ごくありふれた正義の味方   作:taiken

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イシュタルの言葉に動揺する士郎くんたち。
今回二次創作ゆえのオリジナル設定があります。


ありふれた本編の話 選択

 

 体が、重かった。

 

 全身に熱した鉄の塊を押し付けられたような重圧が、召喚直後から絶え間なく士郎を襲っていた。それに負けまいと、体の内側で何かが燃え上がっているような感覚がある。

 

 鉛のような足を動かし、今にも倒れそうな体を支えて、士郎は大広間のテーブルに着席し、イシュタルの話を聞いた。

 

 彼の話は、士郎にとって義憤を駆り立てるものだった。

 

 魔族と人間族との対立関係自体は、地球で起こりえる対立と同じようなものだと士郎は思う。同じ言葉を話し、スムーズな意思疎通が可能ならば、人と人との間で起こる戦争と何の違いもありはしない。

 

 戦争で人が死ぬのは、仕方のないことだ。利害の対立や宗教観の違い、民族の違いなどで戦争が起きるのも、人が人である以上仕方のないことだ。

 

 それを助けられるとしたらどんなに素晴らしいか。士郎だってそう考えなかったわけではない。

 

 士郎は法律家を目指すにあたって、その感情にも折り合いをつけた。つもりだった。

 

 自分の手の届く範囲、目に見える世界だけでも、当たり前の幸せを享受できる時間を作る。そのために、法律家になることを目指した。手の届かない範囲の人たちを切り捨てるという選択をした。

 

 だが。それに何故みんなが巻き込まれなくてはいけない。

 このクラスの人間が、一体何をしたというのか。

 

「貴方がたの帰還は、現状では不可能です。」

 

 不可能。

 その言葉が、士郎たちに重くのしかかる。

 

(光輝も龍太郎も八重樫も白崎も、谷口も……檜山ですら、こんな目に遭う理由はない筈だ。)

 

 ただ日常を愛し、その中で生まれるありふれたの幸福の中にいただけの人たちが、どうしてそれに関わらなければならないのか、士郎には理解出来なかった。

 

「嘘だろ?帰れないってなんだよ…!」

「嫌よ!何でもいいから返してよ!!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!」

 

 動揺するクラスメイトたちに、かける言葉が見つからない。

 みんなを勇気づける言葉が、思い浮かばない。

 

(俺は……こんなにも無力だったのか……!)

 

 手の届く範囲の人たちの幸福すら、護れない。

 イシュタルに怒りを向けたところで、みんなの動揺を鎮められるわけでもない。士郎は、ただ俯き拳を強く握りしめた。

 

 そのとき、士郎の傍でテーブルを叩く音がした。思わず士郎はそちらを向く。

 

 光輝だった。

 

 天之河光輝が、決意を持った瞳で立ち上がっていた。

 

 

(……よし。皆、こっちを見てくれたな。)

 光輝は一人一人の顔を確認すると、深く深呼吸をして話し始める。クラスメイトたちに語りかけるように、光輝は話す。

 

「皆。ここでイシュタルさんに文句を言ったところで意味がない。彼にだってどうしようもないことなんだ。」

 

 帰還の方法を確認し、実行する術が今の光輝たちにない以上、イシュタルと対立することは害にしかならない。だから、イシュタルを立てる。

 

 そして、光輝の言葉に、士郎の心は震えた。

 

「俺は、俺はこの世界で戦おうと思う。」

 そこに迷いはなく、確かな決意があるように士郎には見えた。

 

 光輝も必死だった。今ここで、自分の全てをなげうつ覚悟だった。

(それで済めば、安いものだ。)

 

「この世界の人たちが滅亡の危機にあるのが事実だとすれば。それを知って放っておくなんて俺には出来ない。絶対に。」

 

 士郎から見ても、あまりにも奇麗な理想。物語の中のような絵空事。

 

 

 だが、不可能ではないかもしれないという微かな期待と希望が、クラスメイトたちに広がっていく。

 

 士郎が出来ないことを、確かに天之河光輝はやってのけた。

 

 

 見ず知らずの人の為に、全てをなげうって戦う。それが出来る人間が居るとすれば、そんな勇気を持つ人間が本当に居るのならば。

 

 それは。それこそが、正しい行いというものなのではないだろうか。

 

(もしかして、切嗣がなりたかったのは。光輝みたいな。)

 

 なぜか、士郎はそんなことを思う。

 

 光輝を見ていると、胸騒ぎがした。その理想に共鳴するような、その善性に心打たれるような。そんな気がした。

 

 その善性が、報われる日が来るのだろうかと。

 

