さてどこまでFate側の設定をありふれに増やそうか
雫たちの勝利で、女子の部は幕を閉じた。その結果として、男子リレーである光輝たちへかけられる期待も大きなものになっていた。
「っべーよ。これ完全に男子も勝てよって流れじゃん。」
可哀想なのは第一走者の遠藤だった。普段から地味で目立たない存在であるにも関わらず、自分以外の要因が原因で注目されてしまったのだ。緊張で膝が奮えそうである。表情にも笑顔がない。
「遠藤、こういう時は周囲をカボチャだと思うんだ。そうすれば緊張なんてせずにすむ。」
「光輝、それだと笑っちまって力が入らないぞ?」
遠藤の緊張をほぐすためにボケをかます光輝と士郎に対して、第二走者の檜山は具体的なアドバイスをしていた。
「遠藤。おめーは後半にまくるタイプの走り方だ。三組の陸上部がどうせかっ飛ばしてくるだろうし、最悪スタートで出遅れることもあんだろうが、気にせず走って俺に任せろよ。」
その言葉は遠藤を安心させたようで、微かに笑いながら
「おけ。じゃ頼むわ檜山。はぁー、何か脇役が大舞台に立たされてる気分だぜ。」
二、三度屈伸し、バトン受け渡しの手順をもう一度檜山と確認したころには、遠藤の表情に緊張感は消えていた。
「……では士郎。檜山へも何か一言。」
そう光輝が話を振る。
「檜山。お前には練習中いろいろと世話になった。終わる前に礼だけは言っとくよ。ありがとう。」
実際、練習中に檜山の指導を受けた士郎は伸びた。それまで無駄に力を入れて腕を振っていたのが改善され、後半でもスピードが落ちなくなったのだ。光輝も檜山に頼んでフォームを見直してもらい、実際にタイムは改善された。
檜山という男は軽薄で、弱者に対して残酷な男だと士郎は思っている。
ただそんな檜山も、走ることに関しては、真摯な一面もあるのだ、
「あれー。俺はお礼言われることなんてしてねぇなぁー。ただ衛宮があまりにもダセー走りしてたから笑っただけだぜ?居るんだよなーただ無駄に走ってるバカがよ。」
「無駄な走りって。早朝のランニングは体力がつくんだぞ?檜山もやったらどうだ?」
「だからただ闇雲に走るのが無駄だって言ってんだよバカがよ。」
「ま、あれはあれで衛宮らしい走りだったけどなぁ?」
檜山の言葉が、士郎の感謝の言葉を受けての照れなのかどうかは分からないが。少なくとも光輝には平常運転に見えた。
「なるほど、今理解した。そういう言い方が檜山らしさってことだな。」
士郎の煽り癖も平常運転だった。
「よし。二人とも、練習のとうりにやろう。最後は俺に任せてくれ。」
その光輝の言葉とともに、士郎たち三人は準備にとりかかった。
「位置について。用意……!」
ぱんっ、という音とともに遠藤が飛び出した。意外なほどに幸先のいいスタートに歓声が上がる。
恐らく、遠藤という男が入学してから最大の歓声だっただろう。だが、その歓声はすぐに声援に切り替わった。
出遅れたはずの二組の生徒が徐々にペースを上げる。二組はどうやらレースの前半に飛ばすという作戦だったらしい。短距離走と見まがう速度で遠藤を抜き、そのままトップを独走する。
遠藤は檜山の言葉を思い出し、自分の走りを心掛け堪える。幸先のいいスタートは、遠藤自身にとっても普段の走りを忘れさせかねないギリギリの幸運だった。
遠藤の後ろに来ていた三組の選手は、陸上部ではなかった。彼は、遠藤と同じく後半に勝負をかける気でひた走る。
そして、レースは後半にさしかかる。
最初に仕掛けたのは遠藤だった。それまでより速度を増した遠藤が、ペースを落とした二組に迫る。観客の声援が大きくなる。
そして、その遠藤の背中を三組の生徒が追う。彼は、遠藤の走りを観察していた。そして、その背を抜くタイミングを見計らっていた。
