ありふれた高校の体育祭は、幸利やハジメやその他大勢の願いもむなしく雨で潰れるということもなくつつがなく開催された。
綱引きは永山ら柔道部が、騎馬戦では龍太郎がそれぞれ土台となって活躍し、士郎たちのクラスは障害物競走でのアクシデントを乗り越え二位で午前の部を終えていた。
昼休み、士郎、光輝、龍太郎、雫、そして香織は屋上で龍太郎たちと持参の弁当をつまんでいた。綱引きで消耗した筋肉をいたわるために、タンパク質を摂ろうとする。そこに刺客がやってきた。
「お、いたいた。久々のシロシロ飯。から揚げおひとつ貰ってもいい?」
「なんだ谷口。今日は弁当はやらんぞ。自分のを食べてくれ。」
「えー。いいじゃん。ケチだなー。」
午後のリレーのために、今日は弁当では定番のから揚げを入れている。龍太郎にあげた分を渡すと、士郎の分が無くなってしまう。
士郎持参の弁当は、教室で広げると高確率で女子たちにつままれる。そのため、最近は弁当ではなく購買を利用するようになっていた。
「…ほらよ谷口。端っこの味の感想を聞かせてくれ。」
仕方が無いので、箸をつけていない卵焼きを渡す。
「ふむふむ。……カニかま?うーむ、味は微妙。」
「そうか。カニかま苦手か?」
「いやちょっと焼きが甘いかなー。あ、ブロッコリーはいいね。」
「すげぇ勢いで士郎の弁当が捕食されていく……」
龍太郎が呆れたように呟く。龍太郎は自分の家のから揚げと士郎のから揚げを交換していた。
「士郎、午後からのリレーは大丈夫なのか?本番で力が出ませんじゃ困るぞ。谷口さんも少し遠慮すべきだ。」
気付いた光輝が止めた頃には、士郎の弁当箱は空になっていた。
「気にするな光輝。こんな事もあろうかと弁当は二箱用意してきた。」
「ご馳走様!私の弁当のコロッケ食べていいよ。あれ嫌いなんだよねー。」
「じゃあ遠慮なく。……いただきます。」
そうやって弁当を食べながら、各競技についてそれぞれで話すことになった。
「女子は今ダントツの一位だろ?もう楽勝って感じか?」
「そだねー。シズシズのお陰で皆楽させてもらってるよ。」
「私は別に。香織がみんなをまとめたからよ。」
「皆雫ちゃんのお陰だって思ってるよ。」
雫は女子たちの中でも圧倒的な身体能力と、皆をまとめ上げるリーダーシップがあった。全員参加の綱引きで勝てたのは雫の指示あってのこと、というのが谷口の弁だ。本当のところはどうか知らないが。
「今日で皆が雫の良さに気付き始めるだろうな。」
「それは良さに気付いたんじゃなくて、実績にすり寄ってくるって言うの。」
「それでも、雫の努力の結果が認められたことに変わりは無いさ。」
腕を組んだ光輝がうんうんと嬉しそうに頷いている。
(……姉が褒められて嬉しい弟か。)
そんな光輝を見て、ふっと士郎は微笑みながら弁当をかきこむ。梅干しの酸味が、ほどよく疲れた体を癒してくれた。
「午後は玉入れに応援合戦に……まぁ、最後のリレー次第だな。光輝、雫、二人とも頼んだぜ。応援してっからよ。」
「自分はリレー出ないからって簡単に言ってくれるわね。」
「今日の雫なら絶対に負けはしないよ。」
「何で分かるのよ?期待が大きすぎるのも疲れるのよ?」
午前中の部で勝って以来、主に女子たちが雫に向ける歓声が大きくなっていた。悪意が無いのが分かる分だけ、雫にとってはタチが悪い。
「最近、雫は調子いいだろう?普段の鍛錬を思い出せば、これ位なんてことはない。それに加えて絶好調なら、全力を出せずに悔いを残す恐れもない。俺も同じさ。」
「……ま、それはそうね。お互い、ベストを尽くしましょうか。」
藤村先生との稽古以来、雫も光輝も普段の稽古により一層実が入るようになった。そのせいか、最近は体の調子がかなりいいのだ。
「士郎、お前も無理はするなよ。普段どうりやりゃ、後は光輝が何とかしてくれるからよ。」
