ごくありふれた正義の味方   作:taiken

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人の噂ってすぐ広がるよね


ありふれた高校の日常その4

 

 

月曜日の朝、八重樫雫は剣道部の朝練を終えて教室に入ろうとしていた。教室が妙に騒がしい。

(ああ、いつものアレね。)

 

 日曜日の晩は、雫は何も言わずに衛宮邸を後にして、今朝何食わぬ顔で光輝から手帳を受け取った。女子の演技力を舐めてはいけない。盗み聞きをしていたなんて悟られてもいないはずだ。

 

 一足先に教室に入った光輝のまわりの女子が増えている。小学校、中学校時代から続く、お決まりの光景だった。

 大方、昨日の大捕り物が噂になったのだろう。光輝はまったくもって懲りないやつである。

(…まぁ、すぐに収束するわよ。)

 人の噂も七十五日。面白そうな話題があったので寄ってきただけで、他に話題があれば、すぐにそちらに寄っていく。

 

 光輝にとってはあまりにもありふれた、日常の一コマでしかないのだ。

 

「おっはようシズシズ!元気~?」

「ひゃっ!??」

 

 慣れた様子で女子たちに対応していく光輝を眺めていると、後ろから雫の胸をわしづかみにされた。

 

「ちょっと鈴!?」

 

 クラスのムードメーカーであり、最近、クラスでも指折りの変態であることが判明した谷口鈴である。

 

「えっへへ~。いい感触だった~。ありがとーシズシズ!」

「言っとくけど、訴えたら私が勝てるからね?」

 

 雫は鈴の奇襲に対して文句を言いながらも、鈴を突っぱねたりはしない。

 

 変態であることを除けば、鈴は顔が広く社交的な常識人だ。今まで雫や香織の周りにはいなかった、貴重な同性の友人なのだ。

 

(類は友を呼ぶって奴なのかしら……?)

 

 剣道部や道場の仲間を含めても、雫の交友関係に常識人は少ない。他と比べて背が高く、自惚れではなく美人で、剣道で突出した実力を持つ雫は、部内でもクラスでも近寄りがたい存在となっていた。

 

 本当に、香織以外で気安く付き合える友人は希少なのだ。ハジメに言った言葉に、何一つとして嘘は無い。

 

「シズシズ~。昨日は大変だったね。光機くんたちと映画行ったんでしょ?どうだったの?キスとかした(光輝くんと!)?」

 期待を込めた瞳で鈴が問いかける。完全に面白がっていた。

 

(ほら来た。)

 

 社交的で噂好きの女子というものは、常に話題に飢えている。雫も慣れたもので、淀みなく日曜日の話を繰り出した。

 

「あったよー(映画の中で)。」

 

「えっつ凄い凄い!!どうだったの!?」

 

 どよどよと周囲の女子が雫の言葉に殺気立つ。その視線を受けながら、雫は何でもないように答えた。

 

「映画の中でキスがあるって聞いてたけど、思ったのと違ったわ。」

「え、そっち?何だぁ……」

 

 つまんない、という鈴の言葉とともに、一瞬で周囲の殺気が霧散する。雫はそれにも慣れていた。

 何度も何度も遭遇したありふれた日常。

 

 光輝とはただの幼馴染で、そういう関係ではない。

 

 ……それが、八重樫雫が小学校から身に着けてきた処世術だ。

 人より少しだけ優れた実績があって、人より少しだけ容姿が優れている。それだけで寄ってくる男や、それだけで嫉妬する女子は、多い。

 

 だが、それでいい。

 雫にその感情を止めることは出来なくても、それを薙ぎ倒す術は身に着けているのだ。

 

 そうやって話し込んでいたところで、教室にまた一人クラスメートが入ってくる。鈴はすぐさまそちらに駆け寄った。

 

「おっはようシロシロ!昨日は楽しかった?」

 

 衛宮士郎である。弓道部の朝練を終えて、今日はゆっくりと入ってきたようだ。

 

「おっす谷口。昨日って何のことだ?」

 

「またまた~。とぼけてもこの鈴の目は誤魔化せない!光輝くんたちと映画を見たんだよね?どうだった?」

「流石谷口、地獄耳だな。何で知ってんだ?」

「いやー。何でだろうねー。」

 

 えへんと胸を張る谷口に、士郎は笑顔で受け答えをする。

「ああ。結構面白かったぞ、あの映画。谷口も観に行ったらどうだ?」

 

「む~。そうじゃなくてさー。クラスのヒロインと遊んで何か思う所は!?」

 そういう話題にされるのは鈴には面白くない。もっと面白そうな話を聞きたいのだ。

 それこそ恋の話とかを。

「…ば、馬鹿言え。友達と遊んだだけだろ。」

 が、士郎は気まずそうに顔をそらす。士郎だって健全な男子高校生として、クラスの中で評判の美少女とデートできたのは、嬉しくないわけではないのだ。

 休日の休養は、心の贅肉を豊かにするための栄養剤である。

 普段から休日返上で動き続けていた士郎にとって、友達や気になる女子と遊べたのが嬉しくないわけがない。

 

 たとえそれが、自分に相応しくないものであっても。自分がそれを享受する資格のない人間であっても、だ。

 

 

「ハイハイ、その辺で。期待してるような浮いた話とか無いんだから。おはよう衛宮くん。ごめんね、谷口女史は話題に飢えているのよ。」

 

「おう、おはよう八重樫。谷口、すまんがその話はまた今度な。授業が始まりそうだ。」

 

 そう言って、士郎は光輝たちの居る自分の席に足を運んだ。 

 

(……)

 その背中を見送って、雫は思う。

 

 ー出会うのが遅かった、と。

 

(もっと早く会っていたら、光輝も……)




谷口さんは今一番いい空気を吸ってると思う。
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