(これなら問題ねぇ。)
三組の生徒は、いつの間にか遠藤の前を走っていた。そのまま、二組の生徒に猛追する。
結果的に、二組の生徒が逃げ切った。二組はあらかじめ練習していたアンダーパスでバトンを渡すと、風のように先頭を走る。
すぐ後にきた三組の生徒は、安全策をとってオーバーハンドパスでバトンを受け渡す。
それによって、檜山たちにもチャンスが産まれた。
三組の生徒がバトンを受け渡している間に、遠藤が檜山のもとにたどり着く。アンダーハンドパスはしっかりと行われ、三組との差はない状態でレースが続く。四組の男子はまだ到着していなかった。
檜山が走る。三組の生徒は三人居る陸上部の一人。檜山にとって勝ち目の薄い相手。
それでも、檜山は諦めなかった。檜山には檜山なりの勝算があってレースに臨んでいる。
三組の生徒が前半に飛ばそうと豪快に檜山を抜き去る。観客の目は彼に釘付けとなり、彼はそのまま二組の生徒を置き去りにして一位となる。
その間も、檜山のペースは変わらない。檜山は前半ではなく、後半にギアを上げるつもりでいた。最初から、こうなることを覚悟していた。
檜山の中では、このレースは陸上部を三人抱える三組に対して、どれだけ差を縮められるかという、タイムを競うゲームだった。目先の順位に気を取られていては、時間の差は縮まらない。
焦る必要などどこにもない。焦りは呼吸を乱し、フォームを乱してタイムのロスにつながる。
後半に向けてペースを温存し、目先の速度に囚われることもなく一定のフォームで走る。檜山は基本に忠実にこれをこなし、そして自分の仕事をやりとげた。
檜山から二位で無事バトンを受け取った士郎の走りは機械的だった。檜山から指導された内容に忠実に、腕の振りは浅く。どこまでも忠実に。
……士郎の心は今、走ることだけに専念出来ていた。
順位もタイムも関係なく、自分にとって最高の走り。前半の速度を維持したまま、ただ駆け抜けるだけの機械。
それは結果的には、チームにとっても最良の走りとなった。
それを見た檜山は何を思ったのだろうか。
そして士郎から光輝に、二組の生徒から陸上部エースの悟にそれぞれバトンが渡される。ここまでがそれぞれの戦術と努力の戦いなら、ここからは努力と才能の戦いとなった。それは、檜山の予想を覆すものだった。
その結末は、残酷なものとなった。
先頭を走っていたはずの陸上部の男子は、目の前の光景が信じられない。いや、信じたくなかった。
同じ陸上部として、180cmを超え体格に恵まれた悟に勝てないのは分かっていた。それでもチームとして勝ちたいと、勝てないのを承知の上でアンカーを引き受けた。
だが、最後の百メートルになって、自分は追い抜かれた。
陸上部最強の悟に。
そして、陸上部ですらない天之河光輝に。
悟と光輝が再戦の約束を交わす握手をする中で、その男子は呆然とそれを見つめていた。
「檜山。今回はお前のお陰でいい走りが出来た。ありがとな。」
そう士郎が檜山に声をかける。檜山は何も言わずに衛宮とハイタッチを交わした。
どれだけ馬の合わない相手でも、勝利という目的。つまり利害の一致のために協力し、時に支え合う。普段は話さないクラスの人間とも話をし、互いを知る。
体育祭の目的とは、あるいはそういうものなのかもしれなかった。
「お疲れー檜山。衛宮もお疲れ!無事に終わって俺ほっとしたよ。」
「皆おつかれさま。ちゃんと見てたよ!よく頑張ったね!」
「おー香織!俺の力走を見てくれたかよ!?スゲー走りだったろ?」
「うん。檜山君も凄かったね。」
体育祭が終わり、互いの健闘をたたえ合うクラスメイトたちのなかで。
(はやく帰りたいなー。)
南雲ハジメだけは、その輪に加わらず閉会式を待っていた。
いやー青春だなぁ(棒)。