夜明け前に 作:さいぜりあ
──────爆風が吹き荒れていた。
風が吹いているのはとある崖・・・・・・というよりはその崖近くの森で、もっと正確に言うなら戦場で、更に言うと死屍累々が積み重なる地獄である。
焼け焦げた岩肌や、人肉の燃える臭い。そこかしこを焼く炎。惨状とは成る程、こういうことか。
「・・・・・・がっは、っあ゛、」
そんな中、忍が一人倒れていた。七歳くらいの、幼い忍である。
忍は火の粉の舞う地面に長いことうつ伏せに倒れていた。しかし灼熱に数度炙られた頃に意識を取り戻し、途端肺に潜り込んできた熱風にえづく。
(しく、じった─────!)
喉を火で舐められているようだ。ざらつく痛みの後に、苦味が舌の根まで這い上がってくる。せり上がってくるものをそのまま嘔吐して、反動で身体を反らすように大きく喘いだ。
酸欠か、はたまた血が足りないのか。点滅する視界の中、必死で気絶する前の記憶を探る。
何が起こった、いったい何が。何のせいで、こんな事態に陥っている?
(爆発が、起こった。頭上から起爆札の束が降ってきたんだ。でもあの札の量で、地形が変わるほどの大爆発は起こせないはず。)
そうゲリラ戦の最中、青空を背に飛ぶクナイを目にタカを括った。火薬が仕込まれていれば、油でも塗っておけば、起爆札の威力は何倍にもはね上がるというのに。
戦場は基本何が起こるのか分からない。自分が想定した以上のことが起こることが当たり前で、あり得ないということは何もない。
なのに油断した。馬鹿だ。救いようのない阿保だ。だから今くたばりかけている。
(でも生きているのは何でだ、俺は爆発の中心部にいた。体が四散していてもおかしくはない。)
「あ、いっっぎ」
状況を確認しようと無理にもがいた少年は、激痛に呻いた。背中にかえしのついた銛を幾本も突き刺されているようだ。熱せられた地面に縫い止められ、歯を食い縛り渾身の力を出しても動けない。
「うそ、だろ・・・・・・?」
身をねじり、どうにかこうにか背後を振り返った少年は、目を見開いた。
大岩だ。爆風で飛んできた大岩に、胸から下を潰されている。
「くっそ、くっそ・・・・・・・・・!」
岩陰にいたから直に衝撃を受けず、助かったのだろう。だが逆を言えば、即死を免れてしまった代わりにゆっくりした苦しい死を手にいれてしまった。
ひくつく喉笛が凝り固まったように気道を塞ぐ。
刀は背中に背負っていた。クナイは腰のポーチだ。捕虜にされそうになった場合の自害用装備は襟につけていたが、腕がうまく言うことを聞かない。
(ここで死ぬ・・・・・・・・?)
一人で、ただ岩に殺される?
敵を屠ることもなく、一族の役にもたてず、たった一人で?
「・・・・・・・・・ぃ、ゃだっ!!」
(嫌だ、嫌だ!まだ死にたくない。父上、兄者!)
ずる、と伸ばした手で岩を引っ掻いた。固い地に爪をたてて、必死に体を引っ張る。
指先が火傷した。爪は剥がれた。いつしか、血さえも溢れてきた。
それでも少年は手を伸ばした。死にたくない、その一心だった。死に際の剥き出しの本能のまま、泣きじゃくりながら、忍の誇りなど投げ捨てて。
しかし、大岩はびくともしなかった。
(助けて、誰でもいい。誰か、)
父と、それから兄弟たち。幼い頃に死んでしまった母親のことが脳裏を駆け巡る。走馬灯だった。
「じに・・・・・・・・・たく、な゛っぃ、」
血塗れの手を幻覚に向かって伸ばす。優しく微笑んだような気配がして、母が少年の手にそっと己の物を重ねて────
「────いいよ。」
助けてあげる。と、母ではない声がした。
小さな手がしっかり少年の物と繋がれる。大人より小さいという意味で、大きさは少年とそう変わらない手のひらだった。手裏剣ダコがあって煤に汚れた、武骨な忍の手だ。
霞んできた視界の中、母の幻と被る姿に少年は瞬きをする。この人はいったい誰だろうか。聞いたことのあるような、ないような声音だった。シルエットから一瞬女の子かと思ったが、違うかもしれない。
「・・・・・・ちょっと濡れるかも。川の水、巻物に入るだけありったけいれたから。」
耳元で密やかにそう言われ、少年は微かに頷いた。それを同意と受け取ったのか、続いてシュルリと紐がほどける音がする。
激しい水音とともに、飛沫が僅かに体にかかった。焼けついた皮膚を癒すように水滴が流れていく。
「うあやば、」
そして、ピシッと音がした。続いて亀裂が入る音と、目の前に小石がパラパラ降ってくる。
と、しっかりと声の主に両腕を捕まれた少年は、痛みに呻く間もなく跳躍していた。「危な、」着地した地面で「怖い・・・二度とやらない・・・」寝かせられながら岩崩のような音が響くのにぼんやり耳を傾ける。
背中に触れる岩が冷たく、ひんやりと心地良かった。
「・・・・・・ここ、近くの崖。まだ燃えてないし、マシかと思って。」
「ぃ、ぅ・・・・・・」
「・・・・・・水?あるよ、飲める?」
礼を言おうとしたのだが、勘違いしたらしい声の主がごそごそと懐を探り出す。
訂正するのはいったん諦め、代わりに目を凝らして恩人の顔を見つめた。肩口まで伸ばした癖のない黒髪。あまり血色の良くない顔。涼やかな目元、それに───
「水・・・・・・ゆっくり飲んで、舐めるみたいに。」
────真っ赤な目に浮かぶ、勾玉が三つ。
(うちは─────!?)
