「士郎。嫌なら嫌だと断ることも覚えた方がいい。」
夏休みが明け、部活を終えてからの帰り道。
士郎は、光輝にそう言われ立ち止まる。
「何のことだ、光輝?」
士郎はそう答える。嫌なこと、と聞いて思いあたったことではないので、惚けたわけではない。
「ふぅ。文化祭の看板製作に、照明の調整作業に、衣装づくりまでやってくれているらしいな。いくらお人好しでも働き過ぎだ。また体を壊すぞ。」
秋の文化祭では、光輝たちのクラスは女子たちの組織票によって劇を上演することに決定した。あれよあれよという間に、女子たちの組織票によって王子様と姫の劇をすることになり、光輝は男子たちの組織票によって王子役をすることになった。一体どんな悪意が彼らを支配したのだろうか。
ちなみに、光輝本人は主役を演じれて満更でもない。
とはいえ、ここで生徒たちにとって頭の痛い問題が一つ浮上した。
……お姫様のドレス、どーすんの?
ヒロインであるため登場時間も長く、手を抜いたドレスにすれば一気に茶番集が増す。ドレスづくりは難航を極め、製作進行担当リーダーの筈の妙さんから士郎にお声がかかったという次第だった。
ちなみに、中野たちが担当している照明作業にそんな事情はない。客観的に見て、ただのサボりだった。
「……む。それは心外だぞ光輝。俺もちゃんと考えて仕事は請けてる。照明の調整は、帰ってからちゃんとやるつもりだ。」
光輝は呆れたような目で士郎を見る。
(……いや、士郎に押し付けた皆に怒るべきではあるんだが……)
光輝から見ても、衛宮士郎は度を超えたお人好しだった。困っているクラスメイトが居れば率先して声をかけ、頼みごとを断っているところは、見たことがない。
それに加えて、勉強も部活も真面目にやっていることは知っている。だからこそ、不真面目な生徒に士郎が利用されるのは許せなかった。
「照明作業は中野と斎藤の仕事だったな?衣装づくりは…妙さんじゃないか。何をやっているんだあいつらは。」
「おいおい、人が出来ないことを責めるなよ。」
その士郎の意見ももっともではあるが、光輝はそこに怒っているのではない。
「出来ないことを責めてるんじゃない。士郎に丸投げしたことを怒っている。」
光輝が怒っているのは、周囲の怠慢であり、士郎に全て押し付けることに対する甘えに対してだった。
「そんなに気にすることじゃない。本気でやれば二、三時間で終わる。」
「士郎ならそうだろうがな。」
「実際、大まかな形は妙さんたちがやってくれているんだ。俺の仕事は簡単な刺繍や、袖の部分の仕上げなどの細かい作業だけでいい。」
だから、光輝が気にするほど負担はかからない、というのが士郎の言い分だった。
「困っている人を助けるのと、手抜きを助長するのは違うんだがなぁ。」
仕方ない、と腕を組んで、光輝は士郎にこう提案した。
「俺も士郎の家までついていくぞ。照明の調整は俺がやる。二人でやればすぐ終わるだろう?」
「いや、ちょっと待て光輝。」
「さぁ、行くぞ士郎。善は急げだ。」
「待て光輝!お前に走られると追いつけん!」
そうして、光輝は衛宮邸まで走り去っていく。慌てて士郎も、薄暗くなってきた道を駆け出した。
……そして半月後。
士郎たちを含めたクラスメイトたちの努力と、王子様らしい大仰なセリフでも堂々と言えてしまう光輝の人柄、何よりヒロインとして抜擢された香織の名園もあり、劇は好評を得た。
好演した香織は、体育祭や部活などで名を轟かせていた雫とともに、”学園の二大女神”という大仰な肩書を得てしまったのだった。
「いい演技だったな、光輝。王子役は様になってたぞ。」
「お疲れさん。いやー、いいもん見れたぜ。」
「いやあ、普段言わないようなセリフを言えるって案外気持ちいいな。癖になりそうだ。」
「それは止めてくれ。俺の心が持たない。」
龍太郎の願いとともに、文化祭はその幕を閉じたのだった。
打ち上げからの帰り道。すっかり暗くなった道を、光輝、雫、香織は徒歩で帰る。
「来年も劇をやる?次は、雫ちゃんがヒロインで。」
香織は自分が味わった羞恥心を、親友にもぜひ体験してもらいたいとばかりに話題を振った。
「ないない。私は剣道で手一杯。ヒロインなんて柄じゃない。」
雫はにべもない。
しかし、ふと気になって光輝を見る。
「もしそうだったら、光輝は何の役がいい?」
「……そうだな。」
雫の問いに、光輝は考え込んで、こう答える。
「勇者とかどうだろう?今回みたいな王子様だと、ちょっと上からって感じだけど、勇者なら対等だろう?」
夜の道を三人は歩く。いつか別れる日が来ることを理解しながら、この貴重な時間をかけがえのないものにするために、彼らは歩くのだった。
光輝くんと龍太郎くんはこの作品における士郎くんの外付け良心装置…になるのだろうか。