翌日の放課後。弓道部の活動を終えた士郎がまずしたことは、事実確認だった。
以前の休日に訪れた服屋にいき、香織が購入した服を探す。店員に尋ねたところ、あの服は売れ残っていた一点もので、替えはないらしい。
「彼女さんへのプレゼントを探してるのかい?でも、今からだと季節外れになるんじゃないかな?」
「いえ、そういうんじゃないんです。あの服じゃないなら結構です。どうもありがとうございました。」
もちろん、これだけで香織をストーカーだと断定は出来ない。今の時代、衣服を手に入れる手段などいくらでもあるのだ。
その後も士郎は街の服屋を巡り、ストーカーに使われた衣類を探した。幸利がくれた絵の中には安物のメーカー品もあり、購入することは容易だった。
(白か黒か、分からなくなってきたぞ。)
士郎がそうして調査している間も、学校で香織は何食わぬ顔で南雲に話しかけていた。ストーカーだとはとても思えない。
(八重樫に白崎のことを聞いてみるか?)
士郎から見て、雫はツッコミ気質の苦労人だった。仮に香織がストーカーでも、それに呆れながら対処してしまうような、そんな雰囲気を持っている。
親友にストーカーの嫌疑がかかっている、なんて言われれば、雫だって怒るだろう。そんなことを言い出した士郎を信じず、軽蔑するだろう。
だがだからこそ、事態の早期解決のために相談するのだ。
「よう八重樫。ちょっといいか?」
「どうしたの、衛宮くん?」
雫は授業の内容をノートにまとめていた。癖のある字がノートに並んでいる。
「体育祭からこっち、色々と大変だったみたいだな。調子はどうだ?」
士郎も、雫の周りがにわかに騒がしくなったのは知っていた。やっと周囲が静かになってきたところで、また厄介ごとを持ち込むことに罪悪感はある。
だが、確認しておかなければならないことがある。
「……良くあることよ。一々気にしてられないわ。」
実際、異様な持ち上げに閉口はするが、こちらへの害意は無いのだ。時間が経てば沈静化する類のものではある。
するとそこへ、元気娘が冷やかしにやってきた。
「おっ、シロシロとシズシズで新たな恋の予感?」
「ちょっと待て谷口。ちょっと話をしただけでそんな噂になるのか?」
「なるよ~。今やシズシズはクラスのお姉さまだし。」
「まともに相手しちゃだめよ衛宮くん。鈴は何でも噂にするんだから。」
「ゴシップが大大大好きな鈴ちゃんです!」
びしっとピースサインを決める鈴を尻目に、士郎は雫から協力をとりつけた。
「ちょっと相談に乗ってほしいことがある。教室じゃ話せないんで、八重樫の都合のつく時間ってあるか?」
「えー、二人で秘密の相談?」
「谷口。あとで弁当を分けるから、ちょっと向こうに行っててくれ。」
このままではいつまでも話が進まないので、鈴には退場してもらう。無念そうな表情の鈴を尻目に、士郎は話を進める。
「部活が終わった後で良ければ、今日でも構わないわ。」
「そうか、じゃあ部活の後でよろしく頼む、待ち合わせ場所はメールを入れておく。」
こうして、士郎は雫を協力者として引き入れた。
その日の放課後。待ち合わせ場所は、幸利と行ったあの喫茶店だ。彼と違い雫は迷いなくここに入ってきた。
「よう。来てもらって悪いな、八重樫。」
「別にいいわ。それにしても、光輝と来たときからずっと思っていたけど、ここは本当に静かね。」
雫は道着袋や竹刀袋を担いでやってきた。大量の荷物をソファに置き、メニューを見ずに注文する。
「ハーブティを一つ。」
「うまいのか、ここのハーブティって。」
「そうね。疲れた時に飲むと落ち着く味よ。衛宮くんは紅茶派なの?」
「ああ。自由に味を変えられるからな。今日はデザートは頼まないけど、大体どんなのにも合うだろ、紅茶って。」
「なるほど、合理的ね。」
その時の気分に応じて味を変えられるので、紅茶は万能の飲み物と言ってもいい。
そんな雑談もそこそこに、士郎は話を本題に切り替える。
「実は、白崎がストーカーだってウワサがある。」
色々と考えた結果、士郎はストレートに言うことにした。雫の気持ちを考えずに本題に入ったのは、雫のことを信頼してのことだ。
案の定、雫は怒りを滲ませて士郎の方を見る。当然だろう。親友の名誉を貶められて怒らないはずもない。
「……衛宮くん。私はそういう冗談は好きじゃないんだけど。」
その視線を受け流して、士郎は今までの調査結果を雫に説明する。
「その噂を出した奴が見た服だ。これ、八重樫も見覚えあるだろ?」
「……ええと…?」
「白崎が、映画を見た時に買ってたやつだ。」
雫も色々とあって、その時のことは忘れていたらしい。
「俺は白崎がストーカーだとは思いたくない。ただ、ストーカーを見たって奴がいるんだ。その日、八重樫が白崎と居たなら、ただの考えすぎだったってことで済む。八重樫、この日って白崎と一緒に居たりしたか?」
この場合、被疑者のアリバイは重要だ。幸利が白崎らしきストーカーを見た時に、雫がアリバイを証明できればよいのだ。
「……」
雫は少し悩んだ後、ふう、と溜息をついた。
「その日は、私は香織とは一緒じゃなかったわ。道場で稽古をしていたから。」
「……そうか。」
気まずい沈黙が続く。先にその沈黙を破ったのは、雫だった。
「ねえ衛宮くん。そのストーカーの被害者って誰なの?」
「……それは、言えない。被害者のためだ。」
「じゃあ、被害の内容は?」
「まだ住居侵入とか、脅迫や暴力ってことまではいってない。ただ、継続的に後をつけられているし、被害者の一人はそれで参ってる。」
「…そうね。確かに、人がついてくるのも困りものだわ。」
雫は被害者に理解を示す。雫だって、被害者を守るべきだという常識は持ち合わせているのだ。
冷静になってみると、雫には思い当たる節があった。中学の頃、香織が一時的に雫と距離を置いたことがあった。
その時と同じ目を、今の香織はしているように見えたのだ。まるで、それ以外は眼中にないというような。
恋する少女の瞳のような、願望を含んだ瞳。今の雫が忘れてしまっている瞳を。
「女の子の八重樫に、こんな話をしちまって済まない。ただ、被害者を守るためにも、犯人の特定に協力して欲しい。」
ここで、士郎は雫にストーカーを捕縛するよう協力を持ち掛けた。女の子の八重樫を、危険が伴うストーカーの確保を頼むなら、龍太郎や光輝を選ぶべきだ。それでも雫を選んだのは、士郎の中で半ば確信に近い勘があったからだ。
香織がストーカーである可能性が高いと。
香織を捕まえたとき、香織とは縁の浅い自分なら、香織からどれだけ恨まれようと正論で説得できる。道理を説いて、ストーカーをやめるように言える。
そんな役を、龍太郎や光輝にさせるわけにはいかなかった。
雫なら、親友として香織を支えてくれるだろう、という期待もあった。香織に寄り添ってあげられるのは、香織の親友である雫しか居ないと士郎は思っていた。
そして数日後。
「か~お~り~!?」
「まぁまぁ、八重樫さんその辺で……」
「衛宮くんは黙ってて!」
衛宮邸で正座して雫から説教を受ける香織と、それを必死でなだめる士郎の姿があった。
この手の案件は士郎くんだけでは解決は出来ません。
なので雫さんの手を借りる必要があったんですね。