 

 そして、この場の誰もが光輝に視線を集中していて気付かなかった。

 イシュタル以上に陶酔した瞳で、光輝を見るものがいたことに。

 

 

「それに、ハイリヒ王国の人間族を救うために召喚されたのだとしたら、救済さえ終われば返してくれるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまいて。」

 

 そうイシュタルは威厳をもって答える。客観的に見ればその言葉に信憑性はないが、クラスメイトたちにとっては違う。

 

 零だった希望が、一になった。

 

(これでやっと情報収集ができる。)

 

 光輝はその後もイシュタルに質問を続けた。口を挟む人間はいない。

 一大宗教の教皇に、一介の高校生が質問するという異様な光景が、今この場で罷り通っていた。

 

「イシュタルさん。俺達には大きな力があるんですよね。ここに来てから、妙に力が張っている気がします。」

 

 それは士郎も感じていたことだ。

 

 士郎たちにその知識は無いが、人間には魔術回路という神経が存在する。

 

 魔術とは、この世の理を外れ、世界の法則を乱す術のことだ。魔術回路は人間一人一人に存在するが、殆どの人間はその使い方を知ることはない。

 

 士郎たちがトータスに召喚されたとき、異なる法則で動くこの世界に対して、士郎たちの体内の魔術回路が強制的に励起した。

 

 地球とは異なる法則で動くトータスに、体が無理なく従うように。

 

 異邦人である士郎たちをトータスに認識させるように。

 

 そして、トータスの理を乱すように、眠っていた魔術回路が稼働したのだ。

 

 本来、普通の人間は数本しか魔術回路を持たない。強制的に励起したところで、それだけでは何の役にも立ちはしない。

 

 しかしトータスでは、士郎たちの世界には存在しなかった神秘が溢れている。神秘という燃料が、数本しかない魔術回路を異常なまでに活性化させ、ただの一般人でも魔術を行使可能となる肉体へと押し上げたのだ。

 

「貴方がたは、この世界のものと比較して数倍から数十倍の力を持っておられます。素晴らしい!エヒト様の恩寵を宿しているのです!」

 

「それは、魔人族にも通用すると考えていいのですか?」

 

「エヒト様の導きに、間違いなどはるはずがありません。」

(……分かっていたが、具体的な話は何も聞けないか。)

 

 光輝としては、魔人族という人々の数や勢力、文化や、この世界の人々が実際にどれくらいの力を持っているのか聞きたかった。

 

 仮に光輝に人間百人分の力があっても、魔人族が一般的な人間10人分の力があれば太刀打ちできないはずだ。

 

 しかし言葉を重ねるうちに分かったことだが、この世界では数よりも個の力量を重視する傾向があるのだという。元々の才能がある人間一人を集中して鍛えたほうが、才能のない人間百人より勝るのだと。

 

 だから光輝たちならば、魔人族にも勝てる。そうイシュタルは言う。

 

(何かが間違っている。)

 光輝は心の中でそう思う。

 

 しかし、トータスに対して文句を言っても始まらない。それが、トータスの法則なのだ。

 

 

 結局、イシュタルは具体的な情報を明かさなかった。もう埒があかないので、光輝はクラスメイトたちに向けて宣言する。

 

「それでも、大丈夫。たとえ先が見えなくても、俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が必ず、世界も皆も救ってみせる!」

 

 その言葉で、それまで沈んでいた生徒たちの心が活気を取り戻した。

 

 そう宣誓する親友を、この男が支えないはずもなかった。

(すげえ頑張ったじゃねぇか、光輝。)

 

 坂上龍太郎が立ち上がり、光輝に宣言する。光輝の親友であるために。親友として、この無鉄砲なお人好しを支えるために。

 

(光輝だって無理をしていないはずがない。)

 

 先の見えない状況で、権力者に対して見栄を張り、クラスメイトを鼓舞する。それは、光輝一人で苦労を背負い込もうとしているということだ。

 そんな孤独は許されない。坂上龍太郎の中に、友を見捨てるという選択肢はない。

 

「へっ。お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?当然だろ?」

 

 彼の鍛え上げた屈強な肉体が、周囲の生徒たちにその言葉の説得力を与える。英雄と、それを支える従者のように見せていた。

 希望がやがて、期待へと変わっていく。

 

(出来るかも?)

(光輝くんたちに任せれば?)

(帰れるんじゃねぇか?)