「心配しなくても、俺は練習以上のことは出来ないぞ。アンダーさえ成功すれば、あとは流れだ。」
今回、士郎たちはアンダーハンドパスによるリレーを選択した。
士郎たちの身体能力は低くないが、陸上部が出場する分、個々のタイムではどうしても二組や三組に劣る。勝利のためには、安定感のあるオーバーハンドパスではなく、アンダーハンドパスによるリスクを取るしかないのだ。
そして、午後の部が始まった。
午前中の競技に出場しなかったハジメや幸利、その他の生徒らが玉入れで奮戦する。彼らの健闘も虚しく、玉入れでは好成績を出すことは出来なかったが、借り物競争や組体操などの競技を消化して、順位を挽回していく。
リレーを残した男子の順位は二位。対する女子は、圧倒的な団結力で一位をキープしていた。
クラス対抗リレーは女子からのスタートとなる。雫や園部といった代表選手らが所定の位置につき、念入りに作戦を確認し合っていた。
士郎は龍太郎らと観戦しながら、女子に声援を送った。
(とんでもない声援だな……)
それが女子の中でも、特にただ一人の生徒への期待によるものだと察することが出来た。皆が、雫の走りを期待していたのだ。
そして、開始の合図が下る。
「……位置について。用意……」
ぱんっと弾けるような音と共に、リレーが開始される。それと同時に四人が走り出すが、園部はわずかにスタートダッシュで出遅れてしまっていた。
(……まずいな。焦らなきゃいいが。)
その士郎の不安は的中した。四位でのスタートとなってしまったことを悔いたのか、園部の表情に余裕がない。女子はオーバーハンドパスを選択したようだが、バトンパスの段階になって若干のもたつきが見えた。
大方の予想に反して出遅れたスタートとなったが、まだ勝負は分からない。無慈悲に進んでいく前の選手たちを追う女子に、士郎たちは声援を送る。
すると、運が今度はこちらに向いた。
二位のチームに、バトンパスでのもたつきがあった。アンダーのタイミングを間違えたのだ。彼女たちを責めることは出来ないだろう。
士郎たちも一歩間違えればああなるというミスだった。結果として、二位だったチームは三位に順位を落とし、三人目の走者に入れ替わるときは、すでに雫のクラスが真後ろにきていた。
そこからは、劇的な展開になった。
三人目の走者である菅原は、本人の能力以上に奮戦したと言っていいだろう。士郎の記憶では普段の体育では手を抜いていたが、思った以上に軽快な走りで三位になり、二位との差を縮めていった。
そして、雫へとバトンが渡された。
その瞬間に、会場の雰囲気が一変した。女子たちの黄色い声援が雫に降り注いだのだ。
一位とは既に六十メートルほど距離があった。だが、雫はそんなことは関係ないとばかりに猛追する。園部の走りが霞むほどに、その速度は女子の中では頭一つ抜けていた。
二位は、雫に抜き去られて三位となっていた。
残り二百メートルのコーナーを曲がったところで、一位の女子は勝負をかけた。ギアを上げ、追いつかれまいと速度を上げる。
しかし。
雫はその走りを上回った。全力だと思われたスタートダッシュは、どうやら雫の全力ではなかったらしい。
残り百メートルで、二人の距離はもう僅か。
女子も男子も、檜山もハジメも一緒になって応援にまわる。
……その声援が功を奏したのだろうか。
否、それは違うだろう。
光輝の言葉を借りるなら、雫は全力を尽くした。その雫の全力が、一位だったチームを走破した。走り終えた雫は、荒い息を吐きながらリレーメンバーに抱きつかれていた。
雫たち女子は、圧倒的な一位で体育祭を終えた。
原作の八重樫さんは最終的な敏捷ステータスが光輝以上になるので多少はね。
ましてや学校ではカルト的な人気があるし。