口元に竹筒を傾け、甲斐甲斐しく世話を焼くうちは一族の子どもに、少年は目を見開いた。
うちはは少年と敵対する忍衆だ。長年しのぎを削りあい、殺しあってきた仇敵でもある。
(何で俺を助ける?同胞と間違えているのか、それとも捕虜にする気か?)
しかし己は見ての通り子ども、更に死に体ときた。助けるメリットなんて何も思いつかない。
「・・・・・・飲めた?気絶したの?」
身を強張らせながら、少年は固く目を閉じた。感覚が冴えてきたせいで、痛みも増していた。もう指一本動かすこともできない。印を組むことも何もできないだろう。
「死んでしまったの・・・・・・?」
だから、うちはが心細げな声で助けられなくてごめんねと呟いた時、少年はこれっぽっちもその言葉を信じていなかった。
冷酷無慈悲のうちはの忍の言葉など、いったいどうして信じれようか。
「兄ちゃん!無事!?」
「・・・・・・!ミメイ、良かった。生きてる・・・・・・。」
気配が増えた。軽い足音と、幼い声が聞こえる。会話から察するに弟か。
「大きい音がしたから、こっちに誰かいるんじゃないかって思って。兄ちゃんこそ、生きてて良かった・・・!爆発の時オレを庇って、気がついたらいなくなってたから、てっきり」
「俺は平気・・・擦り傷くらいだから。ミメイ、血が出てる。」
「ちょっとおでこ切っただけだもん、平気だよ・・・・・・ねぇ、ソイツひょっとして千手?」
新しく増えた甲高い声がぴたりと己の姓を言い当てるのを、少年は諦念とともに聞いていた。もう、駄目だ。
「・・・・・・うん、多分。」
「死んでるの?それとも生きてる?なら殺さなきゃ!」
跳ねるような明るい声音で「兄ちゃんオレやっていい?」という残忍なセリフが発せられる。
驚くようなことではなかった。
忍をしていれば、多少タガが外れた人間に出会うこともある。少年を何の思惑か救ったうちはの兄弟が、たまたまそんな輩であっただけだ。
「・・・・・・死んでるよ。行こう、ミメイ。」
「兄ちゃんが倒したの?すごい!せっかくだから首持って帰ろうよ。父様褒めてくれるかも!」
「・・・・・・大丈夫。早く部隊に合流しよう。マダラ兄さんが死ぬほど心配してる。」
「えーー!好きな物買って貰えるかもよ?お菓子とかー新しい忍刀とかー。」
兄ちゃんお古じゃん。と言う声に、いらない、と思ったより固い声でうちはは答える。
「・・・・・・今のでいい。兄さんの形見だし。あとお菓子って、ミメイが欲しいだけだろ。」
「じゃあじゃあ本は?兄ちゃん欲しがってたやつ!」
「いいよ、給金貯めて買うから・・・・・・。」
「・・・・・・ヤゲン兄ちゃん、つまんなーい。」
ほら帰るよと言ったうちはに従い、渋々と言った様子で子どもが石を蹴った。それに嘆息を落とした気配がして、続いて地を蹴る音が続く。
(・・・・・・どういうつもりだ?)
そのまま去っていく彼らに、生き延びた事実に、少年は驚愕した。
うちはの少年。伸ばした手を掴んで、救ってくれた少年。どうして彼は己を助けた?ただの気まぐれだろうか?
その後文字通り屍のように横たわりながら、少年はひたすら思考を巡らしていた。それらしい答えは出せなかったし、もし自分がうちはの立場だったら、岩の下敷きになった敵など確実に仕留めるだろうとすら思った。
(うちはヤゲン─────。)
その名を脳髄に刻みこみ、少年は意識を混濁の中に落とした。
彼のことは何も分からない。ただ、怨敵へ借りるには大きすぎる借りができたことは分かった。
(どうしようもないくらい、甘いやつ。)
それに、笑えるくらい忍に向いていないということも、はっきりと。