 

「龍太郎……」

 一方で、それを聞いた光輝は、感動していた。ありがとう、という言葉すらいえないほどに。

 

 自分一人で戦うつもりだった。

 クラスメイトを護るつもりだった。世界を救えと言われれば、一人でも戦うつもりだった。

 

 何故なら、あの魔法陣の中心にいたのは自分だったから。

 

 勘違いであってほしい。だが、イシュタルの視線といい周囲の扱いといい、光輝が目当てなのだと言わんばかりの視線を送ってくる。

 もしもそうだとすれば、皆は巻き込まれたということだ。

 

 光輝のせいで、トータスに来てしまったということだ。

 

 だが、龍太郎ははっきりと光輝の味方だと宣言した。

 天之河光輝にとって、坂上龍太郎はかけがえのない友だった。そしてそれはきっと、これからも変わらないだろう。

 

「……はぁ。今のところ、それしかないわね。どこまで戦えるか分からないけど、私もやるわ。」

「雫ちゃんがやるなら、私も頑張るよ!」

「香織、雫!?」

 

 そして、それに続いた雫と香織には光輝は困惑した。

 親友とは、どれだけ互いを傷つけてもいい存在だ。だが、幼馴染の二人は違う。

 彼女たちには幸福であってほしい。そんな感情が、光輝の内面で渦巻く。

 

 そのとき、雫たちに声をかけるものがいた。

「……ちょっと待て、八重樫、白崎。」

 

 士郎だった。普段と何ら変わりない様子で、二人に話しかける。

 

 士郎の脳内には、士郎が切嗣に拾われるきっかけとなった日が渦巻いていた。

 

 

 

「どうしたの衛宮くん?」

 

「この状況で、戦争をせずに生きていけるかどうかは俺には分からない。だけど、戦争になるってことは死ぬってことだ。」

 

 それは、当たり前の事実だった。

「そうならないように訓練するわ。」

 

「じゃあ、天之河が死んでも戦えるか?」

 

 空気が一気に冷える。生徒たちの熱が急速に冷めていく。

 

「それは……」

 雫は一瞬言葉につまった。香織がすぐさま反論する。

 

「衛宮くん、どうしてそんなことを言うのかな?」

 

 

「戦争になるってことは死ぬってことだ。」

 

 士郎は淡々と、機械のように言葉を続ける。

 

「俺は戦争なんて知らないし覚悟もないけど、もし友達がそうなっても、戦わなきゃならない。白崎、南雲が死んでも戦えるのか?」

 

 香織はその言葉に、一瞬最悪の場面を想像したのだろう。立っていられなくなるほどに、動揺し困惑した。

「な、何で……!」

 

「衛宮ぁ!てめぇっ…!」

「待て檜山!」

 思わず士郎に殴りかかろうとする檜山を、光輝が声で止める。

 

(……よく言ってくれた。)

 

 光輝の頭も、今の士郎の言葉でほどよく冷えた。香織をあそこまで動揺させたことは後で必ず謝らせるが、二人が危険に晒されることは光輝もしたくない。

 

 この感情は正義でも何でもない。ただの光輝の我儘だ。

 

「……エヒト様のご意思に、不満がおありなのですか?」

 

 イシュタルが不快そうな視線を士郎に向ける。

 

 イシュタルの思惑としては、このまま異世界人たち全員を参戦させるつもりだった。多少手間取りはしたがその流れだったところで、邪魔が入ったのだ。

 

「いいや、違う。俺は戦争は嫌いだ。だが、エヒトって神様には何の恨みも無い。むしろ、この世界の人たちを護っている神様なら立派だと思う。」

 

 士郎は、イシュタルには臆さなかった。

 

「でも、友達にひどい思いをさせる位なら、俺が戦う。」

 

「……フフッ。随分と……矛盾した考えをお持ちですな。自分は良くて、ご友人が友の為にそうするのは嫌だと?それは、傲慢というものでは?」

 

「傲慢だって構わ」

 

 ない、と言おうとしたところで、光輝がそれを遮った。

 

「イシュタルさん。俺は必ず、この世界を救ってみせます。ですが俺達の世界では、戦争や暴力というものは身近ではなかったんです。」

 

「価値観の違い、というものですか。」

 

「はい。ですから、戦いに向いていない、戦えない、という者も、俺達の中にはいます。それはエヒト様のご意思とは無関係な、我々個人の問題なのです。」

 

「……」

 こちらを品定めするような目で、イシュタルは光輝を見る。

 

「なので、俺達だけで話し合う時間をいただけませんか?」

 

 意外なことに、イシュタルはそれを承諾した。

 

 どう転ぼうと光輝たちに選択肢などないと、見透かしているようだった。




光輝くんが話をまとめないとまだ序盤なのに話がぐだります。
というわけで次回は無能会議編です。
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