Episode:ZERO『悲しみが終わる場所』
あの日の事は今でも覚えているわ。
貴方はいつもボロボロで、1人傷付いていた。
あなたの戦いは、まだ終わっていないのかしら
それとも、生きる限りに続くのかしら?
どちらにしても、私は待っているわ
あなたが帰ってくる時を……………。
ウララさんの有馬記念一着のお祝いの品を探しに出掛けた帰り道、
建物に身を預けるようにして1人の男性が座り込んでいた。
身につけた服は所々切れており、赤く血が滲んでいる。雨が降り始めた時からそこに居たのだろうか?来ている服は水を吸収し見ただけでずぶ濡れだと判断できた。
そんな男性の様子を一言で表すなら、ボロボロ。男性は俯き、静かに涙を流していた。
「貴方は確か……」
そうだ、この人はウララさんのトレーナー。
「………何故こんなところに」
ウララさんのトレーナーは常に笑顔を浮かべていて、どんなウマ娘にも優しく接していた。こんなところにいるような、それもケンカをするような人には見えない。
それに、服を見た限り殴りや蹴りではなく何らかの刃物で斬られた事が考えられた。
「そこの貴方、大丈夫なの?」
こんなボロボロの様子の知人は流石に放置できない、一流のウマ娘は怪我人を見て見ぬふりして帰るような者ではない。
取り敢えず手当の出来そうな場所…学園の保健室なら医療器具はある程度揃ってるはず。一応、彼はトレーナーなのだし学園に連れていっても問題はない。
そう思いながら彼に背を向け、彼の腕を引いて背負う。
「しっかり掴まっていなさい」
そう言いながら彼を落とさぬよう学園へと走った。
──────────⏰──────────
「ごめんね、迷惑をかけて」
学園の保健室、ウララさんのトレーナーさんの傷を手当しているとトレーナーさんは申し訳なさそうにそう口を開いた。
前に授業で学んだ応急手当の心得がこんな所で生きてくるだなんて思わなかったわ。
「別に構わないわ、取り敢えず応急処置はしたから酷くなるようなら病院に行くことを勧めるわ」
「アハハ、ありがとう」
そう言って彼はいつものように笑ったが、どこか悲しげな雰囲気を纏っていた。
「それじゃ、私は帰るわよ」
そう言って使った医療器具をしまい、トレーナーさんより先に保健室を出て寮へと向かう。寮室に戻れば、元気なピンク色の髪の少女。同室のウマ娘であるハルウララが嬉しそうに近寄ってきた。
「キングちゃんおかえりー!」
「えぇ、そう言えばウララさん。貴方のトレーナーなのだけど──」
「え?トレーナー?わたしに?」
ウララさんに桜花トレーナーの事を伝えようとしたとき、何故かウララさんはトレーナーと言う言葉に不思議そうに首を傾げた。
「わたしにはトレーナーはいないよ!でもねでもね!会長さんや、チームのみんなが教えてくれたお掛けで有馬記念に勝てたんだ!凄いでしょー?」
「え、えぇ……そう、ね。」
ウララさん、何で桜花トレーナーの事を覚えていないの?
「えっと、ウララさん。この人なのだけど」
そう言って以前に桜花トレーナーとウララさんと私で行った遊園地で取った写真をウマホで表示する。遊園地の観覧車をバックにウララさんが撮った私とトレーナーさんが並んでいる写真。
「この人、もしかして……」
全く、ウララさんは大事なトレーナーを一瞬でも忘れるなんて桜花トレーナーに失礼よね。
「
え?
「ウララさん、今なんて……」
「キングちゃんトレーナーさんと契約したんだ!いいなー!わたしにはまだいないから、わたしも欲しいよー」
ウララさんもしかして、記憶喪失?
