ごくありふれた正義の味方   作:taiken

13 / 35
今回は雫の過去話です。


ありふれた過去の話

 

「面っ!!」

 

 光輝の振るった竹刀から、思い切りのいい快音が響く。

 

 対戦相手はしかしそれに動じることもなく、淡々と間合いを図っている。今のは、相手が見せてくれた隙を打った光輝会心の一本だった。

 

 

 ありふれた休日の日曜日に、雫と光輝、そして八重樫道場の門下生たちは汗を流していた。いつもと違うのは、道場が招いた先生、藤村大河が稽古をつけてくれているということだ。今はかかり稽古の最中であり、雫は自分の番の稽古を終えて、綿タオルで汗を拭っていた。

 

 かかり稽古とは、攻撃側と防御側に分かれての稽古である。攻撃側が十分な速度、声、踏み込みで攻撃していれば、防御側はそれを受ける。十分でない攻撃があれば、容赦なく防御側はそれを切り捨てる。これを、攻撃側や防御側を入れ替えながら行っていく。

 

 攻撃側は絶えず自分自身の会心の一撃を放たねばならないので、攻撃側にとってやや面倒な稽古と言える。雫も休憩の番が終わると、再びその流れに加わった。

 

 しかしながら、光輝と雫の稽古への意気込みは高かった。雫は自分自身の今出せる全力を出し、声を枯らして竹刀を振るう。

 

 相手を変えて移動しながら、目的の相手、藤村大河へとたどり着いた。

 

 雫は、大河への礼を込めて、全力で竹刀を振るった。

 

 

 そして、全ての稽古が終わり。

 互いに礼を行い、道場の掃除をして解散となった。

「藤村先生。本日はお越し下さりありがとうございました。」

 父が大河に頭を下げるのに合わせて、雫も頭を下げる。

「いいえ。私の方こそ、お招きいただいてありがとうございます。本当に、久しぶりに楽しく稽古が出来ました。いいお弟子さんたちですね。」

 

「いやいや、そう言って頂けて光栄です。熱心な子が居ると、周囲も活気づきますからね。」

「ええ。あの光輝くんですね?」

 

「うちの出世頭ですからね、光輝は。」

 

 そんな大人同士のやりとりの後、父が去り、雫は大河に漸くお礼を言う事が出来た。

「あの、藤村先生。」

「うん?どうしたの、雫ちゃん?」

 

「私、むかし……小学校のころ、先生に相談に乗っていただきました。実は今日もそのお礼を言いたかったんです。

本当に、ありがとうございました。」

 

「……?小学校?」

「五年前のことです。」

 やはりと言うべきか、藤村先生は記憶に無いようだった。当然だろう。雫だって、最近まで記憶を封じ込めていたのだから。

 

 当時の雫は、ありふれた小学生だった。今のように休日はお洒落に気を遣うということもなく、今のように周囲より背が高いということもない。

 ただただ普通の、ありふれた小学生。

 今と違うのは、その時の雫は虐められていた、ということ。

 

 理由は単純だ。

 

 ……光輝と仲が良い。

 

 たったそれだけの理由で、女子たちは団結して雫を無視した。仲間の輪に入れてもらえず、それを光輝に相談すれば、そんなはずはないと否定された。

 

 クラスの皆が、そんなことをする筈が無いと。

 

 何も信じられず、家に戻って道場で稽古をする気にもなれず。

 橋の下で蹲っていたところで、見知らぬ高校生のおねぇさんに声をかけられた。おねぇさんは、竹刀袋と防具袋を下げていた。

 

「どうしたの?大丈夫?どこか痛いの…?」

 思えば当時の私は自棄になっていたのだろう。見知らぬ女性を警戒することもなく、そのおねぇさんに心を許していた。

 とんでもなく不用心な話だ。

 

「……痛くない。」

 

「そっか、痛くないか。そんな風には見えないなぁ。」

「……痛くなんかないもん。」

 

 女の人は何も言わずに、そっとハンカチを渡して、涙と鼻水を拭ってくれた。

 

 それをきっかけに、私はおねぇさんに全てをぶちまけた。

 家への不満、お洒落が出来ないことへの不満、クラスメイトへの憎悪、光輝への怒り。

 それらをすべて、おねぇさんは受け止めてくれた。

 

「……こんなことなら、好きになんてなるんじゃなかった。」

 確かそんな風なことを言った気がする。

 

「それは違うよ。誰かを好きになるって、凄く大切なことなの。」

 きょとんとした私に、その人は言った。

 

「雫ちゃんのお父さんもお母さんも、雫ちゃんのことが大好きだから、自分の好きな剣道をさせてあげたかったんだと思う。

大切な人には、自分の好きなものを好きになってもらいたいから。」

「そうなの?」

「そうなの。友達とペンの交換とか、交換日誌とかしない?」

「……うーん?」

 

「多分、お父さんもお母さんも、雫ちゃんが悩んでいることを話せば、分かってくれるんじゃないかな。光輝くんも、今は無理でも、分かってくれるよ。」

 

「……分かったらゆるす。」

「おっ、立ち直ってきたな?」

 

「……でもね。分かってくれるように、ちゃんと伝える。分かってくれなくても、伝える。伝えることが、大事なんだよ。」

 

 それから、私はおねぇさんのことが気になった。手に持っているのは、剣道の竹刀。

 この人も、剣道をしているのだ。小学生にとっての高校生は大人だ。そんな大人のおねぇさんは、何をしているのだろう。

 

「おねぇさんも好きな人いるのー?」

 今にして思えば、恐れを知らない質問だったと思う。

「……うん。そうだよー。いるよー。」

「どんな人―?」

 

「そうねー。いつも死んだ魚みたいな目で、無精ひげで、身の回りのことにだらしがなくて……」

「何で好きなの?」

 当時の私はそう言った、気がする。

 

 ……そうか。

 昔から、ツッコミキャラだったんだな、私。

 

「……でもね。凄く、寂しそうな人だったの。」

「……?」

 

「何か、もう色んなことに疲れちゃって、自分を好きになれなくなった。そんな感じがする人だった。」

「うん。」

「……そういう人は、大切なものを取りこぼすの。」

 昔の私は、その意味は分からなかった。

 今は、何となくだが分かる気がする。

 

「でもそんな人が、誰かの為に困ったようにしてるところを見て……支えてあげたくなって。でも、結局告白は出来なかったなぁ。」

「……分かんない。」

 

「それでいい。いや、むしろその方がいい!ちゃんと生きてればきっといつか、人を好きになって、この人の傍に居たい!って思う人に会えるから。」

「うん。私、頑張ってみる。」

 

 そうして、そのおねぇさんは私を家まで送ってくれた。

 

 …正直、藤村先生が言うような人が居るのかどうかは分からない。

 ただ。

 

 辛い時に、傍に居てくれる誰かが居るということは、それだけで心の支えになる。

 それを、藤村先生は教えてくれた。




この世界でも切嗣は……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。