし、闇狩りトリオは私たちの仲をむしろ応援してくれている。脅威はみんな去った。

 

 だから今度こそ、金輪際、一生涯がんばらないぞ。

 

 魔人ちゃんは、がんばらない。

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