「あのウララさん、最近頭を打ったりぶつけたりしたかしら?」
「してないよ?どうしたのキングちゃん、なんか変だよ?」
「いや、何でもないわ」
そう言って私は次の日、桜花トレーナーの元を尋ねる事を決めた。
──────────⏰──────────
次の日、まだチームの人たちはいない時間帯に私は桜花トレーナーのいるはずであるトレーナー室へと向かっていた。
昨日と今日のウララさんの様子から記憶喪失の可能性が高い、故に桜花トレーナーなら何か知っているのではないか、そう考えたのだ。
トレーナー室の扉をノックする、だがいくら立っても返事がない。
「?入るわよ!」
そう言って扉を開いた目の前に広がっていたのは、地面に倒れている桜花トレーナーの姿だった。
「あなた、大丈夫なの!?」
そう言って桜花トレーナーに近付き、抱き起こす。取り敢えず胸が上下しているのを見る限り呼吸は安定しているみたいね。
「………寝てる、だけ?」
はぁ、心配して損したわ。
そうため息を着きながら、取り敢えずこのままは不味いのでとりあえず桜花トレーナーをソファの上に寝かせる。
疲れているみたいだし、今日は辞めておくわ。
そう思いながら、私はトレーナー室を後にした。
その次の日も、明後日も、明々後日も……。
あれから何日も桜花トレーナーと話せない日々が続いた。
たまたま外に出ていたり、ウマ娘のトレーニングを見ていて忙しそうだったり中々話せなかった。
そして私がトレーナー室に通うに連れて、可笑しな事に気付いた。
最初にウララさんが、次にナリタタイシンさんが。ルドルフさんが、マヤノさんがアヤベさんが、タンホイザさんが、カフェさんとトレーナー室に来なくなった。
チームメンバーの誰も居なくなってしまったトレーナー室。入ると、桜花トレーナーは悲しそうに笑っていた。
「えっとキングヘイローさん、だよね。なんの、用かな?」
まるで初めて会うような、そんな余所余所しい話しかけ方の桜花トレーナーに少しの疑問を持ちながらも、口を開いた。
「あら、あなたにはキングと呼ぶ権利をあげた筈よ?さぁ、わたしの名前は?」
いつものように、堂々とそう問うと桜花トレーナーは目を見開いて、その瞳から涙を流し始めた。
「え!?えっと………」
そんな彼の様子に思わず慌てる私を他所に、桜花トレーナーは目元の涙を拭うと口を開いた。
「キン……グ」
「よろしい」
そう言いながら近くの椅子に座る。
「何か、辛いことがあったのね。話してみなさい、私の経験からすると、人に話すと楽になることが多いわ」
出来る限りに優しく微笑んで、
「あぁ……」
彼が話したのは、私には想像を絶するほどに残酷で心が苦しくなる物だった。
3女神の像、彼女達に頼まれこの世界を守る使命を受けた。3女神から与えられた力は確かに強力だけど、その力を使う代償はとても大きな物だった。
それは自分の周囲の人の、自分に対する記憶の欠落。自分だけが覚えていても、外の人は貴方の事を忘れてしまう。
そんなの力じゃなくて呪いじゃない………
だから彼が必死で育ててきたウララさん達はここに来なくなったのだ。
私は、1つの結論に至り口を開いた。
「なら、私のカードを使いなさい」
そう、簡単ことだった。
私がトレーナーと何度も出会って、何度もカードを作れば良い。
「でも、それだと君は……」
「例え私が忘れても、貴方は私には会いに来なさい」
「え?」
「何度別れを重ねても……また、
なんで、なんで……
「お見事、素晴らしい走りでした」
選抜レースが終わり、沢山のトレーナーが私の元へとスカウトにやってくる。
それを断りながら周囲を見渡し、あの人を探す。
「特に最後の直線の勢い!凄かったデース!」
「負けちゃったか~いや〜逃げ切れると思ったんだけどな〜」
共に同じレースを走ったグラスさん、スカイさん、エルさんがそう私の走りを称えるが、一番欲しい声が聞こえない。
私を呼ぶ、ウマ娘の為なら文字通り命をかける事のできる一流のトレーナーの声が。
ご愛読ありがとうございます
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